第十一話 初めての冒険
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皆さん、本当にありがとうございます。
次の日の昼のことだ。
氷雨は冒険者ギルドへと来ていた。
金を稼ぎたかった彼は、この町にあった巨大な迷宮に訪れた。すると、そこに居た門番にギルド公認通行証を持っていないと通せないと言われたのだ。なのでその門番からギルドへの行き方を聞いて、ここへと来ていた。
“冒険者”の手ほどきも知らない彼にとっては、“冒険”の初歩を知るいい機会なのであった。
「姉ちゃん、こっちにも酒だ!」
「がっはっはっは! お前、死にそうになったんだってな!」
「う、うるせぇ、だから今日は昼間っから飲んでるんだよ!」
――冒険者ギルド。
ここのギルドの中は広く、酷いアルコール臭がする。
ここでは、酒場と受付の場所は分かれており、酒場のほうが受付より4倍ほど大きい。酒場では冒険者であろう屈強な男たちが、昼間から自分たちの武勇伝を肴にエール酒を煽っていた。肴は各々の武勇伝だ。
「迷宮の通行証をくれ」
だが、氷雨の目的は酒ではなく通行証なので、酒場には目もくれずカウンターにいたアッシュブロンドの短髪の受付嬢に向かった。
酒を飲まない氷雨にとって、酒の匂いなど嫌な臭いに近いのである。
「あ、はい、通行証ですね。再発行でしょうか? 新規の発行であればこのギルドに登録してもらわなければなりませんが……一体どちらでしょう?」
「新規だけど、登録ってなにをすればいいんだ?」
「新規ですか……! かしこまりました。少々お待ちください」
始めは事務的な態度だったが、新規と聞くと急に慌てはじめた。
実はこのギルド――新規が入る時期は月の終わりにに一回と決まっており、それ以外では新規登録がまず無いとされる。
今は月が終わった時期とは遠く離れているので、受付嬢は新規登録がないと思っていたのである。
「ありました。こちらに生体情報として血を垂らしてください。新規の登録手数料として、銀貨一枚がかかりますが宜しいですか?」
カウンターの下に潜って数分、やっと受付嬢は顔を出した。下の棚ににある申込書のような物を探していたのだろう。
受付嬢は、無骨な石をカウンターの上に置いた。これが――冒険者ギルドの申込書であった。
氷雨は受付嬢が言った、このDNAを調べるような方法に少し疑問を感じたが、気にはしなかった。
ここはこういう場所なのだと、無理矢理納得したのだ。
昨日、急に広場で目を覚ました彼にとって、信じないものはない。もし目の前に神様が現れたとしても、すぐに信じるだろう
「ああ、だけど刃物は無いのか? 実は俺、刃物を持っていないんだ」
「ありますけど……一本も持ってないんですか? 珍しいですね」
受付嬢は銀貨を出した氷雨を怪しそうに疑いながらも、自分が持っていたナイフを手渡した。
この町では、護衛のためどんな人間でも最低刃物を一本持つ。
持っていないと言うのは大抵、ハンマーのような鈍器を持つ者か、もしくは見せられないような高価な刃物を持つ物である。
だが、彼は鈍器らしき物を持っているような雰囲気はなく、かといって高価な物を持ってそうな服装でもない。ところどころ切れたマントを着ているからだ。
「そうか? 普通だろ」
氷雨はナイフを受け取って、手を軽く切った。手から出た血は、たらたらと石まで垂れる。
この彼の発言に受付嬢はまた疑るような視線を彼に送るが、彼はあくまで“日本”の常識を話したので、二人の間のずれは世界観のずれなので、当たり前といえるだろう。
“ここ”は、やっぱり“日本”なのではないのだった。
「そうですか……これで登録は終わりです。後はお名前を教えてください」
「氷雨だ。
「ヒサメ様。かしこまりました。この名前と個体情報を登録して、ギルド公認永久の迷宮通行証を発行するので、また少々お待ちくださいね」
受付嬢は、今度はカウンターの向こう側にある部屋へ消えてから数分後、またカウンターへと戻ってきた。
戻ってくると、カウンターの上に時計のような機械を置いた。
「こちらが通行証となっております。こちらは他にも力量が上がると自動的に知らせる機能を持っております。どうしましょう? このギルドのシステムを説明しましょうか? 使用料として銀貨一枚がかかりますが……」
「いや、遠慮しとく。聞きたいことがあったらまた来るし、別にいいや」
「分かりました。――では、またこのギルドでお待ちしております」
氷雨はお金が無かったので、受付嬢の申し出を断る。
