6−1 学園という制度
フィリアが5歳になると、兄フィーダが学園へと向かう準備でウォーラ家は少し慌ただしくなった。
フィーダの上にリルリアという兄がいたため8歳になると学園というものに行かなくてはならないことは知識としてあった。あったが、忙しそうにする理由が今ひとつわからなかった。
「どうして入学めのまえににいそがしくしているの?」
メイドの一人を捕まえて訊ねる。
貴族は身体の大きさにきちんとあった服を着ていないと低くみられトラブルの原因になること。入学前に行われた簡単な試験でフィーダが好成績を修めてしまったため、準備していた服飾品以外にも必要なものが増えたこと。フィーダが剣術にばかり熱中してそもそもの準備ができていないことが原因だと教えられた。なるほど実にらしい話にフィリアは深く頷いた。
「兄さま、大兄さまがいるからってケンのおけいこばかりがのうではありませんよ。」
荷造りに精を出しているフィーダに近づいて嗜める。ここ2年間まるで剣術で勝てないことへの意趣返しのようなものだった。幾つになっても本気で打ち込んでいることで負けが込むのは悔しい。
剣術ばかりのフィリアからの言葉にただ苦い顔をする。兄リルリアは武官よりも文官に向いているウォーラ家らしからぬ人物であるため、伝統に忠実にいようと剣を磨くことしか考えていなかったため反論はない。
「もう終わるさ。3年後はフィリアの番がくる。ユダンしているとあっという間だよ?僕がそうだったからきっとそうさ。その時はあわてないようにね。女の子はジュンビするものも男よりも多いだろうから。」
「言わずもがなですわ。」
胸を張るフィリアに微笑むフィーダの顔は相変わらず苦かった。どんな注意をしても余裕を持って準備している妹の姿が思い浮かばなかったから。フィリアは時折大人びた姿を見せるが、基本的に自由奔放。計画性といえるような上等なものを持ち合わせていない。良くも悪くも武に生きている。
「次会ったときのわたくしはサイキョウのシュクジョです。」
最高でなく最強なのが非常に妹らしいとフィーダは思う。これから長く離れることになるが、心配することはないのだろうと思わせる。彼女はそもそも心配するほどの弱さは持ち合わせていない、きっと払拭された心配は自分自身に向けられたものだったのだとフィーダは明るく笑う。
「僕はムテキの兄であり続けよう、サイキョウのシュクジョどの。」
魔法を習い始めれば妹の才覚は自分の比では無いことは明白。少しの努力では覆らないレベルまで突き放される未来が見える。その時に兄を慕ってくれるだろうか、そんな疑問が浮かんでくる。心の弱さは剣を鈍らせると首を振り、フィリアの手を取りそっと口をつける。きっと妹は本当に最強であることを望んでいるため本意ではないであろうが、兄として騎士として妹の先に立ち模範であろうという決意を誓う。
「4ヶ月もすれば帰ってこれるのに大袈裟ね。」
一連の流れを母リルフィーはやれやれと見ていた。学園は4学2休を1期の単位としているため4ヶ月後には帰省するだけの時間が与えられる。リルリアは政治の道に進むと決めているため、休みには他領に行くことが多く顔を見るのは数える程度しかないがフィーダにとって休みはそうではないだろう。武の道を進みつつあるフィーダは帰省して有能な武官を従えているウォーラ家で訓練を積むことが有用なのである。
「そんなに早く帰ってこれるのですか?」
それでは最強はもとよりフィーダに勝つこともままならないだろう。リルリアが学園に行ってからまだ2度しかも短期間しか帰ってきていないため、2年に1度の帰郷が普通なのだとフィリアは考えていたため、兄に勝つための計画を見直す必要が生じた。
「そんなものよ。4ヶ月勉強したら2ヶ月は休みこれを16回繰り返したら卒業。これが学園の基本的なルールなの。フィーダは帰ってくるでしょう?」
「帰ってこようと思ってます。王都の騎士は強いときいていますけど、毎日会えるというわけでもないでしょうから、ウォーラの騎士のシドウが受けられるメリットに勝てないでしょう。」
でしょうね、とリルフィー頷く。にかりと笑うとおもむろに木剣を取りフィーダとリルフィーに投げ渡す。
「準備が終わったのなら、フィリアと試合なさい。」
木剣を受け取った2人は驚いた。いつも試合はしている。しているがリルフィー主導で行われたことはない。むしろ木剣を使った試合をあまり好んでいないような素振りを見せていたからだ。なぜ、という疑問が顔に出ていたのかリルフィーはこう続ける。
「私は剣を使った戦いは得意ではないわ、受ける痛みも手に残る感覚も。だからフィリアが剣を始めた時、今もだけれどあまり積極的に応援できなかったの。明日からフィーダは学園へ行く。剣を交える相手がいなくなる。でもフィリアは強さを求めている。」
これは褒めてないわよ、とフィリアを見る。その眼差しは力を帯びていく。眼光は、将来戦場へ向かう娘の姿を見据える。
「これを機にフィリアの魔法を解禁します。」
魔法は危ない、剣も当然危ないが頭を強く打つ以外に死に至ることはそうない。魔法の危うさは比べ物にならない。一歩間違えれば何人もの人を殺めるだけの力を持ちかねない。少し早いとは思っていたが、フィリアはヤンチャをする割には分別がある。魔法をもって人を傷つけることはないだろうとの判断に至った。
「フィーダ。あなたが歩みを一歩でも止めれば、これがフィリアに勝てる最後の機会になるでしょう……。」
フィーダは息を呑む。自分ではそう思っていても口にされると堪えるものがある。進むことをやめるつもりは毛頭ない。けれど『堅牢』の二つ名を持つ母が言う一歩とはどれほどの重さなのか彼に測る術はない。測れはしないが前進する限り、フィリアの後塵を拝することはないと言われているようなもの。これは大きな希望になる。
フィリアの名を呼ぶと頷き合い外へと向かう。
この日もフィーダは勝利を得る。