第6話 嘘の報い、真実の代価 ――選ばれなかった声は、必ず別の形で戻ってくる
嘘は、静かだ。
真実のように血を流さず、
叫びもしない。
だが、必ず代価を連れて戻ってくる。
帝都に戻った翌朝、
私のもとに一通の召喚状が届いた。
差出人は、警務総監部。
理由は書かれていない。
だが、封蝋の匂いで分かった。
――首なし公爵事件。
封印したはずの真実が、
別の形で浮上した。
総監部の応接室には、
一人の少女が座っていた。
まだ二十にも満たない。
だが、その背筋は妙に固い。
「……お会いしたかった」
彼女は名を名乗った。
エリス・ルーヴェン。
首なし公爵の、曾孫。
「高原の城で、何を見つけたのですか」
直球だった。
嘘を許さない目をしている。
「何も」
私は答えた。
「封印された事件だ」
少女は、一瞬だけ唇を噛んだ。
「祖父は言っていました。
“ルーヴェン家は、誰かの嘘の上に立っている”と」
胸の奥が、鈍く痛む。
「私は知りたい。
たとえ、家が滅びても」
その言葉で理解した。
私が選んだ嘘は、誰かの人生を縛り続けている。
私は沈黙を選んだ。
それが、私の罪だ。
「……知らない方がいい真実もある」
そう言った瞬間、
彼女の目に、失望が浮かんだ。
「あなたも、隠す側なのですね」
それは非難ではない。
諦めの声だった。
その夜、事件は起きた。
北の高原で見つかったのは、
少女の遺体だった。
事故とされた。
崖からの転落。
だが、匂いが違った。
恐怖と、決意と、
そして――裏切られた期待。
彼女は、真実を求めて動いた。
私が口を閉ざしたせいで、
一人で。
私は崖に立ち、
冷たい風を受ける。
――これが、嘘の報い。
もし私が語っていれば、
彼女は動かなかったかもしれない。
あるいは、別の結末があったかもしれない。
だが、確実なことが一つある。
沈黙は、誰も守らなかった。
私は膝をついた。
吸血種である私に、
涙は出ない。
それでも、胸の奥が裂ける。
アーサーの手帳を開く。
『英雄は、誰かの未来を切り捨てる覚悟がある者だ』
「……あなたは、ここまで見ていたの?」
答えはない。
私は、初めて手帳に
書き加えた。
――『封印は、選択ではなく逃避だった』
――『嘘は、守るが、同時に奪う』
翌日、私は警務総監部に戻った。
少女の死は事故とされ、
事件は終わったことになっている。
私は、訂正しなかった。
それもまた、嘘だ。
だが、今度は書いた。
内部記録に、
誰にも見られない一文として。
“調査を打ち切った判断は、誤りであった”
英雄の名は、そこにはない。
あるのは、責任だけ。
帝都の街を歩く。
人々は変わらない。
嘘は、うまく機能している。
それでも私は知っている。
今日、誰かが一人、
真実に近づこうとして死んだ。
夜、外套を羽織り、
私は次の頁をめくる。
――『水門区、消えた孤児たち』。
今度は、逃げない。
そう決めた。
たとえ、
また誰かを傷つけるとしても。
私は歩き出す。
血と嘘の帝都を、
責任ごと引き受けるために。
そして、心の奥で呟いた。
「――もう、黙らない」




