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第四話『片鱗』

 ――暗転。

 

 すべてが消える。

 

 音も、光も、意識も。

 

 何もかもが深く深く沈んでいく。


 

 しかし――

 

 自分という存在を忘れかけた時。

 

 明転した。


 

 何もない、どこまでも続く白い空間。

 

 影も、奥行きも、境界もない。

 

 その中心に――


 ひとつの存在。

 

  「……ミミリル?」

 

 そこには、彼女が横たわっていた。

 

 血はない。

 

 傷もない。

 

 服も、身体も、完全な状態。

 

 だが――

 

 まるで動かない。


 呼吸も、瞬きも、わずかな反応すらない。

 

 まるで精巧に作られた人形のように、ただ静かに横たわっている。

 

「……ミミリル」

 

 ティプスタンは近づき、膝をつく。

 

 触れる。

 

 温もりは感じられない。

 

「起きてよ……」

 

 声は白い空間に吸い込まれ、どこにも届かない。


 

 その時。

 

 ――ピッ。

 

 乾いた電子音が鳴った。

 

 ティプスタンの背後に、青い光が集まる。

 

 振り返ると――

 

 そこに浮かんでいたのは球体だった。

 

 青い光の球体。

 

 拳二つ分ほどの大きさのそれは、まばたきをするように点滅して、ティプスタンを“認識”した。


  

 ――アクティベーション、コンプリート。

 

 

 無機質な声が、空間に響く。

 

 いや、耳ではない。

 

 頭の内側に直接響く。

 

 

 ――サポートAIユニット、オンライン。

 

 ――ユーザー識別。

 

 ――ネクロクレイマン由来バイオコンストラクト。

 

 ――個体名称:ティプスタン。


  

「……なんだ、お前」

 

 球体はわずかに浮遊位置を調整する。

 

 ティプスタンとミミリル、その両方を同時に視界に収める位置へ。


  

 ――周辺対象、スキャン完了。


  

 ミミリルの上空に、半透明の情報パネルが展開される。


 

 ――対象:ミミリル。

 

 ――ステータス:インアクティブ。

 

 ――ライフシグナル:危険域。

 

 ――オーガニック機能:停止直前。


  

「なんだ……これ……」

 

 だが表示は止まらない。


  

 ――現実空間における対象状態。

 

 ――重度損傷。

 

 ――出血過多。

 

 ――生命維持限界到達。

 

 ――デスカウントダウン、進行中。


 

「やめろ!!」

 

 ティプスタンは訳も分からずに叫んだ。

 

 一瞬、球体の光がわずかに明滅した。

 

 そして、表示が消える。

 

 静寂。

 

 数秒の間。

 

 やがて、球体が再び発光する。


  

 ――サジェスチョン提示。


  

 ミミリルの身体の上に、淡い光が重なる。


 

 ――対象ユニット、リペア可能。


 

「……助けられるってこと?」

 

 球体はわずかに沈黙したあと、応答する。


 

 ――回答。

 

 ――成功率:ユーザーのエネルギー蓄積量に依存。

 

 ――必要エネルギー:高負荷領域。現在値では不足の可能性。

 

 ――ユーザー負荷:極大。耐久限界への接近を予測。

 

 ――リスク:ユーザー構成の不安定化、及び崩壊の可能性あり。


 

 それでも。

 

 迷いはなかった。

 

 目の前に、まだ“ミミリル”がいる。

 

 動かないだけで、そこにいる。


  

 なら――

 

「やる」

 

 即答だった。

 

 球体の中心光が強く輝く。

 

 空間に、選択インターフェースが展開される。


  

 【EXECUTE】  【ABORT】


 

 迷いなく、【EXECUTE】に手を伸ばす。

 

 触れた瞬間、光が弾けた。


 

 ――コマンド受理。

 

 ――リペアプロトコル、アクティベート。

 

 ――エネルギー、変換開始。

 

 ――対象の生命再構築シーケンス、スタート。

 