受付嬢は何度も使い古された冊子を、すぐに片付けた。そこにはギルドの様々なシステムが乗っているのだが、この世界では紙が高価なため、全ての冒険者で共同に使っているのである。
そして、文字盤もなく、デジタル盤もない腕時計のような機械を氷雨は腕に巻き、この冒険者ギルドから出て行った。
去っていく氷雨の後姿を見ていたのは数人であったが、その冒険者たちの顔は何故かにやけていたという。
――こうして、晴れて新米冒険者となった氷雨であった。
◆◆◆
午後。
遥か彼方では太陽と空が混じったような黄昏時に、彼は迷宮の入り口へ訪れていた。
門番は日中見た二人とは変わっていたが、この腕時計のような機械を付けているとすんなりと入り口を通してくれた。
地上から見える“この”迷宮の入り口は大きくは無い。地下へと続く階段が、地表に突然現れているだけだ。
「――気をつけな。そこから先は、冥府となんら変わんねえ」
「また、それかよ……この町でお節介をするのはお前ぐらいだな……」
門番の二人が言いあってる。
この門番は、新顔を見ると助言のようにこの言葉を言う。誰か親しい者が中で殺されたか、迷宮の中に、苦い思い出があるのかは定かではない。
だが、これが彼への忠告であるのは確かだった。
コトッコトッ
氷雨は、階段を慎重に降りていく。一歩一歩周りに、敵に、罠に、注意しながら着々と先を進んでいるのだ。
やはり彼の頭の中では、先ほどの男の声が反響していた。
――そこから先は、冥府となんら変わんねえ。
この言葉が槍となり、彼の心に深く刺さっていたのだ。
冥府――簡単にいえば地獄だが、他の言葉でいえば死後の世界。つまり、ここに足を踏み入れた時点で、棺桶に片足を入れているのと同義だと、あの男は言いたかったのだ。
だから、この忠告を素直に受け入れ、彼は階段を下りていたのだ。
(死ぬわけにはいかないからな。絶対に――)
と、心に釘刺しながら、階段を降りていった彼に見えたのは、長方形の石で作られた床であった。
床だけではなく壁も、同じ石で作られている。そこは広い空間で、天井には発光した大きな白い花があり、この花によって奥行きまで確認できた。
(で、どうやって稼ぐんだ?)
やっと、迷宮へ到着した氷雨だが、ギルドで何の説明を聞いていなかったので、金の稼ぎ方をあまりよく分かってはいない。
とりあえず売れそうな物を探そうと、今いる大部屋を探索していると、目の前から――スライムが現れた。
「おっ」
半透明なゲル状で、プヨプヨしてるだけの怪物。体長は60センチ。横幅は40センチ。見た目ではそれ以外に特徴は無く、特出したような器官さえ無い。
ただ、その場で少しだけプルプルと振動していた。
氷雨は、そのスライムを見るとすぐに拳を握り、――突きを放った。体は全快とはいかない。昨日の怪我が残っているし、まだあちこちが痛い。
しかし、問答無用に放った突きは、とても綺麗な型であった。
体の動きに一切の乱れはなく、見事な突きであった。並みの武芸者なら、一撃喰らうだけで悶絶するような痛さだろう。
プルンプルン!
だが、そんな鋭い突きも、気持ち悪いぐにっとした感触と共に、スライムは軟らかく揺れるだけ。
ダメージなど――全く与えられてなかった。
プルンプルン!
スライムは氷雨に飛び掛るが、彼はその攻撃を簡単に下がって避けた。特別早くもないその攻撃を避けることは、誰でも容易いだろう。
それだけ敵は、のろまだったのである。
プルンプルン!
まだスライムは震えていた。もう、こちらに襲ってくる気配も無い。
だが、それが返って氷雨には恐ろしく見えた。
まるで、己はいつでも攻撃できる。氷雨の攻撃では己の体に傷一つ付けられないんだぞ。などと気持ち悪い外見からは想像できない“高み”からの、余裕に見えたのだ。
氷雨はその苦境を跳ね返すように、今度は全力でローキックのような攻撃をした。しかし、また変な手応えと、不気味に揺れるだけである。
形はやはり元に戻り、スライムは反撃すらしない。
関節技は絶対通じないと思うので、次は体を一回転した踵落とし。――スライムは揺れた。
次は手を全て開きそのままスライムへと直進に、掌底。――スライムはまた揺れた。
突き、アッパー、フック、回し蹴り、飛び蹴り、胴回し。既に氷雨は、普通の思考状態ではなかった。――スライムはただ揺れるだけで、これまで時間をかけて教わった武術が通じないのだ。
それも自分が最も自信のある突きが。そして次に自信のあるローキックのような蹴りも。
だから、自暴自棄になり、大技ばかり放ったのである。
(これが……世界の広さ……なのか?)
