プリンセスヴァンガード:Ⅱ
わたしはみんなの為に、みんなはわたしの為に
「いっくよー!変身だ!」
その掛け声と共に、アカリは白いアタッシュケースを空中へと放り投げる。その瞬間、アタッシュケースは開くと同時に中のモノを吐き出しながら変形と分離を始め、大量のパーツになってグルグルと浮遊しながらアカリを取り囲む。
アタッシュケースから展開され浮遊する機械のうち数体がアカリが着ていた白い服を脱がし瞬間的に全裸になったかと思うと、浮遊していた大量のパーツが音を立てて装着されてゆく。
首から下の全身を白地に金色のラインが入ったバトルスーツが覆い、前腕部・膝下の脚部・胸部・股部に白に金色の縁取りがされた装甲が装着される。頭部には赤いライトが点灯する金色のヘッドセットが装着され、背中と腕部・脚部装甲に超小型ブースターが装備される。
そしてその右手には白と金色を基調にしたゴテゴテした装飾が目を引く巨大な戦鎚が握られた。
「みんなの為に、装着変身完了!」
胸を張り自信満々で仁王立ちするアカリ、そのバトルスーツの装甲が日の光を受けてキラキラと輝いている。軍用のそれとはかけ離れた華美とも言えるようなその装備は、サイボーグの武装と言うよりは、物語に出て来るヒーローのような姿だった。
「アカリさん、その装備は!?」
アタッシュケースが中身ごと変形しバトルスーツになって装着された様子を見て思わず月光が声を上げる。そんな展開の仕方をする装備は見たことが無かったのだ。
「ふっふーん、これはあたしが新開発したサイボーグ用バトルスーツだよ!まだ試作品だけど量産化がまだなだけで、スーツの機能そのものは完成済みなんだ。」
「相変わらずキミはやることがデタラメだな…」
空中からフレスヴェルクが感心と呆れが混じった声を漏らす。こんな方式で変形展開するバトルスーツは多額の費用を捻出可能な政府の開発室でも製作されていない。
それをまだ試作とはいえ実現させたアカリは、間違い無く技術者として頭抜けた存在だろう。
「でも、今はそのデタラメさが頼もしい。僕が空中からアレを牽制しながら引き付ける。月光とアカリで装甲を破砕してアレを止めて欲しい。」
今はそれが好都合だった。フレスヴェルクはビームアサルトライフルを手に更に上空へと飛び上がる。今のフレスヴェルクの手持ち武装ではあの機械『AT-16型:マインフィールド』の装甲を抜いてダメージを与えるのは難しい。
だから機動力を生かして上空からちょっかいをかける事で注意を引き、その隙に破壊力に優れる月光と協力者であるアカリとで標的を破壊する作戦だ。
「おっけー任せてよ、その為にこの『流星モード』になってるんだから!」
アカリは手にした戦鎚を両手で構える。重く巨大な鎚頭は確かに破壊力がありそうだ。
しかし当の掘削マシン『AT-16型:マインフィールド』は、武器を構える3人を無視して再び周囲の地面を掘削し始めた。地鳴りが響き渡り、それによって引き起こされた微細な振動が、共振した周囲の建物の窓ガラスを次々に割ってゆく。
「そうか、この機械の目的は『掘削作業を行う事』だ!僕らとの戦闘行動なんて、ハナッからする気が無い!」
フレスヴェルクが少しでも注意が逸れるように上空からビームアサルトライフルを連射するが、着弾したビームは済んだ高い音を立てて装甲に相殺され、小さな傷を付けるに留まる。
月光の見立て通り、ビーム兵器は対策されている。
「マズいですね、ビームアサルトライフルでは貫通力が足りませんか。」
少し焦った様子で月光が呟く。
殆どダメージを受けなかった掘削マシンは、金属触手の先端の掘削機で地面の表層を剥がすように削り取って行く。目的は不明だが、どうやら『この一帯を更地にするつもり』らしい。
