1-1 産声を上げた転生者
豪華と呼ぶには質素な、でも十分な厳かさを讃える家屋で幼子が目を覚ます。
天井なんていちいちどんなものか詳細には覚えていないものの、今目の前にあるそれは確かな違和感を与える。
(あれ、ここどこ?)
寝ぼけ眼を擦ろうとするもうまく腕が動かない。重いといったわけでも、痛いわけでもない。うまく動かないそんな感覚。
それは腕に限った話ではない、全身が思った通りに動いてくれない。起きたばかりだからといってこれほど自由が効かないことはなかった。今日明日動けなくなるほど年老いた記憶もない。
(何かで縛られている?)
どこも拘束されているような突っ張りを感じないが他に説明がつかない。なんとか身体を動かそうとする。辛うじて動いた首は幼女に新しい情報を与える。移る視線の先には、むくむくとした腕と小さなおててがあった。
(……?)
事態が上手く処理できない。自分が小さくなるという事実を受け止められるのは、死んだ記憶を持った異世界転生者と、一部名探偵だけだろう。
力強く手をグーパーすることを意識すると、愛らしい手が連動して動く。
まだ偶然かもしれない。時間をかけてもう一方の手に向き直り、グー、パーと。
(まさか、そんなわけ……。……、あぁ夢だわ。)
荒唐無稽な事実を受け入れる準備はまだできていない。
一度目を閉じる。妙に生々しい感覚であるが明晰夢とはこれほどのものなんだろうと。
(せっかくの明晰夢なのに動けないって楽しくないなぁ。)
幻想逃避は全く上手くいかない。眠ることも、起きることもできないまま何分も経過していく。
夢は起きてしまえば忘れてしまうことが大半。でも、こんな経験はしたことがないと肌感覚でわかっている。彼女は、わかっていることと、認められるということは違うのだと今日初めて知ることになる。
とりあえず何も起きない現在を変えるため、助けとは言えないかもしれないが誰かを呼ぶことにする。
(誰かいませんかー!)
「あーうぃー、あー!」
声を上げたはずが、言葉にならない。しかも聞き覚えのない声が聞こえる。
現実を見据えないことは罪なのだろうかと自分に問いながら、脳内にある自分を振り返る。
幼稚園の記憶。小学校の頃からあまり好きではなかった授業の記憶に初恋の記憶。中学校でのどうでもいい話に花咲かせ、誰かの交際情報に羨ましさを感じていた記憶。なんとか合格をもぎ取った高校から始まった恋の記憶。どれも確かに思い出せる。人生が終わった記憶だけは掘り起こせない。
けれども薄々勘付いてはいる。視界にある柔肌の持ち主は彼女自身であるという現実に。
こう叫ばずにいられようか?
(これって、転生ってやつですかーーー!)
こうして、邑楽 アカリは自らの転生を知る。