第二話 奴隷
――奴隷商売。
一応犯罪なので、他の町や他の国なら裏町でしかやっていないが、ここは――不法都市エータル。当たり前のように、大通りに店を構えている商会が数箇所あった。
騎士も、町人も、冒険者も、全ての者がこの商売を合法とし、黙認しているのである。
氷雨がただ奴隷を欲しいだけなら、大通りに店を出しているような安っぽい所でいい。質の低い奴隷ならば、安価でそんな店に大量に売ってるだろう。
だが、彼は、“美人の奴隷”を求めているのだ。安い使い捨ての奴隷ではない。
そんな奴隷の入手方法は様々だ。
庶民の身売りや孤児。借金の返済が遅れて結果、売られてしまった者もいる。
――だが、いくら入手方法は様々でも、一流の物は、一流の店にしか売っていない。
それをよく知っている氷雨は、この町の情報通であるカイトに情報の入手を頼んだのだ。
そして、その翌日の日の落ちた頃。氷雨ら三人は少し出遅れたが、この町で一二を争う商会の一角――ユビキタス商会に来ていた。
「――アニキ、ここだよ」
カイトは未だジト目だ。
その視線は深く突き刺さるが、氷雨は気になどしていない。彼は前にある入り口を、注視していたからだ。
入り口は立派な金属製の門だった。
氷雨の身長を少し超えるほどの高さに、大人四人分はあろうかと思える横幅。表の装飾に宝石はあしらわれてはいないが、幾重にも折り重なった模様が重厚な高級感を醸成していた。
彼は無防備にも鍵のかかっていないそれを手で押し、――中に入った。
「あれ、珍しいですね。部下が誰も誘ってないのに来るとは思いませんでしたよ。でも! ようこそ、御出で下さいました! ここがユビキタス商会のエータル支部奴隷部門で~す!! わたくし、この奴隷部門の所長であるワルツと申します! 今後、お見知りおきくださ~い!!」
「……」
ばたんと氷雨は一回扉を閉め、もう一回開けた。
だが、やはり立っていたのは同じ男。
一面白色の、変な男だった。
「あ~れ、もしかして、想像と違ってましたか? すいません! わたし、元来からこの性格なんですよ!!」
彼らの眼前にいたその男は、とてもキャラが濃かった。
奥に続く通路に敷いているレッドカーペットも、壁際に置かれている壷などの高価な品も、少し後ろで待機してるような剣を持った戦士も、視界に入らないほど、その男は目立っていた。
パーマを満遍なく当てたようなくるんとした灰色の髪に、これまたカールした灰色の髭。
顔の至る所に皺が寄っているので年は40程度と氷雨は思ったが、軽い雰囲気からして実際はもう少し若く見える。
服はとてもいい素材で作られた縦襟のブレザー。色は白で、同じ色のシルクハットも被っている。
だからだろう。本来ならとても几帳面に映るはずなのに、何故かふざけて見えた。
「おにいちゃん、とりあえずはなしだけきいて、むりだったらかえろ?」
氷雨は帰ろうかと思ったが、小声でユウから励まされたので、なんとか踏みとどまった。
「ところで! お客様達の求める商品は何ですか? 武器ですか? 防具ですか? それとも奴隷ですか? と、言ってもここじゃあ奴隷しか売ってないんですけどね!! アッハッハッハ!」
彼は、笑えないアメリカンジョークを聞いてるような感覚に陥り、頭を抱え込んだ。偏頭痛が来たような感じがしたのだ。
そのジョークの感想としては、凄くつまらない、である。
笑えもしないワルツの発言に、ぐっと拳を握った氷雨であった。顔面を思い切り、殴りたかったのだ。
「――で! どんな奴隷をお求めでしょうか??? 今なら! わたし~~の! ジョークもお付けしますよ~~!!」
ワルツは一回だけターンをし、片目を瞑ったまま、顎に手をやった。
本人ではこれが決めポーズらしい。
顔は目を大きく開き、決まった大絶賛だと、得意げな顔になってる、いわゆるどや顔だ。
