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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第二章 円舞曲
23/88

第四話 クリス

 細く曲りくねった路地裏での――逃走劇。

 それは決して、楽なことではなかった。

 宿まで直進に帰れないという肉体的苦痛と、兵士に追いかけられるという精神的苦痛。この二つが相まって、三人の疲労はさらに増していた。


「ま、まだなんですか!?」


「ユウに任せてんだ。知らねえよ」


 そんな中、最初に悲鳴を上げたのは、銀髪の彼女だ。

 ロングスカートの端を走りやすいように持ち上げ、先頭のカイトを追うようにヒールの折れた靴で一生懸命走っていた。

 どうやら、あんな暗い牢屋の中で一日を過ごした割合が多いので、この中で一番体力が無いようである。


「あ、アニキ、もう走れないって……!!」


「じゃあ、ユウに走らせる気か?」


「うう……」


 次に弱音を吐いたのは、カイトだった。

 マントを風にたなびかせながら、誠心誠意で走っている。

 その身に重りと云う重りはなく、枷も全くないカイトだったが、やはり――つらい。体が未完成なので、大人には当然体力では歯が立たないからであった。

 カイトはそれを気力でだけで捻じ伏せ、現在も必死に走っていたのだ。


「おにいちゃん、はっや~~~~い!!」


 ユウは氷雨の背に乗っており、身体的負担は全くない。

 むしろ、逃走をジェットコースターかなにかと勘違いしており、きゃっきゃと背中ではしゃいでいた。


「おい、こら、暴れるな」


 だが彼にとって、そんなユウの行動は好ましくなかった。

 日ごろからの山間でのランニングによって、人並み以上の体力はあるが、子供をおんぶしながら走った経験はない。

 これなら、パワーアンクルを付けて走ったほうが楽だと思う氷雨であった。


「いたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ――何度目だろうか。

 後ろから野太い野郎の声が聞こえた。

 奴らはワルツの命令に従順に従っていて――ハイエナのようにしつこかった。それに人数がどんどん鼠算のように増えてる。力量(レベル)は、やはりどれも30にも満たなかった。


 だが、氷雨が見た限りの奴らの合計は、ざっと見るだけで50人以上。たかだか、彼女を捕まえるには十分すぎる量だった。

 氷雨は彼らに喧嘩を売ったのだ。

 捕まったら、もう死からは逃げられない。

 奴らから逃げるしか、生き残る道は残されてなかった。


「つぎはみぎだよ!」


「もう……!!」


「はあはあ……!!」


「りょーかい」


 この町に“とても”詳しいユウの道案内に、返事できる者はもう氷雨しか居なかった。あとの二人は激しい呼吸音しか出ない。

 これでは、いつ限界が来てもおかしくはなかった。


(ちょっと“まだ”無理があったのか)


 秒毎に疲弊する二人を見て、氷雨もそれは酷く痛感していた。まさか、ここまで二人の体力がないとは思わず、もっと簡単に逃げ切れると思っていたのだ。

 こればっかりは仕方がない。

 氷雨は全滅しない為にも、すぐに手を打たなければならないと思う。


 彼は、周りを見渡した。

 回りは壁。ここは曲がり角。道は二つ。北か東だ。敵は北からのみ、三人が来ている。どれも武装しており、力量(レベル)22。


「ユウ、近くに隠れる場所はあるか?」


「うん! あるよ!」


「どれぐらいの距離がかかる?」


「うーんと、ごふんぐらい!」


「方向は?」


「あっち!」


 ユウは、兵士の方向を指差した。

 氷雨はちらりと彼女とカイトに横目をやる。

 どちらも肩で息をしており、限界に近い。しかし、走れない程ではなかった。


「よし、――行くぞ」


 あの人数なら行ける超えれる、と彼は思った。

 無言で彼の意思に、カイトと彼女は頷く。カイトはもとより彼に従うしかないのだが、彼女はそれを否定できた。

 このまま、奴らに捕まるというのも残っている。


(でも、もっと見ていたいです……)


 しかし、彼女だから彼の命令をこれとして否定せず、態度で従ったのだ。

 それは恋愛感情ではなかった。かといって、氷雨が自分を買ったという同情でもない。彼の無鉄砲な生き方と、現在も先に見える背中にまとう空気に惹かれたのである。

 絶対なる力への抵抗なんて、彼女はしなかったからだ。

 だから、彼女は彼に妙な“憧れ”を抱いたのだ。


「いっけ~~~~!!」

 

