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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第一章 始まりの時
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第二話 学校

 別段大きくもなく、小さくもないどこにでもありそうな校舎。

 校舎の中からは吹奏楽部だと思える楽器の音に、そのすぐ隣にあるグラウンドでは野球部やサッカー部などによる練習が行われていた。


 そんな学校の門を、氷雨と雪はくぐる。

 二人が通っている学校は、周りにある学校より平均的に学力は少し低く、しかし他県まで有名な部活動はない。

 要するにどこにでもありそうな高等学校だった。


「それにしても、疲れたな……」


「私も……眠たいわね」


 そんな普遍的な学校を、彼らが選んだのに理由があった。

 ――近いからである。

 彼らが住んでいる山の神社から一番近いこの学校でも、徒歩で最低二時間はかかる。この学校は自転車通学が出来るのだが、それを使うとより時間がかかるので、二人は徒歩で近道として柵を越えたり、道なき道を越えたりしていた。


 二人はそんな苦労をしながらこの学校に通っている。

 なので、一緒に通学するような友はいなく、一人で通っても暇なので、二人で喋りながらいつもこの学校の行き来をしているのだった。


「じゃ、氷雨また帰りね」


「ああ、またな」


 そして、玄関で上履きに履き替え、そこで姉弟は別れた。

 弟である氷雨は、そのまま三階にある二年生の自分の教室の扉を開けた。


「よ」


「おはよう!」


「よっ!」


 そんな軽い挨拶を氷雨は低テンションで交わしながら、教室の中にある自分の机に座った。隣の引っ掛けに斜めがけのカバンをかける。


「それにしても、いいよなあ。南雲はあんな綺麗な姉がいて、毎日一緒に登校できて。オレならきっと禁断の感情が生まれてるぜ」


「オレもオレも。いや、オレなら襲ってるな。そして……ぐふふ。はあ、本当にいいよなあ、南雲は」


 氷雨が席に着くと、すぐさま彼とこのクラスで仲がいい二人の男子が寄ってきた。

 だが、まだ朝に必ず行われるSHRには二十分程度の時間があり、いつも氷雨がいるグループにいるメンバーには足りない。

 もう一人は、いつも朝のSHRギリギリに学校に来るのである。


「おいおい、お前らは俺と会うといつもそれだな。それ以外に言うことはねえのかよ?」


 氷雨はまたか、と低く二人に返した。

 これは、彼の友達である彼らの雪に対する賞賛は挨拶のようなものだ。

 毎日飽きることなくやっており、だが二人にも氷雨の友達として“常識”はある。だから、“礼儀知らずの氷雨達の先輩”とは違い、脅迫じみた姉への紹介の催促はしないのだ。


「無い……かな? だって南雲って、大体の話題は軽く流すじゃんか! ほかにどんな話題に食いついてくれるんだよ?」


「うんうん、氷雨って名前どおりに、冷たいじゃねえか。お前は、よ」


「だよな。オレもそう思うよ」


 二人は、氷雨にわざわざ目を伏せながら話した。気分はさながらハリウッドスターである。


「そうか? そりゃあ、悪かったな。今度からは、もうちょっと付き合うよ」


 氷雨はまんまと騙されて、目を丸くする。

 そんないつもとは一風変わった戸惑うような氷雨を見て、二人の同級生は大きく笑った。彼はまんまと騙された、と舌打ちをしたのだった。


「あー笑った笑った」


「お前ら……いつか殺してやる」


「うわっ! 怖えよ、南雲! そう怒るなって……」


「そうそう、確か今日が“あの”発売日だよな」


 そんな笑い声も終わると、話題は変わった。

 それは、今テレビのニュースでも話題のVRMMORPGの“ダンジョン・セルボニス”である。ゲーム好きでなくとも、一度はやってみたいゲームナンバーワンと有名で、この話題性は未だ尽きていない。


「あのゲームかあ、欲しかったが金……がなぁ……」


 このゲームの発売価格は、世界初の体験できるゲームとして様々な最新技術を使っているとの理由で、ソフトとハードのセットで十万円とされている。

 

「いや、金があっても無理だろ。だって限定5000セットだぜ。オレ達にはコネがない限り無理だな」


 そして、このゲームのもう一つのネックが、その入手経路。これは日本の企業が作ったので、どの国よりも早く日本で先行発売される。その数は五千個であったが、予約は既に開始してから十分で終わっていた。

