裏切り
目の前には、僕が苦手とするクラスメイト田中敦史が立っている。田中君は委員長である佐々木さんのことが(おそらくは)好きで佐々木さんにかまって欲しくて教室でふざけていた男子だ。
なぜ、この姿の僕が桜井叶太だとバレたのかは定かではないが彼の目を見て、ごまかすことは出来ないと判断し、僕は田中君に訊いてみた。
「どうして分かったの?」
「桜井綾音がお兄ちゃんって呼んでるのを見てたからな」
綾音は、ハッとした顔で僕の方を見て申し訳なさそうに俯いた。僕は綾音の手をぎゅっと握った。驚いたように僕の顔を見上げたので僕は「心配ないよ」と呟き、できるだけの笑顔を作った。
「それで、僕が桜井叶太だったらどうだっていうの?」
「女装コンテストに出ろ!」
「嫌だといったら?」
「お前が女装していることを学校中にバラす」
「なるほどね、脅迫してくるわけか。差し金はおそらく佐々木さんかな?」
遅れてやってきた佐々木結花を睨んでそう言った。
「なんだ~。バレちゃったか~」
佐々木結花は悪びれもせずに言った。
「どうしてバレたのか訊いてもいい?」
「僕の女装を見破ったからかな?」
「それは、綾音ちゃんがお兄ちゃんって呼んだからって言わなかった?」
「そうだね、でも田中くんは綾音と面識なんてないでしょ?僕の妹だと分かるはずがない。それにお兄ちゃんと呼ばれたからといってこの僕が女装した男だと見破れるはずがないんだよ。綾音が言い間違えたと考える方がよっぽど自然だ」
「すごい自信だね」
「それはそうだろう。佐々木さんと初めて会った時、確かに僕の女装は見破られた。でも佐々木さんはずっと僕のことを気にしていたから気付けたんだ。それに今は、あの時よりもずっと上手く女装できるようになった。綾音と佐々木さんのおかげでね」
「なるほどね。でも田中君が私のことを手伝う理由は?」
「田中君は佐々木さんに惚れてる。交際を報酬に頼めば、いくらでも言うことを聞くでしょ」
「酷いこと言うね。まるで私が人の恋心をもてあそぶ悪女みたいじゃない」
「違うの?」
「まあ、だいたい合ってるけど、、、」
「そこまでして何がしたいの?」
「女装コンテストに参加して欲しいの」
「参加しないって言っただろ?」
「そう。ならしょうがないな。今日はこのへんにしておいてあげる」
そう言って佐々木さんは立ち去ろうとする。
「何をするつもり?」
「さあね。来週の月曜日になれば分かるかも?」
それだけ言い残して佐々木さんは行ってしまった。田中君も慌てて佐々木さんの後を追った。
残された僕ら兄妹はその場に立ち尽くした。