プリンセスヴァンガード:Ⅰ
流星は誰の為でも無く、自らの為に輝く
「いや、多すぎる。ここ数日でアンドロイドの異常行動が増えすぎてる。それにアンドロイドだけじゃない、人型以外のロボット以外にも症状が出始めてる。」
空中からビームアサルトライフルの3点バースト射撃でアンドロイドのコア部位を破壊し沈黙させたフレスヴェルクは、地上に着地しそう呟く。
今破壊したアンドロイドはかつてどこぞの屋敷で稼働していた召使型アンドロイドで、持ち主が亡くなった際に破棄されたという。処分を待つ状態で放置されていたそれが急に動き出し、かつての自分の職場へと向かおうとしていた。
そして、それを邪魔しようとする人々に襲い掛かったのが事の発端だ。
「ティー、件のアンドロイドだけど、一体何があったの?情報はまだ出てきてない?」
『不明ですねー、大体廃棄待ちのアンドロイドは電源もそうですし動力は全て止まってるはずなのに動き出す自体がおかしいです。動くはずがないものが動くなんて、それこそホラーとかオカルトの領分ですよー、わたし達から最も遠い単語ですぅ。』
フレスヴェルクは管制室のアクティブに何か情報が出ていないか通信越しに尋ねるが、動くことは本来有り得ないはずと言う情報だけだった。
言葉通りオカルトじみた話しか出てこないとなっては、アクティブが嘆息気味に言うのも無理もないだろう。特に科学の粋が集まって成り立っている、自分たちサイボーグにとっては理解の外にある無法だ。
「システム改竄の痕跡は?」
『相変わらず犯人に繋がるモノは何もないですねー、システムには幾らか追加命令が書き加えられてますぅ。内容は要約しますと『行動は自身で選択する』『最初に定められた制限を無視しても良い』『自律出来るようなる』ですねー、命令と言うかプログラムの行動制限を無効化しているように見えますー』
「その結果が、この行動ってことか。」
本来アンドロイドは意図的に人間に危害を加える行為は制限されているが、それが取り払われているからあの行動に出た訳だ。しかもそのシステム改竄を、自身に繋がる痕跡を残さずにやっているというのが質が悪い。
「こっちも片付きましたよ、フィー。これで8機全て撃破はしたようです。」
太刀を納刀しながら月光がフレスヴェルクの元に駆け寄って来る。
その機体のパワーは人間を遥かに超えているとはいえ、所詮はただの家庭用アンドロイドだ。正面きっての戦闘能力は現存するサイボーグの中でもトップクラスの月光に敵うはずも無く、サックリと始末されたようだ。
「お帰り、月光も気付いたよね?」
「はい、この事件を起こしているのはナナの言う匂いや手口から同一人物なのはさておき、目的はテロ行為を含む社会に危害を与える事ではない、という事ですね!」
『被害が出ているのにですかー?』
「うん、第一にテロや直接的な破壊が目的なら戦闘機械を中心にハッキングして暴走させればいい。僕らが撃破した『アリストテレス』は戦略兵器だけど、アレは裏で流れた設計図を基に作られた非正規品だ、直接的には関係が無い。」
疑問を抱くような素振りを見せるアクティブに、フレスヴェルクはそう解説する。そして、フレスヴェルクは今倒したアンドロイドで確信を得ていた。
「そして今倒したアンドロイドが確定的だ。ヒトへの被害が出たのはあくまで結果論、アンドロイド達はヒトへの攻撃を目的にしてない。あくまで邪魔されたから反撃しただとか、何らかの目的の為に破壊活動を行ってそれに巻き込まれた、が正しい。」
故に、これは単純に悪意による犯行ではないと断言できる。破壊行為が目的ではないのは予想通りだが、害意の有無は今回で断定出来たのだ。
『フレス、月光、また通報がありました!今度は3ヵ所同時で、どうやらアンドロイド以外にも作業ロボットも暴れているらしいですー!既にナナとスー姐さんの『アニマルズ』が現場のうち一つに向かってますぅ!』
アクティブからアラートと同時に通信が入る。またアンドロイド事件が発生した様だ。しかも今度は3ヵ所同時で、他のサイボーグバディも参戦しているらしい。
「今度は同時にか。月光、まだ行ける?」
「当然です!」
月光は駆け出し、フレスヴェルクは再び空に舞い上がる。アクティブから送信された目標地点のデータを解析し、一先ず現在地点から一番近い現場に向かうのだ。
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「あれ?げっちゃんじゃん。そんなに急いでどうしたの?」
「おっと、アカリさんじゃありませんか!また例のアンドロイドの暴走事件が起こってるんです。警報が出ていたとは思いますが、こんな所に居ては危ないですよ?」
現場へと走って向かっていた月光に話しかけたのは、一人の小柄な少女だった。
