表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第二章 円舞曲
21/88

第二話 奴隷

 ――奴隷商売。

 一応犯罪なので、他の町や他の国なら裏町でしかやっていないが、ここは――不法都市エータル。当たり前のように、大通りに店を構えている商会が数箇所あった。

 騎士も、町人も、冒険者も、全ての者がこの商売を合法とし、黙認しているのである。


 氷雨がただ奴隷を欲しいだけなら、大通りに店を出しているような安っぽい所でいい。質の低い奴隷ならば、安価でそんな店に大量に売ってるだろう。

 だが、彼は、“美人の奴隷”を求めているのだ。安い使い捨ての奴隷ではない。


 そんな奴隷の入手方法は様々だ。

 庶民の身売りや孤児。借金の返済が遅れて結果、売られてしまった者もいる。

 ――だが、いくら入手方法は様々でも、一流の物は、一流の店にしか売っていない。


 それをよく知っている氷雨は、この町の情報通であるカイトに情報の入手を頼んだのだ。

 そして、その翌日の日の落ちた頃。氷雨ら三人は少し出遅れたが、この町で一二を争う商会の一角――ユビキタス商会に来ていた。


「――アニキ、ここだよ」


 カイトは未だジト目だ。

 その視線は深く突き刺さるが、氷雨は気になどしていない。彼は前にある入り口を、注視していたからだ。


 入り口は立派な金属製の門だった。

 氷雨の身長を少し超えるほどの高さに、大人四人分はあろうかと思える横幅。表の装飾に宝石はあしらわれてはいないが、幾重にも折り重なった模様が重厚な高級感を醸成していた。

 彼は無防備にも鍵のかかっていないそれを手で押し、――中に入った。


「あれ、珍しいですね。部下が誰も誘ってないのに来るとは思いませんでしたよ。でも! ようこそ、御出で下さいました! ここがユビキタス商会のエータル支部奴隷部門で~す!! わたくし、この奴隷部門の所長であるワルツと申します! 今後、お見知りおきくださ~い!!」


「……」


 ばたんと氷雨は一回扉を閉め、もう一回開けた。

 だが、やはり立っていたのは同じ男。

 一面白色の、変な男だった。


「あ~れ、もしかして、想像と違ってましたか? すいません! わたし、元来からこの性格なんですよ!!」


 彼らの眼前にいたその男は、とてもキャラが濃かった。

 奥に続く通路に敷いているレッドカーペットも、壁際に置かれている壷などの高価な品も、少し後ろで待機してるような剣を持った戦士も、視界に入らないほど、その男は目立っていた。


 パーマを満遍なく当てたようなくるんとした灰色の髪に、これまたカールした灰色の髭。

 顔の至る所に皺が寄っているので年は40程度と氷雨は思ったが、軽い雰囲気からして実際はもう少し若く見える。

 服はとてもいい素材で作られた縦襟のブレザー。色は白で、同じ色のシルクハットも被っている。

 だからだろう。本来ならとても几帳面に映るはずなのに、何故かふざけて見えた。


「おにいちゃん、とりあえずはなしだけきいて、むりだったらかえろ?」


 氷雨は帰ろうかと思ったが、小声でユウから励まされたので、なんとか踏みとどまった。

 

「ところで! お客様達の求める商品は何ですか? 武器ですか? 防具ですか? それとも奴隷ですか? と、言ってもここじゃあ奴隷しか売ってないんですけどね!! アッハッハッハ!」


 彼は、笑えないアメリカンジョークを聞いてるような感覚に陥り、頭を抱え込んだ。偏頭痛が来たような感じがしたのだ。

 そのジョークの感想としては、凄くつまらない、である。

 笑えもしないワルツの発言に、ぐっと拳を握った氷雨であった。顔面を思い切り、殴りたかったのだ。


「――で! どんな奴隷をお求めでしょうか??? 今なら! わたし~~の! ジョークもお付けしますよ~~!!」


 ワルツは一回だけターンをし、片目を瞑ったまま、顎に手をやった。

 本人ではこれが決めポーズらしい。

 顔は目を大きく開き、決まった大絶賛だと、得意げな顔になってる、いわゆるどや顔だ。


「ジョークはいらねえ。欲しいのは“美人の奴隷”だ」


 おおーー、等の絶賛の拍手を求めていたワルツは、冷たい顔の三人にそっと流されたので、少し寂しくなった。

 しゅんと、顔が曇る。


「そうですか……で~~も! 落ち込むわたしではありません!! ところで、“美人の奴隷”はどういう使い方をするんですか? それともも・し・か・し・て、下のお世話ですか~~???」


