第十五話 ネズミ狩りⅤ
四人はただ、歩いていた。氷雨の赴くままに。
その場所は大通り。横幅は十数メートルもあり、逃げるのも戦うのも、たやすい場所だ。だが、見つかるのが最大のデメリットといえるだろう。
そんな場所を通っているのに、誰も文句は言わなかった。いや、言えないに近い。既に数十分。まだ、幸運が彼等についているのか兵士とは一人も会っていない。だが、エータルの町の中心から、少し外れたところに位置するワルツの店。氷雨達はそこに町の端から向かっているのだが、戦地へと自ら赴く彼から、クリスは言いようのない“鬼気”を感じたのだ。
黒く、黒く、黒く、まるで一面が漆黒で塗り潰されたような、危機迫る感情を。
――鬼。
いや――と、そこまで感じた時。
「おい!! お前等が!! クリスを誘拐したのか!!」
「敵か?」
目の前から男が現れた。
レンであった。大通りの遠くの場所から一直線に、氷雨へと近づいたのだ。
ワルツの目的証言どおり動き、彼が誘拐犯だと思っている氷雨を、見つけたのである。そして、氷雨をレンは睨む。二人は睨み合いながら、硬直状態に入っていた。
レンは――赤いと比喩される男だ。鎧も赤く、槍も赤く、内に秘めた彼への真っ赤だからである。
その背後にアキラとマミもいるが――もはやレンの付属品に近い。レンが今にも増幅に増大を重ねた激情に身を任せ、槍で斬りかからん勢いの彼が、この中で一番輝いていたからだ。
その様子を――英傑と、アキラとマミの二人は、クリスを助け出す正義の味方だと思っていた。いや、酔っていた。
「うっ……!」
マミが氷雨を見て、思わず呻き声を出した。
もしかしたら、彼ら三人も感じているかもしれない。
とある青年を中心に溢れ出る、――鬼気を。
「はあ? なに言ってんだよ?」
「ふざけるな! もう、ネタは上がってんだよ!!」
カイトは妙な言いがかりを付けるレンに、呆れた様子で言い返すが、逆に怒られた。
理不尽だ、とカイトは思った。
レンの瞳には、氷雨しか映っていない。それを自覚するのに、まだカイトは気づいていなかったのである。
「おねえちゃん……あのひと……しってるの?」
ふと、クリスの話題が挙がったので、ユウが聞いてみた。
「ええっと、そうですね――」
クリスは隣で手を握っているユウに言われて、暗闇で眼を凝らす。
集中して、レンを見る。
はっと、気づいた。見覚えがあるどころではない。自分を助けてくれると、そう信じていた人が、そこにいたのだから――
「――知ってます。あの人が――私を助けてくれると、言ってくれた人ですよ」
「へえ~! あのひとが、そうなんだ!!」
結局は叶わなかったですけど、とクリスは付け加えた。
ユウは興味深そうにレンを見る。
見た感じは平凡そうだ。冒険者としては体格は並み以上だし、下手をすれば細く引き締まっている氷雨よりも太い。ただ、兜の下から覗く眼光は、庸俗な猛禽類よりも鋭かった。泣く子も黙る切れ味だ。それの標的が、氷雨ではなくユウだったらおそらく泣き出していただろう。
(あれがおねえちゃんの……おうじさま……か)
しかし、ユウは少しクリスを羨ましく思っている。
同じ女として、だ。
シンデレラストーリー、少女が夢見るそれに、ユウは憧れたのだった。
「レン、もしかして――あの人はヒサメじゃ――ないか?」
「えっ!?」
硬直状態は数分続いた。それを終わらせたのはアキラ。
ワルツから言われた灰色の男の顔に――見覚えがあったのだ。数日前、迷宮での異常との邂逅の果てに、知り合った人物だ。
命を助けられ、一生の恩を感じた者であった。
「本当だ。――ヒサメ! どうして、どうしてあの時は俺達を救ってくれたのに、クリスを攫ったんだよ!! 信じられねえよ!!」
「いや、よく分かんないから」
びしっとつっこむカイト。
「ガキは黙ってろ! これは子供が口を出すような問題じゃないんだ!!」
それに、レンは熱く反抗した。
レンとカイトの二人の温度差は、太陽と月のように激しかった。