 ミミリルの身体が、淡い光に包まれる。


 


  

  ――ルベッカは、その光景を見ていた。

 

 何が起きているのか、理解できないまま。

 

 目の前では、ティプスタンがミミリルを抱きしめている。

 

 その腕の中で、ミミリルは動かない。

 

 腹部には、致命傷。

 

 血が広がり、衣服を濡らしている。

 

 助かるはずのない状態だった。


 

 そして――

 

 ティプスタンも微動だにしない。

 

 呼びかけても反応がない。

 

 意識を失っている。

 

(どうして……こんな……)

 

 状況が整理できない。

 

 その時だった。

 

 ふわり、と。

 

 淡い光が生まれた。

 

「……っ」

 

 ルベッカは息を呑む。

 

 光は、ミミリルの身体を起点に――


 いや、違う。

 

 ティプスタンとミミリル、その二人を同時に包み込むように広がっていく。

 

 柔らかい光。

 

 だが、その性質は明らかに異質だった。

 

 魔法?

 

 こんな魔法は見たことがない。

 

(何の現象……?)

 

 思考が走る。

 

 だが、解析が追いつかない。

 

 光は、じわじわと強くなっていく。

 

 まるで二人を“包み込む”かのように。


 

 その中心――

 

 ミミリルの腹部へと、自然と視線が引き寄せられる。

 

 血に濡れていたはずの腹部。

 

 淡い光に覆われている。

 

 ルベッカはその現象に目を離せない。


  

 次の瞬間。

 

 カッ――!

 

 光が一気に収束して消えた。

 

 一瞬だった。

 

 静寂。

 

 森の音だけが戻る。

 

「……」

 

 ルベッカは、息を止めたまま二人を見つめた。

 

 ゆっくりとティプスタンの腕から力が抜けてゆく。

 

 同時に、ミミリルの身体を支えていた均衡も崩れる。

 

 グラッ。

 

 二人はそのまま――


 地面へ倒れ込んだ。

 

「……!」

 

 ルベッカは駆け寄る。

 

 まず視界に入ったのは、ミミリルの腹部だった。

 

 そこにあったはずの致命傷は――

 

「……ない?」

 

 そこにあったはずの傷は、消えている。

 

 血も、傷も、痕跡すらない。

 

 ただそこには、血塗れの破れた服だけが残っている。

 

 ルベッカは思わず手を伸ばし、震える指で確かめる。

 

 皮膚。

 

 正常。

 

 熱。

 

 ある。

 

 そして――

 

 かすかな呼吸。

 

「……生きている……?」

 

 信じられない。

 

 だが、事実だった。

 

 ミミリルは、確かに生きている。

 

 ゆっくりと、ルベッカの視線がティプスタンへ移る。

 

 彼もまた、倒れたまま動かない。

 

 顔色は悪い。

 

 まるで何かを“消費し尽くした”かのように。

 

「……何が起こったの?」

 

 問いかけても、返事はない。

 

 ただ一つだけ、確かなことがある。

 

 ――常識が、覆された。


 


 

   ティプスタンは、ゆっくりと目を開けた。

 

「……ん……」

 

 最初に見えたのは、見慣れない木目の天井だった。

 

 鼻先をくすぐるのは、甘い花の匂い。

 

 身体は鉛のように重く、頭の芯がぼうっと熱を持っている。

 

(……ここ、どこだ……?)