 ――そして、鬼が駆けた。


 速い。速い。

 先頭にいる灰色の者は、真っ直ぐ奴らのもとまで向かう。背中に興奮している子供も、その速さには振り落とされないよう必死にしがみつくしかない。

 それは彼はあくまで、他の二人の速さに付き合っていたからである。

 

 全速力の彼の速さは二人の距離を大きく突き放し、逆に奴らとの距離を大きく詰めるほどだ。


 兵士も背に子供が乗ってる彼が勇猛果敢に突っ込んでくるとは思わなかったが、対応は冷静だった。

 剣を突くように構え、いつでも彼を刺せるようにする。奴らの顔は、少し“楽”の色に染まっていた。

 氷雨がユウを背負ってるからだ。

 “冒険者”が通常持つどの武器にも適応されることだが、武器は手で持つ。足で持つ武器など存在しない。

 

「敵は一人! 増援はまだだ! だが、我々なら()れる! ()れるんだ!!」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 だから、僅か三人と云う兵力ながらも奮起した。

 命令遵守の為、全力を尽くした。

 声も。

 腕も。

 脚も。

 そして、無防備な氷雨を――一斉に突こうとした。


「なっ!?」


 だが、跳ばれて、躱された。

 氷雨は剣を超え、真ん中にいる一人の兵士の肩辺りに、踏み切った方とは逆の左足をかけた。そしてそのまま、もう一方の足で、サッカーボールを蹴るように男の顔面を――蹴った。

 兵士の身体が宙に浮いた。足が地面から離れ、そのまま背中から大地へと向かう。蹴りの衝撃で手からは剣が離れており、白目を向き口からは涎を垂らしている。

 

 ドスンッ!

 

 男は重力に従い、やがて――落ちた。

 氷雨は蹴った直後に、突いて来た別の男の攻撃のために、後ろへ戻るように跳んでいた。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 残る二人の内の一人が――天高く吠えた。

 彼を止めようと、気合を入れたのだ。

 だが、もう意味がない。

 彼女とカイトはすぐ傍まで来ている。


「いっけ~~~~!!」


 ユウは先程までの氷雨のアクロバティックな動きに愉悦し、この状況を楽しんでいる。氷雨も口の端が釣りあがっていた。“時間稼ぎ”が終わったからだ。

 三人で守っていた道は、一人が抜けた事により、大きな穴が出来る。

 一歩戻った氷雨の横を、彼女とカイトが過ぎ去る。

 敵まで、――僅か1メートル。


「まず! 私がっ!!」


 その数秒後。

 一人目。先頭を走っていた彼女がその穴を――駆けた。

 横を通り過ぎる彼女を見て、男達は悔しそうに唇を噛んでいた。

 男二人はワルツの命令により、彼女に攻撃を仕掛けることができない。商品に傷をつけてはならない、がワルツの考えだからだ。


 兵士達は彼女を追おうとはしない。

 やはり、金属製の鎧をつけているだけあって、その重さにより追いつけない可能性が高いからだ。兵士達は、それよりも後から来る者を足止めするほうがいいと考えたのだ。

 ――彼女に体力が無いからである。


「次はっ!!」


 二番目はカイトだった。

 カイトが彼女に続いて、その穴を抜けようとする。

 だが、今度は男達も突いてきた。

 少年を攻撃するのに、縛られた制約が無いからだ。


 全力で二人は突いた。

 遠慮はしない。戸惑いもしない。

 ただ殺す。彼女を捕まえる為に殺す。仲間を全員殺せば、彼女は大人しくこちらの言うことに従うだろうと考えたからだ。

 カイトは彼女の背しか見えていない。

 ゆえに、その銀色の刃が見えなかった。


「屈めっ!」


 ヒュッ!  