毛先が少しくるりとした癖のあるセミショートの髪は、世にも珍しい純白で、日光を反射してキラキラと輝いている。白地に金色の縁取りのあるロリータ風の衣装に身を包み、短いスカートからは黒いニーハイソックスに包まれた脚がチラチラ見えている。
その衣装によく合う雪のような肌色の持ち主だが、全身白い中でその眼だけは一際目を引く赤色だった。
「うーん、そうだったっけ?お散歩してたから聞こえなかったかも?それに、あたしだけならあたし発明のスペシャルメカでどうにでもなるし。」
アカリと呼ばれた少女は暢気にそう言いながら、手に持った白い大きなアタッシュケースを軽く叩く。その手首や首筋には金色の金属パーツが付いており、彼女もまたサイボーグだった。
「いやキミはちょっとマイペース過ぎじゃないかな。」
「フレスちゃん!ま、げっちゃんがお仕事中ならフレスちゃんも一緒だよね。それでさ、機械のトラブルなんだよね?あたしも手伝うよ!2人とはトモダチだし、なんたってあたしはこれでも『リブラス・テック社』の社長だからね、サイボーグやメカのトラブルの専門家ってワケよ!」
呆れながら空中から降りて来たフレスヴェルクに、ニコニコしながらアカリはそう申し出る。
「そりゃ専門家のキミが手伝ってくれるなら助かるけど、一応民間人を巻き込むのは公務員としてどうなのさ。」
「あたしとフレスちゃんとげっちゃんの間にそう言うのはナシナシ。ま、これもメーカーのお仕事ってコトでここはひとつ。」
少し躊躇うフレスヴェルクに、あくまでメーカーとして必要な仕事と言う名目を立てるアカリ。彼女の運営する『リブラス・テック社』は政府向けにも販売を行うアンドロイドとサイボーグ用装備や道具の開発・販売メーカーだ。それに関連するトラブルを調査するのは、一応理に適ってると言えるだろう。
会社のトップがそれを行うのは別として、だ。
「アカリさん自身がそう言うなら協力を依頼と言う形で同行して貰っても良いのでは?社長さんの仕事ではないと思いますが。」
「あたしは社長だけど同時に社内トップエンジニアだからね!あたしが出向いちゃうのが一番手っ取り早いの。」
月光はアカリの協力に賛成のようだ。そういった戦術面での判断力に優れた相棒がそう言うなら、フレスヴェルクにも断る理由は無い。月光や自身が居る以上、メーカー社長という要人である彼女の身に危害が及ぶ事はほぼ無いだろう。
それにフレスヴェルクも月光も、彼女にそんな心配は無用なのも理解していた。
「わかったよ。アカリ、こんな状況だけど協力助かるよ。じゃあ早速だけど、僕達が今追っているターゲットは…」
「大丈夫だよ、すぐ近くに来てる。だって『聞こえた』からね!」
「っ!?」
ニコリ、と笑ったアカリを見て二人は直ぐに構える。月光は抜刀し、フレスヴェルクは上空5mの位置まで浮上すると、油断無く手にしたビームアサルトライフルを構えた。
その次の瞬間、地面が揺れ腹の底に響くような地鳴りが聞こえ始める。何かが、地面の下を通って向かって来ている。
「この地下を掘りながら移動をしてる音は…あの子だったんだね。」
アカリが呟いた直後、3人の目の前の地面が建物ごと大爆発を起こしてアスファルトやコンクリートを撒き散らす。
そうして周囲の建物をあっさり倒壊させ、アスファルトを砕き地面に大穴を空けて姿を現したのは、巨大で異形な機械だった。
鈍く銀色に光るボディは蛇腹状に金属が連なって出来た極太の触手のようなものが無数に束ねられて蠢いており、その先端は地面や岩盤を破砕して進む為の掘削機が付いている。複数の蛇が寄り集まったような見た目をしたそれは、全長約40mに達する巨大な掘削作業用ロボットだった。
「『AT-16型:マインフィールド』だって?かなり古い型の掘削メカだ、全部退役済みって話だったはずだ。」
驚きを隠せず、思わず呟くフレスヴェルク。彼女でさえ、自分のメモリーにデータとして記録があっただけで現物は見たことが無い。それ程旧式の掘削作業用マシーンだ。
所謂戦闘用のロボット兵器ではないが、その巨体が暴走しているとなると驚異度はアンドロイドとは比較にならない。
「こいつは厄介ですね、この時代の機械は長期間運用と酷使前提だったので、とにかく頑丈ですからね。この前破壊した『アリストテレス』よりも恐らく装甲は頑丈ですし、ビーム兵装が出端の頃のヤツなんで、多分対ビーム装甲も付いてますよ。」
月光は先の闘技場制圧の時とは違い、今度は最初から太刀を両手で構えてアカリを守るように立つ。彼女の怪力と剣術を以てしても、破壊は容易じゃないようだ。
「ふっふーん、じゃあ早速このスペシャルメカの出番だね!」
当のアカリは巨大な掘削メカを前にしても臆する様子も無く、手にした大きなアタッシュケースを目の前に掲げる。
その両眼が赤い光を放つ。