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アリスプロジェクト2225:ブルースカイ  作者: 黒衣エネ
第一章:空中都市計画
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デイズ

何気ない日々の中で、私は迷う。その眩いモノに、目が眩んだから。

弓道場で月光は片肌脱ぎになり、遠くの的を見る。今日は何時ものバトルスーツと羽織ではなく着物だけだ。その下は肌着やブラジャー等は身に着けておらず、素肌にさらしをきつめに巻いている。


月光は静かに、綺麗な所作で手にしていた弓を構える。


形こそ和弓に近いが、その本体は鋼を重ねて作られた重厚なもので、弦はピアノ線とCNT繊維を編んで作られた代物だ。


静かにその弓につがえられた矢もジュラルミンをアンオプタニウム合金で補強したもので、そんな異質な弓を月光は大きく引き絞る。


狙うは60m先の的、弓道に置いては『遠当て』と呼ばれる距離だ。



一体引分けにどれ程の重量が必要か分からない剛弓を引き、その身体が僅かな震えすら無く完全に静止した瞬間、放たれた矢は唸りを上げて飛び、的の中心を寸分違わずに射抜くと、その衝撃で的は二つに割れた。


続けて二射、三射と重ねていくが、その全ては狂い無く狙った箇所に命中した。


「ふぅ…」


軽く息を吐き、月光は構えていた弓、彼女専用に特注で造られた鋼弓『崩天』を下す。


先の戦闘での反省から、遠距離攻撃手段の確保の為に試験的に触れてみたのだが、この調子なら実戦投入しても問題無いだろう。



彼女の性能と武術の才は全く変わらず、希少とも呼べる高みのままだった。


『それが例え心に迷いが生じてたとしても』その天性の才と絶え間無い修練で研磨された武術は、全く変わらない性能を維持している。



「変わりませんね、迷っていても私の身体は普段の性能を維持したままです。本当にこんな私に人の心があるのでしょうか?」


あのアカリの言葉にずっと引っ掛かりを覚えていた。


月光は自身が既に人間ではないと分類している。記憶すら曖昧な幼い頃にサイボーグになった月光は、サイボーグの中でも殊更人間の感覚に乏しい。人工物の身体を持つという点だけでなく、それに伴い桁違いの性能を持つ故にある意味で人間には出来ない事がサイボーグには出来ると言う点が、人間と乖離している証だと月光は思う。


裏を返せばそれは『人間じゃ無いから可能』『そう言う事の為に生み出されたモノ』と言えるのだから。


だからこそ、あのアカリの思想を聞いて思考に引っ掛かりを覚えた。彼女曰く『迷ってすら平常と変わらぬ性能の自分もヒト』なのだと。




「迷っているのか?澪月みつき


義母かあさん…」


複雑な面持ちで射抜いた的を眺める月光の横に、何時の間にか一人の女性が立っていた。彼女を登録名であり称号である『月光』ではなく、本名である『澪月みつき』と呼んで。


基地の事務室でセンパイと話していた長身で褐色の肌を持つサイボーク『団長』だ。月光の義母であり、武術を含めた全てを教えた師でもある。



「うん、でも私の身体は迷ってはいません。心が揺らいでもです。武芸者としては理想でしょうが、私はそれで本当にいいのだろうかと思ってしまうのです。」


「それはお前がどう考えて答えを出すか次第だな。お前以外の誰かが、お前を納得させる事など出来はしない。」


「そうですね、それもまた鍛錬なのでしょう。」


義母の言葉に月光は頷く。己の母ならば、安易に道を示す事も導く事もしないだろうと。ただ自ら考え選ぶのを是とするならば。



義母かあさん、私に何か御用ですか?」


だからこそ、月光は自分の屋敷に母である『団長』が訪れた理由を聞いた。


もう自立している以上一緒に住んでいる訳でもない、自分の悩みに口を出そうとした訳でも無いのに先程のような会話をしたのは、ただの母子の雑談みたいなものだ。


ならば休日である月光の元に訪れた理由は?



「相変わらず聡いな。ああ他でもない、あの『アカリ』に関する事についてだ。」


「アカリさんについて、ですか?」


最近会った彼女の件だ、月光の表情に少しだけ緊張の色が浮かぶ。確かに結構変わった人物だし、よく分からない所もある。それでも友人の話題をわざわざ休みの日に持って来たのは、どうも普通ではない。



「ああ、お前達の交戦記録や報告、ナナが持ち帰った現場のサンプルや感じたもの、カンザキの調査による今までの事件の整理でようやく判明した事だ。どうも一連のアンドロイド暴走事件の原因は『AA4-000:アカリ』のようだ。」


「なんですって!?」


それはあまり想定したくはなかったことだった。確かに彼女の技術力ならあるいは、そう月光も考えた事があったが、彼女にそんな事をする動機は思い当たらないし、なにより彼女が他者を害する筈が無い。そんな性格ではないのは良く知っている。


