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6 院長の過去(ただし本人談)

いつもお読みいただきありがとうございます!

 私が修道院に匿われて一か月、ノアが神父に変装して私の様子を見に来てくれた。

 最初はおっかなびっくりでホームシックになりかけたが、一カ月経った今そんなことはない。ちょうど慣れてきた頃合いだ。


「クレアちゃん、元気そうだね」

「はい、楽しくやってます」

「それは良かった。院長もアリアちゃんもキャラが濃いからね。合わなかったら病んでないかなって」

「ノア! 来たんならちょうどいい! 解体を手伝いな!」

「うわぁ、神父に魔物の解体をさせるなんて」

「ノアさん、ご飯用意するんで食べてってください」

「えーと、クレアちゃんはピンク色のスープは出さない、よね……?」


 ノアは恐る恐る聞いてくる。

 色は奇抜だが、院長のピンク色スープの味は普通だった。


「今日はシチューです」

「院長の青いシチュー見たことある。凄い味がした。なんかこう、食べたことのない味」


 院長の料理はギャンブルのようだ。

 そしてノアは意外にも院長と浅からぬ縁があるらしい。私でもまだピンク色のスープしか見ていない。

 ブツブツ言いながらも院長を手伝いに行くノアを見送って、私は人数が増えた昼食の用意に取り掛かった。


 解体と畑作業のキリがいい頃を見計らって、ご飯の声掛けをする。


「今日はホーンラビットのシチューとサラダです。パンはノアさんが持ってきてくれました。木の実が入ってますね」

「あ、良かった、シチューが青くない」

「ノア、あんた、アタシの料理の悪口を言ってんじゃないだろうね」

「院長のは料理というよりアートっすね」

「ふん、アートならいいね。アタシの料理は芸術だね」


 アリアは黙ったまま、ノアと院長はキャアとかギャアとか言いながらテーブルにつく。

 無論、お祈りなどなく院長の「いただくよ!」の掛け声で食事が始まる。


 院長のローラはいつでもどこでも大声でよくしゃべり、分かりやすい人だ。そして、お金と食べることと狩りが好きだ。

 今日分かったことだが、葉巻も好きらしい。ノアがお土産に持って来たものを漁って親指をぐっと立てていた。


「良かった、クレアちゃんが料理うまくて……この修道院でまともな色のまともな飯が食べられるとは……」


 ノアは大げさな泣き真似をするが、食事を始めた院長はそんな嫌味など意に介していない。豪快に食べている。アリアはちびちびとマナー良く食べている。いつもの光景だ。


「はぁ……うまかった……シンクレアがここに来てくれたのが神の思し召しってやつだね! これで酒でもあれば神はいるって叫んで祈って踊ってあげるんだけどねぇ!」


 神に対してこれほど恩着せがましい人も珍しい。


 ローラ院長はいつも私の作った料理を綺麗に平らげてくれる。しかもべた褒めだ。

 元恋人のロランなんて、いつも無言で食べていた。私が感想を聞いたら「黙って食ってるんだから美味いに決まってるだろ。不味かったら言うよ」なんて返してきていたのに。


 やっぱり、自分の作った料理を喜んでもらえるのは嬉しい。


「えー、院長。それは次に酒持って来いってこと?」

「当たり前だよ。経費で落ちないのかい」

「いや、落ちないって。葉巻なら俺のポケットマネーで買って持ってきやすいけどさ。お酒重いじゃん」


 アリアは食事の時もベールをつけている。でも、器用に食べて院長のように感想をペラペラと言わないが目を細めて「おいしかった」と毎食言ってくれるのだ。

 私は今のところ料理の他に、アリアがやっている畑の草むしりと、ローラ院長が狩ってきた獲物の解体の手伝いまではできるようになった。


「でも、ホーンラビットってシチューに入れたらこんなに柔らかくなるんだな。ほら、院長が前に食べさせてくれたのはカチカチだったから。この森のホーンラビットはカチカチなのかと」


