第十三話 ネズミ狩りⅢ
三度目の轟音が鳴った数分後のことだ。
宿の三階に付けられたガラス製の窓から、一人の兵士が顔を出した。
「隊長っ!!」
「何事だっ!?」
その兵士は思わず言葉に詰まる。
顔面は夜なので詳しくは見えないが、おそらく血の気が引いていただろう。
「標的が……クリス様が……部屋にいません! 多分……どこかに逃亡したかと思われますっ!!」
「なにっ!!」
兵士は叫ぶ。それに呼応するように隊長も叫ぶのであった。
隊長は痛感の思いで、歯をギリギリッと擦り合わす。悔しかった。手配書のような紙で見た氷雨は、それ程頭が良さそうに見えなかった。
だが、現在、知恵比べでは遥かに負けている。それもこちらの方が有利な状態で、だ。
「隊長……どうするんだ?」
一人の兵士が、顔を酷く歪ませる隊長に問いかけた。
決して、隊長を責めるわけではない。だが、隊長の目論見が外れたのも事実。覆せない現実であった。
だから、今後の行動方針を、兵士の一人は隊長に伺ったのだ。
そんな隊長は、すぐに開きがたい口を開くのであった。
「――全隊っ! 五~六人で行動せよ! いいな? 五~六人だぞ!! 前回は三人編成だった為、標的にいいようにやられてる! 今回はそんな失敗は赦されない! 分かったな!!」
「はっ!!」
まるでよく教育された軍隊のように、全員統率された敬礼を行った。
「では、目標を捕捉次第、順次仲間を呼び集めて捕獲せよっ! 敵はとても強大だっ! 必ず仲間で、数で、抵抗するように!!」
「はっ!!」
隊長は大きく叫んだ。
兵士は、いくつかのグループに分かれて闇夜に紛れていった。
――失敗は赦されない。
その言葉を胸に刻み、心に刻みながら。
◆◆◆
一方、氷雨。
彼等は民家の屋根から下り、路地をジグザグに進んでいた。
まだ兵士達の姿は見えていない。だが、出来るだけ遠くにと、彼等はひたすらと逃げるように町の端へ向かっていた。
氷雨達にどこに逃げるか、どこに隠れるか、など大きな目的地はない。ただ、安息の場を求めて走るだけであった。
「ヒサメさんっ! もう足が……」
「じゃあ……どこかで休憩するか。ユウ、いい場所はあるか?」
「うんっ! つぎのつうろをみぎね! そこにむじんのみんかがあったよ!」
宿から逃げ出し、走り続けて数十分程度経った頃。
仲間の内から悲鳴が上がった。
四人いや、ユウは氷雨の背に乗っているので、実際に走っているのは三人。その中で氷雨は全くといっていいほど疲れてないので、残り二人。カイトとクリスであった。
そんな二人は限界になるまで足を酷使していた。
それも足に乳酸が溜まるぐらいで、休憩できる場所と聞くと、最後の気力を振り絞るように走り、氷雨よりも早く逃げるようにその民家へ入る。
中は埃塗れだった。
クモの巣があり、カビが生えている所まである。
人が長年使ってないのは、歴然であった。
「はあはあ……」
「ぜえはあ……」
そんな汚い家の中でも、息切れは、クリスとカイトに重くのしかかる。
両方とも、革で造られた水筒を氷雨から受け取った。乾いた喉を潤すためである。一口飲むと二人とも落ち着き、そしてやっと動悸が治まった。
ゴールのないマラソンほど、しんどいものは無い。
それをカイト達は思い知らされていた。
あの時、前回の逃亡では明確なゴールだった“宿”があった。だが、今回はその宿を襲撃されたため、絶対とも云える安息地が、この不法都市エータルには存在しない。
故に、どこに逃げていいか分からない四人には、これまで以上に精神的プレッシャーが襲い掛かる。
無言ではあった。四人とも。
疲労は誰にも同様に顕著に見られた。
今回襲ってきた兵士の数や、詳しい敵の情報。どこに今いるか、など必要なデータが全く手に入らない状態で、氷雨も詳しい今後の予定を立てられない。
(全員斃すのは……分けても無理だな。数十人はいくらなんでも多すぎる)
氷雨は自分の実力をよく分かっている。それに今の状態も。
いくら敵が弱いといえど、氷雨は数十の軍勢を一人残らず斃す技術も無ければ、体力も無い。十人までならいける、と考えるがそんなのは焼け石に水であった。