「くっ、全力で『唯閃』を放てば触手の一本程度は斬れますか!?」
意を決して斬撃を放つ為に力強く踏み込み、太刀を下段に構える月光。
しかしそれよりも先に、それよりも速くアカリが駆け出す。
「アカリさん!?」
「地面を掘り返して皆の家を壊しちゃうなんて、そんなコトしちゃダメだよ!」
地面を砕く掘削マシンの目の前まで駆け寄ったアカリは大きく跳躍する。同時に点火した脚部の小型ブースターが、その身体を瞬時に上空へと引き上げる。目線の高さには『マインフィールド』のボディ。
そして上空でアカリが戦鎚を大きく振りかぶると、先端のパーツの一部が、まるで拳銃の撃鉄のようにカチリと音を立てて起き上がる。
「それっ!どっかーん!!」
力任せに振り下ろされた戦鎚の鎚頭が金属触手の装甲に接触した瞬間、そこを中心に大爆発が起こった。
ビームさえ防ぐ装甲は紙屑のように吹き飛び、中の稼働部品が丸見えの状態となる。その際にパーツが損傷したらしく、その動きはぎこちない。
「まだまだいくよー!どっかーん!」
アカリの攻撃はまだ終わってない。空中で戦鎚を握り直したアカリは、落下しながら左右に鎚頭を振るい、その胴体をタコ殴りにして行く。
その度爆発が起こり装甲をボコボコに吹き飛ばす。どうやら鎚頭に炸薬が入ったカートリッジがセットされているらしく、打撃の衝撃で点火する仕組みのようだ。
「ちょ、何そのデタラメな武装は?」
空中で牽制の射撃を放ちながら唖然とした様子でフレスヴェルクが言う。サイボーグが持つにしては効率的では無く、使いづらさとの引き換えに爆発力を得た武装。あまりにも浪漫が過ぎる代物だ。
戦鎚の爆発によって装甲が所々剥がれ落ちた『マインフィールド』はここに至りアカリを排除対象として認識したらしく、本来戦闘用ではない先端の掘削ドリルを振り回しアカリを轢き潰そうとする。
「なんの!モードチェンジ『巨星モード』!」
その声と共に彼女の武装が変形する。脚部のブースターは収納され替わりに地面に食い込むスパイクが展開され、左腕の装甲から小型グレネードキャノンの砲身が出て来る。戦鎚は長い柄は折り畳まれ本体が開くように変形し大盾になって、振り下ろされた掘削ドリルを受け止めた。
衝撃で少し後ろに後退したが、脚部のスパイクのおかげでその体勢は崩れない。寧ろお返しとばかりに至近距離から放たれたグレネードキャノンの直撃を受けて『マインフィールド』の方が少しよろめく。
そしてその隙を、空中のフレスヴェルクは見逃さない。
ビームアサルトライフルをセミオートに切り替え、数発を機体の関節部目掛けて狙い撃ちする。アカリの装甲破砕によって内部を直接攻撃可能になった以上、ビームは十分な威力を発揮する。
関節が砕けて触手のうち地面に立つ為に使用していた物が脱落し『マインフィールド』の巨体が転倒する。金属触手が連なっているという構造上、転倒からの復帰は早いだろうが、もう復帰の時間など存在しない。
「お二人共ありがとうございます、おかげでなんとか準備間に合いました!」
剣先を地面で擦りながら月光が駆け出す。飛び散った火花が刀身に幾度か触れると、その刃が焔を帯びる。
「『月式奥義・征伐』」
跳躍と同時に太刀が振り上げられ『マインフィールド』の胴を両断したかと思えば、次の瞬間には炎を帯びた衝撃波が機体の内側で炸裂し、胴体を粉々に吹き飛ばしてしまった。残った金属触手は炎上しながら地面に落ちてゆき、アスファルトと金属の残骸が折り重なるように瓦礫の山を作った。ここまで損壊してしまえば最早確認の必要はない。
巨大掘削マシンは完全に沈黙した。
「撃破完了かな。さて、あと2地点残ってるけど…」
『大丈夫だよフレス!『アニマルズ』がそっちは抑えてくれたのでー。一番大きいのを『カウンターズ』が抑えてくれたのが大きかったみたい。』
