神様の身体集め
ご覧いただきありがとうございます。1話完結の短編です。
「全ては秩序と調和のためよ。つまり運命ね」
「それで? 全て受け入れろとでも言いたかったのか?」
俺は右腕を拾い上げながら、東屋の床に転がっている首に向かって言った。
*
俺はボクサーだった。これでも期待されていたんだ。 東洋太平洋タイトルマッチの前哨戦。そこそこの相手を用意してもらった。
かませ犬のレッテルを貼られたボクサーってのは厄介だ。こちらの対策を徹底的に研究してくる。 俺はまんまと相手の作戦にハマった。5ラウンドと7ラウンドにダウンを奪われ、完璧な劣勢。それ以降、相手は徹底してディフェンスに固執し、最終ラウンドまでKOどころかダウンすら奪えない。挙句の果てにはカウンターを綺麗に貰って試合は終わった。
結果は判定負け。切れた右瞼から血が流れていた。これがなければ……なんてのは負け犬の言い訳だな。
16戦12勝4敗5KO。これが俺の生涯戦績だ。 スピードとスタミナには定評があったが、必殺パンチがあるわけじゃない。手数とディフェンスで魅せる玄人向けの地味なボクサー。それでもコツコツと勝ちを積み上げて、ようやくタイトルマッチの手前までこぎつけたのだ。
減量も順調、体調も万全。負けるわけがないと思い上がっていた。
控室に戻り、ベンチに腰掛けたあたりで記憶が途切れている。
気づいた時には、どこまでも視界が抜け落ちたような真っ白い空間に立っていた。そしてその真っ只中で、やけに暗い顔をした連中の行列に並んでいた。
ここがどこで、これが何の行列なのかはすぐに分かった。 前に並ぶ、どこの国かも分からない外国人の体に無数の穴が空いていたからだ。
背中に大きな羽根が生えた美女が整理券を配っていた。
世界戦のラウンドガールみたいな「ちょっといじっちゃいました感」のある顔立ち。白いフワフワのドレスを着ているから、全体のスタイルまでは分からないが。
俺の番になると、ラウンドガールは言った。
「まだまだ時間がかかりますよ」
「え、どのくらい?」
「そうですねぇ……一週間ちょっと、かな」
一週間ちょっと、俺はラウンドガールの言葉を頭の中で繰り返す。そして列の横から顔を出して行列の先を見る、この真っ白い空間?世界?にあるかどうか分からないが地平線の遥か向こうまで行列が続いていた。
一人あたり30秒で、天国行きだ地獄行きだと捌いても俺の番まではかなりの時間がかかりそうだ。
「結構かかるんだな。なぁ、暇をつぶせる場所とかないのか?」
「ありますよ。ご案内します」
俺は列を離れ、羽根の生えたラウンドガールの後について歩き出した。
案内されたのは、大理石で作られた大きな東屋だった。寝て過ごすには硬すぎるし、暇をつぶせそうなものは何ひとつない。
ラウンドガールは振り返り、俺に満面の笑みを見せる。
「ここで、お願いしたいことがありまして」
「え? なにを?」
「私の復元だ」
東屋の中から声が聞こえた。よく見ると、中央にぽつんと「生首」が転がっていた。
もう動いているか分からないが心臓が跳ね上がり、俺は声を裏返してしまった。
「く……首が喋ってる!?」
「あの御方は、運命の女神様です!」
ラウンドガールは、まるで「良くご覧くださいませ」と言わんばかりに、すらりと腕を伸ばし指先を東屋に向けた。
「はあ」
「あの御方のバラバラになった体を集めてほしいんです」
「バラバラぁ? それを俺がやるのか?」
「人間にやらせるというのが、あの御方の意向でして。やってくださいますよね!?」
「え、ええ……」
状況が呑み込めないまま、つい頷いてしまった。
「本当!助かります!やってくれる人探したんだけど、いくら探しても見つからなくて!」
ラウンドガールは俺の手を取り、はじけるような笑顔を見せた。そして
「本当に!本当にお願いしますよ!」
そう俺に念押しして「ではこれで」と言って足早に去っていった。去っていくラウンドガールの後姿を呆然と見つめながら、羽根があるのに飛ばないんだな、っと何故か俺は思った。
*
「全ては秩序と調和のためよ。つまり運命ね」
「それで? 全て受け入れろとでも言いたかったのか?」
女神は何も答えない、俺は深くため息をついた。
「秩序だの調和だの言っても、誰も納得しねぇべ。……ほら、右手ここに置くぞ」
足と両手はこれで揃った。あとは胴体だけだ。中々の肉体労働。
「だからバラバラにされたのよ」
女神曰く、練炭で集団自殺した連中にリンチされたらしい。 親の借金に旦那のDV、我が子の殺人事件……自殺するに十分すぎる不幸のオンパレード。俺はボクシングに救われたが、奴等はそういうものに出会えなかったのだろう。 女神様は「運命」の一言で片付けようとして連中の怒りを買い、結果としてこの有様だ。
「恨みを買ったわけだ。運のいい奴もいただろ? 一発当てて大富豪になった奴とかさ」
「そうね。でも恨まれはしても、感謝されたことなんて一度もないわ」
「まあ、世の中そんなもんだわな」
誰もが誰かを恨み、救いを求めながらも、結局は自分の足で立つしかない。それはリングの上でも、この真っ白い死後の世界でも同じことなんだろう。
「なぁ、なんで反撃しなかったんだ? 神なら気合いで吹き飛ばすとかできただろ」
「そんな力はないわ。それに……半分は私の責任でもあるもの」
「半分?」
「人間のシナリオを全て書くわけにはいかないの。大体のあらすじを書く程度。それもせいぜい3行程度ね、文字数制限もあるのよ」