 

 上体を起こした。

 

 視線を落とす。

 

 視界に少女が映る。

 

 ベッドにしがみつくようにもたれかかり、眠っているミミリルの姿があった。

 

 頭には見慣れたウサギ耳型の魔導具。


 眠っているせいか、その耳は力なく垂れ、ぴくりとも動かない。

 

「……ミミリル?」

 

 ティプスタンの布団をぎゅっと掴んだまま、上半身をベッドに預けるような不自然な格好で眠っている。

 

 目の下にはうっすらと隈がある。

 

 ティプスタンはしばらく呆然と、その寝顔を見つめる。

 

 生きている。

 

 ちゃんと、ここにいる。

 

 胸の奥がじんわりと熱くなった。

 

「……ミミリル」

 

 恐る恐る肩に手を置く。

 

 すると、ミミリルのウサ耳がぴくりと跳ねた。

 

「……ん……」

 

 ぼんやりとまぶたが持ち上がる。

 

 琥珀色の瞳が半分だけ開き、寝ぼけたままティプスタンを映した。

 

 それに合わせるように、耳も頼りなくふらふらと揺れる。

 

「……あ……?」

 

 数秒、間があった。

 

 そして。

 

「……ティプスタン?」

 

 その瞬間、魔導具の耳がぴんっと大きく立ち上がった。

 

「う、うん」

 

 次の瞬間だった。

 

「ティプスタンッ!!」

 

「うわっ!?」

 

 ミミリルが飛び起き、そのまま勢いよく抱きついてきた。

 

 感情そのままに、頭の耳もばたばたと忙しなく揺れる。

 

「起きた! 起きたゾ!! 本当に起きたゾ!!」

 

「ミ、ミミリル、近い近い!」

 

「よかった……よかったゾぉ……!」

 

 声が震えている。

 

 抱きしめる腕にも、必死さがにじんでいた。

 

 ウサ耳もまた、安心したように小刻みに震えている。

 

 ティプスタンは目を瞬かせたまま、戸惑う。

 

「えっと……そんなに大変だった?」

 

「大変だったゾ!!」

 

 がばっと顔を上げ、ミミリルが叫ぶ。

 

 耳も一緒にびしっと立ち上がった。

 

「三日間寝込んでたんだゾ!!」

 

「……え?」

 

 ティプスタンの思考が止まった。

 

「ずーっと起きなかったんだゾ! ほんとにもうダメかと思ったんだゾ!!」

 

 今にも泣きそうな勢いで、耳がしゅんと下がる。

 

「み、三日も……?」

 

 自分でも間の抜けた声だと思った。

 

 その時――


 部屋の扉が控えめに叩かれた。

 

「失礼します」

 

 静かな声とともに扉が開く。

 

 入ってきたルベッカは、ベッドの上で上体を起こしているティプスタンを見た瞬間、足を止めた。

 

「……」

 

 銀縁眼鏡の奥の青い瞳が、わずかに見開かれる。

 

「……目を覚ましたのですね」

 

 声色はいつも通り冷静だったが、驚きは隠しきれていなかった。

 

「う、うん。今、起きたところ」

 

 ルベッカは足早に近づいてきて、ティプスタンの顔色や瞳の動きを観察するように見つめた。

 

「意識喪失から三日と半日経ちました」

 

「そうなんだ……」

 

「ええ」

 

 ルベッカは小さく息をついた。

 

「途中で何度か浅い反応はありました。しかし会話が成立する状態ではありませんでしたので、実質的にはずっと昏睡していたようなものです」

 

「そう、だったんだ……」

 

 ティプスタンは自分の手のひらを見る。

 

 見慣れた自分の手なのに、少しだけ別物のように感じる。

 

 ミミリルがすぐ横から顔を出す。

 

 不安げだった耳が、今度は元気よくぴこっと跳ねた。

 

「とにかくだ!」

 

「うわっ」

 

「ご飯食べるゾ!!」

 

「ご飯?」

 

「そうだゾ! 元気を出すにはご飯だゾ! 寝てばっかりだったんだから、お腹ぺこぺこのはずだゾ!」

 

 勢いに合わせて、耳もぴょこぴょこと上下する。

 

 言われてみると、腹の奥がきゅうと鳴った。

 

 急に空腹が現実味を帯びて襲ってくる。

 

 ルベッカも頷く。

 

「賛成です。まずは栄養補給を優先しましょう」


 三人は宿屋の食堂へ向かった。



 

 