暫しの間、氷雨は思考を廻した。
だが、良案は出ない。
敵は多数。こちらにジョーカーは無し。宿まで襲うという奴らの必死さから、黎明時を過ぎても襲ってくるだろうと氷雨は考えている。つまり、時間経過は全く意味がなさないのだ。
将棋で云ったら六枚落ちのような、四面楚歌だ。
ここを知能だけでこれを覆せるなら、どんな頭の良さだと氷雨は思う。
「アニキ……どうするんだ?」
カイトが、ポーカーフェイスを守っている氷雨に尋ねた。
おそらく氷雨が良案を思いついたとでも思ったのだろう。
「ああ、そうだな。カイトだったら、こういう場合どうする?」
「どうするって……そりゃあ奴らの全滅が一番早いと思うけどなぁ」
「どうやって?」
「そりゃあ男なら真正面からずどん、どかん、と正面突破だろ!」
「ふーん」
「まあ、これはオレの浅はかな考えなんだけどな! アニキだったらもっといい考えが思いつくと思うけど、さ!」
「そうか――」
カイトはにかっと笑って、氷雨へと返す。
氷雨はたいした助言も貰えなかったので、軽くカイトを流した。
「クリス、お前だったらこういう場合どうする? カイトと同じ考えか?」
彼は次はクリスに質問した。
いい案などカイトと同様で得られないとも思うが、念のためである。
「私だったら……一つの案としては私を奴等に返すというのも……」
「おねえちゃん! それはだめだよ!」
反射的にユウがクリスを否定した。
それに彼女はくすくすと笑い、続ける。
「あらら、ユウさんに否定されちゃいましたね。それでですね。私だったら、この町から逃げ出しますね。深い思い出も無いですし、いや、むしろこんな町には本音でしたら居たくないですから。着の身着のままで逃げ出すのも大変ですが……私ならそうしますね」
「結構いい考えだな」
「でも、私は、ヒサメさんのご意向に従うのでご安心下さい」
「ああ」
氷雨はしっかりとしたクリスの意見に尊敬さえ抱いた。
未だ、自分は考えさえしっかりせず、のうのうと埃っぽい部屋で考えている。一瞬でも、クリスの意見に賛成しようとした自分が恥ずかしくもあった。
さて、と氷雨がまた脳を働かせようとした時だった。
「クリス様!! 自分等は二人です! どうか、お話だけでも聞いてもらえませんか?」
男の声がしたのだ。
優しい温和な声であった。だが、不思議と裏は無いように感じた。
クリスはそれに立って会いに行こうとするが、氷雨は腕を掴み、首を横に振って止めた。危ない、と彼は判断したのだ。
「クリス様! どうかお姿でも現しください! 私達は、貴女と同じ“ダンジョン・セルボニス”の“ゲームプレイヤー”です! 無理矢理捕まえる気はありません! 話だけでも聞いてもらえませんか?」
また、男の声がした。
今度は先程とは別の男の声であった。足音から考えても、二人なのは間違いない。
とっさにクリスは“ゲームプレイヤー”に反応し、氷雨の手を振り払って外へと出た。それにカイトとユウも続いた。彼等も、クリスと同じ言葉に反応したのであった。
氷雨はそれに、溜息と舌打ちしか出ないのであった。
氷雨が重い腰を上げながら外に出ると、月明かりの下兵士と三人は相対していた。
カイトとユウはクリスより前に出て、勇敢に彼女を守る騎士のように。兵士達は槍を下に置き、剣を鞘付きのまま下に置き、いかにも捕まえる気は無いといった風に、だ。
「あんた等は本当にあのゲームの“ゲームプレイヤー”なんだろうな?」
何故か兵士二人に質問をぶつけたのは彼女ではなく、似非騎士のカイトであったが、兵士達は特に疑問を持たずに答える。
そんな質問を答え始めた兵士の顔には、どこかやつれた印象を感じた。
「はい。クリス様ならご存知だと思われます! 覚えていませんか? ゲームをログアウトして起きた時に見えた六角形に囲まれた砂地の広場を? その時に縛られていた御自身の手首を?」
「残念ながら……覚えてません」
クリスは数秒、自分の記憶を探った。
だが、そんな記憶は無い。
