4−1 中世とも近代とも
自分の意思で動けなくても、動けないなりに自分の置かれている世界の情報は入ってくるものだ。
フィリアはウォーラという家名を持つ貴族の家に生まれた。ここの家屋は石造りでガラス窓を嵌め込んである。台所では金属と思われる天板を採用していて、コンロも備え付けてある。木製湯船のバススームもあり、連れて行かれることはないがトイレも水洗のものであるように感じている。
(思っているより不便な世界じゃなさそうだな。)
と、粉ミルクの溶いてある哺乳瓶を口にしながら思う。
このミルクにはほのかな甘味があり、この後の離乳食まで油断はできないが十分満足できる食事が提供されることが期待できる。
(もしかしたら、魔法が使える分この世界の方が便利かも?)
その考えが、誇大妄想であると思うに至るにはそんなに時間はかからなかった。
ある日、フィリアは外に出る機会に恵まれた。とは言っても母に抱かれて敷地内を散歩だけ。
ウォーラ家の敷地には、屋敷裏手の少し離れたところに厩舎が建っている。
「今日も精が出るわね。」
母親が厩舎側に立っている男に話しかける。
麦わら帽にオーバーオールの姿からなんとなく動物を飼育している人物だと、フィリアは思う。
「これは、リルフィー様!本日はどのようなご用向きで?」
うやうやしい礼と共に問いかける。
「そうね、特に用という訳でもないのだけど…。」
小首を傾げる
「フィリアに馬でも見せようかと。確か私も生まれてすぐここに来たという話でしたので。」
ウォーラ家は代々国の騎士団に入隊する軍人家系である。馬は有用な移動手段であり武器であるため親しみを持たせるための、ウォーラ家のしきたりのようなもの。
この家系では男女関係なく騎士としての教育を施すことが通例となっている。
厩舎の中には12頭の馬が飼育されていて、一頭一頭動いて怪我を負わない程度の広さがある。
初めて訪れるフィリアに馬たちは警戒の姿勢をとった。ここの馬は特別で5感以外に魔力で人を判断するため、小さなフィリアに対しても一切の油断がない。
そんな馬たちを男は宥める。大きな効果はなかったものの幾分か空気が弛緩したように感じる。
「ふふ。やっぱりここの子たちは優秀ね。」
やはり、というのはいかにも彼女らしい感想。
リルフィーは戦場で敵味方関係なく様々な牧場や、厩舎をもつ貴族の敷地内で育てられた馬と戦ってきた戦士なのである。
「でも、私がいるのにここまで警戒されるのは少し寂しいわ。」
リルフィーはにこやかに、でも力強く魔力を纏う。
外から見ているだけではわからない恫喝にも似た、主人からの警告に馬たちは佇まいをなおし首を垂れる。
そのうち一頭に近づき頬を撫で、よろしいと頷く。
そうして、ファリアをずいっと馬に寄せて接触を促す。
(これって、私にも手を伸ばせってことなのかな?)
フィリアは恐る恐る馬を撫でると、わずかに発光する。
輝きは馬のもつ魔力とフィリアの魔力との繋がりが生まれた証拠であり、リルフィーが今日やっておきたいことであった。
「これで、フィリアちゃんがいつここにきてもへいきね。」
纏っていた魔力を霧散させ一息つく。
何度も繰り返し出向いて関係を築くことで成功確率を高めることはできるが、そもそも魔力経路発生の成功確率はそこまで高いものではない。
リルフィーが制御しているとはいえ、波長が合わなければ馬が暴れる危険性があると言われるこの作業は彼女を緊張させるに十分だった。
「フィリアちゃんはもしかしたらてんにあいされているのかもね。」
娘を抱きしめる手はまだ少しだけ震えていた。