 しかし、立ち直るのに一秒もかからなかった。

 こういう扱いには慣れているみたいだ。

 そんなワルツが氷雨に近づいてまで聞いたのは、とても最低な話だ。男として、とても興味があるようである。


「はあ、言わなくても一つしか使い道はないんだ。男なら分かるだろう?」


「お~う! 素晴らしい! 小さな子がいる前でのその回答!! じつに! 想像力を働かせるいい回答だ!! さては貴方、天才ですね???」


 氷雨の発言に、ワルツは大絶賛した。

 “真実”を分かっている人と、分かっていない人。それだけの違いで、この意味の捕らえ方は変わる。

 カイトとユウは話の流れを掴んでいないが、氷雨が褒められたというのは分っていた。だが、ワルツの語る“本質”までは掴んでいないのだった。


「では! 案内しましょう!! 当店きっての美人を!! ではこちらについてきてください!!!」


 三人は、背中を見せたワルツに向かって、赤い絨毯を踏みしめながら歩き始めた。

 

「あ、ちなみに――変な物は触らないでくださいね。隣の剣士くんが殺しちゃうかもしれませんから!!」


 振り返ったワルツの形相は、先程までとは一風変わっていた。

 暗く、冷酷で、鋭い顔つきなのだ。

 カイトとユウはこれにビクッと、一回体が跳ねた。

 気づいたのだ。どれだけフランクな様子でも、やはり、ワルツは、“この町”で営業する商会の所長なのだと。



 ◆◆◆



 三人はワルツに連れられ、左右に鉄格子がある通路の先を抜けていった。鉄格子の先にある牢屋の中身は、多種多様の奴隷たちだ。泣いている物、開き直っている物、様々な人間がそこにいた。

 ちなみに、この通路は明かりは花。迷宮(ダンジョン)の花とは違って、淡い青色が儚げな様子を漂わせている。

 そして、ワルツが大見得を切って、手を広げた。

 

「では! しっかりと! 目に焼き付けるように、ご覧ください!! これが当店きっての美人!! その麗しさは王都の歌姫も、素足で逃げ出すほどです!!!」


 その者は不自然な“首輪”がついていたが、確かに美人だった――。


「うわぁ……!」


 カイトはその姿を見て、感激の声しか出ない。

 ――最初に目についたのは、一切のうねりがないプラチナブロンドの髪だった――。

 まるで銀糸である。一本一本きちんとキューティクルがあり、神々しささえ感じるほどの光沢なのだ。


「わぁ……!!」


 ユウはその端麗された容姿に、同じ女として羨ましいと思った。そこは“格の違い”からか嫉妬さえ抱かない。

 ――次に目に付いたのは、陶器のような白い肌だった――。

 その肌は、クリームのようにきめ細かく、パウダースノーのように柔らかそうなのだ。


「ふーん……」


 氷雨はその魅力的な見栄えに、口角を少し上げた。

 ――最後に目に付いたのは、黄金比のように整頓された容貌だった。

 大きな蒼い目も、高い鼻も、全てが整っていた。どの部分にも欠損はない。スタイルも程よく整っていた。座っているので身長は分からないが、160程度はあるだろう。


「どうです! 大層な美人でしょ??? いやぁ~~わたしたちも苦労したんですよ! これだけの美人を手に入れるのに!! 」


 確かに、と三人は頷く。

 上品なシルクの薄いドレスもそうだが、全身を宝石で着飾っていても、その容姿ゆえに嫌味がないのだ。

 だが、表情は険しい。ワルツを憎むようにきゅっと睨み、視線を外さない。そして――口を開いた。


「“また”、私を売る気なんでしょうか? 昨日も売ったというのに、もうですか……」


「ふう、あなたは会話を楽しむという最高の娯楽を知らないんですか??? 今回のお客様は非常に、冗談に優れた方だというのに……。ああ! わたしは非常に悲しいですよ!! ――『黙りなさい』」