月光の隣に着地しながら、フレスヴェルクが呟いた直後に司令部から通信が入る。他の地点は『マインフィールド』のような巨大機械は居なかったのだろう。
「ねぇ、どうしてあなたは暴れちゃったの?あたしはどうしたらいい?」
一方でアカリは焦げた匂いを放つ残骸の傍で屈むと、懐から手のひらサイズの細長い何らかの機械を取り出し、残骸の一部に挿した。壊れた機械に語り掛けるなど傍から見れば可笑しな行動だが、アカリは真剣な表情で挿した機械を使って何かの作業を行っている。
「アカリ?」
「もしもし、スピカ?あたしの工房開けて準備しといて。必要なのはデータ送っとくから。」
頭のヘッドセットのボタンを押して誰かと通信すると、アカリは立ち上がり挿していた機械を引き抜く。
「フレスちゃん、げっちゃん。ごめんだけどあたしすぐやらないといけない事が出来ちゃったからもう行くね!」
「アカリさん!?」
呼びかける月光に答える事無く、アカリは走ってその場から去ってしまった。
「こんなバッドエンドは無いよね、あたしは認めない。想いは苦労は、報われなきゃいけない。」
そんな言葉を残しながら。
「行ってしまいましたね…」
「今の言葉、一体どういう意味なんだろう。」
去り際にアカリが放ったその言葉の真意を分かりかねていた二人だが、その意味は後日判明する事となる。
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巨大掘削マシンにを中心としたあの事件群から数日、あれ以降アンドロイドや機械の暴走事件は沈静化していた。特にこの2日間はただの1件の事件報告も無く、遂に事態は終息したと見なす人も居る。
だが軍部はまだ予断は許さないとして警戒を続け、また事件が終息したとしても原因が分かっていないので調査は継続の方向で進んでいる。
「どうだいナナ、その匂いはする?」
「する でもこんなにあちこちじゃ 場所を絞るのは 難しい」
フレスヴェルクの問いに、目を瞑って周囲の匂いを嗅いでいたナナはそう答える。先日ナナが感じていた今までの事件現場に残っていたという『匂い』だが、やはり今回もそれは有ると言う。
だがあれだけ多数の地点で事件が同時に起こった影響で、匂いがあちこちに拡散してしまっているらしい。
「まぁ、それもそうか。これだけ派手に暴れてたらね。」
周囲を見回しながら、フレスヴェルクは小さく溜息をつく。
調査に来たのは先日の事件で『マインフィールド』と戦った場所とは別の地点の1つだ。ナナが抑えていた地点であり、ここでは旧型の工事用アンドロイドが複数、周囲の建物を解体しようとしていたと言う。
「僕らが戦ったあの掘削マシンと関係があるのかな?」
「多分そう 同じ 土の匂いがした」
閉じていた目を開き、地面を少し爪で引っ掻いて、その爪に付着した土の欠片の匂いを嗅ぎながら、ナナが質問に答える。恐らく、同じ場所で使われていたのだろうか。
「ああ違う違う若造!そんな削り方をしたら無関係な場所にもヒビが入るじゃろう!地面の整備はただ掘れば良いと言うもんではない!」
その時、街の修復作業を進めていた作業アンドロイドの中から高い少女のような声が聞こえる。口調からして、何やら説教をしているようだ。
「あれは…」
「基礎プログラムに無いじゃと?莫迦者、お主は旧式と違って程度の良い学習プログラムを積んどるだろう、経験が無いなら数をこなして覚えんか。」
作業用アンドロイド数体に説教していたのは、ラバーのような質感の黄色いボディスーツに身を包んだかなり小柄な少女だった。安全ヘルメットから覗く髪はセミショートの茶髪で、腰のベルトには様々な工具がホルダーに収まっており、身の丈ほどもある巨大な掘削機を片手で担いでいる。
「まぁ良い、儂がやってみるからよく見ておれ。」
