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勝手な婚約者様

作者: WAIai
掲載日:2026/09/30

ー…くれ。助けてくれ!!

誰かが叫んでいる。

必死に手を合わせ、頼み込んでいる。

しかし助けることはできなかった。

「…うう。…うう」

苦しくて唸ると、違う声が聞こえてくる。

うるさいと暴れた気がしたが、諦めずに呼ばれる。

大きく揺さぶられ、ようやく叫び声が聞こえなくなる。

「ーはっ!!」

目を覚ました男性ーロイスは勢いよく身体を起こす。

額からはすごい汗が浮かんでおり、恐怖の体験を思い出す。

ー私は…。私は…。

自分の身体を守るように、二の腕を抱きしめると、バトラーー執事のカースルが聞いてくる。

「大丈夫ですか、ロイス様?」

「…カースルか」

ロイスはランプを持ったカースルを見る。

彼のほうが年上で、幼い頃からずっと側にいる仲だった。

カースルは甘い顔をしているので、自分よりももてるのではと思うのだが、ロイスも負けじと整った顔をしていた。

ーああ、最悪だ。

夢を思い出し、ロイスはため息を吐く。

いつもゆっくり眠れないのだった。

血の香り、人肉の感触、色んなものを覚えており、自分の手をゆっくりと見る。

「…私の手は大丈夫か?」

「ロイス様、大丈夫ですよ。安心して、またお眠りになっては…?」

カースルが気を遣って言ってきたのだが、ロイスは両手で顔を隠す。

自分が醜く感じられ、汚れた物体に錯覚するのだった。

「ロイス様…。眠れないのなら、ココアでも持ってきましょうか?」

「…頼む。部屋に移動するから」

「はい。畏まりました」

カースルは深くお辞儀すると、寝室から去っていく。

ロイスは手で汗を拭うと、ゆっくりと動き、ベッドから下りる。

冬の始まりで冷えるはずが、今は暑くてたまらなかった。

ーあの時も、ものすごく暑かった…。

思い出そうとし、ロイスは首を横に振る。

思い出したくもないのに、ふとした瞬間、思い出してしまうのだ。

神の意地悪なのか、悪夢を見るのは、毎日だった。

「…そのうち、頭が狂うかもしれない」

自嘲し、部屋の椅子に座ると、ふうと息を吐く。

顔を手で覆うと、空いた手を胸に当てる。

脈は速く打ち、自分が緊張しているのが分かる。

ー毎日、毎日…もう飽きた!!

椅子を叩いたのだが、痛みを感じなかった。

ある意味、色んなことが麻痺していた。

多分、今、銃で撃たれても、何も感じずに亡くなれるかもしれない。

「…ゆっくり眠りたいのに…」

目はかっと見開いており、よく見ると血走っているのかもしれなかった。

ドアがノックされ、カースルが盆にココアを乗せてやって来る。

「ロイス様、どうぞ」

「ありがとう。すまないな」

毎日、付き合わせているので、そう口にすると、カースルが静かに口を開く。

「いいえ。私の喜びは、ロイス様の喜びですから」

「…そうか。助かる」

ふうふうと息を吐きつつ、ココアを口にする。

甘い感触に身体が反応し、弛緩する。

猫舌なのでゆっくりと味わっていると、カースルが毛布を持ってくる。

「寒いですから、膝にかけたほうが…」

「いや、いい。今、暑いから大丈夫だ」

手を上げて断ると、カースルは礼をしてくる。

「ー下がっていいぞ」

命令すると、カースルは顔を引き締める。

「いいえ。ロイス様が心配なので、側にいます」

「…そうか。…なあ」

ロイスはココアを一口飲んでから、カースルに言う。

「私は…間違っていないよな?」

「もちろんですとも。ロイス様はとても聡明な御方です」

「…。カースルがそう言うならいい」

そう言ったが、どこかでまだ緊張しているの自分がいる。ココアの効果で多少、癒やされたので、カップをテーブルに置く。

椅子に深くもたれると、カーテンの方角を見る。

外は真っ暗で、月もロイスを嫌ってか、隠れているようだった。

ー暗闇、暗闇…。ああ、嫌だ。

頭を抱えると、カースルが側で膝をつき、触れてくる。

「ロイス様…!! 安心してください。もう大丈夫ですから」

「何が大丈夫なんだ!!」

カースルに当たるのは間違っているのだが、怒鳴ると少しすっきりした。

自分は嫌な奴だと後悔すると、手を払う。

「やっぱり下がってくれ、カースル」

「ロイス様…。畏まりました」

カースルはランプを置くと、部屋を去っていく。

一人になったロイスは椅子に深くもたれ、目を閉じる。

何が正しくて、何が間違いなのか。

自問自答するが、起こってしまったことは、なしにはできない。

リセットすることなんて、できないのである。

「くそ!! くそ!! くそ!!」

椅子の縁を叩くが、痛みが麻痺しており、何も感じないのだった。

そのまま、ずるずると床に下がり、大の字となる。

天井はロイスを潰そうと迫ってきているように感じ、横を向く。

ランプの灯りが安らぎを与えようと頑張っているが、ロイスには届かなかった。

ー私は…いつになったら眠れるんだ?

少しの時間ですぐに起きてしまう自分に、この先、大丈夫なのかと心配になってしまう。

「…はは。はは」

狂ったように笑うと、ロイスは絨毯の上を、転がるのだった。


時は流れ、鶏の鳴き声がする朝。

ロイスはうっすらと目を開くと、身体を揺さぶられる。

「ーロイス様!! ロイス様!!」

「…? カースル?」

執事かと思ったのだが、どうも違うようだった。

いつの間にか眠っていたらしく、身体は健康そのものだった。

しかし頭が鈍く、どうしてドレス姿の女性が目の前にいるのか、理解できなかった。

「…誰だ、お前…?」

寝起きは機嫌が悪いので、睨みつけると、女性ーおそらく自分よりも年下だろうは、頬を膨らませ、言ってくる。

「嫌ですわ、ロイス様。私を知らないなんて」

「…は? 見覚えがないぞ?」

ロイスは周囲を見回すと、自室だと悟り、ほっとする。

異質なのは女性のほうで、何故、カースルが側にいないのか、不思議だった。

「新しいメイドか…?」

「まあ!! 失礼ですわ」

女性はロイスの言葉に腹を立て、腰に手を当てる。

こんなに明るい女性を知らないと思っていると、彼女が爆弾発言する。

「ー私、あなたの婚約者のリッツと申します」

「はい…? 婚約者…?」

言葉が硬くなり、まるで字を忘れた人間みたいになってしまった。

婚約者などいないはずなのに、この女性ーリッツは何を言っているのだろうと、ロイスのほうが頭がおかしくなりそうだった。

ー悪夢の続きか?

絨毯の上に寝転んだまま、リッツを見返すと、彼女は手を差し出してくる。

「今日からよろしくお願いいたしますわ」

「…」

黙っていると、無理矢理、握手させられる。

自分の意識がない間、何が起こったのか、巻き戻したかった。

「ーロイス様、身だしなみを整えなさって。私は先にダイニングルームに向かいますから」

リッツは太陽の光よりも明るい笑顔を浮かべると、蝶が舞うように、ひらひらと軽快に歩いていく。

あまりの純粋さに目を細めると、リッツがいなくなった。

「ーどうなっているんだ?」

ロイスは独りごちると、額に手を当て、暗闇に身を任せようとしたのだった。

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