「ジョークはいらねえ。欲しいのは“美人の奴隷”だ」
おおーー、等の絶賛の拍手を求めていたワルツは、冷たい顔の三人にそっと流されたので、少し寂しくなった。
しゅんと、顔が曇る。
「そうですか……で~~も! 落ち込むわたしではありません!! ところで、“美人の奴隷”はどういう使い方をするんですか? それともも・し・か・し・て、下のお世話ですか~~???」
しかし、立ち直るのに一秒もかからなかった。
こういう扱いには慣れているみたいだ。
そんなワルツが氷雨に近づいてまで聞いたのは、とても最低な話だ。男として、とても興味があるようである。
「はあ、言わなくても一つしか使い道はないんだ。男なら分かるだろう?」
「お~う! 素晴らしい! 小さな子がいる前でのその回答!! じつに! 想像力を働かせるいい回答だ!! さては貴方、天才ですね???」
氷雨の発言に、ワルツは大絶賛した。
“真実”を分かっている人と、分かっていない人。それだけの違いで、この意味の捕らえ方は変わる。
カイトとユウは話の流れを掴んでいないが、氷雨が褒められたというのは分っていた。だが、ワルツの語る“本質”までは掴んでいないのだった。
「では! 案内しましょう!! 当店きっての美人を!! ではこちらについてきてください!!!」
三人は、背中を見せたワルツに向かって、赤い絨毯を踏みしめながら歩き始めた。
「あ、ちなみに――変な物は触らないでくださいね。隣の剣士くんが殺しちゃうかもしれませんから!!」
振り返ったワルツの形相は、先程までとは一風変わっていた。
暗く、冷酷で、鋭い顔つきなのだ。
カイトとユウはこれにビクッと、一回体が跳ねた。
気づいたのだ。どれだけフランクな様子でも、やはり、ワルツは、“この町”で営業する商会の所長なのだと。
◆◆◆
三人はワルツに連れられ、左右に鉄格子がある通路の先を抜けていった。鉄格子の先にある牢屋の中身は、多種多様の奴隷たちだ。泣いている物、開き直っている物、様々な人間がそこにいた。
ちなみに、この通路は明かりは花。迷宮の花とは違って、淡い青色が儚げな様子を漂わせている。
そして、ワルツが大見得を切って、手を広げた。
「では! しっかりと! 目に焼き付けるように、ご覧ください!! これが当店きっての美人!! その麗しさは王都の歌姫も、素足で逃げ出すほどです!!!」
その者は不自然な“首輪”がついていたが、確かに美人だった――。
「うわぁ……!」
カイトはその姿を見て、感激の声しか出ない。
――最初に目についたのは、一切のうねりがないプラチナブロンドの髪だった――。
まるで銀糸である。一本一本きちんとキューティクルがあり、神々しささえ感じるほどの光沢なのだ。
「わぁ……!!」
ユウはその端麗された容姿に、同じ女として羨ましいと思った。そこは“格の違い”からか嫉妬さえ抱かない。
――次に目に付いたのは、陶器のような白い肌だった――。
その肌は、クリームのようにきめ細かく、パウダースノーのように柔らかそうなのだ。
「ふーん……」
氷雨はその魅力的な見栄えに、口角を少し上げた。
――最後に目に付いたのは、黄金比のように整頓された容貌だった。
大きな蒼い目も、高い鼻も、全てが整っていた。どの部分にも欠損はない。スタイルも程よく整っていた。座っているので身長は分からないが、160程度はあるだろう。
「どうです! 大層な美人でしょ??? いやぁ~~わたしたちも苦労したんですよ! これだけの美人を手に入れるのに!! 」
確かに、と三人は頷く。
上品なシルクの薄いドレスもそうだが、全身を宝石で着飾っていても、その容姿ゆえに嫌味がないのだ。
だが、表情は険しい。ワルツを憎むようにきゅっと睨み、視線を外さない。そして――口を開いた。