言うとその少女は掘削機を構えて地面を削ってゆく。アスファルトが砕けて使い物にならなくなった部分だけを丁寧に削り、建物と地面の境目部分は基礎の部分には一切傷付ける事無く、破損して邪魔になったアスファルトと土の部分だけ綺麗に削り取り、構造が剥き出しになった。
削った表面は滑らかで、新しく補強した部分ともすぐに馴染むだろう。巨大な掘削機を使ったにも関わらず、繊細で丁寧な職人技だ。
こうした技能は、これだけアンドロイド開発が進んだ現在でも量産される作業用機械では再現が難しく、職人の需要は失われていない。
「ん?そこの嬢ちゃんは、あの時の!」
その職人芸を見ていたフレスヴェルクとナナに気付いた少女は、驚きの声を上げた後、此方に歩いてきた。その顔は、どこか嬉しそうにも見えるし、少し申し訳なさそうにも見える笑みを浮かべている。
「あの、僕に何か用事ですか?」
「ああ、この身体じゃわからんのも無理ないのぅ。儂はこの前嬢ちゃんに世話かけた掘削機じゃよ、その節は済まなかったのぅ。」
少し恥ずかしそうに頭を掻きながら苦笑いする少女。いや、正確には『少女の姿をした何者か』だ。
「まさか、あなたは…!」
「元は型番『AT-16型:マインフィールド』などと呼ばれていた機械じゃ。あの時はどうもCPUが破損していたようで、昔の仕事を繰り返すだけしか出来なくなっていたのじゃ。工事専門の機械として恥ずかしいものじゃのぅ。」
「いや、そうでなくて。あなたは破壊したはずだし、それにその身体は…」
先日戦ったのは巨大な掘削メカだ。だが、目の前の『AT-16型:マインフィールド』を名乗る少女は見た目は幼い容姿で人間やサイボーグ、特殊なタイプのアンドロイドにしか見えない。
そこまで考えを巡らせて、フレスヴェルクはハッとする。
破壊した機械の横で、何かしていたヒトがいるではないか。『やることが出来た』と言って足早に帰って行ったヒトが。
「ああ、この身体か?これは儂らのお姫ちゃんが吸い出した儂のCPUやストレージのデータを電子頭脳に移してサイボーグ用の義体に入れてくれたのじゃ。儂にはこんなめんこい姿は似合わんと思ったのじゃが、儂らのお姫ちゃんが『これがいい!』と言っておったからのぅ。」
少し照れながら言う『マインフィールド』。思った通り、彼(彼女か?)をこの姿に改造したのはアカリで間違い無い。
旧式の巨大機械を意思疎通可能にしてサイボーグの義体に収めて生体パーツ型アンドロイドにするなど、かなり高度な技術が使われている。
「ん フレスの友達か?」
「知り合いではあるかのぅ。坊ちゃんもその歳でサイボーグで仕事とは大変じゃのぅ。まぁとにかく儂はお姫ちゃんのおかげでまたこうして仕事が出来るってことじゃな。あそこで雇ってもらう事になっての。」
興味津々なナナの頭を軽く撫でながらマインフィールドが言う。
「済みません、えーと…」
「『リゲル』じゃよ、お姫ちゃんが型番しか無かった儂に新しく付けた名じゃ。嬢ちゃん、何か聞きたいことでもあるか?」
「ではリゲルさん、そのアカリは今何処に?」
「うむ、多分『リブラス・テック』本社の自分の工房で寝てるじゃろ。儂の為に大分無理をしてくれたようでなぁ。」
それを聞いたら方針は決まったようなものだった。
「ありがとうございます。ナナ、キミは本部に調査結果と土のサンプルを持って行って。僕は月光と合流して『リブラス・テック社』の本社ビルに向かう。」
「ん 了解 おじいちゃんもまたね」
「うむ、まだ道路の修理が進んでない場所も多いから足元に気を付けるんじゃぞ。」
『リゲル』に見送られながら、フレスヴェルクは翼を広げて空中へと飛び上がる。そして、月光へと通信を繋げる。
「月光、ちょっと調査する場所が増えたよ。」