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4 シスター・シン(新)クレア

いつもお読みいただきありがとうございます!

 馬車で最小限の休憩を挟みながら二日間走って、最後は徒歩でひたすら登って目的地に到着した。


 チャラい騎士はノアと名乗った。なんとなく偽名だろうと感じる。

 狭い馬車の中で二日間も一緒に過ごしてしまったせいで、最初のような忌避感はもうない。むしろ、彼はよく私に気遣ってくれたし、チャラチャラした明るさでこれからのことを必要以上に悲観せずに済んだ。


「ここがクレアちゃんを匿う場所ね」

「ここって……修道院じゃないですか……」


 茶色い建物を私は見上げる。麓の村からここまでかなり登ってきた。


「そうそう、犯罪組織も宗教組織も手を出しにくいでしょ。それに誰も修道院で誰かを匿っていると思わない」

「裏は森なんですね」

「あの森には熊とか小さな魔物が出るんだよ。だから、森から修道院は襲撃できない。人間ならさっき最後に休憩した村を通るしかない。つまり、匿いやすく外部からの流入を監視しやすい最高のロケーションってわけ!」


 チャラい騎士ノアはぐっと親指を立てる。


「森の熊さんや魔物に私が襲われたらどうするんですか」

「大丈夫。ここには最強のシスターズがいるから。森の熊さんなんて、彼女たちにかかれば子犬みたいなもんだよ。お、噂をすれば来た来た」


 ウィンプルをつけていない二人のシスターがこちらに歩いて来た。

 物凄い偶然なのか、二人とも私と同じピンクブロンドである。


「ピンクを隠すならピンクの中でしょ。麓の村にもピンクブロンド多いしね。つまり、修道院に君を隠せば目立たないってわけ」

「気のせいでなければ、年上のシスターさんは猟銃を担いで何かを引きずっていますね」

「院長ね。あれはホーンラビットかな? 今日の晩御飯はあの子に決まりだね」

「そして若いシスターさんは……土まみれですね」

「女性の年齢を言っちゃダメだよ、クレアちゃん」


 年齢は言ってない。

 そんな会話をしていると、シスター二人は目の前までやって来た。


「ローラ院長。お話していた通り、この子をよろしくお願いします」


 ローラ院長と呼ばれたのは、太いピンクブロンドのおさげを両肩に垂らした五十代くらいのガタイのいいシスターだ。

 猟銃を担ぎ、角が生えたウサギの角の部分を持って引きずっている。魔物は王都には出ないが、王都に出てくる前まで住んでいた田舎では出ていた。私の実家の近くでホーンラビットは出なかったから、この魔物は初めて見る。


「ノア、面倒事かい」


 彼らは顔見知りのようだ。


「ブラックウルフズ関連の目撃者なんで。院長、お願いします。今度こそ有罪にしたいんで」

「まぁ、あんた顔はいいし、寄付金って名目の金くれるからいいけどさ。それにしても今回の子はしけたツラだね」

「アリアちゃんもよろしく。さ、クレアちゃん。二人に挨拶して。こっちの美女はローラ院長ね。こっちの美人さんはアリアちゃんね」


 土まみれのシスターはアリアというらしい。

 口元を黒いベールで覆っているので表情が読みづらいが、貫禄のある院長とは真逆のほっそりした体形で動作を見るにおっとりした雰囲気が漂う。年齢は二十代くらいだろうか。


「く、クレアです。今日からよろしくお願いします」


 アリアは私の挨拶に喋ることなく、目を細めて軽く頭を下げた。

 しかし、ローラ院長は私の鼻先まで顔を近づけてジロジロと眺める。目も鼻も口も大きいので迫力がある。


「あんた、料理はできるかい?」

「できます。食堂で働いていて、キッチンの補助もしていたので」

「ふぅん。じゃあ、あんたは料理当番に決定だよ。三食毎日作りな。野菜と肉はたっぷりあるんだ」


 ローラ院長は不敵に笑ってノアを見た。


「じゃ、この子は置いて行きな」

「あ、オッケーな感じ? 良かった。ローラ院長にダメって言われたら麓の村になるとこだった~。じゃあ、クレアちゃん。ここで頑張ってね。片付いたら迎えに来るから。二人ともいい人だよ」


 馬車で一緒に過ごしたせいか、あれほどチャラいチャラいと思っていたノアとお別れするのに悲しみと心細さが湧き上がってくる。


 でも、待って。

 この場面の方が人身売買みたいじゃない? だって院長、猟銃持ってるし。寄付金っていう名目のお金って言ったし。私、腐敗した騎士団によって人身売買されていないわよね?

 あるいは、もしかして「料理できませ~ん」なんて言っていたら銃でズドンだった?


 去って行くノアの背中を複雑な気持ちで見送っていると、アリアというシスターに声をかけられた。


「ああいう男、好きになったらダメ」

「え? ぜ、全然好きじゃないです。二日一緒だったから、その、少し心細くなっただけで」

「あっはっは、秘密の多い男は好きになったら苦しいだけさ」


 ローラ院長は豪快に笑う。アリアは口数も少なく大人しそうだが、院長は明け透けで豪快だ。

 その前に、シスターって恋愛・結婚タブーじゃなかった……?

 いやいや、その前に猟銃を持っているのもおかしいんだけど。


「さて、あんたは今日からシスター・シンクレアだよ」


 ローラ院長にびしっと指を突き付けられて、私はポカンとする。


「私は匿われるだけですし、普通にクレアでも……それに、隠すなら全く違う名前の方が……」

「あんたはここで新しいクレアになるんだからシスター・シンクレアだよ! ピンクブロンドの女ってのはね、なんかやらかしてここに来るんだよ」


 失恋したからここに来たのか、犯罪組織を目撃したからここに来たのかは怪しい。後者だと思いたいが、私はやらかしてはいないはずだ。


「あんたのここでの役割は簡単。掃除に料理、毛皮や野菜を村に売りに行くときの手伝い。それだけだね。アタシが狩り担当、アリアが畑担当、シンクレアが料理担当。おや、完璧じゃないか。アタシたちは素晴らしい三シスターズだね! 料理がまずかったらただじゃおかないよ」

「えっと……私のようなエセシスターでもお祈りの時間はありますか?」


 エセシスターだけど、早朝に起きなきゃいけないということはあるんだろうか。

 それなら朝食の時間も早いだろうし、前の晩から準備しておいた方がいいだろう。院長は、見た目で判断するだけだと朝からがっつり食べそうだ。


「なんで神なんかに祈るんだい。神に祈ったって何の意味もないよ! 神なんていやしないんだから」

「そう、なんですか?」

「そうだよ」


 ここは──ヤバい修道院だ。

 修道院の院長自ら神を否定している。いいのか、それで。しかもそれで寄付金までもらって──。修道院も腐敗してる?


「じゃ、アタシはこれの解体をしてくるから。中に入ってキッチン見といてくれ。部屋は空いてるとこをどこでも使いな。掃除はしてあるし、制服も置いてあるよ。アリアは?」

「まだ、お野菜にカメムシついてて」

「じゃあ作業に戻んな。アタシたちはカメムシの食い残しを食う気はないよ!」

「今日こそ、駆逐してやる……」


 不穏なことを呟きながらアリアは裏にあるという畑に向かい、ローラ院長は銃を置いて刃物を取り出した。


 思っていた匿われ場所と違う。

 ヤバい修道院に連れてこられてしまったようだ。


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