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5 修道院での生活

いつもお読みいただきありがとうございます!

「ノアは休みの日に何をしてるんだ?」

「先輩、そんなこと聞いてくるなんてまさか俺のことがすごく好き、とか……?」

「違う違う、最近お前が休日の度によく出かけてるって聞いたからな。休暇だって全然取得してなかったのに、最近になって急に取り始めただろ。この前だって何日か急に休んだしさ。彼女か?」


 ふぅん、かかった。

 食堂のカウンター席でメガネの先輩と並んで食事をとりながら、ノアは唇の端を上げないように力を込めた。


「えー誰ですか、そんなこと言ってるの。俺はメリッサちゃんと~、レイラちゃんと~、ルイーザちゃんに会うのに忙しいだけっすよ。急な休暇は親の具合が悪くなったからっす」

「……うげ、三人もいるのか? 騎士団の風紀は乱さない方がいいぞ?」

「え、でも恋人を何人も作っちゃいけないなんてどこにも書いてないし。独身だから何の問題もないっすよ」

「そういう問題じゃない。後ろからぶすっと刺されるなよ」

「あはは、先輩。ご心配ありがとうございます~」

「本当に、あんまり噂になるなよ。これでも本気で心配してるんだ。女の子から刺される他に団員の嫉妬もあるから」


 拍子抜けだ。

 あの夜に男を走って追いかけたメガネの先輩が内通者かと疑いをかけていたのだが、先輩はそれ以上探りを入れてこず、酒を入れて白状させようと飲みにも誘ってこない。一緒にバディを組んで巡回していても、路地裏に誘い込まれブラックウルフズや宗教組織が待ち構えていて拉致・拷問なんてこともない。


 騎士団内の内通者の割り出しは難航を極めていた。

 この人が一番怪しいのだが、他にも何人か容疑者はいる。幸か不幸か、クレアの住所が記載された書類をあの時間帯に読めた人数は相当限られたのだ。


「そういえば、あの子はどうなったんですかね。ほら、ガラの悪い男に追いかけられたって家に送った子。結局、あの数時間後に息子と一緒に遺体が川に浮いてたじゃないっすか」


