第2話 意思疎通不可
わりと大きめの擦り傷ができたけど、完治までどれくらいかかるんだろうな。というか傷跡はどれくらい残るだろうか。男の俺でも傷跡残るの嫌なんだから、女子である心は尚の事、嫌なんじゃないかな。自業自得だから同情の余地はないけど。
ちなみにだけど、骨に異常はなかったから入院の必要は全くなかったよ。俺と二人きりで入院すれば恋に発展するという、極めて安直な発想で手配したらしい。まさかとは思うけど、それ狙いでタックルしてきたんじゃ……。
「おっはよー!」
スポーツマンシップに反したタックルの使い手が、手をブンブン振りながら遠くから声をかけてきた。高校生がするような動きじゃないんだけど、超必殺技の予備動作じゃあるまいな?
いやまあ、わかるよ? 幼馴染と一緒に登校するために、遠くから駆け寄ってきたというシチュエーションだろ? なんで家を出た瞬間にこのシチュエーションになるんだろうね、お隣さんなのに。
「奇遇だね! せっかくだし一緒に登校しよっか!」
「……なんであんな遠くから走ってきたんだ? お前ん家の玄関は、出口が別の場所に繋がってるのか?」
「何言ってるかわかんないけど、私のために足を止めたってことは、一緒に登校したくてたまらないってことだよね? 嬉しいなぁ」
なんで伝わらないんだよ、お前の言ってることのほうが遥かに意味不明だよ。下手に逃げると病院に逆戻りするから、仕方無く立ち止まっただけだっての。
こんな茶番のために遠くで待機してたのか? いつからスタンバイしてたのか知らんけど、お前絶対に時間の使い方を間違えてるぞ。
「……今日は食パンを咥えてないんだな」
「うん。咥えられるように加工するのって、結構大変なんだよ?」
あっ、やっぱり仕掛けがあったんだ。そうだよな、食パン一斤って自重でちぎれるよな。普通の食パンでも咥えて走るの難しそうだし。
「どういう加工をしてたんだ?」
「えっとね、まず外側をカラメルで覆って耐久力を上げたの」
カラメルで覆う……? よくわからんけど、りんご飴みたいな感じ? それは食パンと呼んでいいのだろうか?
「で、中は空洞にして……」
「ああ、さすがにそうか。そうだよな」
「竹ひごで中にフレームを作って、外はマウスピース型の取っ手が……」
「待て待て待て、何一つ意味がわからないんだが?」
中にフレームって何? どういうこと? マウスピース型の取っ手ってのは、咥える用のアタッチメントがついてるってこと?
「食パン一枚で恋に落ちるんだから、一斤なら結婚までいくと思ったんだけどなぁ」
食パンの構造について理解が追いついていないのに、更に理解不能なことを言いだした。教師になっちゃいけないタイプの人間だよ。いや、そもそも外に出ちゃいけないタイプの人間だよ。
「大きさの問題じゃないと思うぞ」
「でも大きいに越したことないでしょ?」
仮にそうだとしても限度があるだろ。咥える用に加工した時点で、偶然の出会いでもなんでもなくなるんだよ。アレは家で朝食を食べる暇もないほど急いでいた結果、ぶつかってしまうという偶然の出会いを描いたもので……。
「あっ! ぶつかることに意義があるんだね?」
それはそうなんだけど、意図的にぶつかった時点でアウトなんだって。ぶつかるにしても、威力に限度があるぞ? こうして考えると、コイツ限度超えてばっかだな。
「やめろよ? お互いまだ完治してないんだから、絶対にやめろよ?」
「完治待ちかぁ」
揚げ足を取るな、揚げ足を。完治したらOKって問題じゃないから。
「治ってもダメだぞ?」
「えっ? 今は完治してないからダメだって……」
「いやそれは、ぶつかるのをやめろって意味だよ! 高校生にもなって、どういう言語感覚してんだよ!」
AIのほうがよっぽど会話成立するぞ、お前。
心に友達が多い理由がマジでわからん。幼馴染の俺でも苦慮しているというのに、高校から知り合ったヤツらに対応できるのか? 俺が知らないだけで、コイツの取り扱い説明書が出回ってるのか?
「……怒鳴った? 慎一が私に怒鳴った?」
アレが怒鳴った判定になるって、どれだけ甘やかされてきたんだ? まあ、人様に大怪我負わせたり、無人島に拉致しても許される家庭の時点でお察しか……。
いや、察せねえよ! スケールがデカすぎんだよ!
「これってDVだよね? ってことは慎一は既に夫なの……?」
発想が異次元すぎてついていけない。どことなくスジが通ってる気がするのが、腹立たしいわ。明らかに暴論のはずなのに。
「ただのツッコミだよ。怒鳴ってない」
「突っ込みたい……? ……バカ!」
「みっ!?」
えっ、怪我人なのにビンタされたんだけど? なんでビンタされたのかわからないんだけど、もしかしてツッコミを卑猥な言葉だと勘違いされた? この子、小学生?
「あのなぁ、いい加減にしないと友達やめるぞ? そろそろ我慢の限界だよ」
入院させられるし、拉致されるし、俺のエロ本にアイコラの要領で心の顔写真貼り付けられるし、俺の家の雑誌が軒並み結婚情報紙に差し替えられるし、スマホの機種とかキーホルダーとか文房具とかあらゆるものをお揃いにされるし、もうキレるか鬱になるかの二択だよ。こんな救いのない二者択一があっていいのか?
「友達をやめる……? それはつまり……」
「恋人になるって意味じゃないぞ?」
「いきなり夫婦!? もうちょっと段階踏もうよ!」
時々羨ましいよ、お前のメンタルの強さが。俺が異世界に転生しても追いかけてきてくれるはずだと、確信が持てるよ。
「いちいち足を止めるなって。遅刻しちまうぞ」
「えへへ、リードしてくれるんだ」
本当に同じ言語で会話してるのか疑問だよ。知らない間に再翻訳されてるんじゃないか? 機械翻訳されてるんじゃないか?
まあ嬉しそうだからいっか。いちいちツッコんでたら精神がもたないし、しばらく聞き流しとこう。
「まったく、余裕持って家を出たのにギリギリじゃねえか」
「まあまあ、そんなことより放課後よろしくね」
「……ん?」
「せっかくのデートなんだから、退屈させないでよ?」
……あれ? いつの間にかデートの約束を取り付けられてるんだが……?




