表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/28

六話

聖堂を出たアイリスの頭上には、雲に覆われた空があった。今日も雪を村に降らしている。降雪量が少ないため、屋根から雪を下ろすことはあまりしなくてよかった。


「お前は」

「ジオルさん、ですか」


 旅人は、昨日と違う格好で掃除道具を両手に持っていた。白と黒の、男性用の信徒の服だ。見事なくらい違和感がある。単純に似合ってない。

 昨日は背負っていた金属の板がなかった。置いてきたのだろう。


「変な目で見るなよ。聖堂の掃除のために服を貸してもらってるだけだ」


 無一文の旅人が聖堂の世話になるには、聖堂の手伝いをしなければならなかった。仕事内容によっては、金を貰うこともできる。


「そんな目、してましたか」

「してた。てか、お前も祈りに来ていたのか」


 ジオルから僅かばかりお香の匂いがした。祈りに参加していたようだ。


「はい。祈りの日は必ず来てます。この日の祈りが最も天に届きやすいといわれてますから」

「あのさ、なんでさっきから敬語なの」

「あなたは客人として迎えられました。なら、それ相応に対応するのも一つの礼儀です」

「礼儀、ね。それさ、強制なの? よかったら敬語やめてくれないかな。最初の印象があるから、なんか気持ち悪い」

「気持ち悪いとはずいぶんね。人の礼儀にそんなこと言ってると、天の祝福はないわよ」

「切り替え早いなおい」

「私も違和感があったから、ちょうどよかったわ」


 アイリスは、ジオルに会ったら聞いてみようと思っていたことがあった。


「ジオルさん。何か記憶の手がかりになるもの見つけたの? 寮の図書室でいろいろ調べてたみたいね」


 どこで知ったかはいわない。首から提げていたペンダントを何気なくいじりながら、彼がどんな反応をするか見逃すまいと見つめた。


「何もなかったな。ま、気長にやるさ。慣れてきたらどこかの町にでも行って、情報を集めるつもりだよ」


 気になるような変化はなかった。


「記憶が戻るといいわね。仕事、がんばってね」


 ジオルに手を振って、アイリスは帰ることにした。今日は午後から仕事があった。

 祈りの日は、ほとんどの仕事場が休む。アイリスが働く牧場も休みなのだが、生き物を相手にする仕事のため、交代制になっていた。前回の祈りの日に休んでいたアイリスは、今回行かなければならなかった。


「アイリス」


 後ろを振り向く。マティウスがいた。

 いつも自信のない顔をしているが、今日はどこか違った。


「あ、あのさ。今日、司祭様が何かいってたみたいだけど、どんなことをいわれたの」

「なんでもないことよ」


 ジェラルド司祭には、誰にも話してはいけないと言われた。


「今晩、聖堂に来いって言われなかった?」

「まさか」

「僕は聞いてないよ。見ていただけだ。だけど、前回の祈りの日、同じように誘われて行ったマーガレットは、次の日から元気をなくした」


 そのことならアイリスも知っていた。


「ダリア君と喧嘩別れしたからじゃないの」


 マーガレットとダリアは、アイリスと同じ年。二人は付き合っていた。


「別れは、マーガレットが切り出したらしい。喧嘩の原因はそれだよ。ダリアも、詳しいことは何も知らないんだ。僕は祈りの日の夜、何かあったんだと思った。マーガレットは何もなかったの一点張りだけど」

「偶然よ。本当に何もなかったかもしれないじゃない」

「だったら、何をしていたのか答えてくれてもいいだろ」

「司祭様が何かしたとでもいうの」

「……だと思う」

「ありえないわね」


 アイリスは一蹴する。


「仮に本当だとして、あなたはどうしてそのことを今まで黙っていたのよ。どうして私だけに言うの」

「皆に言うべきだと思った。けど、司祭様に、聖堂に悪魔扱いされたらって考えると、黙っているしかなかったんだ。だけど、今度は君と思ったら、伝えなくちゃと思って」

「いい加減にしてよ。司祭様がそんな理由で人を悪魔扱いするなんて、本気で思ってるの」


 村に来たばかりのころ、アイリスは嫌われていた。

 罪の民。ダエーワの食い残し。

 生き残ったことを罪に感じていた幼いアイリスは、心無い人たちの言葉と板ばさみになっていた。その闇に光を照らしてくれたのはジェラルド司祭だった。ジェラルド司祭が優しく接してくれたことで、少しずつではあるが、アイリスは村に受け入れられていった。

 アイリスにとってジェラルド司祭は恩人だ。

 いくら友人でも、許せない。


「私、仕事あるから」

「アイリス。待って」

「ついてこないで」


 追いかけようとするマティウスに、冷たい拒絶の言葉を投げて、アイリスは背中を向けた。

 仕事へは、行きも帰りもマティウスに会わないよう、いつもと違う道を通った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