第十七話 エピローグ
彼がメンシュ・ブロンズを斃して力量アップしたすぐ後のことだった。
すると、これまでとは異なりもう一回『デバイス』が鳴ったのだ。それは、氷雨が初めて技を手に入れた時でもあった。
――ピコーン、『力量読み』を獲得しました。
彼にとっては聞きなれない名称である。
だが、冒険者にとっては“これ”がないと、死活問題になる。
何故なら、相手の強さの基準となる力量が、無制限に“視れる”からだ。もし敵の戦力を読み間違えたら、己の死に直結するからである。
そして、この技は他の全ての技と違い、特異な点がいくつかあった。
まず、武器の種類に左右されたりしない。これは剣だろうが、弓だろうが、条件さえ満たせば誰にでも使えるのである。
次に、力量が10を超えれば、誰にでも扱えたのだ。氷雨がこれまで戦ってきた冒険者達も、この技を使って彼の強さを下に視たのだ。
(でも、使わねえだろうな)
一般の冒険者ならこれ以上ないぐらい便利なものだが、“強さ”を力量以外の基準で測っている彼には無縁のものだった。
そんな風に氷雨はメンシュ・ブロンズの結晶石や、ドロップアイテムである大剣を拾いながら考えていると、あの三人組の一人が駆け寄ってきた。
「お前……いや、こんな呼び方じゃあ、俺等の窮地を救ってくれたのに申し訳がたたねえな! 俺はレン! 是非、名前を教えてくれ!」
槍を持った男。レンである。
兜をとったレンの肌は若干焼けてはいて、身長は180と氷雨よりも若干高くモデルのような八頭身。髪は短い茶髪でツンツンに立っていた。顔は綺麗には、整ってはいない。だが、太いその眉毛も含めて、男らしい顔立ちだ。
声は大きく、細い中に詰まった筋肉も、燃え滾ったような目も、その全てが炎のように――熱い。
「……氷雨だ」
「そうか! 氷雨か! これからよろしくな!」
「あ……ああ」
レンは戸惑う氷雨の右手を強引に握り、尊敬するような眼差しで見つめた。
そんな青年の武器は槍だ。現在は背中にかかっており、穂先は幅広で火を模した複雑な模様となっており、色は赤い。
鎧は革で作られており、関節以外のほぼ全身を覆っていた。
「それにしても氷雨は凄いなあ~~!! あいつは俺達が手も足も出なかった異常だ! それにあんな力量で勝つなんて……! 憧れるぜ!!」
「そうだな……」
氷雨は相槌だけを打ちながら、マシンガンのようなレンの話に答えていると、それを止めるように一人の男がやってきた。
走らず、慌てず、ゆっくりと歩んできたその男は、先程氷雨がメンシュ・ブロンズに立ち向かうのを止めた者だった。
「レン、君はただでさえ暑苦しいんだ。それよりすまなかったな、力量が低いってだけで君の実力を下に視て……。お恥ずかしい限りだよ。ボクはアキラだ。もし、差支えがなければこれからも宜しく頼むよ」
アキラは強く握るレンとは違い、優しく氷雨の手を握った。
氷雨もそれに握り返す。彼にとってはレンよりも、好感がまだ持てる男だ。
「ああ、よろしく」
アキラは、長い金属で出来た棍棒を持った男だった。装備はレンとよく似ている。ただし、兜はなしだ。
背は氷雨よりも低く、体の線は細い。特徴としては透き通った白髪よりも、眼鏡に目が行く。こちらはレンとは違い、女性のように目鼻が整っていた。
文武両道と眉目秀麗、どちらの言葉も似合いそうな男だった。
「おい! アキラ! 俺が氷雨と喋ってたんだぞ!」
「ふん、君のような猪突猛進の男のせいで、彼は困ってたんだ。それを分からずしてどの口が言う? 先程のメンシュだって、君が戦うと言わなければ、彼に火の粉が飛ぶこともなかった!」
