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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第二章 円舞曲
20/88

第一話 歓楽街

 ――不法都市エータル。

 暗く、陰鬱で、真っ暗闇の希望もなにもない町だったが、唯一東南だけには――夢があった。

 そこは夜がない場所だと、町中の者から言われていた。この町で唯一、夜間営業が“騎士”から黙認されているエリアだからだ。


 いわゆる――歓楽街。

 夜でも明かりが差し、魅力的な女性がたくさんいて、常世に疲れた冒険者が羽を休める場所であった。

 

「すっげえ!!」


 現在、カイトはたった一人で、そんな禁断のエリアにいた。

 少年の目の前では、怪しい外灯で蛍のように人を集め、妖艶な女性で店に誘っていた。子供である彼には、初めて目の当たりにした欲望うごめく場所だ。

 決して子供であるカイトが、居て、大丈夫な場所ではない。もし歓楽街の表通りへと出れば、たちまち身ぐるみを剥がされるだろう。


「……っと、仕事しなくちゃな! アニキからの久しぶりの依頼だしっ!!」


 だが、彼がいたのは幸いにも裏道であった。

 それもネズミが闊歩(かっぽ)し、ゴミが溢れる裏道。これから女を抱き、美味い酒を飲もうとしている冒険者が入るような場所ではない。

 無論、そこにはカイト以外の人間はいなかった。

 カイトはそんなところから、表の華やかな世界を見ていたが、すぐに用事を思い出し、行動に移した。

 年端もいかぬ少年が、慣れたように闇に紛れるのは驚嘆の二文字だろう。


「……さ、てと……」


 彼が向かったのは、一軒の酒場だ。

 それも税のかかるギルドとは違い、少しばかり安く、法を守っていないエータルならではの酒場である。カイトはまずそんな酒場に、店の裏口から入った。

 そこはキッチンであった。

 明かりが全くなく、もう使われていないキッチンである。クモの巣まで張っており、長年使われていない鍋やお玉が、悲しげに放置されていた。


(昔は料理屋だったのかな?)


 カイトが予測する。

 売れなくなった店が、借金のため売り払い、別の用途に使われるのはよくあることだ。中を改装したり、立て替えたりするのが、容易に行えないこの世界ならではの“当たり前”であった。

 この歓楽街にある遊郭(ゆうかく)も、そのほとんどがもとあった店や家、宿屋などを使っていた。


「おい! 姉ちゃん!! こっちにも酒頼む!!」


「はいはい!!」


「ちょっとこっちでサービスしてくれよ! な? な?」


「それは隣の店に行ってくださいな」

 

 最初、カイトは物陰に隠れながら進んでいた。すると、数十センチ進んだあたりで、遠くの方から彼の耳に、野太い声と艶やかな声がはっきりと聞こえた。と、同時にアルコール臭もした。

 その瞬間、より一層、見つかったらと思うと、気を引き締めることになるのだった。

 カイトは抜き足、差し足、忍び足、とキッチンをまた歩く。


「っ!!」


 そして、暗いキッチンから、酒場の中の様子を遠目から覗き見ると、鼻血が出るかと思った。

 透けるほど薄い一枚の布を身につけた女性が、筋骨隆々な冒険者たちの給仕を務めていたのである。酒を出し、簡単なつまみを出し、話をするといった仕事だ。


「ユウガオちゃん! ちょっとこっちで話を聞いてくれよ?」


「いいわよ~! ちょっと待ってね!!」


 酒を煽るように飲む野太い冒険者が近くの女性に声をかける。するとそんな従業員は嫌な顔一つせず、隣の席に座り、話し始めた。


「ウスクモちゃん! オレにエール酒を頼む!!


「は~い!」


 同じパーティーの冒険者と呑んでいた男は、切れた酒を近くの女性に頼んだ。別の木の器に入っていたエール酒を、女性は間髪も入れずすぐに入れる。


(時間との戦いだな……)


 カイトは様々な者の話し声が聞こえる暗いキッチンで、じっと身を潜めた。

 これが、彼の情報の得方であった。

 金も、コネも、力も無いカイトは“普通”の方法ではなかなか情報は手に入らない。いい宿、いい食堂など。これらは町をすみからすみまで歩いたら、まだ、手に入るが、高値な情報であるホットなニュースは手に入らない。


 だが、そういうのを手に入れなければ、ストリートチルドレンを抜けたカイトは生活できなかった。

 だから――裏技、ともいえる方法を作ったのである。

 それは“盗み聞き”。ばれれば即死物の危ない方法だが、生きるためにはしかたがない、とカイトは危険を顧みず、この方法をずっと続けていた。


 今なら氷雨からお金を渡されたので、普通に情報を買うことができるが、それは彼は使わなかった。

 恐いのだ。

 金を持っているのを、どこかのゴロツキかハイエナに聞かれ、目を付けられるのを。この方法なら、バレさえしなければ目を付けられることはない。


 そして、カイトは、これが見つかった回数は――零。


 小動物並みの危機感知能力は、脱帽に値するものであった。

 彼はそんな風に、注意のネットを張り巡らせていてから、数十分が経った。


「なあ、知っているか? 最近下位の名無しの迷宮(ダンジョン)に、凄く強い怪物(モンスター)がいるらしいぞ!」


 や、


「そうそう最近さあ! 人をこけにしたようなふざけた“名”があるらしいぞ! 」


 など、様々な情報は手に入ったが、念願の情報は聞けなかった。

 そうカイトの考案したこの方法は利点が多いのだが難点として、聞きたい情報が聞けないのである。

 