「“また”、私を売る気なんでしょうか? 昨日も売ったというのに、もうですか……」
「ふう、あなたは会話を楽しむという最高の娯楽を知らないんですか??? 今回のお客様は非常に、冗談に優れた方だというのに……。ああ! わたしは非常に悲しいですよ!! ――『黙りなさい』」
その瞬間、女性はワルツに向かって何かを言い返そうとしたのだが、強制的に口を閉じられた。
女性にある大きな“首輪”の効力であった。
“首輪”の名は、『スレーブ』。この世界の常識の一つである。
「すいませんね! 奴隷が生意気なこと言って! でもご安心下さい!! 『スレーブ』で黙らせましたから! 『スレーブ』は当然ご存知ですよね!!」
「ああ、知ってる」
氷雨も『スレーブ』はここ数日間のうちに聞いた言葉だった。
『スレーブ』とは、ほぼ全ての奴隷の首につけられている“首輪”のことだ。
この首輪は国の研究結果が存分に詰まっており、付けた者に強制的にどんな命令も降すことが出来る物だ。
元は、怪物を使役する為に生み出されたものだ。
しかし、怪物に『スレーブ』をつける条件が厳しいのと人にも使えるということから、現在では怪物等には使わず、ほぼ奴隷相手に使っていた。
と、ここで、ワルツが氷雨に無駄な動作も込みで、大きく振り返った。
「それはよかった! 説明が不要ですからね!! ところで、お望みの商品は、彼女でお気に召しましたか???」
「お気には召したが、彼女は幾らなんだ? 俺の手持ちにも限りがあるんだよ」
「お~う! 助かりました!! わたしの店はほかにも商品を多数扱っておりますが、美貌で云うと彼女が最高位ですから、これ以上の商品は用意してないんですよ~~!! お値段ですね! お値段は――1000万ギルとなっております」
氷雨は虚を食らった。
想定外の値段だったのだ。
この町では子供の一番安い奴隷で、1万ギルぐらいの値段となる。もちろん労働力にも使えなさそうな小さな子供が、この値段だ。
それより年上になったり、魔法を覚えているや力量が高いといった付属により、累乗と値段は上がっていく。美貌もその中に入る。
でも、いくら絶世の美女でも、奴隷に1000万ギルも出す馬鹿はいない。
値段が規格外すぎるのだ。1000万ギルもあれば、国籍どころか貴族の身分まで買えるお金だ。普通の感覚の人間なら、そこらの安い奴隷か娼婦で我慢するだろう。
それにどこかの大富豪な商人なら、希少価値に釣られて買うかもしれないが、そんな上流階級の人間はこんな不法都市には来ない。
故に、冒険者か成り上がりを夢見てる商人しかいないこの町では、彼女を買う者が現れないのだった。
「高ぇ……」
これは氷雨にも手が出せる金額ではなかった。
彼が用意していたお金は120万ギル。この町では間違いなく大金の部類に入る。
これまでに斃した怪物の戦利品、冒険者などからの戦利品を全て売って作った金だ。その戦利品の中には、異常であるメンシュ・ブロンズを斃して手に入れたあの赤い“大剣”も入っている。
あの“大剣”は当初、カイトとユウから売るのを反対された武器だ。
これは魔法武器の中でもランクが高い物の一つで、なかなか手に入らないので希少価値が高く、今手放すと二度と手に入らないと言われた。
だが、氷雨はその反対意見を押し切って売ったのだ。ちなみに70万ギルほどで売れたのである。
「やっぱりそうですか!! いや、予想していたことです! で、どれぐらいの額をお持ちなんですか??? それによって次に紹介する奴隷も変わるので!!」
ワルツも半ば、予想がついていたのだろう。
特に疑問も持たず、氷雨の手持ちを聞いた。
「出せるのは、120万ギルだな。これ以上は、俺にも無理だ」
