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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第一章 始まりの時
14/88

第十三話 浮浪児

総合評価が1,800を突破しました。

読者の皆さんには、どれだけ感謝をしても足りないと思います。本当に嬉しいです。

 次の日の朝。

 昨日、あれから氷雨は迷宮(ダンジョン)を三階まで潜った結果、スライムとは会わずじまいだった。

 スライムを専門に狩ってるパーティーがいてその者たちがスライムから出るレアアイテムをほしがり、スライムを乱獲しているのが原因らしい。

 そんな風に、昨日の迷宮(ダンジョン)探索を不完全燃焼に終わらせた彼は、不法都市を歩いていたのだが、


「ねえねえ! きょうもみちあんない、ないかな?」


 彼は、腰ぐらいまでの子供に服を引っ張られていた。

 肩までの髪の色は黒で、瞳の色も黒だ。服はぼろぼろの布で作られており、靴は履いていない。顔は汚れてはいるが中性的で、おそらく少年だと氷雨は考えた。

 この町ではよく見かけるストリートチルドレンの中の一人でもある。


「はあ、またお前か……」


 氷雨はそんな子供に向かって、面倒そうに頭を抱えた。

 まだ町の全貌すら把握できていない程の広いこの都市では、目的の場所に辿り着くまでに多大な時間がかかる。なので、彼は行きたい店などがあると、金を対価にこの町で育ったストリートチルドレン達に案内を頼んでいた。

 しかし、何回も同じ子供に道案内を頼んでいるとその子に――懐かれてしまったのである。


「うん! そうだよ! おにいちゃん、きょうはどうなの? みちあんないないの?」


「ないない。今日は……道案内は、あったよ。ったく……」


「ほんと! やったぁ!」


 氷雨は喜んでる子供を見て、溜息を吐いた。

 この不法都市では、なるべく人間関係を作らないように、と注意していた。人との繋がりは厄介を生む、と彼は考えたからだ。

 ただし、日本であれば別だ、厄介は殆ど生まれないだろう。しかし、この世界では力が世を支配する。


 もし、氷雨はなんらかの拍子に自分の力が誰かに利用されれば、と思う。

 武術は自分の身や誰かを守るためなら利用していいが、闘争の道具には使うな、と姉や祖父からよく教えこまれている。

 仮に、それを破ったことが姉に知れれば、“説教”がもれなくある。 


(あー、おっかねえ)


 彼は姉の説教を思い浮かべて、顔を青白く染めた。

 そんなにも恐ろしかったのだろう。彼は姉のことを嫌ってはいないが、説教だけは嫌いと思っているのだ。


(まだ、大丈夫。まだ俺は“むやみな闘争”をしていない。だから――修羅道には堕ちてねえ)


 貴族風の男の時も、奴隷とされていた自分や久遠等の身を守る為に戦った。階段に足をかけた時に攻撃をしてきた連中も、自分の身を守る為に戦った。と、どちらも言い訳できる。

 なので、“まだ”と安心しきっていた。


「じゃあ、結晶石の換金所まで頼む」


「わかった! こっちだよ!」


「おい、こら、走るなって……」


 氷雨は子供に手を引っ張られながら、徐々に駆け足へとなるのだった。

 


 ◆◆◆



 彼が歩いているこの町では、多種多様の人種が存在しており統一感は全くない。肌も、髪も、服も、はたまた信仰する神さえ、人によって大きく違う。

 だから、今、氷雨と子供の二人で歩いていても、兄弟に見えたであろう。


「ここだよ!」


「ああ、ありがとな。ほら、報酬だ」


「やった! ありがとう! じゃあおにいちゃん、またね!」


「そうだな、じゃあな」


 子供は道案内が終わると、氷雨から銅貨を受け取り、スキップしながら去っていった。 

 

(やっぱしガキだな)


 彼は流し目でその子供を評価しながら、目的地であった換金所へ入って行く。

 

 ギーバッタン。


 扉を開くと、木製独特の嫌な音がした。

 中は簡素な薬草屋だった。カウンターの下の棚に数種類の薬草が、数束置いてある。客は0で店員は一人。全身に黒い外套を包んだ老人であった。


「よく来たねえ。用はなにかえ?」


「結晶石。これだけで、分かるだろ?」


「ほーう、今時、“そっち”とは珍しいのう!」

 