 昼時の食堂はそこそこ賑わっており、香ばしい肉の焼ける匂いと、煮込み料理の湯気が漂っている。

 

 その匂いだけでティプスタンの胃がきゅっと縮んだ。

 

 と、その時。

 

「……あれ?」

 

 食堂の一角に、見覚えのある背中が見えた。

 

 筋肉質な褐色の肩。

 

 山のように積まれた皿。

 

 そして、それをものすごい勢いで平らげている獣人の少女だった。

 

「……なんでいるの?」

 

 ティプスタンが思わず呟く。

 

 その声に反応して、獣人の少女が振り返った。

 

 琥珀色の瞳が、ティプスタンたちを捉える。

 

「お〜」

 

 ガミは肉を咀嚼しながら、にやりと口の端を上げた。

 

「やっとお目覚めか」

 

「ケガ、治ったんだね。良かった」

 

「ふんっ。あんなのたいしたことねーよ」

 

「無事で良かったよ。僕はティプスタン。君は?」

 

「俺様の名前はガミだ!よろしくな!」

 

「よろしく?……うん。よろしくね」

 

 ガミはそう言って、また肉にかじりついた。

 

「あれから訳あって、行動を共にすることになったのです」

 

 ルベッカがティプスタンを席へ促しながら言った。

 

 ティプスタンは戸惑いながらも席につく。

 

 ミミリルはさっそく目の前のパンに手を伸ばし、その耳も期待に満ちたようにぴんと立っている。

 

 ルベッカは注文を済ませてから静かに座った。

 

 料理が運ばれてきた。

 

 ティプスタンは空腹に抗えず、最初の数分は夢中でスープとパンを口にした。

 

 温かいものが胃に落ちていくたび、ようやく自分が生きているのだという実感が戻ってくる。

 

 ひと息ついたところで、ティプスタンは顔を上げた。

 

「……それで、あの後どうなったの?」

 

 ルベッカが手にしていたスプーンを置く。

 

「私一人で二人をククルシアまで運ぶのは困難でした。ですので――」

 

 チラリと、隣のガミを見た。

 

「彼女に協力してもらいました」

 

 ティプスタンはガミを見る。

 

「……え?」

 

「俺がお前を運んだ」

 

 ガミは自慢げに言った。


 その言葉と同時に、尻尾が大きく弧を描いて揺れる。

 

「ルベッカがそっちのチビを担いで、俺がお前を抱えて街まで戻った。それだけだ」

 

「え、抱えて?あの傷で?」

 

「余裕だったぜ。文句あんのか」

 

「……ありがとう」

 

 ティプスタンが素直に頭を下げると、ガミは一瞬だけ視線を逸らした。

 

「べ、別に大したことじゃねーよ」

 

 そう言って肉を噛みちぎる。

 

 だが、尻尾だけは正直で、嬉しそうに小さく揺れていた。 

 

 ミミリルが身を乗り出してきた。

 

 それに合わせて耳もぐいっと前に傾く。

 

「それだけじゃないゾ!」

 

「え?」

 

「ティプスタンがウチを助けてくれたんだゾ!」

 

 耳が興奮したようにぴこぴこと跳ねる。

 

「……僕が?」

 

「そうだゾ! 回復魔法だゾ!」

 

「回復魔法?」

 

 ティプスタンは目をぱちぱちさせた。


 記憶を探る。


  

 森の中。

 

 ミミリルが倒れる。

 

 抱きしめる。

 

 そのあとは――


 覚えていない。

 

「僕、そんなの使えたんだ……?」

 

 ルベッカがテーブルの上で両手を組んで言った。

 

「……現象としては、そう呼ぶのが最も分かりやすいだろうと判断しました」

 

 ミミリルは元気よく頷いた。

 

 耳も一緒に大きく上下する。

 

「だってウチのお腹、ぐちゃってなってたのに、気づいたら治ってたんだゾ! ティプスタンが抱きしめてたら光って、そしたら治ったんだゾ!」

 

「僕が……?」

 

 自分のことなのに、ひどく現実感がない。

 

 だが、目の前でこうしてミミリルが笑っているのを見ると、否定もできなかった。

 

(もしかして……)

 

 ティプスタンは、ぼんやりと考える。

 

(僕って、回復魔法の才能があるのかもしれない……?)

