表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

一話

「や、奴らが、ダエーワがきたぞ!」

「みんな逃げろお!」


 惨劇は、一つの悲鳴から始まった。

 疫病のように伝染して、あっという間に全体へ広がる。

 連続する鋭く重い金属音。

 反響する絶叫。乱暴な、何かが潰され、砕かれる音。

 残酷の交響曲。

 八歳の少女――アイリス・オルティアンは、父親に抱えられていた。傍らには母親もいる。両親は必死の顔で外を目指していた。

 硬い岩盤を掘って作られた地下居住地。ランプの火に照らされた通路は迷路のように入り組み、数十箇所に家族が暮らすことのできるドーム型の部屋が設けられている。小さな集落だ。

 温かい雰囲気に包まれた営みが育まれてきたが、今は恐怖の舞台と化している。

 広いところでも大人三人分しかない通路に人が詰め、我先にと出口へ向かっていた。外へ通じる大きな通路は東西南北の四つがあった。しかし、東と南から襲撃され、そちらから逃げることはできない。残り二つの出口へ集中し、通路は役割をほとんど成していない。

 そこへダエーワと呼ばれるものたちが追いついた。

 鉛色の輝きを放つ四足歩行の金属の塊は、出口を目指して集まっていた人々を側面の通路から、後ろから襲う。

 尖った触手のようなものが、球体型のボディから折り畳み式で伸びた。触手は鋭く動いて、人間の身体をやすやすと貫いた。細い外見とは不釣合いの強度があるようで、勢いあまって岩盤に突き刺さった。

 一瞬の停止。

 頭や首、心臓を貫かれた人が力を失って倒れた瞬間、混乱が頂点に達した。

 集団が爆発的に散った。

 多くの人が出口を見失い、違う方向へ走り出す。恐怖の狂気が、人々を包み込んでいた。

 後方にいたオルティアン親子は、ダエーワに前と後ろを塞がれてしまっていた。

 ダエーワが、人を殺しながら迫る。

 アイリスの父親が横の通路に気づき、逃げ込んだ。

 とにかくダエーワから離れようと、奥へ走る。

 いくつもの居住部屋があった。どこか出口の通路へ繋がっている通路を探した。


「お、お父さん……」


 腕に抱かれたアイリスが不安な声を漏らす。

 最も奥の部屋に着いたオルティアン親子は、冷たく未来を阻む岩の壁を見て愕然とした。行き止まりだった。

 母親が夫の袖を掴む。


「あ、あなた」

「くそ!」


 悔しさを声に出したとき、父親の目に通気孔が見えた。子どもが誤って入らないよう天井近くに掘られていた。

 近くまで駆け寄って、アイリスを抱き上げる。


「ここに入りなさい」

「怖いよ。お父さん」

「いいから入るんだ」

「お願いよ。アイリス。言うこと聞いて」


 両親に急かされて、アイリスは怯えながら、暗い通気孔に入った。子ども一人分の狭い入り口をしばらく行くと、中は広くなっていた。

 アイリスが完全に入ったところを見て、父親は言った。


「いいかいアイリス。よく聞くんだ。ずっと奥に行きなさい。そしたら外に通じている。外に出たら山を下りなさい。いいね」

「いやだ。私も一緒にいる」

「アイリス! ――返事は」

「……わかりました」


 反響して聞こえた娘の声に、父親は見えないとわかっていても、いい子だ、と優しく微笑んだ。

 妻へ振り向く。


「扉を固定しよう。ありったけのものを運ぶんだ」

「はい」


 アイリスが一番安全になったためか。母親の表情に活力が僅かばかり戻っていた。


「この棚を運ぼう。そっちを持ってくれ」


 いち、に、の合図で棚を持ち上げる。収納されていた食器などが落ちていく。

 閉めた扉の前に置いて、開かないようにする。いろんな物をとにかく積み上げた。

 父親と母親は、息を潜めた。ダエーワが去ってくれるのを必死に祈って待つ。

 遠巻きにキカイが迫る金属音と、逃げる人間の悲鳴が聞こえる。

 音が大きくなる。惨劇の元凶が着実に近づいている。

 ダエーワの触手が棚を貫いて、ランプの明かりに照らされて鈍く光った。奥で抱き合う親子に、その切っ先が向けられた。

 触手が引かれた次の瞬間、破砕音と共に、無機質な丸いフォルムを鉛色に輝かせて、金属の化け物が現われた。

 バリケードがいとも簡単に押し倒され、破壊される。ダエーワの赤いレンズが、キュウ、とオルティアン夫婦を捕らえた。


「お父さん! お母さん!」


 両親の危機を感づいたのか。通気孔内からアイリスの声がした。かなり奥まで進んでいるようだった。


「大丈夫だ!」

「行きなさい、アイリス!」


 父親は咄嗟に近くの棍棒を手に取った。家族を守る一心からの行動だった。

 突進したダエーワが、尖った触手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