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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第三章 主と王
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第一話 疑惑

 草木も眠った頃。

 むくり、とベットの上から一人の青年が起き上がった。そのまま、近くの椅子にかけていた灰色のマントを取り、外へ出て行った。


 その数秒後、青年の隣にあったベットで寝ていた彼女が、ぱちりと目を開けた。

 彼女は――クリスであった。青年こと――氷雨が部屋から出たのを見計らって、狸寝入りをやめたのである。

 そして、クリスは上体を起こした。その姿は、やはり美人であった。暗闇でも輝くプラチナブロンドの髪と、少しの狂いもない容姿。西洋人形のような美しさがある。それは着ているのが麻の安価のワンピースであっても、寝起きでも、失われていなかった。


「カイトさん、ユウさん、起きて下さい」


 すぐにクリスは両隣で挟むように寝ていたカイトとユウを、揺さぶって起こす。氷雨が外に出たのを、確認させるためだ。


「クリスねえ……おは……よう~」


 最初に目覚めたのはカイトだ。

 目は半分しか開いておらず、大きなあくびをした。今は本来なら寝ていた時間なので、凄く眠たいらしい。


「すいません、こんな時間に起こしちゃって……」


「いいよ……どうせアニキのことなんだろ?」


「ええ。窓の外を見ていただければ分かると思います」


 カイトはクリスに言われるまま、ぼっさぼさの黒髪を掻きながら、部屋に唯一ある窓に寄る。いつもの悪ガキに見える顔は、年齢相応に幼げであった。

 やはり、上から見えた灰色に身を包んだ者が、東南へと向かっていた。他に人影が無いので、おそらく、氷雨だろうとカイトは予想する。


「おねえ……ちゃん……どしたの?」


「すいませんね、ユウさん」


 ユウはベットの上で座り、隣にいたクリスへと顔をコクリと傾けた。

 寝癖が酷い髪ではあったが、あどけない顔は庇護欲をかりたてるだろう。もっとも、これに見慣れているクリスは、ユウの頭を撫でながら謝るだけであったが。 


「いい……よー。どうせ、ぼんくら? な、おにいちゃんのことでしょ?」


 ユウは最近知ったぼんくら、という言葉を氷雨に当てはめたのである。ちなみに、意味は良く分かってない。


「ユウさん……ぼんくらは言わないほうがいいと思いますよ」


「なん……で?」


「ええっと……悪口だからです。悪口は言ったら駄目でしょう?」


 クリスは、それをすぐに嗜める。

 こんな幼い時から、使うような言葉ではない、と考えたのである。だが、同時に、それをユウに教えたのも、なんとなく氷雨だと思っていた。

 まず、自分はそんな低俗な言葉を使わないとクリスは思うし、カイトは知らないと思っている。なら、と消去方で考えると、氷雨しか残らないからであった。


「そうかな?」


 純粋なユウは、すぐにクリスに同調した。


「そうです!」


「わかった! おねえちゃんのいうとおりにするよ」


「そうですか! それはよかったです」


「えへへ~~!!」


 クリスは、頭を撫でながらユウを褒める。気持ちは自分の子を叱る一児の母親で、結構長い間撫でている。

 ユウも頭を撫でられて嬉しいのか、顔を緩ませていた。


「――クリスねえ、そんなのより先に話し進んでいい?」


 ジト目で、カイトは二人を見つめる。

 このままほおっておけば、何時間も撫でっぱなしだと予感したのだ。ここ数日で学んだことであった。


「えっ!? ええ! それで、ヒサメさんがどこに行ったか分かりましたか?」


 クリスは名残惜しそうにユウから手をどけ、窓際にいたカイトを見据える。動揺しているのか、疑い深いカイトへの視線が少し動いていた。

 

「うん、でも、ちゃんと聞いてよ?」


「はい!」


 クリスは、カイトへ麗しい笑顔を向ける。

 男なら、成人男性なら、一発で落ちるであろう美貌だった。カイトはまだ、年齢が二桁にも達していないので、ただ綺麗、だけの感想に終わったが。

 

 ――真夜中に行われる今回の話し合い。


 実は昨日、『実は最近、ヒサメさんが変なんです』と、クリスが提案したことだった。

 最近の日中、氷雨の様子が少しおかしいと、クリスは思ったのである。迷宮(ダンジョン)の中にいる時はどこか上の空だし、宿に帰っても食事にあまり手が進んでいない。それに、“この世界特有の回復薬”で、怪我を治すのを頑なに拒んでいた氷雨が、急に治すといったこともあった。


