五話
「―――神は自らの住まう天を作られた。次に神は使徒を作られた」
村の中心にある一際大きな建物。天界導聖堂。
「次に神は空と大地、そして海を作られた」
聖堂内は、焚かれたお香の匂いで満たされていた。
今日は月に二度行われる祈りの日。村中の人々が集い、ジェラルド司祭の聖教史本を読み上げる声に耳を傾けていた。皆、堂内の長椅子に姿勢良く座っている。
「やがて使徒は神の住まう天と、空と大地と海に暮らすものに分けられた。大地で暮らした使徒の祖先の中で、彼らの名残を持つものを人という」
アイリスもジェラルド司祭の声を聞いていた。長椅子に座って、ペンダントを持った両手を組み、祈るように目を瞑っている。天界教を強く信仰する人たちの、司祭の言葉を聞く姿勢だ。祈るときも同様の姿勢をする。
残酷な惨劇から八年。
自分ひとりだけが生き残った罪悪感を抱くアイリスにとって、幼いころ、両親が生きているときから信仰していた天界教は、心の支えとなっていた。
ダエーワから逃げて村に辿り着いた当初、アイリスは村長の家で暮らしていた。村人は、すぐにはアイリスを受け入れなかった。
マティウスとはそのときから友人だが、村長とその息子たちは別々に住んでいたため、特別仲がいいわけじゃない。
村人に認められ、友人も増えてきて幸せを感じるようになった。十四歳になったアリシアは、ひとりで生きていくという意志が先行して一人暮らしを望むようになる。
最初はしぶっていた村長は、彼女の頑なな意思に根負けして、首を縦に振った。村の端にある、誰も住まわなくなった小さな家と畑をアイリスに与えた。
そして、現在に至る。
祈りが終わって、天界導聖堂に集った人々はそれぞれの家、または仕事へ向かう。服を重ね着し、上には寒さに強い熊などの毛皮のコートを羽織っているとはいえ、あまりの寒さに身を震わせる者は少なくない。フードを深く被り、鼻先を赤くしている。
アイリスはまだ祈っていた。深く祈るその姿は、懺悔にも見えた。
ようやく顔を上げたときには、礼拝者のほとんどが帰っていて、司祭と信徒たちが残って後片付けをしていた。
ジェラルド司祭が歩み寄って声をかける。
「今日もまた、長く祈ってましたね」
「はい……ダエーワに殺された者は、百年地獄で苦しめられるといいます。その苦しみを和らげてもらえるよう、神に祈ってました」
少し元気がないのは、昔のことを思い出したからだ。
「あなたの祈りは、天界におられる神へ届いていることでしょう」
「だといいのですが」
「アイリス。そんな顔をしていては、天の祝福は降りてきませんよ。笑顔にしなさい、とはいいません。悲しい顔をしないでください。せっかくのあなたの祈りが届かなくなりますよ」
「そう、ですね。司祭様、ありがとうございます」
アイリスの表情に活力が戻る。
「悲しみは祝福を阻んでしまいます。時には泣くことも必要ですが、いつまでも俯いてばかりではいけません」
「ところでアイリス。今晩、何か用事はありますか」
ありません、とアイリスは答える。
ジェラルド司祭が、耳元に口を寄せた。
「日が沈んだころ、一人で聖堂に来てください。いいものを見せましょう。天の祝福があるように」
「いいもの、とは」
いつもどおりの笑顔を浮かべて、ジェラルド司祭は言う。
「来てのお楽しみです。裏口をあけておきます。必ず、来てくださいね。それから、このことは他言無用です。誰かに知らせたらだめですよ」
今日はここまで。
2023/11/22