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四話

 アイリスは聖堂で青年と待ち、ほどなくして、左奥の扉が静かに開かれた。青と白の礼装に身を包んだふくよかな男と、フィローネだった。ふくよかな男はアイリスを見つけると、笑みをつくった。


「おはようございます。アイリス」


 椅子から立ったアイリスは、おはようございます、と返した。

 司祭――ジェラルド・ラヴェイは祭壇の前に立った。


「宿をお借りになる旅の方というのは」

「彼です。えーと」


 アイリスは、青年を案内してきた者としての役目を果たそうとしたが、名前を聞いていなかったことに気づいた。


「アイリス……?」


 フィローネが心配そうな顔をする。アイリスは慌てて弁明した。


「旅人と聞いたことは本当です。出会ったときの状況がちょっと……だから。すみません」

「状況、とは?」


 ジェラルド司祭に聞かれて、アイリスは今朝のことを話した。青年から聞いたことも、ちゃんと伝わるよう説明した。そして、聖堂への道中、青年の記憶喪失の話になった。念のため話しといたほうがいいだろうという判断からだ。

 しかし、疑問の声を発したのは、意外にも青年だった。


「そうなのか」

「え、あ、違うの?」

「少なくとも記憶喪失なんて言った覚えはない」

「聖堂のこととか知らなかったじゃない」

「だからって記憶喪失とは限らないだろう」

「知ってなくちゃおかしいのよ! だって」

「アイリス。ここはその聖堂です。心を静めなさい」

「はい。すみません」


 フィローネに注意されて、アリシアはしゅんとした。

 ジェラルド司祭が言う。


「旅の方。あなたが、どのような経緯でこの村を訪れたのかわかりました。よかったら、名前を教えてくれませんか」

「ジオル・フリードだ」

「ジオルさん。あなたは天界教について、何か知ってますか」


 首を振るジオルに、ジェラルド司祭は頷いた。


「わかりました。ジオルさん、落ち着いて聞いてください。天界教を知らないというのはありえないことなのです」


 ジェラルド司祭が、首から提げたペンダントを、そっと手に持つ。角張った左右の翼が対となって重なり合った六角形。天界教のエンブレム。


「天界教とは、天界の使徒である皇帝ガンティヌス・レヴィ様が、人々を天界へ導くため、人のあるべき心と魂を、そして世界の真実を伝えるために広めている教えです。だから、知らない者はいないはずなのです」

「なるほど。そういうことか」

「何かわかりましたか」

「とりあえずは、な。どうやら俺が記憶喪失というのは本当らしい。それらのことについてまったく覚えがない」

「そうですか。何か手掛かりになるものはありますか」

「なにも」


 アイリスは疑問を抱く。ジオルはペンダントを見て頭を押さえていたからだ。

 長く大きな腹の音がなった。ジオルのものだった。そういえば、彼は腹を空かせていた。

 ジェラルド司祭は笑みを深くした。


「寮に旅人用の部屋があります。そこに食べ物を運ばせましょう。図書室もあるので、よかったら利用してください。何か記憶を思い出すきっかけになるかもしれません。商業人が来たら、他の町や村まで同行させてもらうこともできますよ」

「助かる」

「これも私の務めです。フィローネさん。お願いします」

「ジオルさん。こちらです」


 椅子から立ったジオルは、去り際アイリスに礼を言って、フィローネの案内に着いていった。

 ジオルが聖堂から出て行くのを待って、アイリスは仕事に行こうとした。


「アイリス」


 ジェラルド司祭が呼び止めた。アイリスのもとによって、綺麗な長い金髪の頭を撫でる。


「ジオルさんの前ではいいませんでしたが、旅の方だったとはいえ、村の者ではないのです。もう少し用心しなさい。近所の者を呼ぶなりできたはずです。あなたは女の子なのですよ」

「はい。気をつけます」


 アイリスは素直に頷いた。


「あなたに、天の祝福を」

「天の祝福を」


 ジェラルド司祭に見送られ、アイリスは仕事場に向かった。

 牧場の主に遅刻の事情を説明し、怒られ、しかし遅刻には目を瞑ってくれた。仕事は夕方前に終わった。夕食のチーズを安くしてもらい、いつもより少し多めに買って帰路に着いた。雲が太陽を隠しているせいで、暗くなるのが早い。

 なんだかいつもより疲れている気がした。

 自称旅人、ジオルは今なにをしているのかと思う。何か隠しているのは確かだった。聖堂の者がいるから、問題はないだろうが。

 道の角を曲がったところで、正面から誰かが駆け寄ってきた。


「やあ。アイリス。今日はいつもより遅かったね」

「マティウス君。何か用?」


 長身で、ひょろっとした体つきの少年。アイリスと同い年のマティウス・アングレー。あまり自己主張しない優柔不断な性格。村長の孫だ。


「特別ないんだけど。アイリスを見かけたから、途中まで一緒にどうかなって」

「いいけど、あなたの家は、こっちの方角じゃないわよ」

「ほ、ほら、たまには寄り道したくてさ」


 マティウスは、アイリスが持っている紙袋に視線をやった。


「今日は何を買ったの」

「牧場のチーズよ。また安くしてくれたから、少し多く買っちゃった」

「おいしそうだな」

「少し食べる?」


 紙袋の中から、チーズのかけらを取り出した。人差し指くらいの棒状のものだ。


「え、あ、じゃあ、お金を」

「これくらい払わなくていいわよ。私が守銭奴みたいじゃない」

「でもさ」

「ほら、私も食べるから、早く持って」


 マティウスにチーズを持たせて、自分の分を取り出して食べる。マティウスも、結局アイリスに流されて食べた。


「うん。おいしい」

「そうだね」


 マティウスが、そういえば、と言う。


「旅人のジオルさんに会ったよ。アイリスが聖堂に連れて行ってあげたんだって?」

「成り行き状そうなっただけよ。おかげで仕事に遅刻して怒られたわ。ねえ、彼、何してた」

「聖堂の寮の図書室でずっと本読んでたみたいだよ。話しかけてみたら、この村のこととか、大陸や国の名前とか、いろいろ聞いてきた。なんか変わった人だね」

「他には? 他にどんなこと聞かれたの?」


 意外に食いついたアイリスに、マティウスは少し驚いた。


「国の経済とか、法律とか、皇帝様のこととか」

「そうなんだ……」


 ジオル・フリード。彼は結局何が知りたいのだ。


「ジオルさんのこと、気になるの?」

「そんなんじゃないわ」


 アイリスの家が見えてきた。


「じゃあ、僕はこのへんで」

「ええ。さようなら」


 手を振ったアイリスは、家へ歩いた。

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