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無意味(ナンセンス)コメディシリーズ

作者と浦島ストーリー


『浦島太郎』をシリアスで挑戦。


 昔の話である。

 一面に見ゆる、秋に主役を張るようなススキの穂波は風に棚引いて揺れていた。近くには川が運んだ砂でできた広い洲があり、周辺に佇む樹木の賑やかな実りが渡り鳥の格好の餌場となっていた。

 休息の地を求めて身の羽を休めに、列立った雁の群れが遠く夕日の彼方から使わされた者のように降りてくると、餌をついばんで空腹を満たしていっている。それを線のように細く目で眺めながら隠れて人は、言の葉を掛けて歌を詠むのだろう、指折りに数えながら、いつかに故郷を偲べるためにと独り歩きをするのだった。


 夕刻の散歩はそのように。東に少し歩けば幾重の夕霞に埋もれて見える村里が、西に歩くと川岸があった。その行く前に広がる松林に吹く松風は、歌人に恋をした海女が狂おしくも舞う謡曲としても有名だが、詠み人に美しくそれはそれは琴の調べで刺激さる、まこと、妙な調べの音色だったという。夏だったなら、霞だろうともモヤだろうとも吹き払われて、照りつける太陽の下で鴨やシギが浅瀬に戯れるだろう――それは、その光景は、今が秋であれば置いてきた夏の記憶、過ぎ去りし『過去』のもの――だった。


 さて……対岸には。昼であれば漁師の帆船が出入りする、活気のある川岸だった。だが今は人の姿なく、水面を震わせていた風がピタリと止むと、鏡にも似たそこに岸の山並みが青の墨色に映し出されて静かに在る。帰った後の静けさよと、詠み人は乾いた唇で口笛を吹き、茜の染まり顔を傾けていた。羽を休めた鳥は寝床へと、これで帰っていくのだろう――。


 ――それでは、浦島の話を始める。これは、浦島たろうの話である。



 漁師の家が点在する、ひなびた漁村があった。そこで浦島たろうは生まれ、何不自由なく父母に育てられて、家業である漁にも度々に出て、時を過ごしていた。年は既に二十歳の頃合で、女人の極端に少ない村での婚姻は、男子には至極難しいものだったという。 

 そのように年も年な浦島たろうは、僅かながらに女というものに憧れさえ抱いていた。


「たろうや、これを昼に持っておゆき」

 藁と陽樹でこしらえる程度に家は粗末に造られて、たろうは、竿を片手に釣りに出かける所だった。「それは……」「団子ですよ」「ああ、有り難い。よしきた、もらいます」そうにこやかに、たろうは手で麻包みに入った団子を受け取った。腰蓑にぶら提げて、たろうは母親に見送られて出かけて行った。


「むかし、むかし、うらしまはー……」


 こいつぁ恥ずかしいと思いながらも自分で作った自由歌を陽気に歌っていた。道中、うっかりと女子おなごにでも遭遇しないだろうかと期待して若く青い男は想像で遊んでいた。これでも身だしなみには大変に気を遣っているつもりで、塩で歯を洗う際には必ずキリリと引き締まった顔でいることと胸に手を当て天に誓って決めていた、いつ、肩を叩かれて振り向いてもボロが出ないようにと、そんな肝の小さい男でもあったのだった。

「フフフン、フフフン、フフフフ、フンー」

 歌は、2番へと続いていた。歌詞は1番の途中から出ずに、いつの間にか鼻息歌になっていた。


「おや……?」


 たろうは、自分の歩いている道中の延長上で、遠くで動く『何か』を発見した。ススキの野っ原を沿って歩いていた所を土手になった坂へと曲がり下っていくと、大きな川があった。吊り橋を超えてさらにもっと川を下って行けばやがて海に辿り着くのだが、たろうは滅多に行くことはない。川でのんびりと、趣味で釣りをするつもりだった。「あれは……」目を小さくして動く『何か』を探ろうと、立ち止まらずに歩いていった。