「……アニキ、どうしてオレはボロクソに言われてるんだ?」
「ま、運が悪かったな」
少し怒鳴られて涙ぐむカイトに氷雨は苦笑しながら同情し、頭を撫でた。少し理不尽に怒られるカイトを、哀れだと思うのであった。
氷雨は目線を隣のカイトから上げ、レンへと移す。目つきは多少鋭いが、眼光だけで言えば、レンよりもたどたどしい。ただ、空気というか雰囲気というのが、レンの“それ”とは違った意味で怖かった。
「で、一体俺に何のようだ? 邪魔するなら――強引にどかすぜ?」
「だから! 俺はどうして無理矢理クリスを攫ったと訊いてるんだよ!!」
一歩踏み出て、相対している二人。
レンは、氷雨が動き出しても戦えるように、腰を低くした。半身になり、槍を腰のあたりに水平に構えている。氷雨は臨戦状態の彼とは打って変わって、ただ立っているだけだったが、目だけは据わっていた。口は笑っているのに、目は据わっている。
空気がぴりっと乾き、一触即発の緊迫した状態であった。
(まさか……!?)
そんな剣呑なレンの勘違いの意味を、クリスはもしかして、と気づいた。
ワルツ。あの自分のためなら、快楽のためなら、悪魔に近し頭脳を発揮する。もし、レンに、ワルツの息がかかっているなら、騙された可能性がある、と。そして、その様子を、どこかで見ているのではないか、と。最悪の想像が、頭をよぎった。
クリスはその一分の可能性に賭け、二人を止めようとするが、
「ヒサメさん! 少し待って……」
「――黙ってろよ」
氷雨に制された。
静かに、小さな声で、まるでクリスにしか聞こえないよう。声量を調整しているように。
「で、でも……」
「男同士の戦いに、女が口を出すもんじゃねえよ。例え――あいつが誰かに――食わされたとしても、な」
氷雨は口角をほんの少しだけ上げた。
そして、前へと進む。彼は「お互いの尊厳と主張は、男なら拳で決着付けようぜ」と笑いながら歩く。
それは人の論理としては破綻していた。とても身勝手で、横暴な考えだ。
「もしかして……」
クリスは、前進する氷雨の背後を見つめた。
女の第六感が働いた突拍子も無い想像ではあった。氷雨がレンの勘違いに、それも高次元のレベルで気づいている、と。それを分かった上で歩みを止めない、と。
どこまで合っているか分からないが、元々氷雨は謎が多い男であった。自分の素性や経歴を全く話さず、ゲームプレイヤーかノンゲームプレイヤーかも、クリスは勿論カイトやユウにもはっきりと言っていない。強さの訳を述べたことも無い。とにかく、氷雨は秘密が多い男なのであった。
「ヒサメ、命を助けられたからって――躊躇はしねえぞ!」
「気にするな。なんだったら――三人同時でもいいぞ?」
「そんな卑怯な真似、誰がするかよ!!」
二人は少し、会話を交わした。
兵士の足音は、遠くから鳴っている。戸惑ってる暇など、戦いをためらう時間もなかった。レンは、自分の問いに曖昧に答える氷雨に失望し、余計殺気立った。
走っている間に貯めた燃料を、氷雨との対話で培った燃料を、ターボエンジンに無理矢理詰め込んで――燃えたのだ。
「レン……相手はメンシュ・アイゼンを、“楽”に斃した男なんだ、油断するなよ」
「レン……怪我しないでね」
「おう!」
背後から降りかかる仲間の声援を、素直にレンは受け入れた。
技を、『勇気の種』を、発動した。
「ヒサメ――覚悟しろよ?」
「まあ、お前が強いことを祈るよ」
「ほざけぇえええええええええええええええええええええええええええ!!」
そして、彼のエンジンは――火を噴いたのだった。
◆◆◆
「そんな卑怯な真似、誰がするかよ!!」
氷雨がレンと会話を巡らせた直後のことだ。
「アニキ! 負けんなよ!」
カイトからは激励が飛び、
「おにいちゃん……けがしないでね」
ユウからは応援が飛んだ。
「ヒサメさん……」
ただ、クリスは氷雨に何も言わなかった。
勘違いを解くことはできるのに、それをしない彼。むしろ戦いを望み、自ら戦地へ突っ込む彼。そんな彼に、クリスは応援することなど出来なかったのだ。