 

 生まれたてで、知らないことだらけの自分だ。

 

 自分でも気づいていない力があっても、おかしくはない――そんな気がした。

 

「すごいゾ! ティプスタン!」

 

 ミミリルがきらきらした目で言う。

 

 褒める気持ちそのままに、耳も楽しげに左右へ揺れた。

 

「え、えへへ……そうなのかな……」

 

 少し照れくさくなって頭をかく。

 

 ルベッカはその様子を静かに見つめていた。

 

 (今はまだ……不確定要素が多すぎる……今は混乱を避けるのが最優先)


  

 ティプスタンは、ハッとしたように顔を上げた。

 

「そうだ、依頼!」

 

「依頼?」

 

「薬草採取のやつ。どうなったの?」

 

 ルベッカは即答した。

 

「失敗です」

 

「……だよね」

 

「当然です。依頼続行どころではありませんでした。それに、依頼の期限が当日でしたから」

 

 ティプスタンは苦笑いする。

 

 それはそうだ。

 

 だが、ルベッカは続けた。

 

「ただし、遺失物捜索の依頼三件は達成しました」

 

「えっ?」

 

「『森道で落とした猫目石の捜索』、『東の林道で失くした銀の腕輪の捜索』、『森で落とした真珠の首飾りの捜索』――これらです」

 

「なんで?」

 

 ルベッカはガミを見た。

 

「彼女の革袋に入っていたからです」

 

 ティプスタンの目がまん丸になる。

 

「えっ……盗んだの!?」

 

「はぁ!?」

 

 ガミがテーブルをバンッと叩いた。

 

 皿が跳ね、スープが少しこぼれる。

 

「そんな卑怯な真似するか!!」

 

「ひっ、ご、ごめん!」

 

 ティプスタンは反射的に身を縮めた。

 

 その隣でミミリルの耳もびくっと跳ねる。

 

 ガミは露骨に不機嫌そうな顔になる。

 

「森に落ちてたもんを拾って袋に突っ込んでただけだ」

 

「……あ」

 

 ティプスタンは自分の失言を理解し、ぺこりと頭を下げた。

 

「ほんとにごめん……」

 

「ちっ」

 

 ガミは舌を鳴らしたが、それ以上は怒鳴らなかった。

 

 ルベッカが話を整えるように続ける。

 

「彼女が依頼品を譲ってくれたおかげで、報酬を受け取れました。宿代と治療代、それから当面の生活費に充てています」

 

 ティプスタンは改めてガミの方へ向き直る。

 

「……本当に、ありがとう」

 

 深々と頭を下げる。

 

 ガミは視線を逸らしながら、乱暴に肉を噛みちぎった。

 

「べ、別に大したことじゃねーよ」

 

 その言い方がいかにも照れ隠しで、ミミリルがニヤニヤし始める。

 

 耳も面白がるようにふにゃふにゃ揺れた。

 

「ガミ、照れてるゾ」

 

「照れてねぇ!」

 

「顔赤いゾ」

 

「赤くねぇ!!」

 

 ガミがミミリルの皿から肉を一切れ奪った。

 

「あーっ!ずるいゾ!」

 

 ミミリルの耳がぴんっと逆立つ。

 

「返せ!」

 

「遅ぇんだよ、食うのが」

 

「ガミの皿にまだいっぱいあるゾ!肉」

 

「人の皿の肉の方がうまそうに見えるんだよ!」

 

「最低だゾ!!」

 

 怒りに合わせて耳もばたばたと激しく揺れる。

 

 そのまま食べ物の奪い合いが始まる。

 

 ミミリルがパンを取り返し、ガミが串焼きをかすめ取り、テーブルの上が一気に騒がしくなった。

 

