5 疑惑
「あの子は、マヤは…。
子を宿していたのです。」
寮母ゲルダの衝撃的な発言に、私は言葉を失った。
「それは、確かなのですか?」
カメリアもにわかには信じがたいようだが、ゲルダは「マヤの体の変化からして間違いありません。」というのだ。
「食事を吐いてしまったあの子を看病している時に、わたくしは心当たりはないかと思い切って聞いたのです。」
「マヤはなんと答えたのですか。」
声を落として尋ねる私に、ゲルダは慎重な面持ちで言う。
「あの子は、自分は色欲の罪を犯してはいないと言いました。
そして誇らしげに微笑んだのです。
『私は処女受胎したの。』と。」
カメリアは「そんなことがありえるのでしょうか?」と目を見張る。
起こり得ないことだろう。
医師の娘で聡明だったというマヤも、わかっていたはずだ。
だとすれば…。
黙り込んだ私を見て、カメリアは「ヒルダ、貴方は何を思いついたのですか。」と聞く。
言い淀んだのは、本当ならカメリアに聞かせたくないことだからだ。
「もしかしたらマヤは…誰かに強姦されたのでは…。
心に深い傷を負った彼女は、神の子を宿したのだと思い込むことで自分を保とうとしたのでは。」
カメリアは息を呑んだ。
少しの沈黙の後、彼女は考えを述べる。
「マヤが何者かに望まぬ関係を強いられたのだとすれば、マヤに鞭を打って殺害したのも同じ人物である可能性もありますわね。」
マヤは長期に渡り関係を強要されていて、事件当日犯人は嫌がったマヤに暴力を加え殺害したのだとも考えられる。
「もしそうだとすれば、容疑者はニコラウスかガースン神父に縛られますね。」
修道女学院では基本的に生徒たちに男性と触れないようにするため、寮の世話をするのが女性であるだけでなく、授業を行うのもマザーたちである。
この学園内の唯一の男性が、理事長ニコラウスと教育の方針を決定しているガースン神父だ。
カメリアと私はこの二人の男性について探るため、生徒たちに話を聞いて回った。
ガースン神父は、生徒たちの目には厳格な神父として映っていた。
彼は学園の誰よりも戒律を重んじていた。
礼拝堂や校舎の清掃に不備があった時には生徒たちを厳しく叱責し、生徒が神を讃える詩を暗記できなければ罰則を与える。
ガースン神父は生徒たちに畏れられる存在なのだ。
一方で若き理事長ニコラウスは、優しい先生として生徒たちに慕われていた。
伝統を重んじるあまり創立当初から設備の変わらない寄宿寮の改築案を提示したのは彼である。
改築案は未だ計画段階だそうだが、生徒たちはニコラウスに期待を寄せている。
しかし、生徒たちの間で飛び交うニコラウスの噂はいいものだけでなかった。
ニコラウスには、婚約者がいるのだという。
それ自体はなんらおかしなことではない。
問題は、その婚約者が学園の生徒の中にいる、と噂されているということなのだ。
もちろん、根も歯もないただの噂であるかもしれない。
けれども、私は彼に疑念を抱いていた。
噂されるようになったのは、ニコラウスとマヤが共にいる場面を見られたからではないか、と。




