008話 2人のAランク冒険者
殴られる覚悟を決め、目を閉じかけたその時――人混みをかき分けるように、ひとつのシルエットがこちらへと歩いてくるのが見えた。周囲の冒険者たちがざわつき始める。まるで波が引いていくように、人垣が少しずつ割れていった。
「おい! やめろ」
その声に、僕を掴んでいた男がピクリと肩を揺らす。振り向いた彼の肩に、鞘に納めた剣が静かに押し当てられていた。声の主は、青い髪を持ち、身なりの整った鎧をまとった少年だった。年は僕とそう変わらないはずなのに、背筋の伸びた立ち姿と目の鋭さは、年齢以上の風格を感じさせた。
その後ろには、同じ制服を着た数人の騎士らしき男たちが控えている。彼の存在だけで、場の空気が明らかに変わった。
「ああん? なんだてめぇ、文句でも……っ」
男が振り返り、その少年の顔を見た瞬間――声が止まる。まるで息を呑んだように、目を見開いた。
「……あっ!? マ、マジかよ……」
もう一人の男も気づいたようで、同じく目を見開き、顔色を変える。彼らは明らかに少年の正体を知っている様子だった。統一された鎧……彼らは王都の正規騎士団か、それとも衛兵隊だろうか。どちらにせよ、この場を治めてくれそうな雰囲気に、僕の胸の奥にわずかな安堵が灯る。
「ちっ……行くぞ。面倒事はごめんだ」
短く舌打ちをして、男たちは僕を乱暴に地面に落とすと、悔しそうな顔でギルドの外へと去っていった。騒ぎに便乗して集まっていた野次馬たちも、その様子を見て次第に散っていく。静けさが戻ったギルド内。床に尻もちをついたままの僕は、胸の鼓動を必死に落ち着けようと深く息を吐いた。
ああ、驚いた。まさかいきなり喧嘩を売られるとは――思いがけない不運に巻き込まれた恐怖と、安堵が入り混じる中、僕は深く息を吐いた。やっぱり冒険者ギルドって、イメージ通りの荒くれ者の巣窟なのかもしれない……。
「大丈夫かい?」
さっき僕を助けてくれた青髪の青年が、静かに手を差し伸べてくれた。僕はその手を掴み、体を引き起こされる。整った顔立ちにまっすぐな瞳。男の僕から見ても、思わず”格好良い”と思ってしまうほどの端正さだ。けれど、その手は顔に似合わず、しっかりと力強く――その一握りだけで、彼がただの見た目だけの人間じゃないと分かった。
「あの……ありがとうございます」
そう告げると、彼は穏やかな笑みを浮かべ、軽く頷いた。けれど次の瞬間、どこか不思議そうな目で僕の全身を見渡す。あれ……髪、気になるのかな。この視線、集落で出会った人たちと同じだ。やっぱりこの国でも、黒髪は珍しいんだろうか。
周囲を見回す――スピカの姿がない。やはり、あいつは逃げたのか。……まぁ、あの自由気ままな性格だしな。驚きはしないけど、少し寂しい。
「お礼と言ってはなんだけど、少しお茶でもどうだい?」
突然の申し出に、僕は思わず目を見開いた。え……お茶? 今? 本当は助けてもらったお礼に、こっちがおごりたいところだけど……財布どころか、個人カードすらない僕にそんな余裕は無い。
「あ、えーと……申し訳ありません! 助けていただいたのに、今、全く持ち合わせがなくて……」
深く頭を下げると、青年は一瞬驚いたように目を見開き、それからふっと笑った。
「じゃあ……君を助けたお礼に、僕のお茶に付き合ってくれないか? もちろん、お金は僕が出すよ」
――お礼に、お茶を? なんだか変な理屈だな。でも、優しさを断る理由もない。それに、怖かった気持ちを落ち着けるには、誰かと話す時間も悪くない気がした。
「……はい。ありがとうございます。ご一緒させてください」
そう返すと、青年はどこか満足そうに微笑んだ。
彼は後方で控えていた衛兵らしき人たちに何やら指示を出すと、それぞれ頷き、手早く施設内へと散っていった。まるで訓練された部隊のような動きだ。そのまま彼に連れられて、僕たちは冒険者ギルドの中にある酒場のカウンターに並んで腰掛けた。僕はこの街に来たばかりであること、そしてさっきの出来事をかいつまんで話す。彼は黙って頷きながら話を聞き、やがて柔らかな口調で言った。