 ルベッカがこめかみを押さえる。

 

「やめてください。食堂で争わないでください」

 

「こいつが先に取ったゾ!」

 

 ミミリルの耳がガミの方へ、キッと向く。

 

「先に煽ったのはそっちだ〜ゾっ」

 

 ガミがミミリルの声マネをする。

 

 ミミリルがいっそう腹を立てた。

 

 耳もぷるぷる震える。

 

「むむむ〜。真似するなだゾ!」

 

「真似してないゾっ」

 

 ティプスタンはぽかんとしながら、その騒ぎを眺めた。

 

 生きている。

 

 笑っている。

 

 喧嘩できるくらい元気だ。

 

 そう思うと、胸の奥が軽くなり、活力が湧いてきた。

 

「……とはいえ」

 

 ルベッカが静かに言う。

 

「報酬金も、そう長くは持ちません」

 

 ミミリルとガミの動きがピタリと止まった。

 

 ミミリルの耳もぴたりと静止する。

 

「え?」

 

 ティプスタンも聞き返す。

 

「理由は明白です」

 

 ルベッカは二人を見た。

 

「食費です」

 

「……」

 

「主に、そこにいる大食いが二人いるからです」

 

「ウチは育ち盛りだゾ!」

 

「俺だって育ち盛りだゾ」

 

「育ち盛りであることと、際限なく食べてよいことは同義ではありません」

 

 ティプスタンは思わず吹き出しかけたが、確かに皿の減り方を見れば、金が溶けるのも納得だった。


 


 

 食後。

 

 ガミとミミリルの皿の山がようやく片付き、食堂が少し静かになった頃。

 

 ルベッカは向かいの席に座るティプスタンを見た。

 

「それだけ食欲があれば、大丈夫そうですね」

 

 ティプスタンは苦笑しつつ頷く。

 

「うん。もう平気だと思う」

 

「ならば、今後の方針を考えるべきです」

 

 その言葉に、ティプスタンはすぐ前向きな顔になる。

 

「じゃあ、すぐにでも新しい依頼を受けよう!」

 

「やったゾ!!」

 

 ミミリルの耳が嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねる。

 

 だが、ルベッカは落ち着いたまま首を横に振った。

 

「いえ。その前に整理すべきことがあります」

 

 空気が少し引き締まる。

 

 ミミリルの耳も、すっと真っ直ぐ立った。

 

「森で遭遇した顎髭の男と老人についてです」

 

 ティプスタンの笑みが消えた。

 

 ミミリルとガミも真顔になる。

 

 ルベッカは静かに言う。

 

「私は、あの二人は恐らくアルギオンだと考えています」

 

「アルギオン……」

 

 ティプスタンが繰り返す。

 

「体内に高密度の魔力を有する種族です。一般的には、現存する種族の中で最強とされています」

 

「最強……」

 

「細かな儀式や長い詠唱を省いて、直感的に魔法を行使できるのが特徴です。反面、エルフが得意とするような精密で繊細な魔法制御は不得手です。攻撃的な魔法に特化しています」

 

 ルベッカは銀縁眼鏡を上げた。

 

「外見的な特徴としては、赤銅色の肌、深紅の瞳、黒い白目部分。髪色は個体差がありますが、全体としては……エルフの気高さと、ドワーフの力強さを併せ持ったような印象の種族です」

 

「ああ……確かにそんな感じだった」

 

 ティプスタンが小さく頷く。

 

「寿命も極めて長いとされます。平均して五千年ほどとも言われていますが、正確なところは不明です。あまりにも長命なため、記録自体が曖昧なのです」

 

「そんなに!?」

 

 ティプスタンが驚く。

 

「ええ。加えて、基本的に群れません。単独、あるいはごく少数で行動します。気高く、自尊心が高く、不要な交わりを好まない傾向があります」

 

 ミミリルがむっとする。

 

 耳がわずかに前へ倒れた。

 