 交差した剣のすぐ下を、カイトは抜けた。忠告とも取れる氷雨の怒声を、素直に少年は聞き入れたのだ。

 だから、安全にここを抜け抜けられたのだ。


「……っ!!」


 カイトは先へ走りながら、鋭い音が鳴ったほうに顔をを向けた。

 そこには、殺気を目に充満させ、悔しそうに口元を歪ませる二人の男がいる。

 足が進まない。冷たい汗が背中を流れた。急に身体が冷える。

 本物の“殺意”を、その身で味わったからだった。カイトは、まだそれを断ち切るほどの胆力は、持ってはいなかった。


「きゃ~~~~~~!!」


 その頃。氷雨も二人の横を越えていた。ユウが相変わらずの声を上げてる。

 奴らは寸分違わぬタイミングでわざわざ突いてきたので、氷雨は剣が当たる直前に止まる。そのまま奴らの腕が伸びきった瞬間に、最高速で駆けて行った。

 一度伸びた腕は、引かないと反撃できないからであった。


「あ、アニキ……」


「カイト、なに止まってんだ? さっさと行くぞ」


 うろたえ、進めないカイトに、氷雨は声をかけた。


「えっ!? でもさ……」


 カイトは恐怖のため、全身を針金で縛られたような倦怠感に襲われていた。簡単に歩けるような、そんな一日程度で拭えるイメージではないのだ。だからカイトは立ち止まっていた。恐怖に怯えながら。

 氷雨はそんなカイトを、


「いいから走れよ。ほら?」


「いたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「こっちだぁあああああああああああああああああああああああああ!!」


 背中を蹴って、激励した。

 氷雨が指差す方向には、大勢の人間が集まっている。後ろの兵士の叫び声を聞いた奴らが、次々と湧いてきたのだ。

 カイトはそれらを目に映した。ぶるっと、一回飛び跳ねる。

 生物が原始的に持つ生存本能が、頭の中で勝ったのだろう。

 いつの間にか、あの恐怖は消えていた。

 

「アニキ、オレオレ……」


「速く走れ」


 氷雨にカイトの様子を伺う余裕など無い。

 先に待っている彼女を追って走っていたので、カイトもそれを追跡する形となった。


「待てぇええええええええええええええええええええええええええ!!」


「追え! 追えぇええええええええええええええええええええええええ!!」


 後ろからは、威勢がいい奴らが、人狩りを大胆不敵に行っている。

 少々走るスピードが速くなった一同であった。



 ◆◆◆


 現在、あれから何とか逃げ切った四人は、すぐ近くにある裏道に立っている沢山の家の内の一つ。

 空き家にいた。

 数十日前まで、カイトとユウが住んでいた家である。彼等はここに、あれから始めて帰ってきたのだ。


「どこだ! どこにいるんだ!」


 壁際の向こう。

 たったの数十センチ先では、奴らの低い声がした。

 四人はそれを、息も忍んで去るのを待つ。


「あっちを探しましょう!」


「ああ、そうだな!」


 やがて奴らが近くから去ると、四人はどっと溜まった二酸化炭素を吐き出した。そして、深呼吸を一回したのだ。

 まだ、空はまだ暗かった。

 夜が明ければ、流石の奴らも騎士の目が光っているので手は出せない。

 だが、その黎明(れいめい)まで、まだ数時間ある。

 氷雨達の不利は、依然として変わらなかった。


「おにいちゃん……またおぶってね……」


 彼女とカイトはあの光景を、まだお遊びだと思っているユウを少し羨ましく感じた。

 二人の顔には、疲れが色濃く出てる。

 氷雨は楽そうに壁へ背を預けているが、全身が湿っており、その尋常じゃない汗から疲れは目に見えて分かる。

 ユウに疲労感は出てないが、何度も目を擦り欠伸をしている。おそらく眠たいのだろう。


「すいません。私の自己紹介がまだでしたね。クリスティーナと申します。気軽にクリスと呼んで下さい」


 そんな四人の中で、口を開いたのは彼女改めクリスだった。

 ぐったりとした顔をしているが、その美貌はまだ失われてない。姿勢を崩してないからだ。下は土の上だが正座しており、まるで牡丹のような気品があった。


「ユウだよ……よろしく……ね」


 ユウは自己紹介をしてから、深い眠りについた。

 あぐらをかいている氷雨の上、頭を置いて。

 彼はそれに嘆息をするが、心地よさそうな少女を起こすほどの無駄なエネルギーは無かったので、特に何もしなかった。


「あ、寝ちゃいましたね……」


 クリスはそれを、慈しむような瞳で見つめていた。

 彼女にとってこれは、久しぶりに感じたぬくもりのある雰囲気だ。あの欲望が満ち溢れた牢屋では、決して感じぬものであった。

 