クリスが目覚めた時、周りの景色は広場でなく、豪華な部屋であった。縛られていたのも縄ではなく、『スレーブ』。
兵士の男との認識は、随分と違う。
(あれ、確かそれって……)
だが、クリスではなく、氷雨はそれを強く覚えていた。
あの広場であった血みどろの戦い。氷雨は目の前の剣士相手で詳しい周りの状況は覚えてないが、確かに久遠を中心とした軍勢が歯向かっていたあの時の広場に、兵士が言っていた情報と一致する。
「そう言えば、あの時確かクリス様は気を失っていましたね。すいません。では、あの、貴族のような豪華な衣装に身を包んだ――カナヒト様は、ご存知ですよね?」
「ええ」
「実は彼が……私達“ゲームプレイヤー”を専門に奴隷にしていたのはご存知ですか?」
「えっ!? それって……」
「やはり……知りませんでしたか――」
氷雨のまた感じた既視感は置いとくとして、クリスと一人の兵士の会話は進んだ。
「――実は彼は、エルフィンの森に“定期的”に召喚されていた“ゲームプレイヤー”を旨として、商売を続けていたらしいです。最も、毎回全ての“ゲームプレイヤー”を捕まえられるわけではなく、半分以上は取りこぼしていたらしいですけど……」
「なんでお前がそんなこと知ってるんだ? 奴隷だったらそんな情報知らねえだろ!」
カイトの兵士に対する口答えも、当然であった。
奴隷、階級としては一番下だ。
そんな身分の者が、そんな極秘情報知るわけが無いのだ。
「君の言ってることも最もです。ですが、最近、彼は“とある”奴隷に反乱されたらしくてね。身分も財産も全て失ったそうですよ。それで奴隷へと堕ちた私達の気が、晴れる訳ではありませんけど……」
「ええ、それは分かります……」
クリスも、心境は兵士と同じであった。
クリスはカナヒトに奴隷へと堕とされた。その元凶であるカナヒトが、誰かに裁かれたとしても、被害者の身分が良くなるわけでも待遇が改善されるわけでもない。それの証拠に、未だクリスはワルツの部下に追いかけられてる。
――奴隷の身分は“何”も変わらないのである。
誰かが行動しない限り、誰かが救ってくれない限り、現状は何も変わらないのだ。
所詮、カナヒトが裁かれたことで、ざまあみろ、とは思ったが愚痴にしかならない。辛く、苦しい日々に、変化は無いのだから。
「オレはその情報が、どうやって耳に入ったか聞きたいんだ? 確か、奴隷は閉鎖された空間にいるから……まともな噂さえ、耳に入らないはずだろ?」
また、カイトは兵士に問いただした。
彼の兵士に対する疑惑は、まだ拭えなかった。奴隷の主人は、余分な情報を奴隷へと与えない。少しの情報で巻き起こる反乱を防ぐためであった。
ユウもその点は詳しく理解してないが、どこか、兵士たちを怪しいと思っていた。
それの証拠にユウは、まっすぐな瞳で兵士を見つめながら、クリスを連れて行かれないよう彼女の腰に抱きついている。
「普通なら……そうでしょうね。ですが、私達の主はワルツ様です。彼は、人の絶望や苦痛を見るのが好きでね……。ワルツ様はこのことを知ると、私達カナヒト様から売られた者たちを集め、先程の内容を言い聞かせながらお酒を飲んでたんです。私達の辛酸を肴にして……ね」
氷雨も、残りの三人も、一変して喋っている兵士の顔に、どこかやつれた印象を感じていた。
その原因が、ワルツなのだ。
苦しみも、痛みも、絶望も、憂いも、痛みも、怒りも、全てワルツに吸い取られ、空っぽになったなれの果てが、今の兵士なのだと思った。
「でも、それは私、聞いていませんよ」
「ええ、ご存知です。ワルツ様は……その方が……自分だけ知らないほうが……クリス様はより苦しむとのご見解でしたから……」
「なっ!?」
クリスは言葉が出なかった。
ワルツの考えが、すぐに分かったのだ。
あの時の自分は希望を持っていた。
レンに助け出されるという希望を。
だが、ワルツはそれを知った上で、その希望を潰した上で、この事実を披露した方が、より悲しむと、より自分が愉しめると、分かっていてクリスに聞かせなかったのだ。
(どこまで……どこまで人の心を弄んだら……気が済むのですか!!)
