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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第二章 円舞曲
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第十二話 ネズミ狩りⅡ

「隊長、まだ待機か……?」


 一方、氷雨が三人の兵士を圧倒的に斃していた時のことだ。

 一度目の大きな音――つまり氷雨が鳴らした兵士を床に叩き付けた音でも、まだ兵士は動いていなかった。じっと、突入、との隊長の言葉を待ち、表口で仲間に駆けつけるのを我慢していた時のことだ。


「ああ、もしあいつらが負けていたしても、出入り口は一つ。絶対に奴らはここに来る」


 隊長は、言い切る。

 氷雨達の行動を予測し、断言したのだ。

 だが、そんな隊長の思惑とは裏腹に、二度目――つまり氷雨が兵士を蹴り飛ばした音が鳴る。

 

「隊長っ! あいつ等を……あいつ等を、見殺しにするのか!!!!」


 一人の兵士はそう隊長に食って掛かるが、


「…………ああ。私達はワルツ様の為に、クリス様を捕まえるのが使命だ。それに、だ。大多数の仲間の命を守る為なら……多少の犠牲は否めん」


 兵士達の隊長は、それを苦汁の決断で蹴る。

 それにワルツ様がどこで見ているかも分からんしな、とも頬が責任感で痩せこけた隊長は付け加えた。それに兵士達一同は大きく頷く。


 ワルツは、ここにいる兵士達の認識では神出鬼没だ。いつ、どこで、などを問わずにワルツは現れる。それは、兵士がワルツの悪口を言っていた時でもあった。それは兵士がワルツの命令に背いている時でもあった。

 こんな事もあってか、兵士達の“命令遵守”の心情は、死という犠牲を免れるために強くなったのである。


 バンッ!!


 そんな時だった。

 三度目の爆音が、夜中に響いたのは。


「隊長っ! まだなのか? もう俺は我慢できねえよ」


 一人の兵士がその音によっていきり立ち、


「こらっ! 待て! 待つのだ!!」


 隊長の制止も無視して、宿に入って行った。

 兵士もいくら自らの命のために、と感情を殺していても、生身の人間である。これまで苦楽を共にした仲間を切り捨てられるほど、割り切って生きていないのだ。


「俺も――行くぜ!」


「おいおい――オレを忘れちゃいけねえよ!」


「だったら儂も行くぞ! ここでこんなに待ってる必要は無いからな――」


「待てっ! 待っていたら標的はここに現れる! だから――待つんだっ!」


 そんな一介の兵士の情動に、乗る者まで現れた。数十人いた兵士のほんの一握り。4~5人ほどだ。小より大を生かそうとする隊長は、そんな少人数のために増援など送れるはずがない。隊長は犠牲が増えたが仕方がない、と諦めるしかないのだった。


「いや~~! 愉しいですねぇ!! やっぱり舞台にハプニングは付き物ですからね!!!!」


 だが、確かにこの場の情勢に風は吹いた。微かな風ではあった。

 それに、なにより兵士の隊長は嘆いていたが、一人の男はさも嬉しそうに嗤っていたのだった。


 

 ◆◆◆



「ヒサメさん! ところでどうやって逃げるんですか? 表口には兵士がいますし……」


 部屋を出た直後、ユウを背負ったヒサメにクリスから飛んだ質問だ。

 クリスは先程、氷雨が荷物を素早く整理している時、ふと窓の外を見た。すると兵士が大勢いた。一人二人なら目立たないだろうが、数にして軽く十を超えている。目立つには十分すぎる量であった。


 それに、この宿の出入り口は、表口の一つしかない。

 現代の日本のような消防法があるわけではなく、非常口を必ず作らなければいけない、という制約が無いためである。

 だから、クリスは氷雨に逃亡経路を聞いたのだった。


「まあ、ちょっとした秘策があるんだよ」


 氷雨は一段飛ばしで雑に階段を下りながら答える。

 彼もクリスが危惧しいている事に、とある最良の手段を思いついていたのだ。そんな彼は階段を降りている最中に、急転換する。


「えっ、アニキ……!?」


 そこは二階だった。

 四人の見知らぬ客人が過ごしている部屋の前だ。

 そんな部屋の扉を、氷雨はユウを下ろしてから――全力で蹴った。


「お、おにいちゃん!?」


 回し蹴り。

 氷雨のずっしりとした胴体から放たれるその蹴りは、轟音を奏で、細かい木の屑を撒き散らした。勿論扉を支えていた止め具は外れ、氷雨達が簡単に侵入できる形となっている。

 これが、兵士達による突入の引き金でもあった。


「な、なんだっ!?」


「なにざますっ!?」


「ちょっと失礼するぜ」


 彼はそんな部屋に罪悪感を微塵も感じず、中に入る。

 そこは氷雨の部屋と同じような構造だった。ただ、シングルベットが二つ在るか、一つあるかだけの違いだ。

 そしてダブルベットには寝ていた一組の夫婦がいる。ぽっちゃりしている同じ体型の二人は、一緒の布団に包まっており、氷雨を見る目は怯えている。

 どうやら先程の衝撃音で、目が覚めたようである。


「お、お、お前達は何をしたのか分かっているのか!!」


 そんな部屋にいた二人のうち一人、男のほうは氷雨へ怒鳴る。

 

