1 修道女学院の殺人
窓から差し込む朝日と、鳥のさえずりでグレーテは目を覚ました。
校舎の屋根の向こうから覗く雲ひとつない青空に、グレーテは少しだけ嬉しくなった。
「今日はいいお天気ね。」
グレーテは曇り空が嫌いだった。
灰色の重たい空の下では、閉鎖的な修道女学院がより一層窮屈に感じられるからだ。
青空の下の方が少しだけましだ。
あの青空に飛べたら、この檻から逃げられると思えるから。
グレーテはベットから降りて、寝巻きのまま窓を開けた。
途端に、冷たい風が吹きつけてきた。
「わぁ、さむい。」
グレーテは慌てて窓を閉めた。
明るい朝日の光に反して外の空気はとても冷たい。
春はまだ先らしい。
ふるふると震えていると、後ろからくすりと笑う声が聞こえた。
「おはよう、グレーテくん。」
振り返れば、同室のフリーデリンテが微笑んでいた。
グレーテは慌てて「すみません、フリーデリンテさま。」と頭をさげる。
「わたし、寝坊してしまいましたね。」
学園の生徒会長を務めるフリーデリンテは、グレーテよりも2つ年上だ。
学園の寮には、後輩は先輩よりも遅く寝て早く起きるという鉄の掟があるのだ。
フリーデリンテはきちんと櫛を入れた髪をさらさらと揺らして寝巻き姿のグレーテに笑いかけている。
これでは後輩として失格だろう。
しかしフリーデリンテは「気にしないでくれ。私が早く起きただけさ。」と言うのだった。
グレーテが顔を洗ってくると、櫛を手にしたフリーデリンテが手招きする。
「さぁ、こちらにおいで。
私が髪をとかしてやろう。」
グレーテの髪にフリーデリンテが優しく触れるこの時間が、グレーテは好きだった。
グレーテは姿見に映る自分とフリーデリンテの姿を見る。
今日も今日とて、グレーテの髪はくるくるとうねっている。
艶やかなフリーデリンテの髪とは真逆だ。
血色の透けるような滑らかな肌、絡まりのないまっすぐな髪。
フリーデリンテはどこをとっても完璧なまでに美しい。
羨んでいるのではない。
憧憬を抱いているのだ。
鏡にうつるフリーデリンテをじっと見ていると、彼女は鏡越しに微笑みかける。
「ほら、綺麗になった。」
フリーデリンテはグレーテの肩にぽんと手を乗せ、「では今日も学びに励もうではないか。」と茶化した。
グレーテは頷き、フリーデリンテと共に部屋を出た。
修道女学院の生徒の1日は、朝の校舎の掃除から始まる。
グレーテたちの担当は礼拝堂だ。
いつも同じことの繰り返しの、退屈な毎日。
けれども、今日は少し違っていた。
寮の廊下では、女生徒たちが何やらざわついていた。
「どうかしたのかい。」
フリーデリンテに尋ねられた女生徒は、躊躇いならも「実は、同室のマヤが見当たらないんです。」とこたえた。
「起きたときから姿がなくて…。
夜に抜け出したのかも。」
「夜間の外出とは関心しないなぁ。
このごろは特に危険だろうしね。」
フリーデリンテは「マヤが危険な目に遭っていないといいが。」と顔を曇らせた。
礼拝堂へと続く渡り廊下に差し掛かったとき、グレーテはその先にある何かに気がついた。
渡り廊下の冷たい石畳に広がる亜麻色。
人が倒れているのだ、と気づいたときには心臓が早鐘を打っていた。
あの亜麻色の髪は、マヤだ。
「ねぇ、マヤ!
大丈夫?」
グレーテはすぐさま倒れている少女に駆け寄った。
そして彼女の肩にふれ、その冷たさに飛び退いた。
少女の身体はごろりと力なく転がる。
ロザリオを固く握り締めた手はまるで血の気がない。
対照的に白い肌についた幾千もの長細い傷は赤く滲んでいた。
姿を消していた女生徒マヤは、渡り廊下の石畳の上で息を引き取っていた。




