EX:ラストライトⅡ
朽ちた瞳で壊れかけた世界を見て何を思う?
人類は数千年もの間、争いを続けている。
古くは肉体で、そして剣や弓で、やがては銃や戦車で。
そしてこの200年の間では、科学の発展により様々な兵器が投入されて行き、多くが死に多くが壊れた。
現在はその幕間、つかの間の平和に過ぎない。
だがその間は、わたし達兵器が忘却されるには十分な時間だ。作られたわたし達とて、続く戦争に何も思わなかった訳ではない。
必要を信じて後の時代の為に、あの時わたし達は居た。
だからこそ、この戦いが終わり一時の平和が訪れた時わたし達は安堵した。
あの朱の海を歩むことは無く、この脚に縋るものは無い。
あの手を伸ばす黒い影を見る事は無く、あの宙を震わす音は遠い。
あの目も眩む光を見る事は無く、あの黒い雨に打たれる事も無い。
役目を終え廃棄孔で眠りについたわたし達は、もう二度と目覚めず、新たに生まれない事を望んだ。
これが最後になる事を願って。
「わたし は」
しかしわたしは今目覚めた。起動したOSが現在の時刻を正確に告げる。それによればわたしが機能停止して120年が経過している。
「なぜ」
壊れて機能停止したはずのわたしだが、OSが全てのシステムが正常に作動していることを告げる。だが、わたしのCPUは無いはずのエラーを吐き続けている。
壊れた筈のわたしが何故再起動したのか、システムに表示されているこの本来のわたしに無い機能は何なのか、本来標準装備されている機能の幾らかが見当たらないにも関わらず何故エラーが出ないのか。
「声が、出る?」
何故『戦闘機械』のわたしが言語を喋れる?そんな機能はわたしには無い。何より機械兵器のわたしには『それを疑問に思う』思考回路など搭載されていないはずだ。
計算しても、計算しても、調査しても、調査しても、修復しても、修復しても。
この不可思議な感覚の答えは出て来ない。
そこまで考えた所で、わたしはかつてのわたしより遥かに小さい事に気付いた。『腕』を上げてみると、そこには華奢で色白な『人間の腕』が映った。
上体を起こすとわたしは手術台のような物に座っていたらしい事が分かる。そして、その台の傍らにある鏡には人間の姿が映っていた。
戦闘機械であるわたしの基準ではあまりにも頼りなく見える華奢で小柄な、年齢換算14歳程度の人間の女性型。首や手首には硬質パーツが装着されており、胸元には『DE-EX07』と刻印されている。ショートボブの赤茶色の髪を持つ赤い目の裸身の少女がそこに映っていた。
そして映像から、それが鏡に映った『わたし』であることは間違い無かった。
「目が覚めたんだね!良かった、あなたの機能の再現は難しかったからさ!」
「貴女は…」
混乱するわたしに話しかけたのは、一人の少女だった。この小さな体躯より更に小さな少女。わたしの目にキラキラと白い光が映る。
「自分の事、覚えてる?」
「はい、当機体は殲滅型機動兵器『DE-056:デストロイヤー』です。しかし、現在は本来の当機とは形態が異なるようです。」
「うん、あなたは機体の損傷が激しくてね。そこまで傷つくまで頑張ってくれてありがとう。だから代わりの機体にあなたのメモリーとCPUを移植したんだ。で、色々コミュニケーションも出来るように機能を追加して。」
この少女がわたしを代わりの機体で再起動したようだ。しかし機動兵器のわたしをどうして人型の義体に改造したのか、そもそも何故壊れていたわたしを修復して再起動したのか、その目的は依然不明だ。
「まだあなたは『生きてたから』。あなたの『鼓動』が聞こえて、あたしをあなたの場所まで連れて行ってくれたんだ。人類の為に頑張ってくれたあなたは報われてほしい、だから勝手だけどあなたを再起動したんだ。迷惑だったかな?」
「いえ、当機に貴女様を批判する必要は無いと判断しました。」
わたし修復してどのような利益になるかは測りかねるが、彼女の行動に意見を述べる権利はわたしには無い。それが兵器だからだ。
「よかった~でさ、貴女はこれから行く宛とか無いよね?、もしよければあたしと一緒に行かない?」
「はい、当機は既に廃棄登録済みです。保守期間も既に70年前に終了していますので、当機『DE-056:デストロイヤー』は再起動した貴女様に所有権があります。」
「型番しかないんだったらさ、あたしがあなたの名前、付けていい?」
「当機は貴女様の所有物なので問題ありません、登録名を変更します。」
「じゃあ、あなたの名前は『ベガ』ね。」
「了承しました、当機の名称を『ベガ』に変更します。マスター、よろしくお願いします。」
了承の意思を頭を下げて新しいマスターに伝える。人型となるとこのようなコミュニケーションが容易であり、対人の相手としてはより適切だ。
「うん、よろしくねベガ!まだ結構表情とか仕草とか言葉遣いが固いから、これから慣れて行こうね!」
そう言いながら新しいマスターはわたしの義体を抱きしめた。以前の巨大な機体では、このような事はまず出来なかっただろう。
「昔人々の為に戦ってくれてありがとう、そしてお疲れ様、あなたの行いが未来を繋げたんだ。これからはあたしと一緒に歩んで、そして『あなただけ』を探しに行こう。」
マスターになった少女は、まるで大事なモノを扱うかのように、わたしの髪に触れた。人間の感情はわたしには理解が難しいが、彼女が戦闘機械のわたしに『好意』を持っているのは確からしい。
「…?」
不意に違和感を覚える。
それは胸部から感知され、しかしシステムは何のエラーも出ていない。他の変化は、微かに人工臓器の駆動速度が上昇し内部温度が少し上昇している程度だ。
ほぼ別の機体に改造されているので多少の不具合は有って当然だろう、わたしはそれ以上は考えなかった。後で機体調整やシステムチェックを行って貰えば良いだろうか。
「じゃ、行こうか!」
「はい、マスター。」
だがわたしは、この小さなマスターにある筈も無い『脳』を焼かれることになる。
それはまだ先の話。