 それだけなら、クリスはこの話し合いを開かなかったかもしれない。

 だが、一昨日彼女は――見たのだ。

 氷雨が今夜と同じように、何故か夜に出かけるのを。場所は分からない。しかし、嫌な予感が頭を過ぎったので、カイトとユウの二人に、今回の話し合いを設けたのであった。


「ユウ、アニキは東南へと向かっていた。その先が、どんな場所か分かるよな?」


 三人は、円になるように、ユウとクリスがベットに腰かけ、カイトが近くから引っ張った椅子に座っていた。

 座談会は円になったほうが進行が早い、とのユウの独断によって決まったのである。


「うん!」


「どういう場所ですか?」


「えっとね~! えっとね~! たしか、おとなの……かんらくがい? だったよね? カイにい!」


「おう! 合ってるぞ、ユウ!」


「やった~~! 当たった~~!!」


 ユウはカイトの質問に、花丸の回答で応じた。

 ユウは当たったのがよっぽど嬉しいのか、ばんざいをして喜びを表現している。おそらく、これが彼女のガッツポーズなのだろう。

 カイトはそんなユウに、ほかの寝ている客の邪魔にならないよう、静かに拍手をしていた。


「お、大人の歓楽街?」


 だが、クリスだけは、何故か戸惑っていた。

 大人の歓楽街そこから導き出せる答えが、一つしか浮かばないのだ。しかも、ある意味最悪な一つしか。

 外れていたらいいと淡い希望をクリスは持つが――


「ああ、娼婦だっけ? それがそこにはいっぱい居るんだよ!」


 ――カイトによって、無残にも壊されてしまった。

 彼が悪いわけではない。ただ、現実とは非情なものだな、とクリスは思ったのである。


「わたしはいったことないよ!」


「そりゃあ、ユウが行く用事なんてあるわけわけないじゃんか」


「いくもん! よるでもきれいなまちにいくもん!」


「楽しみにしてるぜ!」


「えっと……その……丁寧に教えて下さって、ありがとうございます。それと、ユウさんとカイトさん、二人とも大人の歓楽街には行かないほうがいいと思いますよ」


 クリスは、雰囲気が少しピリピリしている二人に、苦笑いしかできない。

 子供は知らないほうがいい世界だからだ。大人の、それも欲に餓えている下種な大人が、行く世界だからである。

 そこに行くとは、クリスにとっての彼の印象が、ガクン、と落ちた瞬間であった。


 ちなみに、ユウが夜でも綺麗だと言っていたのは、そこだけがこの町では夜間営業を許されているからである。

 怪しい光で蛍のように人を集め、妖艶な女性で店に誘うのが、この町の歓楽街なのであった。


「ところでおねえちゃん、“しょうふ”ってなに?」


 そんな時、急に――バクダンが飛んだ。

 ユウから不意に、核弾頭クラスの爆弾が飛んだ。


「クリスねえ、オレも知らないから教えて欲しい?」


 カイトも穢れを知らない瞳で、クリスを見つめる。それはユウも一緒であった。

 決して、クリスをおちょくるためではない。心に芽生えた疑問を、素直に言葉に表せる子供ならではの、質問であった。


 無垢な瞳が、クリスを射た。

 それも四つ。

 それで何を思ったか、彼女は反射的に口を開くが――


「娼婦とはですね、大人の男性が……っ!!」


 ――即座に黙る。そして、カアーッと、熱い血液が走り、頬が紅色に染まった。それを隠すように、彼女は両手で頬を隠すのであった。

 思ったのだ。クリスは。疑うことを知らない子供たちの前で、自分はなんと下品な言葉を口走ろうとしたか。

 それを考えると、彼女はだんだん羞恥に耐えられなくなり、頬を押さえたまま、首を横にぶんぶんと振るのであった。


「クリスねえ、どうかしたのか?」


「おねえちゃん、どうしたの?」


 子供二人から、急に変な行動をしだしたクリスに、懐疑の声が飛んだ。

 それにより、クリスの頭は冷える。冷静な思考回路を、彼女は取り戻したのであった。


「い、いえ、なんでもないです。カイトさん、ユウさん、娼婦は大人になれば、いずれ分かると思います。焦る必要はないです」


 そして、模範解答とも云える言葉を言った。

 他に、カイトとユウに、上手いこと誤魔化すような言葉が見つからなかったのである。


「そっか~~!」


「まあ、いっか。どうでもいいし。そんな事より、クリスねえ、アニキが変なのはいつからだったっけ?」


「四日前ですね」