 俺はわざとメガネの先輩に話を振った。

 温かい料理を食べて曇ったメガネをずり上げながら、先輩は頷く。


「あぁ、老人の方は服や身体の特徴が事情を聞いたのと全部一致していたな。まぁ、俺たちが考えて分かることじゃない。あ、食べ終わったならもう戻るか?」


 メガネの先輩の反応は予想よりも鈍い。

 今頃、ブラックウルフズはクレアの居場所を血眼で探しているはずだから話を広げてくると思ったのに。

 俺は手鏡を取り出して前髪を整える振りをしながら、念のために後ろを確認した。


「ノアはお洒落だな」

「男の嗜みですよぉ」

「俺は手鏡を持ってない」

「あはは」


 鏡の中で見覚えのある顔の男が立ち上がって店を出て行くところだった。

 ふぅん。なんであいつ、ここにいるんだろ。偶然昼食を食べに来たのだろうか。少し怪しいからマークしておくか。


「さて戻りますか~。あーあ、たまには酔っぱらいの喧嘩の仲裁じゃなくて可愛い女の子のキャットファイトでも仲裁したいな」

「そっちの方が怖いだろ」

「この前の子、可愛かったから狙いたいんだけどな~」

「珍しいピンクブロンドだったよな? あ、職権乱用だから家を知っているからって待ち伏せするなよ?」

「はぁ、職場も聞いておけば偶然を装って前を通れたのに。先輩、知りませんか?」


 唇を尖らせてメガネの先輩を見ると、あまり興味がなさそうに首を振られた。


「それも職権乱用だ」


 真面目か。

 この人が内通者かどうかはまだ分からない。

 ブラックウルフズの裁判準備も順調に進んでいるので、そろそろ内通者を暴いておかないとまずい。下手をしたら証拠を全部隠滅されてしまう。


 これ以上見つけられなかったら、クレアの存在を囮にするなんて上司は言い出しかねない。


***


 とんでもない修道院に連れてこられたと思っていた。

 初日はほとんどない荷解きと、ホーンラビットの解剖を見学して気分が少し悪くなったくらいだった。


 しかし、今は──。


「シンクレア! 今日は何を食べさせてくれるんだい!」


 猟銃を肩に担いだローラ院長がけたたましく扉を開ける。

 この勢いで壊れない扉に私は感銘を受ける。


「今日は釣った魚でムニエルと野菜のスープです。院長が狩った獲物はシチューにしておいて明日食べましょうか」

「肉ばっかりじゃ飽きるからね。それに鍋もいいけど、そろそろシチューもいいねぇ! それが神の思し召しだよ!」

「神はいないんじゃなかったんですか?」

「言葉のあやさ。ま、神様だってもしいるならアタシたちがうまいもん食べて幸せそうに生活してるのを見るのが神様にとっての幸せだろうよ」


 満足げに太いおさげを揺らすと、院長は今日狩った獲物の下処理に向かって行った。

 私はそれを見送り、スープの味を確認してからもう一人のシスターであるアリアのいる畑に向かう。


「アリアさん、明日はシチューにするのでニンジンと玉ねぎを追加でいただけますか? 他にも入れたい野菜があればぜひ」


 虫と雑草に「駆逐してやる」とブツブツ呟きながら作業をしていたツインテールのシスターであるアリアは、さっとブロッコリーも差し出してくれる。


「ブロッコリーも彩りがいいですね! ありがとうございます」

「香辛料は?」

「まだまだあります! この前の買い出しの時にアリアさんが安くたくさん仕入れてくださったので!」


 アリアというシスターはいつも口元にベールをつけて顔の下半分を覆い、口数が少ない人だ。何を考えているのか分からないが、いつも微笑んでいるのは何となく分かる。

 この前、買い出しと院長が狩ったものを売るために麓の村にアリアと下りた。院長は腰が痛いと来なかったが、元気に猟銃を担いでいた。


 私はベールで顔を覆っていたものの、見つかって殺されてしまうのではと内心相当ビクビクした。


 しかし、麓の村にはピンクブロンドの女性も男性も十人に一人はいたのだ。

 修道院に連れてこられた時に休憩で寄った時は、ここまで多いとは思わなかった。これなら私の髪だって目立たない。


 特に詮索されることもなく徐々に肩の力を抜き、院長が狩った複数のホーンラビットの毛皮や角を買い取ってもらい、アリアと調味料や生活必需品を買う。森から時折小さな魔物が下りてくるせいか、冒険者らしき人々も多い。

 こじんまりした村だが、活気がある。


 アリアは麓の村で不思議な行動をしていた。

 調味料は高いはずなのだが、アリアが店員さんにベールを少しずらして「ねぇ、私、綺麗?」と聞くと割引してくれるのだ。

 常連の秘密の合言葉かと思ったが、アリアしか使えないらしい。「内緒」と言われたので、アリアのベールの下の素顔がとんでもなく美人なのかもしれないと勝手に予想している。


 アリアのおかげで調味料の棚は非常に充実しており、料理のしがいがある。

 院長とアリアは本当に料理をしない。アリアが一度とても暇そうにしていたので手伝ってもらったが、材料が黒ずみになったので諦めた。

 私が体調を一日崩した時に、院長が代わりに作ってくれたができたのはピンク色のスープだった。院長は焼く・煮るの工程だけはできるそうだが、とにかく隠し味を入れたがるのだ。そして出来上がるのが、信じられない色の料理である。あんなに鮮やかなピンク色は料理で初めて見た。


 そんなこんながありながらも、私はヤバい修道院の生活に順応し始め楽しいとさえ感じていた。


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