だが、この三つの言葉のいずれも、氷雨の耳には入らなかった。
内から響く情動。“鬼”の叫び。狂喜への誘い。これらが心の中で巣くい、彼を黒く塗り潰していたのだ。
『レンだけとは言わず、あの二人も一緒に戦ろうぜ? そっちの方が、絶対に愉しいだろ?」
――鳴る。
体の内側で、全身の肉に深く、酷く、鈍く響くように鳴った。
――震える。
筋肉が、脂肪が、内臓が、黒い自分の姿の“鬼”の声に従うように、氷雨の意思とは無関係に、三つの屍を作り上げる事に歓喜したのだ。
『一緒に――仲良く堕ちようぜ――欲の闇に――』
最後に、“鬼”が氷雨に再度いざなう。
我等は一心同体。親よりも兄弟よりも深い関係と、血縁など超える関係性だと。深く訴えかけた。
そして彼は“鬼”の提案を――
(ちょっと邪魔だから、黙ってろよ?)
――断絶する。
断った。違う。最初から“鬼”に従うつもりなど毛頭無いのだ。ただ邪魔はしなかったから、喋らせていただけ。最初は主張も小さかったが、暴れも小さかった。それがだんだん大きくなり、遂には邪魔へと成ったので、沈ませた。
『おい! 暴れようぜ! 俺とお前なら、いや、俺と俺なら、天下無双の筈だろ? だから――』
闇へと氷雨を誘っていた“鬼”は、激しく内で暴れまくった。
肉体を乗っ取ってやろうと、この快楽なしには生きられない戦闘中毒に仕立て上げようと、氷雨のせいで育った“鬼”は、酷く抵抗した。
だが、それを氷雨が赦すはずはない。
(おい、なんか誤解してるな。確かに“俺はお前”だ。だがな。だからと云って、“お前は俺”ではないんだ。あくまでお前が“下”なんだよ。“副人格”なんだよ。それが、これ以上喋るなら――喰らうぞ?)
『――ヒイッ!!』
そして、悲鳴を挙げた“鬼”を迷いも無く、氷雨は喰らう。
暗い腹の奥底へ。
元々、“鬼”の思い通りになるような、快楽に溺れるような氷雨ではないのだ。祖父の意向で、武術の練習には精神修行も入っている。それを積んだ氷雨が、たやすく“鬼”の言いなりになることなどないのであった。
(なんか、消えたらスッキリしたな。現れたら“また”喰らうか)
デキモノが取れたように、ギプスが取れたように、氷雨はこれ以上ない爽快感を味わっていた。
心の内に欲望がある限り、“あれ”は現れると祖父は云っていた。それも自身の弱みに強く出る、と。
なら、また現れたら、喰らおうと、氷雨は決めた。
(でも、なんでだろうな)
祖父は、この負の感情を受け入れたと言っていた。説得したと言っていた。氷雨の祖父はその経験則から、あれとは、互いに助長しながら付き合っていくものだと云っていた。
だが喰らったほうが、いいのではないかと彼は思ったのだ。
そんな簡単に消せるものではない筈だが――やっぱり、彼はおかしいのであった。
「ヒサメ――覚悟しろよ?」
氷雨がそんな考え事をしている最中、レンが尋ねた。確認に近い尋ね方で、強くなったであろうレンを見て、氷雨はにたあと嗤う。
兵らしき人物と戦うことに、喜んだのである。レンに比べて弱いアキラやマミなど、氷雨の眼中にはなかった。
「まあ、お前が強いことを祈るよ」
「ほざけぇえええええええええええええええええええええええええええ!!」
ロケットスタートを決めたレンは、槍で真っ直ぐ氷雨を突こうとした。ただ、あくまで殺すつもりが無いのか、刃とは逆の部分で、だ。
だが、その速さは、力量で上げられ、技で上げられている為、異常に速い。初速は目測では分からないが、氷雨のスピードと、“鎧を着けていない”氷雨と同等程度のものであった。
ひらり、と闘牛士のように氷雨は槍を横へ躱した。そして、一歩氷雨はレンと距離を取る。
だが、そんな彼に追撃するように、レンは槍を氷雨へと突いた。
頭。
腹。
頭。
右太もも。
胸。
腹。
など、様々な部分を狙うが、全てひらりと横に避けられた。スピードがほぼ同じのため、動きが最小限の氷雨の方が、“避けるのは上”なのであった。
(ちっ、槍ってこんなに厄介なのか?)
