八話
暖かさを感じたアイリスは目を覚ました。
「……ここ、は」
雲の晴れた空かと思ったが違う。光に照らされて水色になった白い天井だった。暖かさのある不思議な蒼い光が、アイリスを照らしていた。
「気づいたか」
「!」
上半身を起こしたアイリスは、反射的に後ろへ引いて、声のほうに視線をやった。
出会ったときの服を着たジオルが、壁に背中を預けて座っていた。彼の前には、柄のついた金属の板が突き立てられてある。鍔にある宝玉が、蒼い光を放っていた。
「まだ休んでいたほうがいいぞ」
「……私」
意識が覚醒した。
「司祭様は? 皆は?」
「なんとか振り切った。ここは森の中だ。見つかることはないだろう」
雪を盛り上げて固めたものだろう。アイリスたちを囲む白い壁は雪だった。
「そ、う」
思考が回るようになって、記憶が蘇る。
ジェラルド司祭に襲われかけ―――。
アイリスは震えだす身体を押さえるように、肩を抱く。信徒の服が下に轢いてあった。ジオルが着ていたものだろう。
「あなたは、私をどうするつもりなの」
「どうもしないよ。聞こえてなかったかもしれないから言うが、助けたのは俺の勝手に過ぎない。理由があるとすれば、それだけだ」
「どうして、私を助けたのよ。私の居場所はあそこしかなかったのに」
「だったらお前、あのまま犯されてたほうがよかったのか」
アイリスは抱えた膝に顔を埋めた。
「わからない。わからないわ」
涙が頬を伝う。司祭に耳を舐められ、唇が頬に触れた感覚が蘇る。あれだけ暴れていたのに、光景も感触もはっきりと覚えてしまっていた。
何もできなかった自分が嫌になる。弱かった自分が憎い。
信じていた心は信じていた人に砕かれて、アイリスは見も心も汚されてしまったような気がした。
『あなたは、あの村に復讐したいと思いますか』
覚えのない女性の声を聞いて、アイリスは顔を上げる。
杖がアイリスの隣で、地面に突き刺さっていた。
誰もいない。
ジオルのほうに視線をやる。彼は深くため息をついた。
『ジオル。すみません。見ているだけというのは、苦しくて』
まさか、と思い、杖を見る。
『初めまして。ソフィア、といいます。よろしくお願いします』
これまでにないほどの俊敏な反応で、アイリスは杖から遠ざかる。
剣同様に宝玉が蒼い光を放つ杖は、確かに声を発していた。
『アイリス。あなたはどうしたいのです? あの司祭に然るべき報いを与えたいのですか?』
「あ」
『あ?』
「悪魔!」
『違います! 私は悪魔じゃありません』
金属の塊が命を持つと悪魔になるという。それがダエーワと呼ばれるものだ。形は違うが、金属なのは一緒だった。
「やっぱ黙らせとくべきだった。ソフィア。ややこしくなったじゃないか」
故郷を襲った化け物が、目の前にいる。
なぜ悪魔がここに。どうして悪魔がここに。
『ご、ごめんなさい。でも、なんだか放っておけなくて』
『ケケ。それで混乱させちゃさまねえな』
『う……私に非があったことは認めます。彼女にはもう少し順序を踏まえるべきでした』
『黙っていればよかったんじゃねえか。だってよ、こいつ、俺たちに同行するわけじゃないんだろ?』
『そういう問題ではありません。彼女は傷ついているのです。誰か話を聞く相手が必要なんです!』
逃げなくては。早くどこかへ。早く遠くへ。
殺される、殺される、殺される。
『おーおー。過保護なこって。聞くだけならジオルだってできただろ。それとも何か? いっちょまえに女性のつもりか?』
『つもりもなにも、私は女性です』
『忘れてねえか? 俺たちは』
「あーもう。命令だ。アブラクサス、ソフィア。黙れ」
『……』
『……』
「えーと、いいかな」
ジオルがいる。彼は信用できない。悪魔だ。
彼の隣に出口がある。あそこへ行かなければ殺される。外へ。外へ。
「おい。落ち着け。大丈夫だから」
手が。捕まったらおしまいだ。
「あ、あ、あああああああああああ!」
アイリスは飛び出した。
「ちょ、こら、待てって。頼むから、暴れるな」
簡単に捕まってしまった。振り払わなくては。
「ごめん!」
視界が暗転する。