その時、何十発もの攻撃をして、やっと彼は頭が冷めた。すると、急にスライムに恐怖が、ふつふつと心の奥底から湧き上がってきた。
そのスライムの姿に、飄々とした底が見えない姿に、言いようのない感情を感じたのだ。
――始めてであった。
戦いを楽しいと愉しいと感じたのは何度もある。だが、戦いを怖いと思ったことは無かった。
スライム、ゲームでは初期に位置する怪物と聞いたが、実際は全く違う。こんな、こんな、うんともすんとも云わない怪物だと。
自分に初めて恐怖を与えた存在であり、遥か上にいる存在。
背を無様に晒しながらも、その名をしかと胸に刻んだ。
――そう、彼は逃げ出したのだった。
◆◆◆
「うわっ、だっせ。スライムなんかに逃げ出してるぜ、あいつ」
「ププッ、スライムの力量は1。あいつの力量も1。あいつの命も今日1日」
「まあ、言うな。ルーキーなんだぜ? 今日“冒険者”デビューした可愛い可愛いルーキーなんだぜ? 許したれよ、まあ、身ぐるみは全て剥ぐ、がな」
「ふっ、あんなルーキーから搾り取るとは我らも悪よのう」
地上へと続く階段の近くで、逃げ出した氷雨を見ていたのは、酒場でカウンターに最も近い席に居た四人。
強さは中堅より少し下。装備は似たようななめした革で作られた防具に、剣、剣、槍、斧とそれぞれが強いと思う武器を所持していた。
彼等がスライムを雑魚というのはしかたがない。
スライムは打撃系の攻撃は全て無効化するが、剣や槍による斬撃。もしくは魔法や、地に武器を叩きつけるなどして衝撃が出る技を持っていると、“絶対”に一撃で斃せる怪物だからだ。
そんな迷宮の中でも足元に位置するスライムと一対一で戦って、勝てなかった氷雨。そんな彼が雑魚と認定されるのは自然の成り行きであった。
「ププッ、あいつ先へと進んでいった。こんな時間に無謀だ。無謀だ。無謀だ」
「流石、初心者。オレ達の想像の斜め上を行くぜ」
奥へと進む氷雨を見て、四人の冒険者たちは、また、嗤う。
今の昼と夜が混じった黄昏時は、大抵の怪物が凶暴化する時間帯だ。スライムみたいな怪物は別だが、昼間や完全な夜間になどと比べると死亡率が高い。
つまり、同じ階級でも強さが別段なほど、違うのだ。
だから、殆どの冒険者はこの時間だけは迷宮に来ない。自らを鍛えたい冒険者や無知な馬鹿な冒険者以外は。
もちろん、氷雨は後者に入る。
四人の冒険者は、まだここが一階層のため、黄昏時でも大丈夫だ。もう少し下に行くと、このパーティーでも、命が危うくなるほどである。
「――さ、ルーキー狩りの始まり始まりだ」
そして、四人の冒険者は、“狩り”慣れた迷宮を歩き出したのだった。
◆◆◆
「はあはあ……」
氷雨はスライムから命辛々逃げ出したと思っている。
久々の脇目も見ない全速力で走ったため、息は切れていた。体には嫌な疲労感だけが残る。過程がどうであれ、結果自分は逃げ出したのだ。
その負けた後味は――決していいものではない。
(次は……殺す)
彼は広間ではなく、薄暗い狭い通路を歩きながら、密かに決意していた。それは誰にも語られることのない決意だった。
だが、そんな思いを抱いても、恐怖の後に残った胸の中の苛立ちは消えない。後ろから探偵のように着いてくる四人の男達にも気づかないほど、心はスライムに対する思いに覆われていた。
そして、何かにこの怒りをぶつけたい、とそんな狂気に彼は包まれている。
グルグル!
そんな今触れれば凶器であろう人間の遠く向こうで、牙を見せ、深く唸っている者がいた。
狼のような怪物である。
その種族名は――ルー。
だが、北の森で見た動物と比べると、同じ形で合っても大きくはない。体色も黒で、“あれ”ほどの威圧感はない。
その怪物は黄昏時によって瞳を赤くし、より凶暴になっていた。
だから、本来なら、獲物を見つけた時点で一気に駆け寄り飛び掛る筈なのに、このルーは何故か飛び掛らずに、通路の端にいた。
野生の第六感か、怪物の勘か、詳しいことは不明だが、ルーは一目で氷雨を危険だと気づいたのだ。
なので、通路の端でそっと息を殺す。
氷雨に殺されないためであった。
不幸にも氷雨は、壁にある白い花が光っているだけの見えにくい通路のせいか、すぐ横に居たルーなど見えていないようで、すんなりと横を通り過ぎようとしていた。
ルーは心臓をどくどくとさせ、丸くなりながら待っている。氷雨がこの場からいなくなるその時を。そんな無限とも思える刹那を、ルーは感じていた。
やがて、氷雨は前だけを見据え、この場から去っていった。
ルーは、その安堵ゆえか、ほっとした一息をついたように見えた。
――これがまた、彼が戦いを逃した瞬間であった。
◆◆◆
グルグァッ!