 そんな風に、クリスはほっと胸を撫で下ろした。次に、話題の逸らした二人に大きな息を吐いたのであった。

 これ以上言い訳しなくていいことに、安心したのである。


「四日前って、確かアニキが一人で迷宮(ダンジョン)行った日に近いな。あれって何日だったっけ?」


「いっしゅうかんまえだよ! わたしのきおくでは、おにいちゃんは“ななし”のところにいったんだよ!」


 息を置いたクリスをよそに、カイトとユウの話は進む。

 お互いの情報を確認し、共有して行くのであった。


「“名無し”って、ミノタウロスのところだろ?」


「うん!」


「オレの記憶じゃあ、まだ踏破されてなかったよな」


「私の記憶も一緒ですね」


 クリスも、会話に混じり始めた。

 今、話の話題に出た――名無しの迷宮(ダンジョン)。これは三人とも知っていた。エータルで、現在最もホットな話題だからである。


 迷宮(ダンジョン)はいつ、どこで、などの条件は分かっていないが、山中や平野に突如現れ、攻略されると崩れ去るのだ。

 それは、“未だ攻略されていない”永久(とこしえ)迷宮(ダンジョン)も同じで、このエータルもこれが出来たからこそ、冒険者が集まり、こんな大きな都市へとなったのである。

 また、名無しの迷宮(ダンジョン)も、まだ存在していた。

 ならば、まだそれは攻略されていないということになる。


「じゃあ、おにいちゃんはだれかにまけたってことになるよね?」


 とすると、氷雨はどこかで攻略に失敗したこと、となる。

 ユウは、小さな脳で一生懸命考え、氷雨は最下層にいる“ボス”に負けた、と結論付けたのだ。


「そんなこと……!? ありえるか?」

 

 氷雨の強さを信じて疑わないカイト。

 世界中に点在するどの迷宮(ダンジョン)と比べても、名無しの迷宮(ダンジョン)は弱い部類に入る。中の広さも住んでいる怪物(モンスター)の強さも、だ。

 だとすれば、これまで幾多の敵を斃してきた豪傑である――氷雨が、弱い怪物(モンスター)達には負けない、と思ったのである。


(いや、待てよ。あれには“特異な点”が幾つか無かったか?)


 カイトは情報通として、これまで手に入れた情報を、脳内で思い出し始めた。


「うん! だって、みのたうろすって、つよいんでしょ?」


「それだ! それならアニキが負けてもおかしくはないな」


 そして、ユウのきっかけによって、思い出した。

 名無しの迷宮(ダンジョン)――“ただ”の迷宮(ダンジョン)が、町で話題になる筈が無い。あれには、あったのだ。他と比べても幾つか“特異な点”が。


 それは――ボスの強さであった。

 力量(レベル)が30ちょいのミノタウロスが――低級な迷宮(ダンジョン)にいるので、まずここは有名になったのであった。

 もう一つはど忘れしたが、暴虐の化身とまで云われるミノタウロスなら負けても不思議ではない、とカイトは先程の意見から180度覆したのである。


(まさか……それはないですよね? いくらヒサメさんでも……負けたストレスから……その、女性を抱くなんて……)


 クリスは、カイトの発言を間違った方向で受け取った。負けたかもしれない、を、負けた、と個人的解釈をしたのだ。

 そんな彼女の脳内では、ピンク色の想像が広がっていた。また、段々と、クリスは顔を朱色に染めていくのであった。

 

「そういえばきのう、あさがえりのおにいちゃんにあったんだけど、すごいあせのにおいがしたよ!」


 ユウが、急に思い出したように呟いた。

 そして――


「本当か?」


「うん! まんともしめってたし、まちがいないよ!」


 ――ユウの再度のバクダンにより、クリスの思考はフル回転で廻った。顔を掛け布団で隠したので、カイトとユウにはまたしても紅潮は気づかれなかった。

 だが、その布団は氷雨が寝ていた布団。顔を覆った結果、彼の香りがした。

 

「――っ!!」


 色々な想像がすぐに頭を駆け巡ったので、クリスは爆発し、恥ずかしさからか手をばたばたとさせ悶えた。

 

「クリスねえ、どうかしたのか?」


「おねえちゃん。どうかしたの?」


「いっ! いえ! なんでもないです!!」


 ――この後、三人の話し合いは打ち切りとなり、眠ることになる。

 だが、クリスは朝方まで眠れないのであった。

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