 その瞬間、女性はワルツに向かって何かを言い返そうとしたのだが、強制的に口を閉じられた。

 女性にある大きな“首輪”の効力であった。

 “首輪”の名は、『スレーブ』。この世界の常識の一つである。


「すいませんね! 奴隷が生意気なこと言って! でもご安心下さい!! 『スレーブ』で黙らせましたから! 『スレーブ』は当然ご存知ですよね!!」


「ああ、知ってる」


 氷雨も『スレーブ』はここ数日間のうちに聞いた言葉だった。

 『スレーブ』とは、ほぼ全ての奴隷の首につけられている“首輪”のことだ。

 この首輪は国の研究結果が存分に詰まっており、付けた者に強制的にどんな命令も降すことが出来る物だ。


 元は、怪物(モンスター)を使役する為に生み出されたものだ。

 しかし、怪物(モンスター)に『スレーブ』をつける条件が厳しいのと人にも使えるということから、現在では怪物(モンスター)等には使わず、ほぼ奴隷相手に使っていた。

 と、ここで、ワルツが氷雨に無駄な動作も込みで、大きく振り返った。


「それはよかった! 説明が不要ですからね!! ところで、お望みの商品は、彼女でお気に召しましたか???」


「お気には召したが、彼女は幾らなんだ? 俺の手持ちにも限りがあるんだよ」


「お~う! 助かりました!! わたしの店はほかにも商品を多数扱っておりますが、美貌で云うと彼女が最高位ですから、これ以上の商品は用意してないんですよ~~!! お値段ですね! お値段は――1000万ギルとなっております」


 氷雨は虚を食らった。

 想定外の値段だったのだ。

 この町では子供の一番安い奴隷で、1万ギルぐらいの値段となる。もちろん労働力にも使えなさそうな小さな子供が、この値段だ。

 それより年上になったり、魔法を覚えているや力量(レベル)が高いといった付属により、累乗と値段は上がっていく。美貌もその中に入る。


 でも、いくら絶世の美女でも、奴隷に1000万ギルも出す馬鹿はいない。

 値段が規格外すぎるのだ。1000万ギルもあれば、国籍どころか貴族の身分まで買えるお金だ。普通の感覚の人間なら、そこらの安い奴隷か娼婦で我慢するだろう。


 それにどこかの大富豪な商人なら、希少価値に釣られて買うかもしれないが、そんな上流階級の人間はこんな不法都市には来ない。

 故に、冒険者か成り上がりを夢見てる商人しかいないこの町では、彼女を買う者が現れないのだった。


「高ぇ……」


 これは氷雨にも手が出せる金額ではなかった。

 彼が用意していたお金は120万ギル。この町では間違いなく大金の部類に入る。

 これまでに斃した怪物(モンスター)の戦利品、冒険者などからの戦利品を全て売って作った金だ。その戦利品の中には、異常(イレギュラー)であるメンシュ・ブロンズを斃して手に入れたあの赤い“大剣”も入っている。