 フードで顔の見えない老婆は、しゃがれた声で驚く。近頃は犯罪の目を避けて、この換金所に結晶石を売る者は少ないからであった。

 それは、結晶石の買取はギルドでも行っているが、諸経費として二割を、さらに税金として二割を取られる。つまり合計四割を取られるため、値段が幾分か安い。

 その点、息がかかっていない“闇の換金所”は、諸経費の二割を取られるだけなので、冒険者としては儲かる。


 だが、そのギルドの監視の目が、最近厳しくなった。

 この“不法都市”では他の町に比べても、この程度の不正は当然であったが、それを赦すとギルドの利益が少なくなる。だから近頃は、ギルドに一月の間に力量(レベル)に応じた一定量の結晶石を収めなければならない、という決まりができた。


 もし、これを破れば永久(とこしえ)迷宮(ダンジョン)への探索権が三月の間、立ち入れない事になる。

 そんな事になったら冒険者にとっては死活問題だ。だから、冒険者は余計な不確定要素を増やしたくないので、闇の換金所に結晶石を売らなくなったのだった。


「だろう? で、これくらいだったらいくらになる?」


 氷雨は大小様々な結晶石をカウンターの上に置いた。

 老婆はそれを小さなルーペで、じっくりと目を見開いて、吟味している。


「これはのう、12000……いや13000じゃな。ギルドじゃったら約10000ギルほどで売れるじゃろう。相場によって500ぐらいは変わるじゃろうが、大きくは動かんな。お前さんこれは売るのかえ?」


「ああ、今すぐ売ってくれ。できれば金もすぐ頼む。」


「まだ若いのに急ぐんじゃな。じゃが、これだけ稼ぐんじゃ。力量(レベル)はさぞかし高いんじゃろ? いいのか? こんな“闇の換金所”を利用して目を付けられないんじゃろうな?」


「けっ、店員が客の内情に突っ込むな」


 氷雨がここまでの結晶石を持っているのは、あの四人の冒険者を殺した時に、持っていた結晶石を奪っていたからである。

 その時は結晶石を宝石か何かと勘違いしており、売れると思って盗っていたのだ。

 自分の結晶石だけだったら、1000もいかないだろう。それ程、男達が持っていた結晶石と氷雨が持っていた結晶石とでは、雲泥の差があった。


「ふんっ、ここをマークされてるかどうか聞いただけじゃ。万が一にもお主がマークされていたら……おー怖い怖い」


「どんな恐怖かは知れねえが、安心しろ。“初心者”をマークするほど、ギルドも暇じゃないだろ?」


「そうじゃな。ギルドはそんな暇じゃ……!! じゃあ、お主は……いや、やはり、客の内情に首を突っ込むのはいかんな。これが金じゃ、さっさと消えておくれ」


「分かってるじゃねえか。もし“偶然”結晶石を手に入れたらまた来るよ」


 氷雨は巾着の中に入った銀貨の枚数を確認して、懐へ入れる。


「お前さん、“偶然”はたまにしかないから“偶然”なんじゃぞ。その意味を分かっておるのか?」


「ああ、たっぷりと……な」


 ギーバッタン。


(化かされたか?)


 老婆は店から出て行った氷雨を見て、おかしな気分になった。

 実は老婆も氷雨から、“ある程度”お金を誤魔化していたのだ。それでもギルドの買取金額よりかは高いのだが、詳しい相場を知らない彼を不思議に思ったのである。


 もし知っていれば、何か反論していたであろう。 

 その辺りが、老婆にとってはアンバランスで不可解であった。詳しい結晶石の相場を知らないのに、こういう裏の商売は知っている。

 彼には“何か”が欠けていると、老婆は思ったのであった。



 ◆◆◆



(やっぱしガキに聞いててよかったな。あいつはこの町を“よく”知っている)


