3 なんと私は目撃者
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翌日は幸運にも仕事が休みだったので、遅くまで寝ていた。
昨夜はディナータイムに入る前の賄いしか食べていないので、キシキシ鳴るベッドから下りると一緒に私のお腹も鳴る。
今日からロランのことを考えなくていいし、彼のために何もしなくていいのか。
休みの日も仕事の日も、ロランのところに行くことを考えて、今晩の差し入れは何にしようかと頭を忙しく働かせていた。
もう、その時間を使わなくていいのか。
何をしていいのか分からないが、時間もお金も浮くことは確かだ。
ぼんやりしながら簡単な朝食を食べていると、狭い部屋にノックが響いた。
一瞬、本当に一瞬だがロランが「昨日は言い過ぎた。ごめん、悪かった。許してくれ」と会いに来てくれたのかと期待した。
バカみたいだ。昨夜あんなに酷いことを言われたじゃないか。
でも、ロランは私の家を知っているので可能性はなきにしもあらず。
「フローラからお届けもので~す」
歌うような陽気な声がした。
フローラとは近所の花屋の名前だ。
え、もしかして本当にロランからだろうか? 嘘、ロランから花なんて最近はもらったことなかったのに。三回目のデートまでだったかな、花をもらったのは。
昨日は最悪だったから、うっかり心を弾ませながら扉を開ける。
「うわぁ、不用心」
配達員らしき男性が何かぼそりと呟いた。
「へ?」
「いえいえ、こちらお届け物です。大きいので中に置かせてもらいますね~」
「あ、はい」
帽子を被りメガネをかけた背の高い男性は、両手で抱えられるくらいの大きな木箱を持って部屋に入って来る。中を見たいが見えない。
「君さぁ、不用心すぎ」
「え? あれ? あなた新しい人? あなたみたいな従業員さん、フローラで見たことないけど」
「んー、まぁ、無事なら良かったかな。なぁ、早朝に外出したりしてないよな? 今日窓の外見た?」
やたら馴れ馴れしい配達員はかがんで蓋をされた木箱を置くと、そのままの体勢で窓を指差した。よくよく見れば、顔に見覚えがある。もしかして私が働くお店に来たことがあるのだろうか。
いや、待てよ。このチャラチャラした感じは……。
「見てませんけど……って、あ、あなた、昨日のチャラい騎士! 一体何してっむぐ!」
「はーい、静かに静かに。ちょっとこのカツラをささっと被っていただいてっと」
昨夜助けを求めたチャラい方の金髪騎士は、なぜか今日はフローラと書かれたやや汚れのあるエプロンまでして花屋の配達員のような格好だ。
彼は手で私の口を塞いだまま、木箱を開けて中から茶髪のカツラを取り出して私に無理矢理被せた。
なぜ、箱の中からカツラ?
「カツラを外さずにこっそり窓の外、見てみ? こっそりね。カーテンをばーんって開けないでね」
そもそも、騎士がなぜフローラの従業員をやっているのだろうか? 給料が足りないの? 親戚の店とか? しかも、箱の中からカツラって……花は入ってないし。なんだ、花の配達じゃなかったのか。
勝手に期待して、裏切られた気分になってバカみたいだ。
「俺が危害加えようと思ってるなら、入って扉閉めた時点で殺すか襲うかしてるからさ。ほらほら、百聞は一見にしかずだから」
木箱に注がれた私の視線を勘違いしたらしい彼は明るく言う。
昨日は騎士で今日は花屋の配達員は胡散臭いが、そこまで言うならと半ば自棄でカーテンの陰からこっそり外をのぞく。
見えた光景に私は思わず声をあげた。
「え⁉」
「なんか見えた?」
「き、昨日! 昨日私を追いかけた人が外に立ってる!」
「おー、ほんと? ほんとのほんと? 見間違いじゃなくて?」
「窓の外を見ろって言ったあなたがどうしてそんなに疑うのよ! あれを見せたかったんじゃないの⁉」
「まぁまぁ、本当に同一人物なのかよく思い出してよ。昨夜は暗かったんだしさ」
「記憶力はいいのよ! それに、民家の明かりと月明りでよく見えたもの。あの人と……あっちの軒先で飲み物を飲んでいる人もよ!」
落ち着けとジェスチャーされたので、慌てて口をつぐんだ。
昨夜私に声をかけてきた男性が集合住宅の外に立っていた。さらに、怪し気な男性たちが他にも数人。一気に治安が悪くなったように感じる。
「よし、じゃあさ、騎士団は証人として君を匿うからさ。この木箱の中に下着とか必要な物を入れちゃって。服はすぐ調達できるけど下着はなかなかねぇ。ほら、男が女物の下着を買ってると目立つからさぁ」
怪しげな男性たちが外にいるというのに、チャラ男は朗らかで緊張感がない。
一瞬パニックになりかけて、チェストの引き出しを思い切り開けて下着を袋に詰めながらやがてはっと我に返る。
「あ、あの。どこに……私を匿うんですか?」
「あ、良かった~。あまりに疑われないからびっくりしたよ。やっと警戒心が仕事し始めた?」
あくまで茶化すチャラい騎士、いや花屋。私が睨むと、彼は肩をすくめて続けた。
「多分、あいつらは君の目立つ髪色を覚えてるだろうね。ピンクブロンドは珍しいし、聞き込みをすればすぐ勤め先も分かる。ここじゃあ知り合いに会う可能性もあるし、変装して王都に匿っても奴らに見つかりそうだから田舎に行ってもらうかな」
「え、でも私、仕事が……」
「やだなぁ、命と仕事どっちが大切?」
私と仕事どっちが大事なの、というノリで命と言われても。状況がさっぱり理解できない。
「だって、せっかく、雇ってもらえたのに……」
「今事情は説明できないけど、終わった後でちゃんと勤め先の食堂には騎士団から説明するからさ。とりあえず君には失踪してもらうってことで。さぁ、手を動かして~。あいつらがしびれを切らしていつここに押し入って来るか分かんないよ。あいつらはさ、最近幅を利かせている『ブラックウルフズ』の組織の奴らなんだよね。オオカミの入れ墨あったでしょ」
オオカミの入れ墨は確かに見た。
それにしてもブラックウルフズって……そのままじゃない。名前がダサい。
「そんなに悪い人ならすぐ捕まえてくださいよ」
「法律ってもんがあるでしょ。見るからに怪しいから即逮捕なんてできないんだよね。で、奴らの組織は人身売買とか危ないおクスリとか売ってるらしいんだけど」
「完全に悪い人達じゃないですか」
「そうそう。組織の三代目がまぁまぁのやり手でね。変な宗教組織とも手を組んでて、騎士団も頑張って捕まえたいわけ。でも、目撃者がことごとく消されちゃうんだよね。証言してほしいのに、川に浮いちゃってるとかあるからさぁ」
思わず手を止める。
え、私、もしかして昨日はかなり危ない状況だった?