 あの“大剣”は当初、カイトとユウから売るのを反対された武器だ。

 これは魔法武器の中でもランクが高い物の一つで、なかなか手に入らないので希少価値が高く、今手放すと二度と手に入らないと言われた。

 だが、氷雨はその反対意見を押し切って売ったのだ。ちなみに70万ギルほどで売れたのである。


「やっぱりそうですか!! いや、予想していたことです! で、どれぐらいの額をお持ちなんですか??? それによって次に紹介する奴隷も変わるので!!」


 ワルツも半ば、予想がついていたのだろう。

 特に疑問も持たず、氷雨の手持ちを聞いた。


「出せるのは、120万ギルだな。これ以上は、俺にも無理だ」


 油断しきっている氷雨の発言に、カイトとユウは動揺した。大金を持ってる雑魚から、エータルでは襲われる。集団で金を奪われ、下手をすれば殺されるのだ。

 二人の子供は、それを口をすっぱくしながら氷雨に言い聞かせているのだが、彼は子供二人の忠告を聞き流すだけだった。


 一方のワルツも目を見開いていた。

 やはり、100万を超える程のお金は大きいのだ。ワルツは一応、ユビキタス商会の雇われ者としての地位なので、もし規則を破れば本社から怖い刺客がやってくる。

 だから、ワルツは、まだ会社の規則は破っていなかったのだった。

 そんな男は、氷雨の力量(レベル)の低さを見て、いつも通りのセリフを述べた。


「120万!! その格好からしては相当な量をお持ちですね~~!! う~~ん! こうしましょう!! もし、こちらの条件を全て飲んでくれるなら! そのお金で! ――彼女を買いませんか???」


「はあ?」


「いえいえ! 条件さえ飲んでいただけたなら!! 彼女はいくらでも安くなるんです!!」


「その条件って?」


「まず、あの宝石を全て取り外します! それだけで20万は安くなりますね! 次は――『スレーブ』です! 『スレーブ』さえ外したら、もっと安くなるんですよ~~!! これでギリギリ120万円になります! どうしますか~~???」


 ワルツはその後、氷雨の耳元に口を近づけ、『スレーブ』のシステムを話し始めた。

 『スレーブ』は、税金から取り出した開発費用に多数のお金がかかっている。

 だが、一定の額にするとそれ以上税金をとれないので、政府はこれをつけた奴隷の半分の値段を『スレーブ』の経費としたのだ。

 

 もちろん『スレーブ』をつけないと、商会側としてはとても儲かるのだが、客はよく言うことの聞く『スレーブ』付きの奴隷を欲しがる。

 なので、それを外せば、かなりの奴隷の値段を落とせるのだ。


「わかっ……」


「おにいちゃん! ちょっとまって!」


 氷雨は、この上手い話に景気よく乗ろうとしたのだが、すぐにユウが止めた。

 彼女はこれを危険だと、裏があると思ったのだ。

 エータルを、氷雨より長く住んでいる経験からの考えだ。その点については、カイトも同じだった。カイトもユウと一緒になって、氷雨に彼女を買うのは止めといたほうがいいと言ったのだが、


「よし、分かった。――彼女を買う」


「アニキっ!」


「おにいちゃんっ!」


 彼は独断で、決めた。

 子供二人は氷雨に、それからも説得を続けるのだが、彼は聞く耳を持たない。

 

「――ちょっと」


 そのすぐ隣、ワルツの護衛としていた剣士が、男を呼んだ。


「なんですか???」


「あの男がいくら力量(レベル)が低くても、あの子を売るのは止めといたほうがいいと思います」


 剣士は、独特の直感から、氷雨の違和感を小声で指摘したのだ。

 だが、ワルツも氷雨と一緒。

 “いい話”にはもちろん乗り、そんな不確定要素を疑わない。

 ワルツは、目にも留まらぬ速さで剣士を殴り、壁に激突させ――気絶させた。


「うん? 何の音だ」


「いえいえ、なんでもありませんよ! では! お客様待望のご商品を用意します!! 少々、お待ちください!!!」


 ワルツの顔は、実に笑顔だった。

 これからの事を思うと、自然と笑顔になるワルツであった。



 ◆◆◆



「じゃあな」


「ええ、では“また”のご来店をお待ちしておりま~~す!!」


 それから数十分後、氷雨は彼女を連れて、この店から出て行った。

 勿論金を置いていってで、だ。

 ワルツは現在、店内の一角にある黒い部屋で椅子にいた。

 明かりは、丸い机の上に置いたロウソク一本だ。

 彼はその数十枚置かれた金貨をホクホク顔で見て、目の前にいる数十人の立った剣士達に告げたのだ。


「皆さん! では! ショーの開幕をお願いしますね!!!」


 ――次の瞬間、剣士達はぞろぞろと動き出したのだった。

 その首には、全員首輪がついていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