「だからって、しょうがねえじゃんかよ! お前も知ってるだろ? 俺が“あいつ”を早く助けたいってことは! その為には金が要るって!!」
「ああ、知ってるさ! 僕も君が“あの子”を助けたいと、頑張っているのは分かる。それに僕だって“あの子”を助けたいさ。だからって、命を無駄にするのは違うと僕は言いたいんだ!」
氷雨は、急激に発展したレンとアキラの会話をずっと聞いていた。
お互いに強い眼差しを向けた言い争いは、次第に発展していく。冷静と思っていたアキラの語尾も、どんどん強くなっていった。
そんな口喧嘩を、彼は半分も聞いてはいない。
仲がいいから、すぐに治まると彼は思っていたのだ。仲が悪かったら口喧嘩をすっとばして殴りあいになるとか、口喧嘩の内容も下劣な相手を罵る言葉ばかりになる。
だが、この二人は違う。
この二人はあくまで価値観の相違で、争っているだけなのだ。だから、口喧嘩の内容も考え方の違いだ。
氷雨は詳しい事情は知らないが、大体の理由は分かった。レンは誰かを救うために金が必要で、そのために沢山の金を稼ぐよう、危険を冒している。アキラはそんな命を犠牲にして、金を稼ごうとするレンを非難していた。金より命のほうが大事だと。
「こらっ! 喧嘩しちゃ駄目でしょう!」
そんな二人の言い合いを、止める者がやっと現れた。
女性であった。
腰まであろう癖のある黒髪を、一つのゴムで結い上げながら縛っている女性だ。
「で、でもよ……」
「マミさん、し、しかし……」
「でももしかしも関係ないっ! 争いは絶対駄目って、約束したでしょう!」
その威圧感のある女性は綺麗だった。
長いまつげの下で茶色の猫目が映えており、唇はワインのように深く赤い。アジア系の綺麗な顔立ちだった。チャームポイントは、口元にあるほくろだろう。
それに身長は高く、スタイルは完璧。特に氷雨の姉とは違い、胸部は大きかった。
見る限りは非の打ち所がない女性だった。
持っている武器は木製の簡易な弓。背中にある矢筒には三本の矢しか残っていない。今日の激戦でいくつか失ったのであろう。
装備は金属製であるが、ほぼ全身を隠している男性二人に比べると、胸と腰しか隠していないので薄い。
遠距離武器ならではの、軽装備だった。
「ごめんね。見苦しい姿を見せて……」
「い、いや、大丈夫だ。じゃあ、俺はこれで……」
氷雨は口元を隠して笑う彼女の登場にしめたと思い、ここから立ち去ろうと軽く手を振った。
しかし、首もとの襟を掴まれ、無理やり振り向かされた。
「ちょっと待って! まだ、私の紹介が終わってないでしょう? 名前はマミ。これからよろしくね!」
「お、おう……」
マミは優雅に氷雨に自己紹介をしたが、彼の顔は若干引きつっている。
早く彼は帰りたいのだ。
彼がメンシュ・ブロンズから手に入れたドロップアイテムは、大剣。持ちにくく鞘も無いので、肩に背負う羽目となる。これは高く売れると思うので、捨てたりはしないが非常に重い。早く帰ってこの武器を部屋に置きたかったのだ。
「それと――聞きたいことがあるんだが、氷雨ってもしかして、“ダンジョン・セルボニス”のゲームプレイヤーじゃないのか?」
「!?」
氷雨は、アキラの質問に心臓がドクンと高鳴った。
ゲームプレイヤーと聞くのは、必ず同じゲームプレイヤーだ。それ以外の人間では、ゲームプレイヤーなんて言葉知らないだろうし、氷雨も実験として街中の人にゲームプレイヤーと尋ねてみてたが、結果は不発だった。
なので、この摩訶不思議な世界で、“ダンジョン・セルボニス”のゲームプレイヤーは、あの広場にいた“数十人”しか氷雨は会ったことがなかったのだ。
(どうやって答える?)
