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『名探偵の葬列はもう終わった。——不老不死の助手が、80年前の「間違った推理」を正す旅に出る』  作者: 和三盆


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第3話 帝都・連続小指切断事件(後編) ――血は嘘をつかない、だが人は嘘を選び続ける

――血は嘘をつかない、だが人は嘘を選び続ける


雨は、いつの間にか止んでいた。

だが路地に染みついた匂いは消えない。

血と鉄と、正当化された暴力。

帝都は、そういう街だ。


私は膝をつき、倒れた警吏の傍らに手を置く。

切断された小指ではなく――残された命に触れた。


「……運がいい」


私が呟く声は冷たい。

しかし、指先で吸血種の血を一滴落とす。

これ以上与えれば、彼の人生に私が残る。

それは、してはいけないことだ。


肉が塞がり、呼吸が戻る。

命は、まだ生きている。


その時――闇がざわめいた。

老人が現れた。

闇の中、杖を頼りに歩くその姿は、八〇年前と同じ。

白髪、皺だらけの顔、だが目は好奇心で光っている。


「……殺さなかったのか」


その声に、焦りも恐怖もない。

あるのは、確信だけだ。


「殺せば終わったと思える。

だが、それは、私のためだけになる」


「違うのか?」

老人は一歩近づく。

路地の明かりに、皺の奥が映る。


「違う。終わらせるべきは、嘘だ」


彼は短く笑い、杖を叩く。

鈍い音が路地に響き、空気が緊張で震えた。


私は屋根に跳び、帝都を見下ろす。

灯りは変わらない。

事件など、なかったかのように。


――だが、何かは変わった。


鐘が遠くで鳴った。

警吏が生きている。

それだけで、世界はわずかに救われたのだ。


花屋の裏口に戻る。

白い花が、血に汚れて落ちていた。

私は一度拾い上げ、ためらい、そして踏み潰した。


私に供える資格など、まだない。

だが、手帳に書き足した。


――『帝都・連続小指切断事件:未完』

――『犯人は怪物ではない』

――『怪物を必要とした社会があった』


胸の奥が、僅かに痛むのを感じた。

これが後悔か、責任か、怒りか。

まだ私には分からない。


だが、一つだけ決めた。


アーサーと同じ嘘は選ばない。

英雄のふりもしない。


真実が誰かを傷つけるとしても、

それでも――真実として、終わらせる。


夜風が外套を揺らした。

雨上がりの帝都は、変わらず血と鉄の匂いに満ちていた。


次のページには、別の事件名。


――『歌姫の密室毒殺未遂』。


私は歩き出す。

花を供える日が来るなら、それは――

すべての嘘を終わらせた後のこと。


そして、もう一度、胸に問いかけた。


「――私には、まだ、人を救う資格があるのだろうか?」


雨に濡れた石畳を蹴り、歩き出した。

血と嘘の街を、踏みしめながら。

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