ルーは氷雨の後に来た男達に飛び掛った。
氷雨と比べると弱いと思ったのだろう。この迷宮で生まれたばかりの怪物に、“強さ”を正確に測るような選別眼は備わっていなかったのだ。
そんなルーは、男達に飛び掛るものの、二人の剣士によって動きを取り押さえられ、最後に1メートルは軽く超える斧を持った男の技によって、頭をバキッと割られた。
ルーは生まれて数十分で、命を失ったのであった。
それは、いくら黄昏時で怪物が獰猛といえども、たかだか力量1では長年冒険者を行っている彼らの敵ではない。
だが、念のため、男はとどめとして、技を放った。
その技の名は、『重斬』。
斧技の一つで、大きな斧の特性である重さと硬さを最も活かした一撃必殺の縦切り。隙も多いが、通常では考えられない程のパワーで斧を振り落とすので、威力は絶大であった。
まさにとっておきの名に恥じない一撃である。
怪物が彼に怯えて隠れていたことなど知らない男たちは、氷雨が先に行ったことで残ったルーを始末しながら、口々に思いのたけを喋っている。
「うわっ、あいつルーにまで逃げ出してるぜ!」
「ププッ、ルーの力量これまた1」
「――でも、ちょっと変じゃねえか? 幼児でも2は持ってるぜ。あんな成長した男が1なんて考えられねえよ」
槍を持っていた男が感じた違和感であった。
力量が低くすぎる人間。1などありえないのだ。男は力量1の人間など、赤ん坊しかこれまでに見たことがない。
だから、この男は疑問に思ったのだが、
「ふっ、どうせ温室育ちなのだろう。病弱で温室育ちのどこかの貴族の嫡子なら、力量1でもおかしくはないはずだ。そういった噂は、どこかで聞いたことがある。実際に見たのは初めてだがな」
斧を持っていた男に即座に否定された。
これは、貴族風の男に似た意見でもあった。
「いや、そんな貴族の坊ちゃんならこんなとこ来ないだろ?」
「ププッ、そうだな」
「そこでだな、オレは考えたんだが、あいつには凄い秘密があるんじゃねえか? それも特上な秘密が、だ。例えば力量の偽造とか、詐欺だ。これは今、都市伝説であっただろ?」
「ふっ、都市伝説はあくまで都市伝説だ。そんな物に踊らされるなんて、お前もまだまだだな」
「ププッ、力量が偽造が、本当だった。としても、問題ない。どうせ、あいつはルーすら斃せなかった。それに武器も持ってない。だったら、オレたちなら斃せる」
「まっ、そうだよな。じゃなきゃ、あんな出来立てほやほやのスライムやルー相手に、逃げるわけねえもんな……」
「それにもし、あいつが貴族の嫡子なら、我々もいい金づるを見つけたと言うことだ」
「だな!」
氷雨を見つからないよう足音がしないよう追いかけながら、一人の男が思った疑問は仲間の声によってすぐに泡となって消えた。
そうだそうだ、と彼の力量1という事に納得したのだ。
力量をどれだけ偽造してても、その“もと”が弱ければ偽造の意味がないからである。
もし、その者が三桁になるほど強くて、その強さを目立たぬために隠したいのであれば、不可能とされる力量の贋作もありえる。
だが、彼は弱い。
力量1の怪物すら斃せぬようでは、全てが杞憂だろうと男は思ったのであった。
「で、あんなふとしたオレの勘違いは無かったことにして、どこであいつを嵌めるんだ? この先にある広間なんか、丁度いいと思うぞ」
「ふっ、そこはちゃんと考えておる。あの広間には地下へと続く階段があったであろう? そこを降る直前に仕掛けるんだ」
「ププッ、君たち流石。階段を降りようと油断してる時に狙うなんて外道」
「ふっ、そう褒めるでない」
斧を持っていた男は、自分に酔っていた。
彼が貴族の嫡出子ならぼろ儲けだし、もし一文も持っていなくても奴隷として売ればいい。
どっちに転んでも金が稼げる。
そう、この時は、こう楽観してられたのだ。
◆◆◆
氷雨は狭い通路を腕をぷらぷらとぶら下げてゆっくりと歩きながら、刺々しい瞳で獲物を探していた。
スライムから逃げ出して以来、怪物の影すら見ていないのだ。それはルーと同じように怪物が彼を見かけると即座に逃げるか、隠れるという行動を行っていたからであった。
ゆえか彼の周りは、殺気に満ち溢れていた。
溢れ出る戦闘衝動を、発散できないためである。
男達も力量1という色眼鏡がなければ、随分前に逃げ出していたであろう。
(戻るか?)