 氷雨は街中を歩いていた。

 彼はあまり記憶力が良くないので、二日の間に手に入れた情報で興味がないのは忘れていたが、不思議に思っていたことはよく頭に入れていた。

 その中の説明の一つに、結晶石は“ギルド”でしか売れない。月に一定以上ギルドへ売らなければいけない。とあった。


 何故か不思議に思った。

 ついこの前、学校の先生の話に、独占禁止法という法律が出たからだろう。何故、結晶石がギルドで独占的に商売しているのか、と。


 そう思考すると、ギルドが儲かるからと思った。

 儲かるから独占する。普通のことだ。ならば、と考えると、どこかで不正をする者がいるとも思った。


 だから、念の為、あのストリートチルドレンに聞いてみたのだ。この町のことを“よく”知っているあの子に。

 氷雨が予想した通りだったのだ。


(儲かった、儲かった)

 

 そのため喜びながら町を歩いていると、あの子供が遠くの前方にいた。


「あっ、おにいちゃんだ! カイにい、あのひとだよ!」


「本当か? 本当に本当か!」


「うん! 本当に本当に本当だよ」


「よっしゃああああ! ユウ、走るぞ!」


「わかった!」


 いや、あの子供だけではなく、“一人”増えて二人になっていた。

 そして、間違いなく氷雨を指差して喜んでいる。

 

「はあ……」


 彼はこちらへと走ってくる浮浪児二人を見て、深い溜息を吐くのだった。

 二人が氷雨に体当たりしようとした数秒後、


「おにいちゃん、またあったね!」


「アニキ、少しでいいから話を聞いてくれ!」


 氷雨は既にややこしくなったこの現実から、即刻にでも逃げ出したかった。

 その元凶は二人。

 一人は朝に道案内を頼んだ子供。

 もう一人は、始めて見る顔であった。朝に会った子供と同じく短い黒髪と黒目、服もやはりぼろぼろの服で、靴は履いてない。肌は焼けているのか少し黒く、顔は泥で汚れておりどこか生意気そうである。身長はもう一人の子より少し高い。


「――じゃあな、二度と出会わないことを祈るから」


 氷雨は数秒前、二人の子供が腹部に突撃してきて、それを避けた。

 二人の子供は勢いを殺しきれず、地面にこける。

 そのせいなのか、町の皆から注目されていることに気づいている。その怪訝な視線は鋭く彼の心に刺さっており、子供達をスルーしてその場から手だけ振って去ろうとしていた。


「アニキ、待ってくれよ!」


「まってよ、おにいちゃん!」


 だが、妙にテンションが高い二人にマントを掴まれ、引き止められた。


「アニキ! オレ達から逃げる理由がどこにあるっていうんだよ?」

 

「そうだよ、おにいちゃん! なんでにげるの?」


 氷雨は振り返り二人の顔をじっくりと見た。

 二人ともぱっちり二重で、肌は土で汚れてるが血色も悪くはない。あざも見かけないし、大きな傷跡も見かけない。

 服だけ変えたら、普通のどこにでもいそうな憎たらしい笑顔の悪ガキである。


「なんでって? 騒がしかったら普通は逃げるだろ」


 彼は低いテンションのまま言った。お経のように、どこまでも起伏のない声質である。ちなみに騒がしいとは言葉のあやだ。実際は、面倒事に巻き込まれそうだったので逃げたのだ。

 

「わたしたちのどこがさわがしいの?」


「そうだぜ、アニキ! 逃げずにオレの話だけでも聞いてくれよ! もしそれで、納得できなかったらオレ達は帰るよ! だから! だから、オレの話だけでも聞いてくれよー」


 一方の子供達は、太陽のように明るい。言葉の一つ一つに様々な感情を乗せ、一喜一憂する姿は、世間の汚れを何も知らない子供だからこそできることだろう。

 だが、氷雨はそんな子供達の姿にも屈せず、ただ断る。


「嫌だよ、面倒な」


「ええ~なんでだよ~話だけ、話だけでいいからさあ。頼むよう」


「おにいちゃん~おねがい~カイにいのはなしだけでもきいてよ~」


「他の奴に頼めよ。別に俺じゃなくてもいいんだろ?」


「いや、アニキがいいんだ! オレはアニキって決めたんだよ!」


「わたしもわたしも! おにいちゃんってきめたんだ!」


 彼は急遽現れた我侭な子供らしい子供の二人に、頭を抱えた。

 氷雨は聖人君子というわけではないが、無抵抗で弱い子供を殴る趣味はないので、殴ることもできない。追い返しても、図太そうなこの二人だ。いつまでもしつこく追い回すだろう。


