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2 最悪の日

いつもお読みいただきありがとうございます!

 あーあ、ロランと終わっちゃった。一年付き合ってこれか、あっけない。

 もうちょっと前向きに別れたかったな。「仕事が忙しくてクレアと結婚を考えられない。さすがにここから数年待ってくれなんて言えないんだ」なんて思いやった風に言われてさ。


 まぁ、ロランが私を貶した瞬間から穏やかなお別れは無理だったんだけど。


 計算も書類仕事もできない・馬鹿っぽいピンク髪と言われたのが悲しいのか、ロランと別れたことが悲しいのか分からない。


 いいや、どちらも違うかもしれない。

 先ほどまでは感じなかった孤独が一気に足元から襲ってきて、蒸し暑い日なのに一瞬で心臓まで冷えた錯覚に陥る。


 寂しい。

 私は今、たまらなく一人だ。この世界で、誰にも大切に思ってもらえずたった一人。

 今ここで誘拐されても、透明になっても、大して悲しんでもらえない。職場の人は困るし心配もしてくれるかもしれないが、新しい人が入ったらすぐに私のことなんて忘却の彼方だ。


 せっかく作ったのに開けもしなかったバスケットを抱えて歩く。遅くまで営業している店の明かりと月の光頼りの暗い道がじわっと端から滲んだ。


 憧れの結婚が遠のいてしまった。一年付き合ったからもうすぐプロポーズ? なんて馬鹿げたことをさっきまで考えていたのに。


 はぁ。どうして、ロランみたいな人に執着していたんだろう。

 帰り道で酔っぱらいから庇ってもらったのも、告白されたのも初めてだったから? 他の誰も私を好きになって大切に思ってくれなかったから?


 結局、舞い上がっていたのは私一人。恋愛をしていたのも私一人。

 ロランだって私のことをもうすでに大切ではない目で見てた。


 溢れる涙を拭きながら足早に歩いていると、側の路地から誰かが何事か聞き取れないが叫びながら飛び出してきた。


「きゃあ!」


 間一髪でよけたのでぶつかることはなかったが、私は体勢を崩してこけた。

 バスケットを持ったまま、地面に転がる。

 建物の明かりで、バスケットの中身の大半が無残に地面に転がって出て行くのが見えた。


 最悪だ。

 ロランに渡さなかったから、晩御飯に食べようと思っていたのに。


「はぁ、最悪。いたた……」


 立ち上がると膝がジクジク痛む。膝を打ち、慌ててついた手のひらは擦りむいてしまっていた。


「ちょっと!」

「た、助けてくれ!」

「ひっ!」


 ぶつかられた文句を言おうとしたが、必死の形相の老人が私の片腕に縋りついてくる。

 建物の明かりで見える老人の様子は必死で、嘘や冗談のようには見えなかった。


「こ、殺される! さっきまで監禁されていて! 馬車で移動する隙に飛び降りて逃げて来たんだ! 儂らは殺される!」

「え?」


 馬車から飛び降りた? どういうこと? 監禁? 殺される?

 頭の中が疑問でいっぱいになる。

 ロランのことでいっぱいいっぱいなのに、何なのこれ?


「おーい、ここにいたぞ!」


 老人に縋りつかれ喚かれて困っていると、側から別の声がした。


「ひぃ!」


 二人の大柄な男性がまたもや路地から出てくる。

 老人は二人を見て逃げようとしたが、すぐに捕まった。

 何となく、私はその老人の手に視線をやって、縛られていたような縄の跡を見つけた。さらによくよく見れば、足を挫いたのか歩き方がおかしい。


「あぁ、お嬢ちゃん。申し訳ないな。うちの親父が」

「え、あ、はい……」


 息子にしては二人ともガラが悪く威圧感のある男性たちだ。ちらりと見えた腕にはオオカミの入れ墨の一部が見える。


「最近ちょっとボケててな、こうやって徘徊するんだ。迷惑かけちまって悪いな」

「あ、はい……」


 バスケットの中身は大半がダメになってしまったが、ボケているなら仕方がないか。監禁とか怪しいことも口走っていたし、よほどなんだろう。

 謝ってくれる強面男性に頷くと、私は散らばったバスケットの中身を見渡す。

 これ、掃除しなきゃなぁ。


 はぁとため息を吐きかけて顔を上げると、再び叫びだした老人の口を男性が塞いで連れていくのが見えた。


 仕方なく地面に散らばった食事だったものを片付け、再び夜道を歩き始める。


 とぼとぼと歩いていると、後ろに誰かがいる気配がした。

 思わず足を速めると、その誰かの歩く速度も速くなる。なぜなら、ざっざっと地面を擦る足音が聞こえるからだ。


 え、嘘! 私、誰かに尾行されてる⁉

 慌てて角を曲がる時にちらっと後ろを見た。

 先ほど話しかけてきて老人を回収した男性の内の一人が、ロープを手にこちらに向かってきていた。

 老人の手にあった縛ったような跡を思い出す。


 たまたま私の後ろを速い速度で歩いていて、ロープを持っているのかもしれないが、怪しい。さっきの老人を回収していったんじゃなかったのか。

 こんな夜道で、うら若い私は殺されるかもしれない。ロランに振られてこんなところで殺されるなんて!