「そうか、それは災難だったね。……まずは何か頼もうか。食べたいもの、ある?」
「えっと……実は、この街に来たばかりで何があるのかも分からなくて。すみません、お任せします」
僕の返答に、彼はにこりと笑い、すぐにマスターに声をかけた。
「じゃあ、サンドウィッチを二人前と、紅茶をお願いできるかな」
……紅茶とサンドウィッチ? 酒場で? しかもこの筋肉隆々なマスターに? 思わずマスターの動きを目で追ってしまう。だが、驚いたことにマスターはまるで日常の仕事のように、手際よくサンドウィッチの具材を並べ、流れるように調理を始めていた。……妙に様になってる。意外性のある光景に、つい僕の顔が驚きで緩む。その様子を察したのか、隣の青年がくすりと笑った。
「おかしくもなるよね。けど、ここは国の補助を受けて運営してるギルド内の酒場だから、結構なんでも揃ってるんだよ。ああ見えてマスター、昔は宮廷で腕を振るっていた一流の料理人なんだ」
「えっ……宮廷料理人!?」
それって、王族に料理を出すレベルの人ってことじゃないか……! なぜそんな人がこんな――いや、こんな、なんて言ったら失礼だけど――冒険者の酒場で働いてるんだろう。もしかして宮廷時代に何かやらかして、左遷とか……。いやいや、勝手な妄想はやめよう。本人が望んでここにいるのかもしれないし。
「……それは、すごいですね」
感心して言葉を返すと、マスターはこちらに軽く目を向け、口元だけで笑った気がした。僕が落ち着いて周囲の内装を見回していると、隣の青年が姿勢を正して話しかけてきた。
「そうだね。まずは自己紹介からだ。僕の名前は――レヴィン・セグ・ゴーヴァン。この国で騎士をしている者だ。君の名前を聞いてもいいかな?」
その名前を聞いた瞬間、僕は少しだけ背筋が伸びた。家名……貴族の出だ。そういえば、昔の幼馴染――ビクトリアも、「ビクトリア・イル・サイザリス」っていう立派な名前だった。あの「イル」とか「セグ」とかって、家柄を示す貴族特有の名前の繋ぎ方だった気がする。
気さくに振る舞っているけど、たぶんすごく偉い人だ。そんな人物が、さっきの僕を助けてくれた。――いったい、どれだけ運がいいのか、悪いのか。
「僕はラルクと言います。さっきは本当にありがとうございました。あんなふうに誤解されてしまって……」
「最近はガラの悪い連中も増えてるからね。君に怪我がなくて何よりだよ」
レヴィンは涼しげな笑みを浮かべて言った。ちょうどそのタイミングで、注文していた紅茶とサンドウィッチがカウンターに並べられる。ちゃんとした食事なんて、いったい何日ぶりだろう? 香ばしいパンの香りと温かい紅茶の湯気に、思わず喉がゴクリと鳴った。
「どうぞ。気軽につまみながら話そう」
「あ、はい。いただきます」
まだ少し緊張が抜けきらない僕を見て、レヴィンは優しく微笑んだ。
「そうだ、ラルクって呼び捨てでもいいかな? 僕のこともレヴィンで構わないから」
「え、あ、うん……レヴィン……。なんか、ちょっと照れるね」
そんな会話をしながら、少しずつ肩の力が抜けていく。
彼は僕より3つ年上で、まだ18歳。けれどその若さで、この国の騎士団長を務めているらしい。家柄もあって異例の抜擢だったようだが、そのせいで歳の近い友人たちと距離ができてしまった、とどこか寂しげに語った。……ああ、だからあんなに落ち着いてるんだ。後ろにいた人たち、皆年上に見えたのも納得。
僕は入国の際にネイが話していた通り、"船の事故で流れ着いた"という体で自己紹介をする。この国では破壊神を信仰する風習があるとはいえ、自分に「破壊神の加護」があると話すのは、どうしても怖かった。こんな大都市でそんなことを口にすれば、どこかに連行されて――またあのときのように暴力に晒されるかもしれない、という恐怖が胸にこびりついていた。
「そうか……大変だったんだね」
レヴィンは重く受け止めてくれたように、ゆっくりと頷いた。
「レヴィン、ひとつお願いがあるんだけど――」