クリスは爪が深く皮膚に食い込むぐらいに、拳を握り締めていた。
彼女は、静かに憤怒の炎に燃え上がる。
猛々しい炎が、彼女の心の中では燻っていた。
「で、お前の要求はなんなんだよ? まさかそれだけ言うために、俺たちを誘き出したのか?」
確信に迫る氷雨の言葉。
それが、どきっと、大きく兵士の心臓を鳴り上げた。
「実は――」
やがて、意を決したように兵士は紡ぎ出す。
「――クリス様に――」
自分達の思いの丈を――
「――あの牢屋へと戻って欲しいのです!!」
それに猪一に否定したのは、まだ穢れを知らない一人の少女であった。
「どうして……なの? どうして……おねえちゃんが、また、あのいやなひびにもどらなきゃいけないの?」
土下座し、必死に懇願する兵士に、ユウがその思いを呟いた。
彼女は前日、クリスから最悪だった日々の様子を聞いている。
だから、兵士に聞くのであった。その様子を、クリスのあの時の日常を、知っているであろう兵士に。
「すいません!! 実は私達……クリス様を連れ戻さなければ……皆、兵士達は見境無く殺されてしまうのです!! どうか、お願いです! 同郷の仲間を、同じ境遇の奴隷を、助けると思って、どうか、私達に捕まってはくれませんか!?」
「だからって、だからって、おねえちゃんが……ぎせいになるひつようはないよ! おねえちゃんは……やっとすくわれたんだよ? だったら……だった゛ら゛……」
額を地面に擦り付けるような兵士達の土下座。
それに対するは、顔をクリスの腰に隠しながら、嗚咽の入った声をあげるユウ。決してクリスを逃さない、という強い感慨から服をぎゅっと強く握っていた。
「申し訳ありません!! ですが、私達が助かる道は……クリス様に来て頂くしかないのです! お願いです! どうか……どうか……」
同郷の人間。
それも真摯な思い。
ワルツのことは嫌いだが、酷くクリスは彼等に同情できた。
(私しか――私しか――いないんですよね。もし、ここで逃げれば、大勢の人間が殺される――)
クリスは大きく悩んだ。
彼等はただ、ゲームを、新発売のゲームをやっていただけなのだ。それだけなのに、なんの因果か奴隷へと成り、生き死にを他人に左右される存在となった。
(――確かに――ワルツの言いなりになるのは嫌――です。ですが――自分の幸せのために――数十人が殺されるのは――もっと嫌――です)
クリスはいくら同郷の人間といえど、面識も全く無い人間に、同情した。
自分では救えない、だが、見殺しにすることもできない。
根が優しい彼女は、どうしても兵士達を見放すことは、できたかった。
「お゛……お゛ね゛ち゛ゃ゛ん゛」
クリスは、優しくユウの手を振り払った。
「ユウさん、やっぱり私は、誰かの屍の上に幸せを掴むことは出来ない性分のようです」
泣いているユウに優しく微笑みかけ、そして彼女は前を向く。
もう――決心したのだ。
「クリスねえ!!」
カイトの制止もクリスを止められなかった。
一歩、また一歩、彼女は進んでいく。
その歩き振る舞いからの気丈さ、気高さには、とても麗しいものがあった。
もう――後悔なんて、彼女はしていなかった。
「あ、ありがとうございます!! ううっ……ありがとうございます!!」
土下座したまま、兵士は近づいてくるクリスに感謝していた。
女神のような美しさと、聖母のような優しさを兼ね備える彼女に。
だが――
「えっ!?」
――だが、そんなクリスの動きを、強引に止める者がいた。
肩を抱き、鋭い目つきを兵士達に向けながら、灰色の者がクリスを、時を、止めていた。
「で? お涙頂戴のシーンはもういいだろ。どいつもこいつも、虫唾が走るような発言ばっかりしやがって――」
「……!!」
驚きの顔を向けたのは、そこにいた全員であった。
口を殆ど空けなかった彼が、冷酷な瞳で全員を見渡すのであった。
「――助かる道? それしかない? 屍の上の幸せは掴めない? どれもこれも綺麗ごとだな。やっぱり、こういった戯言には虫唾が走る」
「では、ヒサメさんだったら! どうするんです! 私はやっぱり、誰かを犠牲になど出来ないのです!!」