「オレはカイト。宜しく……な……」


 次はカイトだった。

 こちらもいつもの元気が無く、半分目が閉じかかっている。

 うとうととしているのだ。


「はい、宜しくお願いしますね」


「うん……」


 カイトは既に眠たさから、生返事しかできないのだった。


「氷雨だ」


 最後に自己紹介をした氷雨だ。短く自分の名前だけ言った。

 彼だけは、他の三人と違って緊張感を失っていない。

 戦場では気の緩みが死へ繋がる、と祖父から口を酸っぱくして言い聞かされてきたからだ。いつでも動けるような準備はしていた。


「ヒサメさんですね。分かりました。ところで、一つお伺いしていいですか?」


「何だ?」


「では無礼を承知でお伺いします。何故、何故ヒサメさんはその力量(レベル)でそんなに強いんですか?」


 クリスの感じた最大の疑問だった。

 氷雨の力量(レベル)は、――実はクリスよりも若干低い。だが、クリスはあの20台の三人を、突破できる実力でもない。彼女の力量(レベル)は18なので、頑張ったら一人程度は斃せると思ってるが三人は無理なのだ。


 だから、――クリスは不思議だった。

 力量(レベル)は低いのに、圧倒的な強さを誇る氷雨が。“名”や武器などの、強さを底上げする要素さえ、持っていない氷雨が。

 珍獣のような珍しさを、彼に感じたのだ。


「――さあな。知らねえよ」


「そ、そうですか……」


 二人の間に気まずい空気が流れた。それを感じているのはクリスだけで、氷雨はさほども感じていない。

 実は、氷雨も自分の強さの理由を、本当はよく分かっていない。


 “名”は相変わらず発現してないし、武器は鍛え上げた肉体だ。


 この強さの原因が、並みではない祖父との鍛錬だというのは何となく分かるが、元の世界で鍛えた人間がここまで強いのならば、何かしらの形で噂になるはずだ。

 だが、彼も自分以外のゲームプレイヤーが、力量(レベル)差を無視できるほど強いなんて聞いたことが無いし、カイトとユウもそんな都市伝説は聞いたことが無かった。

 ――謎は深まるばかりだ。


「――来たな」


 そんな思考を巡らす内に、彼は不意に思考を止めた。

 周りへの警戒を怠らわない氷雨だからこそ、気がついたのだ。

 すぐに、クリスとカイトに小声で活を入れた。ユウは起こさないよう背に乗っける。


「そう言えば、ここの空き家探してなかったな?」


 すぐ壁の向こう側。声が聞こえた。

 ――奴らだ。

 氷雨は靴の擦れる音や布の擦れるような音が耳に入ったから、緊張感を他の者にも与えたのだ。最初はほんの、リスクマネージメントだった。


「そうだな。念のため調べるか」


 だが、彼のその予感は間違ってなかった。

 兵士が一歩家の中に入った。四人は入り口のあるすぐ近くの壁際にいた。そこは、家の中に入らないと見えない死角の立ち位置だ。

 兵士の目がこちらへと向く前に、氷雨は飛び蹴りを放つ。


「ぐっ!」


 この奇襲を想定してなかったのだろう。男は壁へとぶつかった。

 藪を突いて出てきたのは、蛇ではなく鬼なのだ。

 氷雨は、入り口の外にいたもう一人の兵士と目が会う。


「て、て、敵だぁあ……」


 その兵士の叫び声は空に響き渡る前に、蹴りで止められた。

 だが、すぐに増援は来るだろう。

 静寂が佇む深夜に、ほんの数秒だが誰かが叫んだのだ。

 しかも――男の声。

 誰でも予想がつく。


「さあ、――逃げるぞ」


 氷雨は、先程の衝撃で起きたユウには気づかないまま笑う。

 カイトは、これから訪れる地獄にげんなりした。

 ユウは寝起きなので、頭がぼおーっとしている。

 クリスは意地だけで立っていた。


「いたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「待てぇええええええええええええええええええええええええええ!!」


 彼らの夜は――まだ終わらないのであった。

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