僕は意を決して、個人カードがない状態でもできる仕事がないか、相談してみた。元々は家業の雑貨屋を手伝っていたこと、計算や接客は慣れていることも伝える。彼は少しだけ考えたあと、静かに口を開いた。
「……僕の知り合いに道具屋をやっている人がいる。事情を話して、紹介してみようか?」
「……えっ?」
あまりにもあっさりした答えに、一瞬言葉を失った。予想外の好意に、思わず恐縮してしまう。
「すみません、なんだか図々しくお願いしてしまって……」
僕が慌てて頭を下げると、レヴィンは気にする様子もなく、朗らかに笑った。
「いいんだよ。困ってる人を助けるのが騎士の務めだからね」
その笑顔を見て、僕は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。貴族という枠にとらわれず、誰に対しても真っ直ぐで誠実な人――それがレヴィンという人物の本質なのだろう。遅い昼食を済ませ、しばらく談笑したあと、僕たちは彼の知人の道具屋へと向かうことになった。
◇◇◇◇◆◇
「……チッ、あの騎士団長のガキが。目障りな野郎だ」
さきほどラルクに絡んでいたゴロツキが、周囲を気にしながら吐き捨てる。
「おい、声がでかい。衛兵に聞かれたらどうすんだよ」
「わーってる……クソが」
2人は人気の少ない裏路地へと消えていく。その遥か上空――屋根の陰から、俺様は静かに彼らの背を見つめていた。人の目が完全に途絶えたのを確認し、俺様は“仮面”を脱ぐ。真なる姿――“美しき災厄”へと還る。小柄な肢体、艶めく髪、張りのある肌――“少女”のかたちを借りた、捕食者の貌。静かに、地に舞い降りる。音もなく。
「……ん? なんだお前は?」
突然現れた俺様に、ゴロツキどもは目を剥く。だが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。
「こんなとこで……へへ、客引きかよ?」
「可愛い顔して、なかなかの上玉だな」
――虫けら共の目にも、美は映るらしい。だが、その価値を理解する脳は持ち合わせていないようだな。俺様は微笑む。柔らかく、甘く、淫靡に。
「ねぇ……少しだけ、付き合ってくれない?」
甘く誘う。言葉に毒はない。それが余計に、彼らの警戒を削ぐ。案の定、愚か者どもは鼻を膨らませて俺様の背にぴたりと付いてくる。向かう先は――袋小路。誰も来ない、声も届かない。俺様はゆっくりと振り返る。笑みを残したまま、表情だけを凍らせた。
「ここでいいわ。……死に場所としては、ね」
「へ? なに言って……うぐっ!?」
伸ばされた手が俺様の胸に触れた瞬間。その肉が裂け、花弁のように骨が開き、暗き深淵が牙を剥く。次の瞬間、ゴロツキの1人は吸い込まれるように闇へ落ちた。
「なっ、なんだこいつ!? 化け物かッ!?」
残った一匹が腰を抜かし、地面に尻を擦る。
「や、やめろっ……! オレたちは、何も――」
「何も? そうか。“無価値”だったという意味では、確かにそうだな」
――この街に、ラルクがいる限り。彼の平穏を脅かす因子は、俺様が取り除く。それが“仕事”であり、俺様の……“契約”だ。
「ひ、ひぃっ……た、たすけ……」
最後の叫びを耳に収め、俺様は静かに口を開く。
「――静かにして」
バクリ、と音が響いた。次に訪れるのは――沈黙。目の前に広がるのは、肉と骨と、鈍く光る魂。腐った魂だ。鈍く、淀み、臭気すら感じる。
――不快。不快。不快。数日前に喰った野良犬の方が、まだ味があった。魂というのは、時に食欲を失わせる。
……口直しに、干し肉でも齧っておくか。
◆◇◇◇◇◇
僕はレヴィンに連れられて、街の大通りを歩いていた。彼の話では、この通りの先に商店が集まっている一角があり、その中に知り合いの店があるという。
「……ラルク?」
その時、不意に聞き慣れた声がした。顔を上げると、道の先から歩いて来たのはネイだった。
「ネイ様ではないですか!?」
思わず声を掛けようとした僕よりも先に、レヴィンが彼女に反応した。
「えっ?」「えっ?」
僕が驚くと、レヴィンも同じように驚いた顔をしていた。……え? え? 今の反応って、もしかしてこの2人は知り合いなのか?
