5−2 やらねばならぬこともある
3歳になったクレーメルは人の目を盗んで本を読み漁り、魔法の練習に明け暮れていた。
こっそり本を読むのは、この年で自発的に大量の本を読破するというのはあまりに不自然ということ。
魔法の練習を隠れてするのは、2歳の中頃発動させようとした魔法が暴走して火傷を負うという事件がきっかけで、ありとあらゆる大人に怒られ学校に行くまでは禁止だときつく言われているからである。
しかし、彼は知っている戦争が続く限り、16歳で貴族は戦場に赴かなくてはならないことを。
マジックビジョンから伝えられる戦況は悪くはないが芳しくもない。であるのなら少なからずクレーメルの代は徴兵がかかることだろう。
あまり急ぐ気もしないが、悠長にもしていられない。体を鍛えるには無理があるため魔法の才能を伸ばしておくことがこれからの生存のため必要であると考えていた。
けれども魔法が危ないのは事実であり、一人で練習するのはあまり褒められた行為ではないが、クレーメルには自信があった。再び魔法の暴走を起こさない自信が。
(あの時は見栄えのために大きく描きすぎただけなんだ。だから努めて小さく発動する分には……ほら、問題ない。)
手の上に小さな竜巻を発生させる。小さくでも力強く。この練習を半年は続けている。始めた頃は3秒ともたず霧散していたものが、現在は10秒ほどとかなり長く保つことができている。これは決して魔法を維持するための力が体内に3倍保有されていることを表すのではなく、魔法におくる魔力消失を抑える技術、大気中にある魔力を魔法に取り込む技術を合わせることで可能になっている。
クレーメルが読んだ魔法の本にはこう書かれていた。
(前略)
まず魔法というものを知る上で知っておくべきものが魔力というものの存在だ。一概に魔力と言っても大きく2つの種類が存在する。単純魔力と結合魔力。これらは後で説明することにするが、本文で魔力と呼ぶのは単純魔力のことであることを念頭に置いてほしい。
(中略)
魔法とは一部例外を除いて魔力に効果を持たせることで発現させたものを指す。
魔力を感知できないため自分には魔力はなく魔法が使えないと考えている読者もいるだろう。しかし、心配することはない。生命体には大小はあれど必ず魔力が存在している。つまり誰でも魔法は使えるということである。
(中略)
魔法として使用された魔力はその効果と結合し、人間がそれを再び魔法として使用することはできない。これを結合魔力と言い、魔法に取り込める魔力を単純魔力という。
結合魔力は植物もしくは魔物に取り込まれることで単純魔力に還元されることが認められているが、その論理は解明されていない。私も十分な観察を行なってきたがなんの手がかりも掴めずにいる。
(中略)
人体でも結合魔力を取り込み単純魔力とすることができるのではないかと実験を繰り返したが、決して実を結ぶことはなかったのは非常に残念である。
(中略)
体内の魔力を繰り返し消費することもしくは、身体の成長とともに取り込める魔力の容量は少しずつ増加する。これを便宜上魔力器官と呼ぶ。しかし現在の化学では人体に魔力器官と呼べる臓器は発見されていない。
(中略)
昔から魔法に高い効果を持たせるためには魔力器官に多くの魔力を蓄え、一度の魔法で大量に消費することが重要だと考えられてきた。それゆえ魔法使いは選ばれた者だとされている。これは決して誤りではないが解答の一つに過ぎない。なぜなら魔法の発現に必要な魔力は体内だけでなく大気中にも存在して、工夫をすればそれらを魔法に取り込むことができるからだ。
魔法を説明した際に一部例外を除いてと記述したのを覚えているだろうか。大気中の魔力を使用するには、この一部例外の魔法を使うことになる。例外の魔法は一般に魔力操作もしくは、無色魔法として知れ渡っているもののことである。
(中略)
体内の魔力を柔らかく体外に放出し核として大気中の魔力を吸着させる必要がある。まずは核となる魔力を縦横無尽に動かしてみてほしい。そうすると柔らかな魔力が大気中の魔力を包みこみ大きくなっていると思う。なったのであれば準備は完了している。あとはいつものように魔法を発現させる。これが大気中の魔力を使う技術になる。
(攻略)
クレーメルが魔法の練習を絶やすべきではないと思ったのもこの著書の影響で、今確かな手応えを得ている。
100年以上昔に書かれたにもかかわらず未だ衰えない人気があるのも納得だと思った。
(不死を望んでるわけではないけど、戦場で死にたくはない。必ず布団の上で死んでやるんだ!)
強い意志を持って魔法の練習に明け暮れる。