 逃げても無駄だろう、と氷雨は思う。今泊まっている宿屋は、二人の内の一人に聞いた。

 待ち伏せという案は子供でも思いつくだろうし、宿屋を変えてもこの町を知り尽くした二人にはいずれ見つかるであろう。


「はあ、五分だ。五分だけだ。五分だけなら、話を聞いてやる。それでいいだろ?」


 だから、話だけ聞くことにしたのだ。話だけ聞いて、追い返すと。

 彼は子供だからと、どこか心の中で油断していたのだろう。子供達の要求を、あっさりと飲んでしまった。

 

「やった! やったぞユウ! 話だけ聞いてもらえればこっちのもんだぜ!」


「やったー! やったー! さっすがカイにい! おしたらなんとかなるもんなんだね!」


「だろ?」


「だね!」


(俺は選択を間違えたか?)


 氷雨は、子供達の手のひらで踊らせたような会話に、なんだか憂鬱な気分となった。

 一筋縄ではいかない人間関係は作らないと、どこか心の中で決めていたはずなのに、一番複雑で面倒な人間関係を生んでしまった。


 学校にいた頃は、もっと楽であった。

 彼の友達にこんな自分本位な人間はいなかったし、皆空気を呼んでくれる。本音で語る時もあれば、だらだらと語る時もあった。


 思い返せば、あれもかけがいのない日々だったのだろう。あの時はあのつまらない日々に退屈していたが、今の生活から考えるとあの平凡な日常もどこか新鮮でいいと思える。

 少し、あの普段に、帰りたくなった氷雨であった。



 ◆◆◆



 入り組んだ路地裏。氷雨は必ず迷いそうである。

 氷雨は二人に連れられ、木造の家と家の間を通った先にある古い平屋に入った。床は土の地面が剥き出しのままで、家具は小さな机しかない。

 隠れ家のような家であった。


「へっへ~ん、アニキ、いいだろ~ここはオレが見つけたんだぜ!」


「カイにい! わたしもさがしたんだよ! かってにカイにいのてがらにしないでよ!」


「見つけたのはオレだぜ、ユウ? 悔しいのなら、空き家の一つや二つ見つけてみろよ? まあ、簡単に見つかるといいけどな」


「う~! カイにい、ぜ~たっいわたしだって、もっといいあきや、みつけてやるんだから!」


「へっ! 待ってるぜ!」


「うう~~!」


 二人は仲良く言い争っていた。床すらない床に座って。どうやらこの場所は、見つけたから勝手に居座っているらしい。

 ――やはり図太い子供たちだ。

 氷雨も二人に見習って床に胡坐をかき、一言した。


「――帰っていいか?」


「駄目だ!」


「だめだよ!」


「はあ、じゃあ、話を先に進めろよ」


 彼は保育園の先生の大変さが、少し分かったような気がした。

 そして、自分には向いてないとも思う。二人だけで。まだ十分と経ってなくとも、こんなにぞっと疲れるのに、先生は一日中何十人の園児と付き合う。

 この時、保育園の先生を尊敬した氷雨であった。


「えっと、じゃあ、まずは自己紹介からだな! オレはカイト! カイトだ! 気軽にカイトと呼んでくれ! で、こっちは……」


 二人は氷雨を引き止めるために、まずは自己紹介を始めた。

 子供改め、背の高いほうであるカイトは、隣の子を手のひらで指した。カイトは髪が短く、子供特有のにやつき顔が特徴だ。

 