その時、氷雨は今日は宿に戻って後日スライムに再戦する、という選択肢を思いついた。
だが、それを実行はしない。
まだ金目の物が見つかっていないからだ。
振り返ればここに鬱憤を晴らしに訪れたわけではない。空腹を満たしに、金を稼ぎに来たのだ。
しかし、甘い。
この階にある宝は、既に他の冒険者に掘り尽され全く残っていない。40や50まで行けばまた違う結果になるだろうが、彼にそんな予備知識はないし、そんな下の階まで行ける仲間も、力もなかった。
初めての冒険である彼には、何年かけても攻略者が“0”の、この永久の迷宮はそれほど厳しいものなのだ。
今、彼がいるこの一階には、既に何千人と人が訪れた。故に、マップの詳細も、出現する怪物も全ての情報は、冒険者の中に出回っている。
だから、一階を拠点としたら、稼げる金も稼げないのであった。
「はあ……下に行くか」
彼はそんな知識もないのだが、目の前に現れた階段を降りることを即決した。それは、この広間に先に続く道がなく、先へと続く道は下しかないからであった。
そして、階段に向かって踏み出すと、
「今だっっ!!!!」
野太い男の声が、部屋中に響く。
四人が、一斉に、片足を階段へと踏み入れた氷雨へ襲い掛かったのだ。
「……!」
この場面で不意討ちされることは氷雨も予想していなく、足を階段のふちに引っ掛けながら、無様に転げるようにして、四つの刃物は避けれた。
だが、床の上に転がる氷雨に、すぐ第二陣がやってくる。
「死ねっ!」
槍であった。鋭く、長い槍。幅広大型な三角形の穂先を付けた長槍で、俗に云うパルチザンである。
剣より長い槍が、転がっている彼に突く。
氷雨は近づいてくるそれを、冷静に、刃ではなく柄の部分を上へと殴って逸らす。
「ププッ、次っ! 」
第三陣が襲撃する前に彼は起き上がるが、膝立ち状態の彼に今度は剣が薙ぎ払われた。氷雨はそれをバックステップで避け、敵の情報を整理しようとした。
だが、そんな余地は与えてくれなかった。
今度も剣だった。
深く踏み込んだ男が、剣を彼の頭上に落とす。また、氷雨は下がって避けた。
続けざまに別の一人が、剣を振るう。
槍を振るう。
さらにまた別の一人が斧を振るった。
しかし、これはただの序章であった。濁流のような勢いで、彼を飲み込む攻撃は、これから始まるのだ。
剣。
槍。
斧。
剣。
剣。
斧。
剣。
槍。
まだ、四人の男による猛攻は終わらない。誰もが氷雨に向け、容赦もなしに武器を振るってきた。
氷雨は精神を削ぎ落としながら、一つ一つ命のやり取りをしていく。瞬きや深呼吸の暇さえ、与えられない。
氷雨の頭には躱すという事柄しかなく、時には丁寧に、時には大胆に、攻撃を一つ一つ後ろへと下がりながら躱していった。
「もっとだっ!」
男達も氷雨と同じように戸惑っていた。
初撃で葬る予定だった氷雨が、まだしぶとく生き残っているからだ。だが、彼が何者かという思考する余裕は――ない。
これで殺さなければ、これで殺さなければ、と攻めても攻めきれない相手に、手をこまねいているのだ。
「ププッ!」
後ろへ一心不乱に躱していた氷雨は、ついに背を壁についた。
そこを狙っていた槍使いが、槍技『疾槍』を放った。『疾槍』は単なる突きであるが、『重斬』同様リミッターを外した筋力によって行う並外れた速さの攻撃であった。
それはやはり早い。
だが、重い槍であるが故に、祖父のジャブほどのスピードではなくぎりぎり見えたので、氷雨は頭に迫り来る槍を、首を左に傾ける。
髪が少し切れた。しかし、皮膚までは切れなかった。
狙いは外れ、勢いのついた槍は壁に当たり、刃が欠けた。
氷雨にとっての――絶好な好機だった。
「なっ!」
氷雨は研ぎ澄まされた感性で、その一瞬の隙を見逃さない。槍を片手で支え、もう一方の片手で関節を折るようにする。
ボキッ!