 私は邪魔になるバスケットを投げ捨てて走り出した。

 後ろの男性は「あっ!」と叫んだが、すぐに追ってくる。


 うわ、やっぱり私を狙ってたんだ!

 まさか、さっきのご老人は本当に監禁されてた? あのロープで縛られて?

 噓でしょ、私、あの老人にたまたま縋りつかれただけでなんでこんなに危ない目に遭ってるの⁉


 走って走って、喉が痛い。さっきこけた膝よりも痛い。

 どこか、遅くまで営業しているお店に駆けこまないと! 民家は、ノックしている間に襲われる!


 一生懸命走っているのに、後ろの男性のはぁはぁという息がだんだんと迫ってくる。


 まずいと焦っていると、前方に人影が見えた。


「た、たすけて! たすけて!」


 どんな人か分からなかったが、おそらく男性二人組だ。

 後ろの男性の仲間かもしれないなんて一切考えずに私は声を上げる。

 幸運なことに、人影は巡回中の騎士二人組だった。


「ちっ!」

「私が追うから君は彼女に事情を聞いてくれ」


 私を追って来た男は舌打ちして慌てて逆方向に走り去って行く。

 騎士のうちの一人、メガネをかけた男性はその後をすぐに綺麗な走りのフォームで追った。


「あ、あの、監禁されてて、ご老人が! それで、私、なんだか追いかけられて!」

「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。もう大丈夫だから。で、どしたの?」


 うっ、残った方の騎士はどうにもチャラチャラしている長い金髪の人だった。

 真面目そうな家庭的な人がタイプな私にとって地雷である。


「ゆっくり息を整えてから話してみて」

「えっと……老人が急に路地から現れて……監禁されてて殺される、逃げて来たって叫んでて。手首にも縛られたような跡が。でも、男性二人がやって来てボケてるんだって老人を回収して。それで終わりかと思ったら、そのうちの一人にロープを持って追いかけられて……」


 つっかえながら事情を一通り説明し終え、場所なども聞かれたので私が通って来た道を告げる。

 そんなやり取りをしていると、もう一人のメガネの騎士が息を切らしながら戻って来た。


「逃げられた」

「うわ、先輩でも逃げられちゃうんすか! それは逃げ足速い犯人だな~」


 チャラいし、緊張感がない。

 私はついさっきまで大柄な男性に追いかけられて恐ろしかったのに。


 今更ながらに恐怖が襲ってきて、スカートの中で足がガクガクと震え始める。


「わ、お嬢さん。大丈夫? 顔が真っ青」


 チャラい騎士は私の様子にきがついたのか、すぐに腕を取ってくれる。


「ノア、お前送って行ってやれ。この辺りは俺一人で見回っておくから」

「え、先輩は先ほど追跡されて疲れてません?」

「大丈夫だ。あぁ、一応お嬢さんの住所を聞いておこう」

「先輩、まさか俺が送って仕事サボって帰ってこないなんて思ってるんじゃないっすか」

「まぁ、念のためだ。ノアが送りオオカミになったらいけない」


 真面目そうなメガネの騎士は、チャラ男の先輩らしい。

 私の住所を告げると、巡回ルートの途中だったようで結局二人一緒に私を集合住宅まで送ってくれて、巡回の騎士を増やすと約束してくれた。



 ようやく自室に入り、ベッドに腰掛け擦りむいた手のひらや膝を手当てして、泣きたくなる。石畳で打ったので膝は赤くぶくりと膨らんでもいた。これが後で痣になるんだろうなぁ。


 散々な日だった。

 ロランには振られるし、変な老人に絡まれて変な男性に追いかけられるし。チャラチャラした騎士には会うし。

 家まで送ってもらえたのは心強かったけど。


 それにしても、あの老人は本当にボケて徘徊していたのだろうか。なぜあの男性は私を追いかけてきたのだろう。


 まさか……私はとんでもないものを目撃したのだろうか。

 悶々と考えても分からないのでベッドに潜り込む。


 明日からの方がより問題が起きるなんて、眠りに落ちる前私は予想もしていなかった。


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