油断しきっている氷雨の発言に、カイトとユウは動揺した。大金を持ってる雑魚から、エータルでは襲われる。集団で金を奪われ、下手をすれば殺されるのだ。
二人の子供は、それを口をすっぱくしながら氷雨に言い聞かせているのだが、彼は子供二人の忠告を聞き流すだけだった。
一方のワルツも目を見開いていた。
やはり、100万を超える程のお金は大きいのだ。ワルツは一応、ユビキタス商会の雇われ者としての地位なので、もし規則を破れば本社から怖い刺客がやってくる。
だから、ワルツは、まだ会社の規則は破っていなかったのだった。
そんな男は、氷雨の力量の低さを見て、いつも通りのセリフを述べた。
「120万!! その格好からしては相当な量をお持ちですね~~!! う~~ん! こうしましょう!! もし、こちらの条件を全て飲んでくれるなら! そのお金で! ――彼女を買いませんか???」
「はあ?」
「いえいえ! 条件さえ飲んでいただけたなら!! 彼女はいくらでも安くなるんです!!」
「その条件って?」
「まず、あの宝石を全て取り外します! それだけで20万は安くなりますね! 次は――『スレーブ』です! 『スレーブ』さえ外したら、もっと安くなるんですよ~~!! これでギリギリ120万円になります! どうしますか~~???」
ワルツはその後、氷雨の耳元に口を近づけ、『スレーブ』のシステムを話し始めた。
『スレーブ』は、税金から取り出した開発費用に多数のお金がかかっている。
だが、一定の額にするとそれ以上税金をとれないので、政府はこれをつけた奴隷の半分の値段を『スレーブ』の経費としたのだ。
もちろん『スレーブ』をつけないと、商会側としてはとても儲かるのだが、客はよく言うことの聞く『スレーブ』付きの奴隷を欲しがる。
なので、それを外せば、かなりの奴隷の値段を落とせるのだ。
「わかっ……」
「おにいちゃん! ちょっとまって!」
氷雨は、この上手い話に景気よく乗ろうとしたのだが、すぐにユウが止めた。
彼女はこれを危険だと、裏があると思ったのだ。
エータルを、氷雨より長く住んでいる経験からの考えだ。その点については、カイトも同じだった。カイトもユウと一緒になって、氷雨に彼女を買うのは止めといたほうがいいと言ったのだが、
「よし、分かった。――彼女を買う」
「アニキっ!」
「おにいちゃんっ!」
彼は独断で、決めた。
子供二人は氷雨に、それからも説得を続けるのだが、彼は聞く耳を持たない。
「――ちょっと」
そのすぐ隣、ワルツの護衛としていた剣士が、男を呼んだ。
「なんですか???」
「あの男がいくら力量が低くても、あの子を売るのは止めといたほうがいいと思います」
剣士は、独特の直感から、氷雨の違和感を小声で指摘したのだ。
だが、ワルツも氷雨と一緒。
“いい話”にはもちろん乗り、そんな不確定要素を疑わない。
ワルツは、目にも留まらぬ速さで剣士を殴り、壁に激突させ――気絶させた。
「うん? 何の音だ」
「いえいえ、なんでもありませんよ! では! お客様待望のご商品を用意します!! 少々、お待ちください!!!」
ワルツの顔は、実に笑顔だった。
これからの事を思うと、自然と笑顔になるワルツであった。
◆◆◆
「じゃあな」
「ええ、では“また”のご来店をお待ちしておりま~~す!!」
それから数十分後、氷雨は彼女を連れて、この店から出て行った。
勿論金を置いていってで、だ。
ワルツは現在、店内の一角にある黒い部屋で椅子にいた。
明かりは、丸い机の上に置いたロウソク一本だ。
彼はその数十枚置かれた金貨をホクホク顔で見て、目の前にいる数十人の立った剣士達に告げたのだ。
「皆さん! では! ショーの開幕をお願いしますね!!!」
――次の瞬間、剣士達はぞろぞろと動き出したのだった。
その首には、全員首輪がついていたのだった。