「わたしはユウだよ! ユウってよんで! で、おにいちゃんのなまえはなに?」


 ユウとは、氷雨に何度も道案内をしてくれた子供のことである。髪はカイトより少し長い肩程度。二人とも顔がよく似ているが、こちらは、はにかんでいる笑顔が特徴である。


「氷雨、どうとでも呼んでくれ」


 氷雨は常識知らずでない。自己紹介を相手に行われたら、こちらも自己紹介をする。

 素気ない態度であったが、カイトとユウの二人は氷雨の挨拶だけで満面の笑みとなった。普通の態度で返されたのがよっぽど嬉しかったのだろう。


 ここは不法都市だ。

 名など、不用意には教えない。もし、悪人に教えたら最後、借金の肩代わりや保証人、それだけでなく様々な犯罪の濡れ衣を着せられることなど、常識であるからだ。


 だから、名を素直に明かす氷雨を、二人は善人だと思ったのだ。

 彼等はまだ子供なので、それが偽名の可能性も疑わない。素直に、氷雨の言葉を受け入れたのだ。その辺りは、まだ二人とも子供であった。


「アニキ、お願いがあるんだ!」


「おにいちゃん、カイにいがおねがいがあるの!」


 氷雨は本題に入ろうかとする二人を、一旦ここで切った。先程から、喉にずっと引っ掛かっていたことがあるのだ。


「そのお願いの前に、俺のことを兄って呼ぶの止めてくれ。俺はお前達の兄じゃないし、そんなガラでもない」


 兄である。

 彼に生来弟や妹はいない。ましてや、弟分などもいない。そんな氷雨は、兄という呼称に慣れてないのだ。


「ええー話の腰を折るなよ~」


「おるなよ~」


「それにアニキのどこが嫌なんだ? アニキはオレより年上なんだから、やっぱりアニキだろう?」


「おにいちゃんはあったときから、おにいちゃんなんだよ? わたしはずっとそう呼んでたし、これからもそうよぶんだよ!」


「……分かったよ。ああ、分かった。それでいいよ。で、本題は?」


 氷雨は投げやりになった。

 彼は言葉で相手を説得できるほど饒舌ではないし、子供の相手に手馴れてるわけでもないからである。

 そして、カイトは氷雨の言葉を耳に入れると、一度言葉が詰まり、真剣な顔になってから、――告げた。


「……いきなりだけど――迷宮(ダンジョン)に……迷宮(ダンジョン)に連れて行ってほしいんだ……」


「はっ?」


「だから、迷宮(ダンジョン)だよ。オレを迷宮(ダンジョン)に、連れて行ってほしいんだよ!」


 氷雨はカイトの話をもう一度聞き直しそうになった。

 武器も持たず回復薬も携えない彼が言える話ではないが、迷宮(ダンジョン)とは“死”が付き纏う場所だ。少しの気の緩みが破滅を招き、少しの油断が終焉を招く。

 だから、確認をした。


「本気で言ってんのか?」


「うん……アニキにはこんなガキがって思うかもしれないけど、――本気だよ」


「死ぬ覚悟はあるのか?」


「うん、――目的の為なら死ねる」


「あそこは、ガキが粋がっていられる場所じゃねえぞ?」


「うん、――分かってる。だって想像すると、こんなに体が言う事を聞かないんだぜ? 十分……十分“怖さ”は分かってる」


 カイトの手はぷるぷると振動していた。


「へえ……!!」


 死ぬ気の少年。やる気と覚悟は見る限り十分だ。足りないのは年齢ぐらいだろう。

 氷雨は目の前に座る少年を、カイトを、もう一度刮目する。やはり、体が怖さで震えている。ただ死にたいわけではないらしい。


 ――目的の為に、わざわざ危険を冒すのだ。


 氷雨にそれは、理解できない気持ちでもない。

 彼も戦いという目的があるから、死という代価を支払える。もし、戦いという目的がなかったら、戦場にすら立てないだろう。

 

「カイにい! ほんきなの? あそこのきけんは、よくきいてるでしょ? それでもほんとうにいくの? しんでもいいの? しんだら……わたし、ひとりぼっちになっちゃうんだよ?」


 そのカイトの決意に、一人反論した。

 ユウだ。ユウが、目に涙を浮かべながら反論したのだ。ユウはカイトが氷雨に迷宮(ダンジョン)の事を頼むとは思わなかった。


 もし、知ってたら紹介すらしなかっただろう。

 氷雨には、兄弟か友達かそれとも別の何か、か。詳しい二人の関係は知らないが、深いのだろう。

 それだけの深い絆が、この短い間にも彼は見えた。


「ユウも知ってるだろ? たった数ヶ月さあ、急にここで生きることになったけど、オレ達のような子供は、死んでいく人が多い。最近はお金も減ってきた。たまにアニキみたいに、約束を守ってくれる人もいるけど……だいたいの人は道案内などをしても払わない。下手すれば上手いように言いくるめられて、どこかに誘拐される。やっぱりこれは、生きるためには……お金を貰うためには……しかたないんだって!」


