第1話 ラブコメの定番
※カクヨムで完結済みの作品です
※AIは使用していません
通常の速度で歩けば、始業時間の二十分前には到着する。本来であれば早歩きさえする必要がないのだが、俺は全力疾走している。寝起きで全力疾走すると体に悪いってのはなんとなくわかるけど、後々のことより今が大事なんだよ。今に生きてるんだから。
「はっふぇふぉー!」
俺の知っている日本語ではないが、意味はなんとなくわかる。声、もとい奇声の主は、俺を朝から全力疾走させている元凶なのだから、小学生でも推理できるだろう。
「はっちはうん!」
「ぐえっ!」
この不思議な生き物は、きっと〝タッチダウン〟と言ったのだろう。アメフトの要領で飛びつかれたので、間違いないと思う。
あのな? タッチダウンと危険タックルは別モンだぞ? 鞄がクッションになってくれたおかげで、擦り傷は最小限ですんだけども。
「バカ野郎! 死んだらどうする!」
あまりの怒りに、追いかけられた恐怖も忘れて怒鳴りつけた。一歩間違えれば殺人未遂なのだから、怒るのは当然の権利と言えるだろう。
「慎一が逃げるからでしょ!」
「……そりゃ逃げるだろ」
「なんで!? 物心ついた時から一緒にいるのに、なんで逃げるの!?」
感情を高ぶらせているところ申し訳ないが、幼馴染という最強の免罪符にも限度というものがあるんだよ。仮にお前が肉親でも俺は逃走してたよ。
「お前がしてきたことをお前に都合良くまとめてみよう。俺の通学経路で待ち伏せした上にぶつかろうとしてきて、それを回避したら追尾してきた」
「偶然だけど? 曲がり角から慎一が飛び出してきたから、ぶつかりそうになっただけなんだけど?」
「なんでお隣さんなのに、曲がり角でぶつかりそうになるんだよ。百歩譲って偶然だとしても、ぶつかるまで全力で突撃してくるのはおかしいだろ?」
「それも偶然だけど? っていうか全力で逃げなくてもいいじゃん」
あのな? そりゃお前、自分より一回り小さい女子がぶつかってくるだけなら、俺も必死こいて逃げないよ。
でもさ……。
「心、お前は何を咥えてた?」
「はい? 食パンだけど……見たことないの?」
「あるよ。食パンを咥えて登校する人間も、フィクションに限れば見たことがある」
「フィクションでも見たことあるならいいじゃん」
「食パンを一斤丸々咥えて走るヤツは見たことねえよ! っていうかまず、一斤を口だけで持ち上げるヤツを見たことがねえよ!」
おそらく全人類で俺が初体験だと思うが、未経験の人でも恐怖は伝わるはずだ。幼馴染が食パン一斤を咥えて、全力のタックルをかましてきたら誰だって逃げる。追いつかれたら何をされるかわからないもん。実際、命に関わるタックルをされてお互いに負傷したし。
「どう? どう? キュンときた? 胸キュン?」
「……心臓がキュッとしたよ」
「胸キュンじゃん! やりぃ!」
思惑通りに事が運んだと思っているのか、両手を挙げて雄叫びを上げている。この人よくこの年まで生きてこられたなと、つくづく思うよ。
「それっとトキメキだよね? 告白したくなったよね?」
「告白というか、告発したくなったよ」
「メディアに私達の関係を広めてもらうってこと!? もー、気が早いんだからぁ」
告発の意味知らないのかな? それとも俺が間違って覚えてるのかな? あと、俺らの関係って恋人じゃないからな? 加害者と被害者だからな?
「バカ言ってないで早く登校するぞ。教室じゃなくて保健室に行くことになるだろうけどな」
こんな茶番で遅刻するのも癪なので、痛む体に鞭を打って起き上がった。尋常じゃないくらい痛む肘が、『半袖の時期じゃなくてよかった』と思わせてくる。
「ほっ、保健室!? ダメダメダメ! スケベ! 性獣!」
パニック状態に陥ったらしく、顔を真っ赤にしながら全力で罵倒してきた。
ここで、非常に残念なお知らせがある。信じられないと思うんだけど、この子……頭を打ってないんです!
そう、これがデフォルトなんです。食パン事件は初めてだけど、不可解な言動は常日頃からしてるんです。
色々あるけど、一番ヤバかったのは……。
「保健室ぐらいなんだって言うんだ。俺なんて朝目覚めたら無人島でお前と二人っきりだったんだぞ?」
「あー、懐かしいねぇ。ドキドキしっぱなしだったよぉ」
なんで思い出に浸れるんだ? お前それ、立派な拉致だよ? ラブコメのためだけにそこまでするヤツいないからな?
発案した心、一度もぶん殴らずに無人島生活をやり遂げた俺、許可した俺の両親、惜しみない協力をした心の両親。誰が一番ヤバいんだろうね? 俺以外まともじゃないと思うんだけど。
「あの一件は、今回逃げた理由の一つだからな?」
「えっ、曲がり角でぶつかって恋に落ちるより、無人島でアダムとイブになるほうがいいってこと?」
なんやこの女、会話もまともにできんのか? 容姿だけにステータス振り過ぎなんだよ、知能とか倫理観にも振れ。
大体コイツの両親もおかしいんだよ。娘の恋愛のために睡眠薬とか無人島を用意したり、俺の家のお隣さんを立ち退かせて隣に越してきたり、高校に多額の寄付金を投じて娘にとって都合の良いルールを設けさせたり……。
「また今度聞くから、早く手当しにいこうぜ? 傷跡が残っちまうぞ?」
俺自身さっさと学校に行って手当を受けたいので、心の手を掴んで無理やり立ち上がらせた。あーあ、タイツ破けてるどころか大怪我してるじゃん。
「慎一……」
「あっ、ごめん。痛かったか?」
「優しい……」
「ん?」
なんでジーンとしてるの? なんで恍惚としてるの? なんで……。
「朝から大怪我させちゃったのに、私のことを心配してくれるなんて……」
なんで……なんでこんなにも嫌な予感がするの?
「最高だよっ! やっぱり慎一は最高だよ! あぁ……たまらない……」
「抑えて! 発作を抑えて!」
「交際! 交際しよ! もう気持ちに蓋ができないよ!」
目がガンギマリしてるわりには要求が可愛い! でも怖い! 健全なことを要求してきてるのに、闇バイトの勧誘より遥かに怖い!
「俺、先に行くね! ごゆっくり!」
「あっ、追いかけっこ? カップルが砂浜でやるヤツ? あはは、待て待てー」
誰か助けてえっ! 美少女が血とヨダレを垂れ流しながら、蕩けた表情で追いかけてくる! オカマ走りなのに、めちゃくちゃ早い! 神様ぁ! 今だけ信心深くなるから助けてぇ! 帰りにお賽銭投げるからぁ!
俺の悲痛な祈りが届いたかどうかは、本日二度目のタッチダウンが決まったことから察してくれ。
「ついにルームシェアしちゃったね?」
「ああ……病室もルームだもんな……」
ああ神様、ありがとう。お互い骨折しなかったし、頭も打たなかった。ありがとうな、もう二度とお前なんかに祈らねえよ。