だが、氷雨は攻めれなかった。マントを掠りながら、皮膚を掠りながら、自嘲していた。
どうしても攻守が入れ替わらないのである。
白兵戦最強、と云う人も多い槍。剣よりも古い永い歴史も有名だが、やはりリーチという利点は戦いにおいては無類の強さを発揮する。
この世界なら技で、現代なら技量で、それを埋めることができるが氷雨にはそれができない。
技量は祖父と比べても、姉と比べても全然足りない。技は碌なのを持っていなかった。ゆえに、彼は“覚悟”したのだった。
(あと少しなのに……!)
一方、レンも中々倒しきれない氷雨に、煩わしく思い始めた。
軽快な風切り音がなり、いい一発が出ても、ひらりと、躱される。連続で突いても躱される。嘗めていたわけではない。油断していたわけでもない。
ただ、『勇気の種』があると勝てるって思っていた。それが驕りだと、レンは気づいていなかったのである。
ゆえに――使わなかった。奥の手とも云える“それ”を。
『勇気の種』を発動中の時に、別の技を重ねて使おうとは思わなかったのだ。迷宮内で一度使ったが、『勇気の種』を単発で使った時よりも、別の技を単発で使った時よりも、ごっそりと体力を持っていかれる業。『強化』では、それほどの相乗効果は見られなかったが、何故か『勇気の種』だと絶大な効果が見られたのである。ちなみに、それが『強化』の人気のない理由の一つでもあった。
(使ってやる……! そして、ヒサメの目を覚まさすんだ!!)
槍を何度も突きながら、レンは決めた。
選んだ技は『疾槍』。
単純、ゆえに強い、を実行しようと思ったのだ。
「はっ!!」
数十秒間レンが槍を突いている最中、氷雨がいったん距離を取ったのだ。
そこを、レンは狙った。
だんっ、と強く地を踏みつける足。両椀から発揮される槍。そのどれもに『勇気の種』と『疾槍』の、効果がかかっており、とても速い。氷雨がこれまで戦った敵のどの技よりも――速かった。
(決める! 決めるんだ!!)
槍で中段から氷雨を狙うレンには、必死さがあった。
二つの技同時発動の後にかかる脱力感は、果てしない。『勇気の種』も発動できないほどに。戦えはするが、一切技の使えない状態で、氷雨に勝つのは難しいと、レンは思っていた。
だから、これで終わらせる、とレンは――決めていた。
数瞬の間の後、槍は、スピードに乗りに乗りまくった槍は、本当は氷雨の腹を狙っていた。だが、少し外れて、彼の右胸に当たり、逸れるようにして、右肩にも当たった。氷雨がレンの攻撃を、半身にしようとして、避けたためである。
グキッ、とも、バキッ、とも聞こえる音が鳴った。激痛の走る音でもあり、骨が折れる音でもあった。おそらく、肋骨の何本かはイッただろう。
「やった――」
「――甘えよ」
レンは氷雨が悲痛な音を奏でた時、勝ったと思った。
浅はかであった。
氷雨はもとより、相手の決め球を受けると、怪我は承知の上で、槍を一発貰うと。その上で勝つと、先程――決めたのだ。
そこからの、氷雨が槍を受けてからの動きに――無駄はなかった。
動かない右腕は置いといて、右上半身の激痛を決して顔に出すことも無く、一歩、槍で空いたリーチを埋める。
次に、唯一動ける左手で、レンの首根っこを掴んだ。
最後に左足でレンの片足の重心を崩す。
そして――足でレンの足を払ったと同時に、首根っこを地面へと叩きつけた。
レンは、抵抗などできなかった。鎧という重りが、非常に足かせとなり、バランスを崩しただけで大きくグラつく。その隙を狙い、氷雨は左手でレンを地面へと叩きつけたのだ。がっしゃん、と全身をレンは強打する。