 カイトは、顔を下に向けユウに話している。

 彼らのこれまでの生活は悲惨である。

 孤児であるために、自分でお金を稼がなければいけない。でも、子供の自分達に十分なほど稼げるような仕事はない。

 

 助けてくれる大人もいない。カイトもユウも、大人が自分達を見てても、どこか別の裏にある“金”を見てるのが、なんとなくだが分かった。

 いや、分からなければ生きていけなかった。


 孤児達が傷を舐めあうような集団は、この町にもある。だが、それにカイトとユウは馴染めなかった。万引きやスリを生きるために、平然と行う彼らと価値観が合わなかったこともある。だが、その最大の理由は弱い者の取り分が少ないのだ。

 つまりユウの食事などが少ない。そこにカイトは納得できなかったのだ。


 だから、二人はその集団の時に知った道案内や小金稼ぎを知っていたし、その集団から少しだけ盗んだお金のおかげでこれまで生き延びてきた。

 だが、もう限界だった。もう二人は最低限の生活さえできないほど、貧しいのだ。


 それは一人で下した決断だ。

 たった少し、ユウより早く生まれたばかりに、決めた道。二人の年齢差に差はあまりない。おそらくカイトは6,7歳で、ユウはその一歳年下だろうと、氷雨は見ていた。

 だが、カイトはどこかで年上の“自覚”はあった。年下のユウを守らなければいけないという、責任感と共に。


「で、でも~、いまでもなんとかたべてけるでしょ? じゃあそれで、それだけで、じゅうぶんだよ! わ、わざわざカイにいが……」


 ユウは泣きながら何とかカイトを説得しようとするが、


「分かってるんだよ! ユウが我慢してるって! 食べるのを我慢してるって! それがオレには……とても悔しいんだよ! 堪らないんだよ!」


 カイトがこちらも泣きながら、激高した。

 今まで、ずっと笑顔でいたカイト。ユウはその姿しか見たことがなかった。まさか、ここまで思いつめていたとは、考えられなかったのだ。


「で、でもぉ~、だからってぇ~」


 ユウもまだ子供だ。

 いつもの取り繕ったカイトの表面上が、見えなかったのである。その裏に、どんな感情が封じられていたのかを。

 だから、今、カイトのその感情が爆発したのだ。溜まり溜まった激情が。


「ユウ、分かってくれ。オレは死にに行くわけではない。生きるために“命”を賭けるんだ! 絶対に勝つ! 負けないから安心してくれ!」


「い、いやだよ。だって、カイにいは、まだわたしとおなじこどもだし……ぜったいころされるって……」


 ユウはカイトに縋りながら泣いている。

 カイトはそのユウの姿に、心が痛くなる。


「で、でもな……悪いユウ。――オレは決めたんだ」


 でも、しょうがない、とカイトは決めた。いくらユウが引き止めても、もう自分は止まれない。もう、自分は動き始めたのだ。

 カイトは服の裾を掴むユウの手をそっと払い、


「ま゛、ま゛っでよ~ガイ゛に゛い゛~」


「アニキ、行こうよ」


 氷雨のもとに歩いた。

 ユウはまだ地面に蹲って泣いている。

 カイトは涙を手で乱暴に拭いて、赤くなった目を氷雨に向けた。

 そして氷雨は――



「――嫌だよ。勝手に決めるな。そもそも俺は了承したとも言ってねえ」



 ――カイトに厳しく言った。


「えっ、でも、オレに色々聞いてたじゃん!」


 カイトは急にうろたえ始めた。目に再び涙を浮かべる。

 ユウは嗚咽だけで、すでに泣き止んでおり事の結末を見届けていた。


「聞いただけだ。一度でも言ったか? お前を迷宮(ダンジョン)に連れて行くって?」


「い、いや、言ってないけどさ! でもさ! でもさ! この流れだったら普通連れてくだろ?」


「でもも流れも無いんだよ。――これは俺が決めることだ。お前の決断と一緒でな」


「で、でも゛ざ~! ぞれ゛な゛ら゛オ゛レ゛の゛……オ゛レ゛の゛……」

 