「ああ、少しここを通らしてもらうだけだ。叫んだら――殺すぜ?」


「ひ。ひいっ!!」


 氷雨は堂々と部屋を突き進みながら、笑顔で振り返って夫婦を脅した。

 瞬時に夫婦は真っ赤だった顔が、真っ青に染まる。いくら夜間でここがエータルだとしても、こんな派手な進入方法をする氷雨を、只者ではないと悟ったらしい。


「ヒサメさん……」


 胸を張って犯罪行為を犯す氷雨に、冷たいクリスの視線が突き刺さる。

 だが、氷雨はクリスに釈明もせず、窓を開けた。

 そして、驚きの言葉を言い放つ。


「ここ、超えるぞ」


「ええっ!?」


 氷雨が親指で差した窓の位置は、氷雨の部屋にある窓の位置と反対で東にある。ここなら、表口がある西にいる兵士達にも見つからない。

 まさに絶好の逃走路ではあるが……ここは二階だ。常人が選ぶような選択肢ではない。


「カイト――お前が先行け。どうせすぐそこが屋根だ。跨ぐ位で行ける」


「え、でもさあ……」


 カイトは氷雨への答えを渋りながら、窓の外を見た。

 宿の隣にある民家の屋根と、今カイトが顔を出している窓との距離は、僅か約六十センチ。超えられない距離ではない。だが、落ちる可能性もありえる距離であった。


「じゃあ、クリス先行け。もう時間は無いからな」


 氷雨は耳を済ませずとも聞こえくる重厚な足音に、警鐘を鳴らしている。

 彼が行った再三にわたる衝撃音で、兵士達も気づいたと彼は考えた。

 ――仲間は全て斃された、と。


「あっ、分かり……ました」


 クリスは窓に足をかけ、下を見て、最悪の事態を想像する。

 すると、足が強張った。

 彼女は落ちる恐怖で体が硬直したのだ。


「心配するな。落ちても二階だ。死なねえよ」

 

「そんな心配結構です! 私は――」


 彼女は甘くなかった彼の言葉に反抗し、悠々と窓から消えた。


「――落ちませんから」


 そして聞こえたのは、安否を伝える返事だけ。


「じゃ、次、カイト行けよ」


 氷雨は二人目は、とカイトに振り返る。


「うん……分かるよ。分かるんだけどさ、オレ、さあ……高所恐怖症なんだよ。だから……さあ?」


「へえ……そうなのか? 仕方ねえな、そうなら、そうと言ってくれればいいのに」


「うん! アニキなら分かったくれる……と!?」


 カイトの告白から数秒、氷雨は少年を持ち上げた。少年の腰と首にある服をがっちり掴む。彼は軽くカイトを横に振り、準備体操のような行動もしていた。

 夫婦は何をするのか、と氷雨達をその双眸で見ていたが、カイトは違う。おそらくこれから起こるであろう、自分の想像した未来に――絶句していた。

 

「着地は……自分でしろよ?」


 氷雨から出たのは優しい天使のような声だったが、内容はカイトにとっては悪魔の振る舞いに近い。


「いや! アニキ、止めてくれ! いや、止めて下さい!」


「カイにい……ドンマイ!」


「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 そしてカイトは氷雨に、隣の民家の屋根へと投げ込まれたのだった。

 

「ユウ、行くぞ」


「うん!」


 窓越え、クリスとカイトは渋っていた行為だが、ユウはすんなりと氷雨の背に乗った。

 嵐のような四人は、こうして夫婦の部屋から――いや、宿から退散したのである。それは隊長の予測していない事であった。



 ◆◆◆



 屋根の上。 

 それも氷雨達が逃走路に使った屋根よりも、もっと上。

 ――四人が泊まっていた宿の屋根に、ワルツがいたのだ。


「おや??? まさか彼等、あんな道から逃げ出したんですか!? いやはや! これは私も思い浮かびませんでした!! 彼は非常に悪知恵が働くんですねえ!!!!」


 豪華な椅子に足を組みながら座り、高みの見物を味わっていた。

 誰かがこれを見れば、趣味が悪いとも思うだろう。自分は決して手を出さず、他の誰か――即ち部下の手によって自分の願いを叶える。そして、それを命令した本人は、誰も気づかぬよう高みからの傍観。

 本当にワルツの根性は捻じ曲がっていた。


「強い上に、知恵達者! 部下としては理想的ですが……彼と私ではそりが合わなそうなんですね! なんせ、彼、独りよがりそうですからね!! で、ところで彼って、ヒサメ君でしたっけ?」


 虚空に、誰へでもなく自分へ質問した。

 答えてくれる者は勿論のこといなかったが、それでもワルツは満足だった。空中からどこからともなくビンに入ったワインを取り出し、また、どこからともなくグラスを取り出した。


 ガラスで作られた薄い薄いグラス。その脚にあたる部分を、ワルツは親指と人差し指で持った。

 ワルツはグラスを片手に持ち、口でコルクを掴みワイルドに開けたワインを、ことこととワイングラスの半分より下まで注ぐ。

 そんなお酒は俗に赤ワインを云われるもので、色は鳩の血のように紅く透き通っていた。


「そうそう確かヒサメ君でしたね~~!!」


 ワルツは自分の問いに納得したように答え、グラスをクルクルと回した後、鼻を近づけた。上質なアロマのような香りがした。

 ワルツはその香りに納得したのか、まず一口。その余韻を目を瞑って味わってから、また一口飲んだ。


「彼等はいい肴です! 私に極上の時を与えてくれる! それにしても、今晩の三日月は綺麗ですね~~!! これだけでも十分お酒は進みますよ!!!!」


 ワルツは頭上を見上げてから、また一口飲む。


「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 その時、カイトの絶叫がワルツまで響いた。

 ワルツは思わずそちらに顔を向ける。


「彼等は見ていて非常に愉しいですね! これまででも、一二を争うほどではないでしょうか? でもまあ、一番見たいのは――追い詰められて捕まえられる――寸前ですがね!!!!」


 今宵は、いい夜になりそう、と思い、またワインを注いでから一口飲むワルツ。

 そんな彼には程よい狂気が満ちていた。

 絶望に染まった人間を見たい、という――程よい狂気――が。

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