(もうちょっと粘るか……)


 少し、月は落ちた。

 だが、カイトはもう少しここに残ることにした。残れば残るほどリスクは高まるのだが、彼はそれをとった。

 アニキと親しみを込めて呼んでいる氷雨の期待に応えられないのが、嫌だったようだ。

 それは貰った金貨を使わず、情報を手に入れて、氷雨に褒められたいとの胸中もあったのだろう。


「……オレさあ、今日いいアイテムを手に入れたんだよ……それも高く売れたアイテムなんだよな……」


 雑談によるノイズが入り混じった多数人の会話。その中に、ふと、注目するような会話があった。なのでカイトはそっと、耳を済ませた。


「へえ~、そうなんだ……。どのくらい手に入ったの?」


 囁くように応えた妖美な女性は、腕首や太ももに宝石をあしらったアクセサリーをつけていた。白く透き通るような肌に、赤や青など色鮮やかな宝石はとても似合っている。

 いや、彼女だけではない。どの女性も自分を引き立てるため、邪魔にならない程度につけていた。


「内緒だったらいいぜ?」


「ええ。誰にも言わないわ。だ・か・ら、おしえて?」


 その女性は足を組み替えた。

 それだけで、クラっと脳髄に響くよう刺激が、そこにはある。それだけではない。熱い吐息。滴る汗。少し透ける服、など溢れんばかりの魅力があった。


「……70万ギルだ」


 酒の酔いに騙され、女の色香に騙され、場の明るい雰囲気に騙され、男は女の耳元で喋った。


「……っ!」


「凄いだろ? 俺のような中堅どころじゃ、絶対に手に入らない金だ――」


 男が語るそれは、真実だった。

 冒険者は金を生活費だけではなく、装備にも使う。それは武器の殆どが消耗品だからである。使えば使うほど切れ味は落ち、鎧は欠ける。それにより強い新たな武器も欲しいだろう。

 だから冒険者は、高い給料の割に儲からないのであった。


「――で、だ。そこで、だ。この後、仕事の後どうだい? 一緒にフラッとどこかへ行かないか?」


 そして囁くように、男は誘った。

 甘美な魔力がある言葉を。

 詳しくは語っていない。だが、女には意味がよく分かった。


「…………遠慮しとくわ」 


 しかし女は断った。


「……なんでだ? 美味しい話だと思うぜ」


「そうね。でも、私はそんな気無いし、今日はいいわ」


「そうかい……。悪かったな……」


 男は簡単に諦め、それ以上無理強いはしなかった。

 もし彼女たちに何かあれば、すぐにここのオーナーの直属の兵士が飛んでやってくる。ここは“そういう”場所ではない。ただ魅力的な女性と会話をし、酒を飲む場所なのだ。“そういう”ことがしたければ、隣の店に行けばよかった。


「でも、代わりといってはなんだけど、いい情報をあげるわ」


「いい情報?」


「ええ。とってもいい情報でね。その程度のお金があれば――とびっきりの美女が買えるのよ」


 男は眼を見開いた。

 奴隷は――高い。

 この町でいい物は、おそらく豪邸よりも上回るだろう。それに比べれば、70万ギルなどはした金である。


「ウソだろ……。どうせ美味そうに太った女だろ……」


 男は興味がなさそうな目で、女を見た。

 

「いえ、本当に美女よ。私なんか足元にも及ばないぐらい……そうね。一応そこは信用していいわ。あの“ユビキタス商会”だし」


「本当かよ! ……いや、待てよ。確かユビキタス商会って、奴隷商売やってなかったよな? 大通りにある俺の知っている店は、奴隷なんて売ってなかったぞ?」


「で、しょうね……」


「は? どういうことだ?」


 女の知ったような感じに、男は疑問を持った。


「そこじゃあ無いのよ。そこじゃなくて、南東の表に果物屋があったでしょ? ほら、あの珍しい無花果が売っている店よ……」


「ああ」


「そこの裏にある店で、とても安くていい奴隷が売ってるのよ。これも内緒よ? 私が知っている秘密だから……」


 禁断の情報を、女は男へ教えた。

 その瞬間、キッチンで物音が聞こえた。

 それを不思議に思った客がいない女性従業員は、長年使われていないキッチンに足を踏み入れるが、そこには誰もいなかった。ただ、扉が開いていただけ。女性はそれを疑問に思っていた。


「内緒か……。分かったよ。じゃあ、お代はここに置いといていいよな? ちょっと用事が出来たんでな!」


「ふふっ、忙しい人ね。じゃ、また来てね」


「一生来ないかもしれないな」


 口がにやけた男は硬貨を何枚か机の上に置いて、店から出て行った。

 女は急に態度が変わった男に向かって、ほっとしたようなため息を一つ。そして、それから女は先ほどの男のことを忘れるように仕事に励んだ。

 そして黎明が来て、仕事が終わり、店から出て、自分の住んでいる家へと帰ろうとしたころ――声が鳴った。


「――ユウガオさん! ユビキタス商会のエータル支部奴隷部門の宣伝ありがとうございます! あなたの奴隷契約は、あと200万ギルで終わりですね!! それまで、これまでと同じように、妹さんのため存分と働いてください!!」


 人を挑発したような変に甲高い声だった。

 それに、


「……はい」


「素直はいいことですねっ!!」


 女は歯を噛みしめながら、首を縦に振ることしかできないのだった。

第二章の第一話は変わりまして、前回には無い話になっております。

もしよろしければこれらについてのご感想、ご評価などをいただけると、とても嬉しいです。よろしくお願いいたしします。


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