 それは単純に焼き過ぎただけだと思う。


「アタシとアリアだけだったら、二人とも料理ができないからね! 焼いて塩振って食べるか、全部一緒に適当に煮込んだスープのエンドレスさ!」


 私はこの修道院で料理番としてなかなかにうまくやれていた。

 ローラ院長とアリアを家族と呼んでも差し支えないくらいに。ローラ院長がたくさん喋って、アリアが目を細めて頷いて。三人で囲む食卓はとても楽しい。

 そこにノアまで加わるとさらに賑やかだ。

 私の憧れの食卓が目の前にある。結婚しなくても、この光景は手に入るのだ。


「そういや、ブラックウルフズは何とかなったのかい」

「いやぁ、すみません。まだ……」

「ったく。騎士団さまは何やってんだい。ちゃっちゃとしょっ引きなよ」

「最近、奇妙なくらい大人しいんすよ。裁判が近づいてるからかな」

「あんた、ここまで尾行されてないだろうね」

「そこはちゃんとやってます。むしろ、宗教組織とブラックウルフズが内輪もめ起こしてるって話もあるんで」

「そんで自滅でもしてくれたらいいけどねぇ」

「だから、もうしばらくはクレアちゃんのことお願いますよ」

「うちの料理人だからね」


 ブラックウルフズは元々小さなチンピラ集団でしかなかったが、宗教組織と紐づいて人身売買や違法薬物取引に手を染め始めたと聞いている。


 一カ月間平和で忘れていたが、私はあの時一歩間違えば殺されていたかもしれないのだ。

 少し震えがくると同時に、ふと疑問を感じた。

 院長はノアと騎士団のことについて知った風に話している。

 この修道院では私以外も匿ったことがあるのかもしれないが、なぜ院長とアリアだけはこの修道院にいるのだろう。


「そういえば……ローラ院長はどうしてこの修道院に入ったんですか?」


 院長は目も鼻も口も大きく、化粧していなくても華やかな顔立ちだ。

 神はいないなんて叫ぶのだし、見た目も中身もシスター向きの人ではない。もしかして騎士団の人なのだろうか。

 一方のアリアは大人しいので、すごく信心深い人なのかもしれない。


「ん? 若さの秘訣かい? キュウリパックだよ」

「キュウリパックの効果は実感していますから」


 全然違う答えが返ってくる。

 ここでは週に三回、夜にキュウリパックをするのだ。

 アリアの畑で採れたキュウリを切って顔に乗せるのを見た時は驚いたものだ。時にはキュウリをすりおろしてはちみつと混ぜてパックすることもある。青臭くてどうしようかと思ったが、肌の調子は確実に良くなっている。


「ま、あんたの疑問も分かるよ。アタシくらい綺麗な女がシスターなんてもったいないだろう」

「それ、自分で言っちゃうんだ」


 ノアが茶々を入れるが、院長は猟銃を持っていなくてもいつでも自信満々だ。


「女ってのはね、ミステリアスな方がいいんだよ」

「それは確かに」

「は、はい」


 食後のコーヒーを院長とノアの前に置く。

 紅茶より院長は濃いコーヒー派なのだ。アリアの前にはレモンを浮かべた紅茶だ。


「あれは世紀の恋だったね」


 あ、聞いたらしっかり喋ってくれるんだ。ミステリアスな女の方がいいなら喋ってくれないのかと思った。

 私が慌てていると、ノアが紅茶を淹れるのをウィンクとともに代わってくれた。


「アタシは王子様と恋に落ちたのさ。学園の廊下を走ってぶつかってねぇ、お互い一目惚れさ」


 ローラ院長はどこまでいってもローラ院長だった。出会い方もワイルドだ。

 学園というと、平民の中でも優秀な人か貴族しか行かないはずだけれど。もしやローラ院長は貴族なのだろうか?

