第6話 (心視点で)一歩前進
俺は美容について全く詳しくないし、興味もない。女性のファッションやら髪型なんかも全く知らない。ゆえに目の前の光景は、俺が無知なだけで実はポピュラーなもの、意味のあるものだという可能性もある。
いや、ねーよ! 物を知らない幼児でも、異常性に気付くよ! どう考えても心がおかしいんだって!
「おはよう、心ちゃん」
「あっ、おはよう!」
「夢想さん、おっはよー!」
「うん、おはよう」
俺以外のクラスメイトは何事もなく心と話しているので、俺が気にしすぎなだけ説が浮上する。
いや、しないよ! 誰かツッコめよ! 関わるのを嫌がってんじゃねえ! そりゃ幼馴染の俺でさえ触れるのを躊躇う代物だけど!
「慎一? さっきから私の顔ばっか見てない?」
「んー? そうかな」
そりゃ見るよ。通行人皆見てたと思うよ。顔っていうか、髪を見てたよ。そして見た人は全て、同じ疑問を思い浮かべたはずだよ。お前一人で世界中の皆の心を一つにできるよ。
「あっ、私のご自慢のサラサラヘアーに見惚れてたのかな?」
サラサラ……いや、元の髪質で言えばサラサラなんだけど、部分的にベタベタしてない? っていうか絶対気付いてるよな? 気付いているっていうか、意図的にしてるよな? 髪にいいの? 俺は絶対マイナス効果しかないと思うんだけど。
「ブラシも一切ひっかからない、自慢の髪なんだぁ」
嘘つけ、今日に限っては引っかかりまくるだろ。職質にも引っかかるよ。
「今朝、ブラシした?」
「うん、もちろん」
嘘をつけ、鏡を見たかどうかも疑うレベルだぞ。
待って、これって俺がツッコむまで終わらない感じ? 明らかに髪をアピールしてるんだけど、俺が対処するまで続ける気?
とりあえずこの現象の発生元を探ってみるか。
「そっ、そう言えばさ、心って昨日、一昨日、図書館にこもりっきりだったの?」
「そうだねぇ、研究所にも足を運んだけど、基本的に図書館かなぁ」
……研究所? そんなもんまであるの? いや、それは一旦置いておくか。
「あの図書館って漫画とかも置いてるみたいだけど、少女漫画とか読んだ?」
「えっ! なんでわかるの!?」
そっかぁ、読んだのかぁ。なるほどなぁ……。また漫画の影響かぁ。
いやはや、とんでもない少女漫画もあったもんだな。読んでないからなんとも言えないけど、こんなラブコメある? 絶対ときめかないと思うんだけど。
「……心、えっと、髪……」
「えっ、なになに? 髪がどうしたの?」
待ってましたと言わんばかりに、キラキラした目を向けてくる。イースターエッグを仕込んだゲームクリエイターってこんな感じなのかな? 一緒にするのは少々失礼な気もするけど。
「髪にその……えっと、芋けんぴ? がついて……」
「え? どういうこと? どこ? どこ?」
俺が聞きたいよ、どういうことかは。そして場所を聞くな、適当に髪を触ってりゃいくらでもヒットするから。
「いや、パッと見ただけで百本近くは……」
「えー? わからないなー」
それでわからないんだったら、それは俺の幻覚だよ。そこまでいくと重量でわかりそうなもんだが、なんでここまできてすっとぼけるんだ?
「ねぇ、慎一。どこについてるのー?」
うわっ、貧乏ゆすりしだしたぞ。なんで不機嫌になってんだ? 俺のツッコミが欲しくて、こんな奇行してるんじゃないのか? 度を越した罰ゲームだぞ、もはや。
「どこっていうか、まずここ」
嫌々ながら、一本取ってやった。
「あっ……ホントだ……。は、恥ずかしー……」
なんで赤面できるの? 絶対最初から気付いてたよね?
「えっと、こことここ……ここにも……」
「わわわっ、こんなに……」
俺のセリフだよ、それは。芋けんぴが入ってる壺の中に、頭から突っ込んだのか?
何やってんだろ、俺。セーターの毛玉を手動で取ってる気分だよ。除去というか、もはや収穫だろ。
「うー……幼馴染に恥ずかしいところを見られちゃったぁ……」
恥ずかしいところいうか、おぞましいところというか。最初見た時は、髪から芋けんぴが生成されてるかと思ったよ。研究しすぎた結果、新たなステージにいったのかとばかり……。
「でもありがとうね? なんか、ドキドキしてきたよ」
「……どういたしまして」
「慎一も同じ気持ちだと嬉しいな?」
うん、安心してくれ、俺もドキドキしてるよ。こんな未知の生物と幼馴染だという事実にな。
おそらく影響元の漫画では、一本の芋けんぴなんだろうな。芋けんぴが髪についてる時点で漫画としておかしいけど、それに影響を受けて暴走するコイツはもっとおかしい。真似するにしたって、一本にしておけよ。食パンの時もそうだけど、ボリュームを増やせば効果が強まるとか、そういうことはないからな? 風邪薬の量を二倍にしたって、二倍のスピードで完治しないし、むしろ悪化するからな?
「この温かい気持ちはなんだろう……。もしかして、これが恋……?」
口に出すな、白々しい。なんだコイツは、俺ごときを落とすためにここまでするのか? もうコイツ、少女漫画読むの禁止したほうがよくない? 国で禁止したほうがいいんじゃないか?
……どうして研究に対する意欲を、恋愛に向けられないのかなぁ。まともな文献を読み漁れば、こんな奇行には走らないはずなんだが。
「でもなんで食べてくれなかったんだろ……あの漫画では、男の子が芋けんぴを食べてくれたのに……」
なんかブツブツ言ってるけど、聞かないようにしよう。
「アプローチが足りない……? 食パンもセットでいくべきだった? むしろ食パンを髪につけるべき……?」
聞かないようにしよう。というか聞きたくない。コイツという存在を認識したくない。イマジナリーフレンドであってほしい。