 どうやら、『何か』の塊はひとつ、『それ』を囲む人間の子どもたちがいたようだった。

「死んでるのかな。大きな亀さん」

「ちょっとつついてみようぜよ」

「腹が動いているぞ。生きてるな」

 3人の子どもが、大きな『亀』を囲んで騒いでいるらしかった。ひとりは拾った木の棒で亀の甲羅を突き、ひとりは小さな足で蹴りを入れていて、ひとりは女の子なのだが亀の顔を真正面から覗き込んでいた。

「こら、何してるんだ。亀を苛めちゃいかんだろう」

 たろうが子どもたちに近づいて、そう呼びかけた。たろうを普段からよく知っていた子どもたちは、たろうを見るなり、「違うよ、苛めてなんかいないよ」と言い訳を口々に言い合って、顔を赤らめていた。「どうしてこんな所に亀が?」たろうが聞いても、子どもたちから返答はなかった。


 亀は見ると全長が1メートルほどはあり、甲羅が珊瑚色という、珍しい……珍種だった。

「本当に亀だろうな。実は兎でしたなんてことはないだろうな?」

「まさかぁ何言ってんの」

 子どものひとりが笑いながらたろうに返すと、すぐ下から「かめェェェ」と音がした。思わぬ『亀』の主張――に、たろうや子どもたちは顔を強張らせて無言になった。「……苦しそうだな」どうやら亀は呼吸するのが重く、ままならないでいるようだった。


 たろうが呟くと、子どもたちは不安そうに亀を見つめ、困った顔になった。

「どうしたらいいの? このままじゃ……」

 女の子が泣きそうな顔でたろうにすがる。腰蓑をつかまれて、ずり落ちそうだった。

「何処からきたのだろうか。海からだろうか……」

 腕を組みながら、たろうは考えていた。

「海って、川を下って行けばいいの? 流れて行ってくれる?」

 子どもがそう言い出していた。

「そうか。川に連れてけばいいんだ!」

 子どもが勝手にそう決めつけていっていた。たろうは、「ううーん……」と、唸るばかりで動こうとはしていなかった。

「早く! 早くしないと死んじゃうよ!」「そおれぇ!」

 たろうが考えている間に、子どもたちは1列に並んで亀を押し出し始めていた。たろうも仕方なく、「はぁどっこいしょ」と亀を押して、持ち上げた。大人の男の力が加わったことで亀は、案外簡単に川へと運ばれドボンという大きな音とともに落ちていった、そして……


 流れていった。


「さよ~ならぁ~」


 子どもたちが手を振っていた。亀は、川の流れが思うより速く強く、甲羅だけを水面に浮かべ晒して流されていった。「これで良し」たろうは頷いた。自己が満足したらしく、しきりに頷いていた。

「本当に亀だったのかな」

「さぁ」

 子どもたちは亀が見えなくなるまで姿を目で追った後、鬼ごっこを始めて、走って去って行った。

 ひとり残されたたろうは、予定していた釣りをしようと、竿を片手に川下へと川原を歩いて行った。今日は鮎でも釣れやしないかと夢をみているかのようにぼんやりとした顔をしていた。

「夢か……」

 たろうは、考えていた。自分はこのまま、年老いて死んでいくのだろうか。それとも、年老わないで死んでいくのだろうかと、単純に2つの行き先を思いついてしまって一向に止まらず、考え続けていた。

 てくてくと、歩いているだけの足と、それのせいで擦れて減らす川原の石の群、たろうは、すぐ傍で止まらず流れている川のせせらぎを聞きながら、考えが止まったままで固まってしまっているのをはぁ侘しい、と感じていた。そしてそのままに考えるのを止めて、発想を変えていた。もしいつか嫁でもきてもらえたなら、いいんだけどなと、希望を抱くことにしていた。そうだ、亀が助けた御礼に自分を訪ねてきてくれたらいいんだと、たろうは妄想をし始めていた。釣りをする場所を求めて歩く足が軽くなったような気がして、跳んでみたりしていた。さらに妄想は続き、御礼にきてくれた亀は類をみない絶世の美女で、そうだな、名前は乙姫がいいなと、顔が歪んで締まりがなくなっていった……



 川下の先は確かに海へと出るが、その前に傾斜90度直下型の滝があった。



《END》




 せめてたろうが1番をちゃんと歌えたのなら良かったのですが。

 ご読了ありがとうございました。



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