 ノアが私の分の紅茶を淹れて持ってきてくれる。楽しそうに上がる彼の口角は、院長の過去を知っているようだった。


「学園の空き部屋でこっそり会って、休日はばったり会ったようにみせかけて王都の通りでデートもしたね。図書室の誰も来ないような本棚でこっそり交換日記もしたね」

「わぁ、素敵……」


 なんだ、その乙女の夢の全部詰まったような話は。

 ノアは口を押さえて笑いを堪えている。

 アリアは聞いたことがあるのか、何の驚きも見せずに静かに紅茶を飲んでいる。アリアの服の袖が下がって、黒い腕輪が見えた。

 なんだろうとじっと見ていると、アリアは黙って袖を直した。


「でも、あっちは腐っても腐らなくても王子様さ。お綺麗な婚約者がいてね。周りからそりゃあ何回も別れろって言われたよ」


 これって作り話? でも、ローラ院長の表情はそうは見えない。

 猟銃を持って獲物を追いかける目をらんらんと輝かせた表情ではなく、憂いを含んだ顔だ。この表情は、オムライスをおかわりしすぎて、さらに私の作ったプディングまでしこたま食べてさらにもう一つ食べようとしていた時の表情によく似ている。


「でも、そんなことでアタシは諦められなかった。若かったし好きだったからね。身分なんてどうとでも乗り越えられると思ったのさ。で、王子様に言ったんだ。一緒にどこかへ逃げようってね。アタシが働いて養うからって」

「か、駆け落ちに養う宣言……カッコいい……」


 猟銃をぶっ放すバイタリティはそこから来ているのか。

 ノアはお腹を抱えて声を出さずに笑っており、院長に蹴られている。


 まさか、ローラ院長と王子様は駆け落ちしてここまでやって来て、そして王子様は病気を患って先に──。それなら神はいないわよね。シスターなのに神を信じられないのも理解できた。うっかり涙が出そうになる。


「あぁ、三日後の正午に二人でよく行った雑貨屋の前に来てくれって言ったんだよ。でも、彼は来なかったね」

「え、そんな……!」


 私の中の魅力的な妄想がガラガラ崩れる。


「まぁ、分かってはいたんだよ。お城での豊かで綺麗な暮らしを捨てて来るわけないってのはさ。でも、アタシは待った。雨の日だったけど何時間も待ったね。思えば、あの時一番人生が輝いてたかもしれないねぇ。でも、アタシと王子様のことはすでに噂になっちまってたのさ。王子様が来なくて、恋はチャンチャンおしまい、さぁ次の恋へ、とはならなかった。アタシはろくな嫁ぎ先もなく、加虐趣味のある年寄りのとこに無理やり嫁に出されそうだったから修道院に逃げたのさ。で、修道院を点々としてここにたどり着いたってわけ」

「そ、そんな……えっと、王子様は今どこに? まさか……国王様ですか?」

「いいや、彼は第二王子だったからね。結局、この国での婚約はダメになって海の向こうの国のお姫様と結婚したんだよ。駆け落ちを約束した日から会ってもないねぇ。新聞で見たっきりだよ」


 賑やかな食卓に珍しくしんみりした空気が漂う。私は堪えきれずに鼻をすすった。ノアも笑うのをやめて神妙な顔でコーヒーを飲んでいる。


 ローラ院長は空気を変えるようにパンと手を叩く。


「だからね、シンクレア。相手が身分のある男の場合は気をつけなくちゃいけないよ。神様だって見ててはくれないし、恋した男だって平気でクソみたいに裏切るんだ」

「元恋人は身分なんてなかったけど、クソでした」

「そうだよ、あんたの元恋人はクソさ。間違いないね。作ってもらった料理に感謝できないのは男女皆クソだよ」

「院長、言葉が汚い」

「あぁ、アリア。悪いね。さ、コーヒーをもう一杯もらおうかね」


 私はしんみりしながら、院長とノアのカップにコーヒーを注いだ。


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