 カイトは一度枯れたはずの涙を、もう一度流し始めた。

 ずるい大人に泣いたのだ。ずるい氷雨に泣いたのだ。

 まさかユウに全てを言い、全ての覚悟をしたら、氷雨に全てを蹴られた。その無力感に酷く脱力して、膝を床につけている。


「決断は無駄だったな」


 カイトは涙をぎゅっと拭き、唇を噛んでから、氷雨の胸を両手で叩く。

 今度は泣き声ではない。

 普通の声であった。


「なんでだよ。なんで駄目なんだよ! オレの気持ちは分かるだろ?」


「ああ」


「じゃあさ、オレの覚悟も分かるだろ?」


「ああ」


「じゃあさ、じゃあざ、な゛ん゛で、だめ゛な゛ん゛だよ゛~~~~~~」


 カイトは氷雨の胸を弱い力で叩きながら、また泣き始めた。

 彼はカイトの肩を持ち、強引に少年を引き離した。


「世の中はな、義理や人情だけで動いてねえんだよ。世の中の大体はな、メリットとデメリットで動いているんだよ。お前がどれだけの覚悟をしようが、どれだけの決意をしようがな、頼む人間がNOと言ったらそれで、それだけで、お終いなんだ。――お前が思っている以上に、世の中は非情なんだよ――」


 氷雨は冷酷に言い放った。


「じゃあ゛ざ、オ゛レ゛ばどう゛じだら゛い゛い゛ん゛だよ゛~~~~~~」


「――強くなればいいんだよ。目の前にある壁を乗り越えるのではなく、全てを粉砕できるような“力”を持てば、誰かに頼らなくても生きていける“力”を持てば、――きっと世界は変わる」


 これは氷雨が、祖父にも云われた言葉だった。

 両親が死んで、塞ぎこんでた氷雨を救った言葉でもある。あの時は、氷雨も親がいないことで苛められたりして、余計落ち込んでいた。


 その時に、祖父からこう云われた。

 ――強くなれ、と。儂がその方法を教えてやる、と。

 その言葉がきっかけになり、武術を習い始めた。


 やがて、彼は考える。

 いつからだろうか。“力”が目的ではなく、“戦い”が目的になったのは、と。

 ――そして、そこが氷雨と雪の違いでもあった。雪は目的が変わらずに、“今”も生きている。


「でも゛ざ~オ゛レ゛は――」


 ここで出そうになった鼻水を止め、涙を拭った。


「――オレは弱いんだよ゛っ! もう、もう、どうしようもないんだ!」


「カイにい……」


「……」


 ユウはそっと、地面に手と両膝をついたカイトを抱きしめた。

 数秒間ずっとそうしてる。

 お互いを抱きしめて、生きてることを確認するように。二人が二人のために泣いて、悲しんで、また繋がりあった。

 氷雨はその姿をずっと見ていた。

 


「――ところで、俺はメリットの無い事はしねえが、メリットのある事はする。誰かいねえかなぁ? 結晶石を拾ってくれるだけの人間は。別に戦わなくていいし、俺が死なない限り命の危険もない。ただ、結晶石を拾ってくれるだけの人間は、――どこかにいねえかなあ?」



「えっ?」


 ここで、氷雨に驚愕したような瞳を向ける二人に、彼はニヤリと笑った。

 

「報酬も出す。もしもいらない武器や防具があったら、いくつかはくれてやる。食事も腹一杯食わせてやる。どうだ? 俺の為に利用され見る気はないか?」


 真っ直ぐに氷雨はカイトとユウを見つめた。

 つくづく思っていたことだ。

 自分は迷宮(ダンジョン)を舐めている。

 

