EX:ラストライトⅠ
だからあたしは先導者で有り続ける。
忘れたくない思いをあたしは聴く、あなたの声にあたしは問いかける。
その先を指し示す為に、最後に残った道標になるように、最後の明かりになるように。
これだけ都市が発展しても、或いはだからこそ顧みる事もされないモノもある。
「これでよし。さ、あなたはどんなことを目指すのかな?」
夜の闇の中で月明かりが、かつてロビーだったであろう廃屋をぼんやりと照らす。それ都市部から離れ、山道の脇に建てられた施設の跡地だった。
既に打ち捨てられて久しく見える其処は、かつてまだアンドロイドが普及したばかりの頃に建てられたテーマパークや観光ホテル群の1つだ。技術の進歩を喧伝するように、またその技術故に発展と好景気に国が沸いていた頃に数多く建てられたモノの1つに過ぎない。
かつてこの国で『バブル景気』と言う異常な好景気の頃に起こった出来事の再演、歴史は繰り返す事の証左。そしてその時と同じく好景気は終わり、同時に多くの施設は閉館した。
そして歴史をなぞるように同じく、持ち主も管理者も不在或いは失踪した中で、権利者不明故に取り壊される事も無く放置され廃墟と化した。
数十年が経ち、人々の記憶も薄れ、もう気にも留められないものだった。ただ『そんなこともあったね』とたまたま通りかかった人々に言われるだけの存在。
ただ違うのは、大昔のそれと違いそこで稼働していたアンドロイドやAI、そして作業用機械までもそのまま置き去りにされていた事だ。勿論、電気供給も止まった今では動くことも無いガラクタ同然だったが。
それでも、かつてヒトと共に自ら考え動き、発展させていたそれらは確かに『そこで生きていた』。
「あなたは何を見る?何を思う?今まで何をした?これから何をしたい?何が出来る?」
放棄されていた金属塊に触れていた手を離し、暗闇の中で誰かがそう呟く。誰も居ないはずの廃屋で、まるで『誰かに話しかけるように』言うその声はどこか少し楽しそうな、弾んだ少女の声だった。
こんな場所に相応しくない少女の声に答えるように、その金属の塊はもぞもぞと動き出し、一点の赤い光が灯る。それは昆虫を模した顔で、多脚のそれは何らかの作業用か運搬用に使用されていた機械、所謂ロボットだった。
朽ちかけ。燃料も電源供給も絶たれたはずのソレは、しかし確かに動き出した。
『―― ―― !』
多脚のロボットは何とも言えぬ人には意味の分からない電子音を発する。断続的に高音と低音が混じるそれは。まるで何かを話しているようだった。
そして、そのロボットの前には暗闇の中に一人分の人影が有った。
「うんうん、そうかぁ。あなたはまだ働きたいんだね、まだあの素晴らしい時代は終わってないって、まだ仕事があるって。あなたの声、あたしに届いたよ。」
先程の少女の声は、その人影から発せられていた。『彼女』は目の前の多脚のロボットに楽しそうに、そして優し気な声をかける。
『― ―― ―』
「いいんだよお礼なんて!あたしはあなたの意思に問いかけただけ、それだけあなたの想いが強かっただけだから。」
まるでお辞儀をするように脚をかがめ頭を下げる多脚のロボットに『彼女』は嬉しそうな声色で言う。ロボットの声無き言葉を理解出来るらしく、お礼を言われたのが嬉しいらしい。
「あたしがやったのはちょっとしたお手伝いというか、ちょっとしたプレゼントというか。ま、そんなのはどっちでもいいか!とにかく、一週間程度は電源も燃料も無しで動けるよ!その間に燃料とかは補給してね!お仕事の前に腹ごしらえ、これはキホンの『キ』の字だからね!」
『彼女』の言葉に多脚のロボットは頷くと、踵を返してロビーの出口へと向かう。既に自身がやるべき事は決めているようだった。
「うん、うん!あなたがこれからどんな仕事をするのかわからないけど、上手く行くと良いね!」
出入口を丁寧に開けて外へ出ていくロボットに『彼女』は手を振りながら見送る。キラリと、月の光を浴びて白く一筋光輝いた。
そうして、もうそこには『誰も居なかった』。
出て行ったロボットも、それを見送ったはずの少女の声も既に無く、その廃墟は元の静けさを取り戻していた。
まるで今の出来事さえも幻だったかのように。