そして、――極めた。
人の骨を折るように、木で作られた柄を折ったのだ。
「あっあっ……」
槍使いは斬られたのではなく、折られた槍に声すら出ない。武器とは消耗品なので、代えの武器を持っているが、懐に隠した武器を出す時間を与えられなかった。
氷雨は、一歩で相手に近づく。
槍使いの仲間は槍使いを守るよう、先に氷雨を殺そうとする。だが、その前に彼は槍使いの兜が無い顔面を殴った。
「……」
もう一発顔を殴る。さらに睾丸のある股間に上蹴り。音はなかったが、ぐにゃりとした感触から潰れたな、と氷雨は感じた。
槍使いは――くる、と思った。
それは睾丸を潰された痛みである。数秒後、やはりきた激痛に悶絶した。その痛みは、すぐに全身を走る。やってきた絶え間の無い痛みの波は、槍使いの戦意を消失していた。
そんな男は股間に手をやった。
痛みが消えぬと分かっていても、股間に手をやったまま膝から崩れ落ちた。目を固く縛り、呻き声をあげ男は倒れたままジタバタしていた。
戦えないわけではない。立てないわけではない。
だが、感じたことの無い激痛に、終わらないだろう激痛に、槍使いの戦意は消失していた。
いっそのこと死にたい、そう思ってしまうような痛みだった。
そんな氷雨は、状況は以前として不明だが、先に仕掛けられているのに、殺さないや手加減するなどといった感情はない。
やられたらやり返す、との心情のもと、攻撃には手を緩めなかったのである。
そういった覚悟が、弱点を的確に狙ったのだった。
「あ……あ……」
そして、槍使いの仲間の三人は、仲間を立ったまま見ていた。男なら誰でも感じたことのある他のどれとも違う云い様のない痛みに、耐え抜いている槍使い。
その姿を見て、仲間である自分も股間を押さえたくなった。
「うおおおおーーーー!!!!」
次に吼えた仲間が居た。
あの痛みを見た後で、自分を奮い立たせるために、急所を的確に狙う敵を斃すために。
先刻の不安は、杞憂だったのではない。
――敵は強大だと。
だから、剣を強く握った。
だから、大地を強く踏みしめた。
そして、氷雨へと距離を詰め、剣技『連剣』を行った。『連剣』とは、人外の速さで幾つもの剣による閃光を起こす技だ。
何発も。何発も。何発も。
だが、高威力しかも連続技であるこの技には弱点があった。発動すれば終わるまで、その場から動けないのだ。
剣のリーチは拳に比べると長いが、槍に比べると短い。
氷雨はその剣の距離を冷静に見極め、下がった。胸や腹など、『連剣』によって体の正面に傷が数箇所入ったが、深くは無かった。
そこから先は言うまでもない。
男は技の効果で、その場で剣を振り回しただけであった。技とは、効果的な場面で使えば予想外の強さを発揮するが、一歩間違えると不利になる。
この剣技『連剣』もそうだ。『連剣』とは他の技よりも強力だが、一旦放つと途中で止められないというデメリットを要する。
そして、男の攻撃が終わった。同時に動きもとまる。
顔が青白くなり、無呼吸運動を続けたが故の、――酸欠だった。
大きな深呼吸をしたかった。
だが、それも叶わない。
氷雨は動きが止まった男を待ってたのか、がら空きの目に人差指で一突き。
そのまま――指を穿り出した。
眼球が飛んだ。地面に転がる。眼があった眼底からは、血が間欠泉のように出る。
剣使いの男は痛みよりも、片方の光が無くなった事に驚いた。
すぐにその原因が、もう片方の目に映る。
「ああああーーーーーー!!!!!!」
――絶叫した。
だが、この男の凄いところは、片目が無くなっても氷雨に反撃した事であった。
技は使わない。いや、使えない。もう一つの『連剣』のデメリットに、使用すれば体の負担を減らすため、一定時間は他の技は使えないのである。
だから、男はすぐ傍にいた氷雨に袈裟切りをした。
しかし、氷雨の攻撃とは速さが違った。
拳と剣。超近距離であれば、拳のほうがその速さゆえに有利になる。
拳はフックの要領で、鎧の隙間をぬって男の脇腹、肝臓の部分に刺さる。
ボキッ!
あばら骨が何本か折れて、体がくの字に折れ曲がる。その衝撃ゆえか、剣も手から離れて地面に落とした。
剣使いの男は、人間による内臓を的確に狙った攻撃は初めてのようで、意識を簡単に手放した。
「くそったれ!」
そんな氷雨に背後から、斧を振り落とす者がいた。
それは『重斬』。
ルーを斃した技と、同じであった。
――結果から云うと氷雨はそれを食らった。避けるには時間が余りにも足りないからであった。
「ぐっ!」
だが、彼も負けてはいない。
斧自体は体に命中したが、斧使いの方へ体を動かしたため、刃ではなく金属部分の柄がもろに右肩にあたる。
右肩は『重斬』の威力によって外れたが、大した怪我ではない。
次にくるんとターンして、氷雨は筋骨隆々の斧使いの男の正面に立った。
そして、左手の手刀を斧使いの首に。男も斧で反撃しようとするが、その重さゆえに取り回しにくい。
両手で振り上げてもう一度、斧を落とす前に、首にもう一度右ハイキック。首は、太いゆえかまだ折れてなかった。
男は斧で反撃するのを諦めたのか、武器を手放した。
そして、斧使いは幹のように太い腕で氷雨を殴ろうとする。
これが、――斧使いの間違いであった。この体格の違いからの筋力差に、斧使いは素手でも勝てると思ったのだろう。
だが、徒手空拳がずぶの素人である斧使いと、素手のみを長期に渡り鍛錬してきた氷雨。
戦力差は誰が見ても歴然であった。それに、斧使いがつけている筋肉は斧を使うための筋肉であって、殴る筋肉ではない。
氷雨は殴ろうとする男の左腕を逸らすように取る。そして、背負うように投げ、地面に叩きつけた。受身を知らない男は、背中を強打する。
そして、氷雨はそのまま首を取り、両腕で頭部を挟み込み、捻るように回して、――極めた。
――ピコーン、力量が2になりました。
その声は、氷雨の左手からした。斧使いが死んだことによる力量アップだった。
だが、氷雨は力量アップに関心を向けない。彼が興味あるのは、“ほどよい”殺意であるからだ。
「あっ……あっ……」
地面に横たわる三人。
そして、未だ立っていて、氷雨が見つめてるのは自分。
未来は楽に考えられる。
彼は、剣を持っている自分の狙っているのだ。
いくら力量がたった今、2になった彼でも、脅威だという事実に変わりはしない。逃げることも出来ないだろう。鎧を着ている剣使いとマントのみを着た氷雨。
どちらのほうがスピードは早いのかは、猿でも分かった。
「……ああああーーーー!!!!」
男の慟哭は、部屋中に木霊する。
このパーティーで一番強かった斧使いが負けたのだ。そんな相手に、パーティーで一番弱い自分が勝てるわけなど無い。
だが、勝てぬと分かってても、抵抗するしか道は無い。それで奇跡が起きなければ自分は負けるのだ。
剣使いの男は、『飛斬』を目隠しに、氷雨へと近づく。
だが、既に『飛斬』を目にしたことがあった氷雨はそれを難なく避け、近くに落ちていた斧を剣使いに投げる。
「えっ!」
男は迫ってくる大きな斧に剣で防ごうとするが、パキッと剣が折れた。斧は柄の部分が腹に当たったので即死は免れたが、すぐ前に――氷雨がいた。
ブシュッ!