 前回3階までしか行けなかったことが、その証明である。本来ならあの日、10階まで直進するつもりだった。

 怪物(モンスター)の強さで云えば、弱点の情報も生態の情報も得たので、何とか勝てると思っている。

 だが、結晶石を一々拾う手間と、それを大量に持って怪物(モンスター)と戦う煩わしさ。その二つで三階までしか行けなかった。


 だから、誰かを雇おうとは薄々考えていた。


 結晶石を盗まないような善人で、自分の獲物を奪わない人間。そして、背後を安心でき自分を信頼してくれる人間。

 もし、これらの条件が揃って、その人物をパーティーでも共に戦う仲間でもないが、一種のサポーターのような関係を持てたらな、と淡い考えを持っていた。


 だが、この町は不法都市だ。見つかるわけが無い、と想像していた。

 しかし、ぴったりの人材が丁度今、見つかったのだ。

 より戦いやすい環境を、より戦える環境を、整えてくれる最良の人物が。


(あいつらの仲間に入るのは“デメリット”が多かった。でも、こいつらを仲間にするのはメリットが大きい。だから――)


 それに、氷雨は数日前の久遠との会話を思い出した。

 皆で、もとの世界へと帰る手助けをしてくれないか、という言葉を思い出していたのだ。

 あの時、彼の提案に乗らなかったのは、デメリットが多かったから。あくまで、手助け。立場はあちらの方が上で、氷雨は自由な立ち振る舞いができないからだ。


 それにきっと、むやみやたらに喧嘩を買うのも駄目だろう。

 きっと、一人で戦いたい敵でも、多人数で戦うことを強いられるだろう。

 きっと、怪我をしている時は絶対安静、と戦いに行けないだろう。

 これらの理由から、氷雨は彼の案を断ったのだ。もちろん、あの空気は自分に居心地が悪い、との思いもあった。


 だが、反対にこの二人――カイトとユウなら違う。メリットが多かった。

 デメリットとしては、食費が多少かさむぐらいだ。

 だがメリットとして、主導権を握っているのは、やっぱり氷雨。彼がイニシアチブを握っているのだから、きっと多少無茶な行動をしても許される。それに冒険で一番煩わしい結晶石も拾ってくれる。

 これらの理由から、氷雨は彼らを従業員として雇うことを決めたのだった。


「グスンっ、それって……オレでも……できるかな?」


 カイトは今日何度目かになる涙を拭きながら、氷雨に言った。そこには、憎たらしい悪ガキの顔ではなく、子供らしく笑う顔があった。


「大歓迎だ。その代わりいっぱい働いてもらうぞ?」


「うんっ!」


「ねえ、おにいちゃん……それはわたしも……できる?」


 ここで、ユウが覚悟をしたような顔で、質問した。カイトだけに負担をかけないように、と思ったのだ。

 氷雨はその目をしかと見た。


「ユウッ! お前は危険に身を預けなくていいんだぜ? オレが、オレが、頑張るから!」


 少年にとって、ユウは宝である。

 どこまでも守りたい、とユウを大切にカイトは思っていたのだ。


「ううん! いいの! カイにいだけに、むりはさせないから! どうかな? おにいちゃん、わたしもでだいじょうぶ?」


「いいさ。どうせ、戦うのは俺だ。一人増えたところで、特に変わりはしない。だが、働くのは大変だぞ?」


「わかった!」


「アニキはやっぱりいい人だったぜ! オレの目に狂いは無かった!」



 ◆◆◆



 こうして、氷雨がより快適に“戦うためのサポーター”ができた。

 彼は保育園の先生の大変さより、“戦い”を優先したのである。

 

(俺は“弱い”んだ。もっと戦うには、もっと強くなるしかない。――もっと、もっと……)


 彼は強くなるためには、なんでも利用しようと考えている。そのための二人だ。

 氷雨にとってカイトとユウは、結晶石専門の荷物運びである。それに二人はこの町の情報をふんだんに持っている。

 そこも彼等をパートナーの関係に入れた理由の一つであった。


 ――こうして、氷雨にとっては利用する“仲間”が始めて出来たのであった。

特に反論も無いようなので、今回は結晶石と浮浪児の二つを纏めてみました、

ちなみに、読者も声もあって、氷雨がカイトとユウを仲間にしたエピソードも増やしております。

もしよろしければこれらについてのご感想、ご評価などをいただけると、とても嬉しいです。よろしくお願いいたしします。


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