投げに近い、打撃技だった。
技名は、『驟雨』
水溜りに強く落ちる雨が、叩きつけられた者に近いということから付けられた強引な力業であった。
「レンッ! 大丈夫か!?」
「レンッ! 大丈夫っ!?」
そんなレンに、アキラとマミは駆けつけ、労わりの声をかけた。
「さ、行くぞ。ワルツはすぐそこだ」
氷雨はそんな敵に、相変わらず一瞥もしない。
睨むは、ワルツの城。
「絶対に……絶対に……許してあげないんだから……!!」
「マミ! ボクたちの方が……」
マミはそんな敗者に興味を失った彼に、強い憎悪を湧いた。灰色の背中をキッと睨む。
アキラは彼女を止めるが、残念ながら殺意の炎が消えることはない。メラメラと黒い炎を燃え上げ、ただし幸いなのか、レンの身を案じて、この場で氷雨に襲い掛かることは無かった。
レンの容態を、マミとアキラの二人は鎧を外して確認するが、それなりに酷かった。
全身を鎧で強く強打し、青い痣へとなった。しかも顔が一番酷い。強く、それも兜の上からだったので、皮膚の薄いまぶた等は薄く切れ、そうでなくても青くなっていた。硬い重い装甲が、あだとなったのである。
レンの怪我はそれだけではない。
それだけでも重症なのだが、“遠征”で出来た傷も開いていた。だから、レンは、今真っ赤に染まっているのだ。
「――すいません。本当にすいません」
そんな彼等に、そっとクリスは頭を下げた。
「どうして、どうしてあんたは謝ってるのよ!」
そんなクリスに、氷雨への不満をぶつけるように、怒鳴るのであった。
クリスはそこから、遠くから聞こえる足音に配慮しながら、手短にぽつ、ぽつ、と勘違いの複雑に絡み合った糸をほどいた。
今回の状況の説明を、レン達に話しながら、彼等の事情を聞いたのだ。そこにワルツが絡んでいると、やはり、とクリスは思った。
「でも! そんな事に気づいていたらなら、どうして止めてくれなかったのよ! 止めてくれたら……レンは……レンは……」
「すいません。私には謝ることしか……」
そこまで言いかけて、氷雨が遠くに行った所で、クリスの時間切れとなる。足音が近くなったのだ。だから、氷雨を追うようにクリスは三人に背中を見せた。
悲しんではいけない。あの人は、私の王子様ではなかったのだから、と思いながら。そして、彼を止められなかった自分にも非があると思いながら。
「人でなし! 悪女! 鬼畜!」
様々な罵声を浴びながら、心に傷を負いながら、先を行く三人をクリスは追う。
氷雨の今回の選択は、彼女は間違っていたと思う。だが、彼を恨むような真似はしなかった。ワルツ達によって奴隷にされたときと同様、これが運命、と自分の不幸を割り切ったのだ。
ただ、氷雨をこれから変えていかなければならない、とは思っていたが……。
「外道! ゴキブリ! あく……」
「マミ、いいよ。彼等は悪くない。俺が……ワルツを信じた俺が悪かったんだ……。彼女に……罪は無い……」
「で、でも……」
「いいんだよ……」
「うん……」
そんな色々な悪口を向けるマミを、弱弱しい口調でレンは嗜めた。
彼等は悪くない。悪いのは騙された自分等。そして、もっと悪いのは騙したワルツと、マミの炎を次第にレンは消火して行った。
(やっぱり……レンじゃないと駄目か)
そんな二人に羨ましそうな目をアキラは向け、
(……よし!)
クリスは、彼女自身が持つ強さで、走り去ったのであった。