「では、お前は私達にどうしろと言うのだ! 逃げ続ける、強者の君たちを捕まえるには、殺されないためには、どうしたらいいんですか!!」
氷雨の発言の後、クリスと兵士の発言が重なった。
悲痛の叫び。それが重なったのだ。
「――知らねえよ。けどな。だからって、な。“俺が買った奴隷”の未来を勝手にお前等が決めるな。決めるのは“俺”だ。正義の味方でも、ヒーローでも、他の誰でもねえ“俺”が決めるんだ。そんな“俺”の選択は、お前たちにクリスを渡さねえ。金が無駄になるしな」
全員が、この氷雨の自分勝手な考えに、言葉が出なかった。
彼は綺麗ごとでもなく、悪意でもなく、善意でもなく、自分本位で動いている。そこに他人の入る余地は、全く無かった。
「だったら……!!」
「もし、嫌だったら、歯向かえよ。敵対しろよ。必死にもがけよ。――俺は、受けて立つぜ?」
氷雨は挑発するように、クリスを後ろへやってから片手で兵士達を手招きした。
彼は“正義の使者”ではないのだ。
それは、今までの彼の行動からでも分かることだ。“正義の使者”が、戦いを望み、懇願するわけが無いのだ。
「ひ、ヒサメさん……キャッ!」
それに反抗しようとしたクリスは、後ろへと押し飛ばされた。
クリスは、今まで手一つ出されなかった氷雨の横顔が、この時急に恐ろしく感じた。
本気だったのだ。
それが感じ取れたからこそ、ひ弱な自分の力ではどうにもならない、と抵抗を諦めたのである。
「く、くっそ!」
遠く離れていた自らの死が、急に近づいた事への嘆きが、兵士の口から出る。
そんな死からもう一回離れるため、地面に置いてあった槍を二人の兵士は拾う。
――叫ばない。
兵士達は仲間を呼び、氷雨達がこの場から逃げる恐れよりも、絶対に彼を斃して生を得ると、そう誓ったのだ。
「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
咆哮。
獣のような咆哮が、兵士の口から出た。それは絶叫にも近いものだった。
地面を強く、二人の兵士は踏みしめた。
――勝負は一瞬。長引きはしない。数秒の命のやり取りを、勝敗のやり取りを、氷雨は勿論兵士二人は感じていた。
トンッ!
軽い足音。
それは氷雨の物であった。
対角線を描くように、左右から寸分違わぬタイミングで突いて来る渾身の槍。『疾槍』の技を付け加えた二本の槍が、氷雨を襲う。それを躱すように、氷雨は軽い足音で飛んだのだ。
上に低く飛んだ後。氷雨は伸びきった槍を、踏むように着地した。
『疾槍』という筋肉アシストを利用した技を使ったことにより、その反動からなかなか自分の思い通りに動かせない腕。
氷雨はそこを狙い、槍を踏んづけたのだ。
そこからは、氷雨の独壇場であった。
兵士二人の『スレーブ』のついた首を、片手でそれぞれ持ち、まず二つの頭をタンバリンのように重ね合わせる。
そして――それにより怯んだ兵士の頭を、抵抗できなかった兵士の頭を、地面へと叩きつけた。
氷雨はその後、トドメを差すように、動けなくなった男をそれぞれ順番に、無防備な腹へ足を落とす。
敗者の抵抗を赦さない――彼らしいトドメであった。こうして、氷雨は同郷のゲームプレイヤーを、何の躊躇もなく斃したのであった。
「さ、行くぞ」
「行くって……どこへ行くんですか!」
そして、敗者に一瞥もせず、先を目指す氷雨にクリスは吠えた。
遠くで聞こえる足音から、敵が迫ってるのは分かっている。
だが、どうしても、逃げる気にはなれなかったのだ。
「どこへって? ――決まってるだろ。ワルツを殴りに行くんだろうが」
しかし、彼から出た言葉は全く違う。
全ての諸悪の根源である――ワルツを斃しに行くと行ったのだ。
「ひ、ヒサメさん……」
クリスは、まだぴくぴくと動いている兵士達を見て、彼に付いて行く。それに続いて、カイトとユウも後を追った。
クリスは兵士たちが生きているのを確認してから、氷雨に従ったのだ。 彼女は、氷雨が中途半端な存在だと、この時気づいたのであった。
何故なら、彼は“善人”ではなかった。かといって、“悪人”でもなかったのだから――