どっかのSNSみたいだ。長文書きたきゃ金払え的な。
「なるほど。てめえで勝手に死んだってことか」
「そういうことね」
「だけど、不幸のきっかけを与えたのはあんただろ?」
「あんた口のきき方に気をつけなさい」
「悪いね、うちは代々日蓮宗なもんで、神様なんて無縁だったのよ」
「なっ……! まぁいいわ。そう、人間の価値観で言うところの不幸は与えたことにはなるかもしれない。だけど、生き方を決めるのは神じゃないの」
なんとも神様らしいというかなんというか。
俺は責任逃れとも正論ともつかない綺麗事を並べ立てる女神に呆れたようにため息をついた。
「それで、あいつらに『運命』の一言で諦めさせようとしたわけだ」
「納得するとは思っていなかったけれど、まさかこんな暴挙に出るとは思いもしなかったわ。それに、全員を幸せにするなんて無理よ。そもそも『幸せ』なんて概念を作ったのは人間だしね『不幸』って概念も同じよ」
幸せだの、不幸だの。そういう哲学的な話は苦手だ。ついでにこの女神さまも。
「疲れる議論になりそうだな。……胴体はどこだ?」
「あっち」
東屋の中央に置いた右腕がじりじりと動き出し、すっと指をさした。
「気持ちわる!」
「うるさい! さっさと取ってきなさい!」
*
「引きずらないでよ!」
遠くから悲鳴が聞こえた。バラバラにされて、どこにも力が入っていない腕や足もそこそこの重量があったが、さすがに胴体は腕や足の比ではなかった。俺は全身の力を込めて抱え上げる。
「ぐおおお!ダイエットしろよ馬鹿野郎!人間の俺でもクソほど減量したぞ!」
「あんた!元の姿に戻ったら覚えておきなさいよ!」
「うるせぇ!ちったぁ感謝しろってんだ!クソ女神!」
両手に抱えて運ぶもズルズルと滑り落ちていく。
今になって思えば、台車とか無かったのだろうか。あのラウンドガールに聞いておけばよかった。
何度か休憩を挟み、息も絶え絶えになりながら東屋にたどり着いた。
「だらしないわね」
「せめて、ありがとうだろ!」
俺は毒づきながらもバラバラになった女神の体をくっつけていった。切断された傷口が痛々しい。
「出来たぞ。このあとどうする?」
「ありがとう。これでいいわ」
女神はそう言うと傷口がみるみるうちに塞がり、目が眩むような光が放たれた。
光が収まり目を開けると、西洋絵画に出てくるような美人がそこに立っていた。この手の美人って、なんで揃いも揃ってぽっちゃりしてんだろうな。
「何見とれてるの?」
「やっぱ、ちょっとダイエットした方がいいぞ」
「口の減らないやつめ」
「これで俺の役目は終わりだな」
「いいえ、まだよ」
「まだあるのか? さっきの議論なら、もうゴメンだぞ」
「そう焦らないで」
女神が手をかざすと、大理石の床に集中治療室の映像が映し出された。
ベッドには俺が横たわっていた。頭には包帯が巻かれ、人工呼吸器が装着されている。心電図が弱々しく音を立てていた。 その傍らで、昨年結婚したばかりの妻が泣いていた。来月には、娘が生まれるはずだ。
「どうする?」と女神が言った。
「どうするって?」
「あなたはまだ生きているわ。戻るかどうかを決めなさい。……ただし、もうボクシングは出来ないけれど」
なるほど。選手生命は絶たれたわけだ。世界チャンピオンの夢も、俺の生きる目的も。
「生きる目的なんて、これから決めればいいわ」
「……俺の心が読めるのか?」
「さぁ?ただなんとなくよ」
俺は、床に映る自分と妻の姿をじっと見つめた。
「なぁ。こうなったのは、あんたの書いたシナリオか?」
「あなたのガードが甘かったせいね。力みすぎ」
「痛いところ突くね」
「お返しよ」
女神は愉快そうに笑ってみせた。
さっきまで生首だったくせに、こちらの弱点を的確に突いてくるあたりに性格が悪さが垣間見える。
俺は苦笑いを浮かべながら「あんたもガード甘すぎなんじゃないか?」と言いかけて思いとどまった。リング上の勝ち負けと、暴徒にバラバラにされるのは訳がちがうからな。
「俺がここにたどり着いたのは、あんたの仕業か? あのまま行列に並んでいたかもしれないだろ」
俺はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「元気な人間が一週間も大人しく待てるわけないじゃない。ここに来た時点で、全てお見通しよ」
「俺に身体を集めさせたのは?」
「人間に壊されたんだもの。人間の手で戻してもらわないとね」
さも当然といった口ぶりに、俺は眉をひそめた。 こっちは必死こいてクソ重い胴体を運ばされたのだ。思えばバラバラになった腕を自力でじりじりと動かして、指示を出せるような不死身の神様だ。時間をかければ自分で元に戻れたんじゃないかという疑問が頭をよぎる。
「……本当は、自分で戻れたんじゃないのか?」
「それは、ひ・み・つ」
あざとく人差し指を立ててウィンクする女神に対し、少しずつ湧き始めていた敬意の様な感情は綺麗さっぱり吹き飛んだ。やっぱなんかムカつく。
「戻るよ」
そばで泣いている妻を眺めながら、俺は言った。
「そう言うと信じていたわ」
女神は俺の肩にそっと手を乗せた。 途端に辺りが暗くなり、どこか深い場所へ落ちていく感覚に襲われた。
「あなたの思う『幸せ』をつかみなさい」
遠くから、女神の声が優しく響いた。
「放っとけバーカ」
俺は薄れゆく意識の中でそう呟いた。
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