ロランに邪険にされてるのに差し入れを届けに行ったから? だからこんな目に遭うの? 私が身の程を弁えていなかったから?
私が昨日あそこを歩いていなかったら、こんなことには──。
「目撃者が殺されるのが二件続いて、さすがに騎士団としても大事な目撃者である君を逃すわけにいかないと思ってね。しっかりばっちり匿うことにしたんだ。昨夜から仲間に見張らせてたから大丈夫とは知ってたけど、まさか平気で人を家に入れちゃう不用心ちゃんとは。心配だなぁ。やっぱ、匿うとこはとっても安全なとこにしよ」
チャラい騎士は「準備終わった?」と聞いてくる。
私は慌てて必要最低限の物を突っ込むと、騎士は荷物を木箱の中に入れ、私に花屋フローラのエプロンを着せる。
「じゃあ、このまま裏口から箱を持って出ようか。難しいけど普通にしてね。それでそのまま用意したとこに匿うから。恋人とか家族にも連絡は取れないんだけど大丈夫? 一応家族関係は簡単に調べてあるけど、もしいたら別れることにはなるかな~」
「家族はもう、いませんから大丈夫です。恋人には昨日振られたばかりですし」
「あらら、それはある意味良かったね」
良くない。全然良くない。
ロランと楽しく食事ができていれば、私は老人に縋られなかったのに。
裏口にも怪しげな男がいたが、箱を持って茶髪のカツラを被った私のことは分からなかったらしい。
そのままチャラい騎士と花屋フローラまで歩いて行き、用意された馬車に私たちは乗り込んだ。
本当に私は匿われるらしい。
「私の証言で彼らを有罪にできるんですか?」
「うん。今朝老人が殺されているからね。君は老人も目撃してるし、男二人も目撃してきちんと判別できたから十分な証人だよ」
告げられた内容に思わず息を呑む。
「ほ、本当なんですか。それ」
「うん。今朝川に浮いてたよ、老人とその息子。息子の方がブラックウルフズのメンバーだったけど、足抜けしようとして怒らせて親子ともどもってやつかな。君が言ったみたいに、老人は足をくじいてたし縛られた跡があった」
「ひぃ……」
まさか、私は殺される寸前になんとか逃げ出した老人を目撃したということか。
「実はさ、騎士団に内通者がいる可能性があるんだ。だから目撃者もすぐ川に浮かぶし、昨夜のことなのに今朝には怪しい男たちが君の家の前にいたわけだ。『ブラックウルフズ』は以前からあったんだけど、これほど大々的に活動はしていなかったし、頭のいい立ち回りができる奴らじゃなかったからね」
「内通者って……じゃあ、私の住所漏らしたのってあなたかあのメガネの先輩のどっちかじゃないんですか」
「そうなんだけどさ~、巡回増やすのに君のことは報告書に書かなきゃいけなかったわけ。メガネ先輩が書いたんだけどさ。その報告書を見ることができた奴は全員内通者の可能性あり」
「それって何人くらい……」
「知らない方がいいと思うよ」
「う、そうですか。あの、そもそも騎士団って腐敗してるんですか……内通者なんて」
「まぁねぇ、正義感こじらせちゃったのとか、お金に目がくらんじゃったとか、いろいろあるんじゃない?」
「そんな軽い……私、職も失ってこれから匿われるのに」
「うん、それについては責任を感じているからちゃんと上には掛け合ってるよ。内通者を割り出して君に裁判で証言してもらって。それまできちんと守れるところにこれから匿うからさ。その後も職の斡旋とか日常に戻れるようにちゃんと尽力するし」
外見だけで判断するとこのチャラチャラした騎士が一番怪しかったが、あのガラの悪い男たちに住居まで知られているとなると、両親もいない私は彼に従うしかなかった。