そして、細い男の首に、氷雨の貫き手が突き刺さっていたのだった。
「っ!!」
氷雨は貫き手をした左手を、首から引き抜く。肌についた血を飛ばすように腕を二、三回振ってからマントで血を完全に拭う。
そして、死屍累々と横たわる死体と、呻き声をまだあげている槍使い。それに片目を失ったまま気絶している剣使いなどの惨劇を見て、一言。
「ふう……やりすぎたか?」
氷雨は、軽く言いのけたのだ。
あの貴族風の男がいた広場にて、人を二人も殺しているので、もう人殺しに慣れたのだろう。まるで動物が当たり前に呼吸をするように、氷雨も当たり前のように人を殺したのだ。
だが、ただ一つ。勿体無かった、と彼は思っていた。
彼は不意討ちが嫌いで、正々堂々が好きなのだ。不意討ちはしてもされても、“戦い”の興奮が悪い意味で存分に味わえない。
その点、正々堂々は体の芯まで“戦い”を味わえるのだ。
本日は、“戦い”を十二分に堪能とまではいかないが、ある程度の充足感は手に入れた。
これ以上の高望みをしても衝動は際限なく湧くだけ、と彼は考え、今は早く帰りたかった。そして、当初の予定通り飯を腹一杯食べたかったのだ。
(さて、全部盗るか)
幸い金の当てはあった。
それは、死人に口なしの如く、一人ずつ装備や金になりそうな物を剥ぎ取っていったのだ。そこに遠慮の二文字など無く、ただ黙々と奪い取っていった。
(ふう、この程度か?)
まず貨幣を手に入れ、武器も手に入れた。その他装飾品など、金になりそうで軽い物は全て奪う。しかし、防具だけは脱がすのが大変なので諦めた。
氷雨は両手に抱えきらないほどの戦利品を手に帰ろうとした時、ふと――妙な空気を感じた。そして、周りを丁寧に見回した。
グルルル!
その胸騒ぎは、間違っていなかった。
――ルーがいたのだ。それも数十匹も。
狼のような怪物であるルーは、――やはり鼻が発達していた。だから、氷雨が殺した二人の血に誘われてここまできたのだろう。
「へえー、俺と、戦るのか?」
氷雨を丸く囲んでいる数十匹のルーは、例外なく目が赤かった。
黄昏時の影響は、まだ切れてないのだろう。そんな、ルーの数による威圧感は間違いなく氷雨を刺激し、戦利品を全て地面に置くと、彼もルーと同じように殺気を出した。
大群のルーは、少し氷雨から退く。
あの生まれたばかりのルーと同じように、このルーたちも類稀な嗅覚で匂いだけでなく強さも、本能的に嗅ぎ分けるのだ。
「逃げたきゃ逃げろよ。今日の俺は機嫌がいいから見逃してやるぞ?」
氷雨はそう挑発してからルーを一瞥し、さっさと戦利品を拾い上げた。
朝から何も食べていない空腹の彼にとって、満腹という未来がとても輝かしく見えたのだろう。戦いという欲求には勝てても、食欲という欲求には勝てない氷雨であった。
グアッ!