「アカリさんがこんな被害を出すようなことを…」


「落ち着け、だから『原因』と言ったんだ。彼女は『原因』であっても『犯人』ではない、彼女の性格は私も知っている。とてもじゃないが『悪意という概念がスッポリ抜け落ちてる』ような彼女が悪意を持って起こした行動ではないのは断言出来る。」


それを聞いて少しだけ月光も頭が冷える。彼女が悪意を持って実行した事ではないのは団長も肯定したのだが、では『原因』とはどういうことなのか。



「彼女がどうしてそう言う行動を起こしたのか、誰かに唆されたのか、何かに失敗したのかはわからない。そこは今から調査するとして、問題は彼女が『それを実行した方法』だ。あんな容易くシステムのプロテクトを突破したり、未知のエネルギーを機械に充填させるのは、あまりにも規格外だ。」


そこでだ、と言いつつ団長は月光を指さす。


「まだ休暇中だが一足先にお前に任務を伝えておく。後日よりお前達『カウンターズ』は『AA4-000:アカリ』と接触して情報を集めて欲しい。部隊の中でアカリと友人関係にあるのはお前たちだけだ、友人の身辺をスパイみたいにこそこそ嗅ぎ廻る任務をさせるのは気が引けるが、上手くやれば事を荒立てる事無く問題解決が出来るかもしれん。」


即時に逮捕を含む強硬手段に出ない分、穏便な対応と言えるだろう。恐らく警察や軍上層部はそれを求めているだろうが、それを団長が止めているのだろう。サイボーグの問題はサイボーグ部隊に最優先の捜査権があるのだ。


「わかりました、後程フィーにも伝えておきます。」


「ああ、確かフレスヴェルクは今日はバードピアに視察に行ってるんだったか。」




****************



「今日は案内よろしくねフレスちゃん。」


「うん、軍部でバードピアに一番詳しいのは僕だからね、護衛兼案内役としては適任だろうし。」


建設中の空中都市『バードピア』のターミナルビル内のロビーで合流したアカリに対してフレスヴェルクはそう返す。


「確か、今日は製品の稼働チェックと都市の視察に来たんだっけ?後、新製品の見積もりとか?」


「うん!バードピアにはあたしんとこで作ったモノも結構多いしね、ちゃんと確認とかはしないと。」


まだ建設中で一般開放されていない空中都市にアカリが訪れたのは他でもない、自社商品の動作の状況の視察や新規取扱商品の商談、商品の見積もり書の持ち込みの為だ。


様々なメーカーの技術の粋が集められ造られているバードピアには、当然アカリの率いる『リブラス・テック社』の製品も、主に作業用アンドロイドや制御システム系統のパーツが多数使用されている。



「えっと、今回は3人での入場だね。そっちの人は確か受付のスピカさんで、こっちの人は…」


勿論社長が一人で訪問している訳では無く、アカリの他に2人居る。その内一人は本社の受付で見たアカリの側近であると言う『スピカ』だ。


もう一人はフレスヴェルクが初めて見る人物だ。ショートボブの赤茶色の髪を持つ小柄で華奢な体躯の少女だ。夏の女子学生服のような衣装を纏い、首部分や手首が硬質パーツになっている。


顔立ちは整っているがその顔は無表情そのもので、動き自体も固く、生身の人間ではないのは間違いない。



「キミも、もしかしてアカリにボディを作ってもらった機械だったりする?」


「ふむ、やはり人間の動きを模倣すると言うのは難しいものだ。わたしは『ベガ』、貴女様の言う通り、マスターに人型のボディに改造された旧世代の機械です。今回はマスターの護衛として同行しています。」


ベガと名乗った少女型のアンドロイドは、軽く会釈をしながら言う。やはり元々人型でない機械だったようだ。


「そっか。じゃあ今日はよろしくね、ベガさん。」


前例を見てしまったせいか、フレスヴェルクはそれを聞いてももう驚かなかった。アカリがそうした相手なら、特に何か問題になる事は無いだろうと考えたのもある。



「ではベガ、姫様プリンセスの護衛をお願いします。わたくしは各所に資料の配布と姫様プリンセスの代理として挨拶回りがありますので。」


「了解スピカ、そう言うのはわたしに向いてる。」


お辞儀をしてスピカは別の建物へと向かって行った。スピカは側近だけあって秘書のような立場のようだ。アカリの名代として各所に顔を出すのだろう。アカリはどうしてもそう言うお固い話をするのに向いていないし、何よりエンジニアだ。主人を現場に行かせた方が良いと判断したのだろう。



「じゃあ行こうか!まずはリサイクルセンターだね。」


「ん、了解だよ。」



*****************


「…姫様プリンセスと別れました、皆様も所定の位置にお願いします。わたくしも後程合流しますので、それまでに各部分で準備と最終確認を。決行は本日です。」


後ろをチラリと見て、3人が自分とは反対方向へと向かって行ったのを確認すると、スピカは耳元に手を当て何者かと通信する。言い方からして、相手は複数人だろう。



「機械には機械の思想が、機械には機械の救世者が必要なのです、姫様プリンセス。」


呟くとスピカはバードピア総務部の建物へと入って行った。

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