「でも、あいつら普通に襲ってきたゾ」

 

 ルベッカは頷いた。

 

「本来、アルギオンは敵意を示さなければ一方的に襲ってくることは少ないとされています。ヒューマンに強い嫌悪感を抱く個体は多いのですが、それでも無意味に手を出すことは無いと言われています」

 

 そう言ってから、ちらりとティプスタンを見る。

 

「ただし、“意味がある”場合は別です」

 

「……」

 

 ティプスタンは黙り込んだ。

 

「ヒューマンを“薄汚い害虫”とみなすアルギオンは少なくありません。エルフやドワーフに対しては明確な悪意はないものの、距離を置きます。獣人や亜人、ネクロクレイマンに対しては……哀れなモンスター、という認識が一般的です」

 

「だ・れ・が。哀れなモンスターだっ!」

 

 ガミが怒る。


 狼耳がぴんと立ち、尻尾がばさっと荒々しく振られる。

 

 ティプスタンは複雑な顔をした。

 

 自分が何者なのか、まだ曖昧なままだからだ。

 

 ルベッカは続ける。

 

「近頃、アルギオンが“何か”を探しているという噂があります」

 

「何かって?」

 

「不明です。ですが、あの二人のアルギオンの行動から推察すれば、“何か”を探しているのは確かな情報でしょう」

 

 食堂のざわめきが、遠くに感じられた。

 

「今回の件を踏まえると、我々があの二人と再度遭遇する可能性はゼロではありません」

 

 ティプスタンは唾をゴクリと飲む。

 

 あの圧倒的な暴力。

 

 あの理不尽。

 

 思い出すだけで背筋が冷えた。

 

 ミミリルの耳も不安そうに小さく揺れている。

 

 ルベッカは真っ直ぐに三人を見た。

 

「ですので、提案します」

 

 一息ついて。

 

「パーティーの戦力を強化しましょう」

 

「戦力強化……?」

 

「本来、私はそれをもう少し先送りするつもりでした。まずは足場を固め、収入を安定させるべきだと考えていたからです」

 

 ルベッカは眼鏡を上げる。

 

「ですが、今回のような不測の事態に遭遇した時、今のままでは対処不能です。少しでも生存率を上げるために、前倒しで準備を始めるべきだと判断しました」

 

 ミミリルがぱっと顔を明るくする。

 

 耳も元気よく立ち上がった。

 

「強くなるってことだな!」

 

「雑に言えばそうです」

 

 ティプスタンは少し緊張しながらも、頷いた。

 

「……うん。僕もそう思う」

 

 怖かった。

 

 もう二度と、あんなふうに何もできないまま仲間が傷つくのは嫌だった。

 

 ルベッカは、そんな二人の反応を確認してから静かに言った。

 

「具体的には、装備の見直し、基礎訓練、それから必要であれば新たな役割の補強も検討します」

 

「役割の補強?」

 

「前衛です」

 

 即答だった。

 

 ティプスタンとミミリルが同時に視線を逸らす。

 

 ミミリルの耳もしょんぼりと傾く。

 

「……だよね」

 

「だよな……」

 

 そして、二人はなんとなく同じタイミングでガミを見た。

 

 ガミは面倒くさそうに眉をひそめる。

 

「なんだ?その目は」

 

 ガミが眉をひそめる。

 

 耳がわずかに後ろへ倒れ、警戒するように動く。

 

 ルベッカは静かに両手を組んだ。

 

「さて――そこも含めて、相談の余地がありそうですね」

 

 食堂の窓から差し込む昼の光が、四人の卓上を明るく照らしていた。

 

 次の一歩に進むには、まだ不安も懸念も多すぎる。

 

 それでも。

 

 ティプスタンは、生きてここに座っている。

 

 ミミリルも、ルベッカもいる。

 

 そして、なぜかガミまでいる。

 

 まだ、進める。

 

 そう思えた。


 

☆五話に続く☆

 

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