第11話 鳥獣軍団
……? なんか知らんけど今日一日、心が何を言ってるか全く聞き取れない。いやまあ、言ってることの意味は普段からわからないんだけどさ、なんていうか今日は言語そのものがわからないんだよ。
朝会った時は中国語っぽい言葉を喋ってたし、学校に着いてからは韓国語っぽい言葉を喋っている。で、さっきのはロシアとかそっち系? 英語でさえ簡単なモノしかわからないのに、中国語とか韓国語がわかるわけないじゃん。
どういう意図が……。
「なんで無反応なの? せっかく徹夜で外国語覚えてきたのに」
あっ、ようやく日本語がきた。
「相手に伝わらないと思って愛の言葉を囁いたら、相手はその言語を理解していて恥ずかしい思いをして恋に落ちるっていう、完璧な策略だったんだけど? なんで一貫して愛想笑いなの?」
あっ、日本語っぽい言葉だった。日本語じゃないよ、十数年日本で育った俺が何一つ理解できないんだもの。
「だって理解してねーもん」
「ええっ!? 慎一ってたまに字幕で映画見てるじゃん!」
「……見てるけど、字幕頼りだよ。字幕が無けりゃ見ない」
「洋楽聞いてるじゃん!」
「……歌詞の意味は理解してないよ。たまに調べることはあるけど、英語を理解してるわけじゃない」
「そんなぁ……」
俺が外国語を理解していないことは心にとって大誤算だったらしく、膝から崩れ落ちた。カードゲームの時もそうだけど、よく根拠なしに努力できるよな。目算が甘いというか、モチベが凄いというか、頭のネジが外れているというか。
「既存の言葉がわからないんじゃ、私の開発中の〝ンバッホトンヌラ語〟なんて、絶対に解読できないじゃん!」
ンバ……なんて? よくわからんけど、またなんか凄いことをしようとしてる?
「手の動きや目線と組み合わせることで、どんな複雑な内容でも一瞬で伝えられるっていう究極の言語を開発中なんだけど……ぜーんぶ白紙だよ」
いまいちピンとこないけど、コイツが馬鹿と天才、両方の性質を兼ね備えてるということはわかった。開発資料を見ないことにはなんとも言えないけど、開発に成功した暁には、なんらかの賞を取れるんじゃないか? もうプロジェクトは凍結されちゃうっぽいから、答えを知るよしはないんだけど。
「次の手を打たないと! じゃあ私、先に帰るから!」
……また無駄な労力をかけるつもりか。別に俺の時間じゃないから、好きに使ってくれていいんだけどさ。
「慎一、おはよう。一緒に登校しよっ」
インターホンを押して登校のお誘いとは、心らしからぬストレートさだな。状況は極めて心らしいけど。
「……立派な馬だな?」
「えへへ、野生の馬に懐かれちゃって」
そっか、この辺って野生の馬がいるんだ……。そんな美しい毛並みの馬が……。
「随分と懐かれてるんだな。背中に乗せてくれるなんて」
「いやー、昔から好かれるタチでさー」
そうだったかな? そんな素振り一切なかったと思うんだけど。
「じゃあ、後ろにいる動物の大群は? 犬とか猫とか狸とか狐とか、まるで統一性皆無な集いだが」
猿とか羊までいるじゃん。鳥類もわりといるし。
え、何が起きてんの? あまねく種族を率いて、人類を滅ぼそうとしてる?
「いやー、懐かれちゃってねえ」
きびたんごでもあげたの? 行き先は本当に学校なの? 鬼ヶ島じゃないの?
「……保健所が動く前になんとかしたほうがいいじゃないか?」
「えっ、慎一ったら言うに事欠いて何を言ってるの? 私、こんなにも動物に愛されてるんだよ?」
愛ゆえについてきてるの? 集団催眠としか思えないんだけど。
「動物に愛される女の子って素敵じゃない? ドキッとしない?」
「ドキッとしたのは間違いないけど、恐らくお前の望んでる胸の高鳴りではない。今回に限ったことじゃないが」
いつになったら学習するんだろうな、規模が大事ってことを。野良猫とか野良犬に懐かれる少女は素敵かもしれないけど、三桁超えると恐怖でしかないんだよ。
「何が不満なの? 頑張って手懐けたのに……」
努力でなんとかなるんだ、その量。どういう手口か知らんけど、その行動力と才能を別のことに活かせないものかね。
「自然に懐くのと、懐柔するのってだいぶ違うと思うんだが」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ!」
「うおっ!?」
馬から勢いよく飛び降り、壁ドンしてきた。この状況で『手が痛そう』だと心配するあたり、俺は聖人なのかもしれない。
「黙って私の物になれよ」
壁ドンプラス顎クイだと? ここにきてようやく、まともな恋愛テクを使ってきたな。顔真っ赤だけど大丈夫?
「なぁ? 聞いてるのか?」
慣れない男口調で頑張ってる姿は可愛いけど、大量の動物たちが気になってそれどころじゃないよ。数百の目が俺を見つめてくるんだけど。
あとさ、股ドンはやめてくれない? 当てる気がないとわかっててもビビるから。
「動物の大群を引き連れるって奇行がなければアリだったと思うよ、今回のは」
「……なるほど、壁ドン、顎クイ、股ドンは効果アリと」
「いや、メモ取らなくていいから」
一回こっきりだよ、こういうのは。味をしめたら毎日されそうで怖いし、余計なことを言ってしまったかな。
俺の予想通り、いや、予想以上か。一日に何度もされたよ。誇張抜きに何度もされたよ、翌日テーピングしてたもん。普通は壁ドンで手を痛めないんだよ、それはもはや掌底なんだよ。俺の体じゃないから好きに使ってくれていいんだけど、責任は取らんからな? お前が勝手にやったことだからな?
「嘘をついたな……慎一……」
「えっ、どういうこと?」
どうやら俺は、知らぬ間にペテン師になっていたらしい。
「何度壁ドンしても……何度股ドンしても……何度顎クイしても……全然落ちる様子ないじゃん! こっちは顔も手も足も真っ赤にしてるのに! 手の平に青アザができるまで頑張ったのに! 嘘つき!」
青アザできてるのかよ、赤くなったり青くなったり忙しいヤツだな。っていうか別に嘘なんか……あっ、昨日の俺のセリフ、動物さえいなければ壁ドンで落ちるって解釈されたのか。壁ドン自体は(動物百鬼夜行作戦に比べると)悪くなかった、って意味で言ったつもりだったんだけど、都合良く解釈しすぎじゃない?
「一回目は結構良かったよ。連続でやりすぎなんだよ」
「えっ……じゃあ好感度的には、ちゃんとプラスだった?」
……マイナスかなぁ。
「うん、一回目はね」
「そっかー……よかったぁ……私の計画は間違ってなかったんだぁ……」
落ち着きを取り戻したようで何よりだ。ヒステリックに詰め寄られた時はどうしようかと……。
「この調子で落としてあげるから、覚悟してなよ?」
腰に手を当て前かがみになり、人差し指を突き出してきた。なんだろう、こういう狙ってない仕草は魅力的なんだよなぁ。頭を使うと途端に魅力を失っちゃうのが残念でならない。
「……いつだって覚悟してるよ」
「ふふん。私を受け入れる準備は万端ってわけだね」
満足げな顔でふんぞり返っているが、多分食い違ってる。お前の言う覚悟と俺の言う覚悟は違う、絶対。でも面倒だからいいや、どうせ何を言っても曲解されるし。
はぁ……まだまだアプローチの日々が続くのか。さっさと諦めてほしいものだが。