ルー達も氷雨の言葉の意味は分からなかったが、言葉の真意は分かる。
大勢の怪物は氷雨から四人の冒険者へと視線を変え、その肉へと喰らいついた。足に、腕に、内臓に、思い思いの場所へと一斉に喰らう。
辛うじて生き残っていた冒険者は、大量のルーによる体を引き裂かれる苦痛に目覚めて叫びだす。だが、黄昏時のため助けてくれるような人もおらず、そのまま死んでいくのだった。
これが、迷宮のメカニズムだった。
何かが死ねば必ずハイエナのように怪物が現れ、死体を骨だけにする。
服や鎧は、見つけた冒険者が拾うので、結果的になくなる。そして残った骨でさえも、迷宮という生き物に――喰われてなくなるのだ。
なので、何百人と死んでいるとされるこの迷宮には、骨一つ残らない。常に綺麗であった。
だが、それは、絶えず行われている――迷宮の浄化作用のおかげなのだった。
◆◆◆
夜。
氷雨は町に戻ると、昨日泊まった宿屋に向かった。食事の前に武器等をどこかで売り捌こうとも思ったが、既に空は薄暗くなっていたのと空腹の為、諦めた。
なるべく早く腹一杯食べたかったのである。
この宿屋の食堂のシステムとして、夕食込みの場合の食事はパンとスープだけだが、追加料金を払うと肉や野菜などが食べられる。パンとスープの種類は毎日変わるので飽きることはないが、物足りないと感じる者だけ追加メニューを頼む。
だが、そんな者は極僅かであった。
この宿に泊まる大半が、並程度かそれ以下の冒険者である。
冒険者の資本とは命だ。
彼らは死にたくないため、装備や薬草などに一番金をかける。少しでも高価で丈夫な装備を、と冒険者はいつも保険をかけるのだ。
なので、質素な食事だけで満足し、金のかかる豪華な食事など一番後回しにする。一時の幸福感のために命を疎かにするなど、冒険者の間では考えられないのだ。
中には追加メニューを頼む者もいるが、その者達は皆冒険者の中でも上級者である。高い装備に身を包み、永久の迷宮の50階以上を、軽く踏破する強者しか食べることはまずないのだった。
「――これで買えるだけの肉をくれ」
氷雨はぼろい灰色のマントのまま、食堂のキッチンの人間に銀貨を3枚出した。
キッチンにいた料理人の一人は、こんな貧相な格好の男が追加メニューを頼むなんて、と驚いたが客の内情に口を挟むほど愚かではない。
氷雨の注文通り分の肉の塊を焼いてから、塩だけで味付けをし皿の上に置いた。パンとスープも一緒に。
彼は空いていた椅子に座ると、即座にがっつき始めた。
他の客が居れば、力量が低いのに追加ニューを頼んでいる彼に目を付けるだろうが、黄昏時が終わったこの時間。もう一度日々の路銀を稼ぎに、迷宮へと潜る冒険者が多いため、現在この宿屋の食堂に彼以外の客は居なかった。
氷雨は肉を食べ、パンを口に入れながら、スープで流し込む。味はやはり薄かったが、量だけで云えば昨日より遥かにいい。
食事の時間は数十分で終わる。
その後、今日の戦利品をすべて部屋に置くと、彼は外に出て行った。
◆◆◆
外に出ると、雲ひとつない黒い頭上には、煌びやかな星が無数に輝いていた。例えば、存在感のある一等星や二等星のような大きな星や、天の川のような屑星が集まっている集団。白く光る月や様々な形に見える星など、それは街灯がないこの世界ならではの、素晴らしい景観だった。
それらの星達は、一晩ではとうてい語りつくせないであろう“物語”が作れそうであるかつて、古代の人が星座でいくつもの“物語”を作ったように、神話がここから生まれたように。――無限に想像力が湧いた。
そんな雄大な景色の下で、氷雨は地面に両手をつき、腕立てをし始めた。両手で普通の腕立てを五十回。指立てを五十回。その後親指だけの腕立てを五十回し、氷雨は立って走り出した。汗はかいていない。
軽く流すだけの運動であるからだ。
日々の鍛錬を怠れば実力も落ちる。
武術に関してだけは、そんな祖父の教えを律儀に守っている氷雨だった。
適当な距離を走り終えると、今度は空き地のような場所を見つけ、マントを脱いだ。
そして一個ずつゆっくりと技の確認をしていく。
突き、手刀、貫き手、上段蹴り、中段蹴り、下段蹴りなど、どの技も丁寧で綺麗な型である。技のような筋力アシストがある雑な技ではなく、精巧に作られた日本刀のような鋭い美しさであった。
型が終わると、今度は股割りをする。その身体は足が定規のように真っ直ぐになっているので、体操選手のように柔らかった。次に、前屈など様々な関節のストレッチを始めた。
武術家にとって、身体の柔軟性は筋力と同じくらい大切である。特に蹴り技は、身体の柔軟性がないと行うことすら出来ない。
「帰って寝よ」
そんな一通りの筋トレと柔軟の訓練を行ってから、氷雨は宿へと帰ったのだった。また、明日の冒険のために体を休めようと。
――彼の現在の装備、古びた灰色のマント。持ち物、売却予定の装飾品や武器多数。
所持金、4670ギル。
今日の氷雨の怪物討伐数0。力量2。
試験的にですが、迷宮と迷宮Ⅱと鍛錬を一つに纏めてみました
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