 コネが無いと手に入れるのがほぼ不可能に近かったのである。


「確か、オークションには百万と書いてあったよな。つまりあれだけの大金があればオレたちにも……」


 だが、数個だけこのゲームのセットがオークションで販売されているのがあった。数少ないゲーマーたちの希望の星だ。


「あれって、詐欺も多いとテレビでやってたなかったか?」


 氷雨がここでやっと発言した。

 最近ニュース番組で知った知識を、言ってみる。


「だよな。つまり、オレたちがプレイするのは何年後になるか……」


 彼の友達の一人が落ち込んだ。

 その詐欺は現在社会問題にもなっており、一か八かでそれに賭ける人も少なくはないのだ。


「あーあ、雲林院(うんりんいん)のような金持ちの友達がオレにも居たらな……」


「無理無理、あいつはイケメン久遠にぞっこんだったろ。つまり、オレ達はおこぼれをもらうぐらいしかないわけだ」


 久遠、今この名前がチラッと出たが、彼はこの学校では雪並みに有名であった。

 名は(ひかる)

 顔や目付きや鼻が欧米人の祖母の影響で酷く整っており、髪は金色。スポーツも上手く、勉強の成績も高い。そんな男として完璧な要素をもち、またこれを自慢しない謙虚な性格さえ持ち合わせる。なので、この学校の女子からは王子だと比喩されることもしばしばある。

 要するにイケメンで、隙がない優等生なのだ。


 そんな彼であるからして、困っている女子を助けることが多く、非常にモテていた。その中の一人に雲林院という日本を牛耳るようなお金持ちまでいるのである。

 そして、今はそんな彼が雲林院から希少価値の高い“ダンジョン・セルボニス”の、お試しプレイを今日やるという情報まで回っている。

 だが、もし彼に手を出せば学校中の大多数の女子から非難を受ける羽目になる。

 だから、そんな彼と正反対の三人は、こうやってひそかに彼の事を愚痴る事しか出来ないのだ。


「そういえば、南雲の姉ちゃんはあいつに惚れてなかったよな?」


「そうだそうだ。その点もあってこの学校では一番人気が高いんだ。やっぱりいいよ。お前の姉ちゃん」


 ここでまた話題が氷雨の姉に戻った。

 雪はミーハーなほかの可愛い女子たちとは違い、久遠に全くなびかない。

 その点が、彼女がこの学校で男子達の人気を数多く集める理由の一つだった。


(けっ、姉ちゃんは男よりゲームなんだからしょうがねえだろ。)


 だが、氷雨は心の中で思いだしたことがある。

 彼の姉の雪は他の女子に比べて、久遠に助けられる“こと”自体が無い。

 そこらの不良には、氷雨と同じ武術で簡単に蹴散らすし、弱みであるオタクも家族以外には完璧に隠蔽しているからだ。

 

「それに彼氏がいないのもポイント高いよな」


「そうだな。南雲、たしかお前の姉ちゃんあんな辺境に住んでるから男との接点もないもんな」


 最後に彼女は、男より“ダンジョン・セルボニス”に関心が向けられており、彼氏を作る気などさらさらなく、現在も過去も居ないのだった。


「もう、この話題やめようぜ?」


 氷雨は嫌そうに言った。

 それは、それがどんないい評価であれ、身内の話はあまりしたくないというむず痒い思いからだった。


「分かったよ。それじゃあ次は一年のあの子の話にするか?」


「いやいや、それよりも、テレビで話題のあの女優の……」


 キーンコーンカーンカーン!


 ここでSHRの開始のチャイムが鳴る。


「よ~~う! オレ様! 降臨だぜ!!」


 と、同時にうざい奴も来た。机の上に仁王立ちし、左手は腰にあて、右手の人差し指が天を向いている。わけの分からないポーズだ。

 氷雨の残る友人である。

 普通の学生服なのだが、赤いたすきをかけている。ちなみにたすきの意味は、特になかった。


「……じゃ、またな」


「……お、おう」


「……後でな」


「ちょいちょいちょい!! オレは? ねえ、オレは無視ですか??? ここまで頑張ったんですよ!」


 たすきの男は他のメンバーからは無視されるのだが、これもある意味挨拶であった。

 こうして、彼の学校生活の恒例の出来事は終わったのだった。

 ――そして、これが、かけがえのない大切なものだったと、彼が気づくのにそう時間はかからなかった。

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