彼は自分に問いかけた。
この場で自分がそうだ、と答えても特に問題点はない。同族意識から仲間意識が生まれ、いい関係が築けそうでもある。元の世界に帰る方法も、一緒に考えてくれそうだ。
それに立場的には現在、敵を斃した氷雨のほうが上だ。一方的に利用されるのはあり得ないだろう。
考えれば考えるほど、利点ばかりであった。
「……いや、“ダンジョン・セルボニス”のゲームプレイヤー? なんだそれ? 聞いたこともねえぞ」
「へぇ――そうか」
「質問はほかに無さそうだな。じゃあ俺は帰るわ」
でも、彼は教えないことを選んだ。
それはまだ、この世界を楽しみたかったからだ。
強大な怪物も、最低な冒険者も、敵になりそうな相手はまだ残っている。この世界の生活は――まだ始まったばかりなのだ。
「じゃあ――また、また会おう」
「ああ、じゃあな」
アキラは焦りながら去っていく氷雨の背中を、細い目で睨んだ。
彼は氷雨が自分の問いに即答しなかったことから、彼をゲームプレイヤーだと確信したのだ。もし、本当に知らないなら即刻に慌てもせず、知らないと答えるからであった。
「氷雨、じゃあな~~!!」
「氷雨君、また会いましょう!」
レンとマミも、一回も振り返らない氷雨に別れを告げた。
疑惑を向けているアキラとは異なって、レンとマミは氷雨に好印象しか残っていなかった。
(あーあ、ばれたか。俺は――嘘が下手だなあ)
だが結果的に嘘をついたとしても、氷雨はアキラにゲームプレイヤーだと気づかれたのは気づいていた。
最後にアキラの顔を見たとき、表情が一変して鋭くなっていたからだ。そんな彼のアキラの評価は高かった。やはり、あの秀才のような雰囲気からして――意外とやるな、と。
◆◆◆
「アキラ、どうして氷雨にあんな質問したんだよ? あんな“強い奴”が俺達と同じわけないだろ?」
「レン、なんだっていいだろう。単なる確認だ。情報は一つでも多く必要だからな」
アキラは誰にも疑いを向けないレンに、真実を話さなかった。
彼は親友として、レンの長所を変えたくなかったのだ。そんなレンの長所は、――あの熱さだからだ。頭は回らないが、困ってる人がいたら迷わず手を差し伸べる。その性格に、アキラも助かったことがあったのだ。
「ねえ、なんの話をしてるの? もしかして男どおしの会話かな?」
「ち、違えよ、マミ! だからそんなに顔を近づけるなって!」
マミは、男二人で話しているのを不思議に思ったのか、不意にレンへと顔を近づけた。
その顔は怪しい魅力に満ちていた。天然なので男を騙すことはできないが、口元にあるほくろが彼女の魅力を最大限に引き出しているのだ。
その魅力は、レンを真っ赤にさせるほど、だ。ついでにマミも、レンの顔に近づいたので赤くなった。
「マミ! レン! いつまでもイチャイチャしてないで、そろそろ僕達も帰るぞ!」
「お、おう」
「う、うん」
アキラは、親友二人に溜息をつきながら、行動を促した。イチャイチャと指摘された二人は、完熟トマトのように顔を真っ赤にしてる。
彼が考えるに、この二人は早く付き合ってしまえばいいと思う。相思相愛だからだ。二人とも鈍感なので気づいてはいないが、端から見れば瞬時に気づく。
ところで、とアキラは帰る道を辿りながら、レンに聞きたいことがあった。
「レン、君は“あの子”を本当に助けるのか? こう言っちゃあ聞こえは悪いが、あんな境遇の奴なんてざらにいる。それでも“あの子だけ”をまだ助けたいと思うのか? 」
だから、アキラは一回レンに確認をしてみた。
あの、“銀髪の女性”である奴隷を、救うのは事実なのか、と。
非合法の奴隷なんて、この世界には数え切れないほどいる。その種類も様々だ。エルフ、ドワーフ、人間、それも老若男女問わず様々な値段で売られている。
それら全てを救うなんて、奴隷商法の根本から壊さなければいけない。
そんなの不可能に近い。
だから、再確認したのだ。――本当にあの子を助けるのか、と。
「おう! だってあいつは何も言わないけど、助けを求めてるんだぜ! だったら、助けなくちゃならない! 例え、それが数多くいる奴隷の一人という氷山の一角でも、あいつを助けちゃならない理由にはならないんだ!」
でも、レンは言った。
偽善とも云えるその考えを。
レン自身も、これが自己満足とは分かっている。この世界に来た時ではなく、“ダンジョン・セルボニス”のゲームをプレイしていた時に知り合った“彼女”を救う、と。
「フン、君らしいな」
アキラも始めから、答えが分かっていた質問だ。
あの“レン”が、“彼女”を奴隷から開放しないなんて、ありえないと思っていたのだ。
でも、あえて聞いた。中途半端な覚悟は実を結ばないからだ。
「俺らしいだろう?」
レンとアキラはお互いに拳をぶつけ、笑いあった。
その姿に嫉妬し、別の女に興味を向けるレンに嫉妬し、その後ちょっとした騒動が起こったが、それは別の話だ。
――これが“始まり”だった。
氷雨が冒険者になって早一週間、色々なことが起こった。様々な敵と戦い、色々な人物と知り合い、不可解な出来事が数多く起こった。
ここから、彼の“本当の冒険”が始まるのだ。
彼の現在の装備、古びた灰色のマント。持ち物、売却予定の装飾品や武器多数。
所持金、84070ギル。
今日の氷雨の怪物討伐数26。力量11。
獲得技、『力量読み』。
仲間、カイトとユウ。
ここで第一章は終わりです。
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