「……レヴィン」
ネイが落ち着いた様子で彼の名を呼ぶ。レヴィンは小さく頷くと、柔らかな笑みを浮かべた。
「お久しぶりです。聖域が襲撃されたと聞いて……心配していました。ご無事で何よりです」
彼はほっとしたように言葉を続けた。そう言えば、門で会った衛兵もネイを見て驚いていたっけ。やっぱり、彼女ってこの国じゃかなり有名人なのかもしれない。
「ラルク、何かしたの?」
ネイが心配そうに眉をひそめて僕に問いかけてくる。……ああ、その顔。何か悪さをして捕まったと思ってる顔だ。数日しか一緒にいなかったはずなのに、表情だけで少しだけど気持ちが読み取れるようになっていた。
「えーっと……」
僕は冒険者ギルドで起きた一連の出来事を簡潔に説明し、誤解を解くことに成功した。……した、はずなんだけど、ネイの困ったような顔はあまり変わらない。どこか“過保護な母親”のような視線。いや、もしかするとそれ以上に――僕は少しだけ目をそらしながら、照れくささを誤魔化した。
その後、ネイがレヴィンに、集落で起きた一連の出来事を淡々と語った。――聖域を守る集落が、突如現れた巨大なモンスターに襲撃されたこと。多くの仲間が命を落とし、自分は僕を守ることで手一杯だったこと。言葉に抑揚はなかったが、僕には彼女の表情がほんの少しだけ、悲しげに見えた。……たぶん、ネイ自身も気づいていない顔だと思う。
レヴィンによれば、襲撃の報せはすでに王都にも届いており、3日前には調査隊が現地に派遣されたらしい。どうやら僕たちとは、山岳地帯のどこかですれ違ってしまったようだ。
「陛下には、さきほど報告を終えたところです」
ネイがそう言ったとき、僕は一瞬言葉を失った。――こ、国王陛下……? 生まれてこのかた、王様なんて遠くから姿を見たことがあるくらいだ。それに、陛下に謁見できるなんて普通じゃありえない。高位の貴族か、特別な推薦でもなければ、近づくことすら許されないはずだ。
……つまりネイは、それだけの立場を与えられているってことか。どうりで、街の門でも顔パスみたいに通れてたわけだ。僕は改めて――ネイって、やっぱりすごい人なんだなと実感した。
「それで、ラルクは……こんなところで何をしているの?」
「えっと、レヴィンに働き口を紹介してもらおうと思ってて」
そう答えると、ネイは小さく目を見開いて、意外そうな顔をした。無表情がデフォルトだったはずの彼女が、今日はよく表情を変える。それがなんだか、見ていてちょっと嬉しい。
「私も、同行する」
唐突にそう言って、レヴィンを見るでもなく僕の隣に並んだ。……どうやら僕のことが心配になったらしい。いや、これ……もしかして「この仕事は駄目」とか、「この条件は論外です」とか言い出すやつじゃ……。そんな未来が頭をよぎって、僕は内心でちょっとだけ溜め息をついた。うん……正直、少しだけ不安かもしれない。
―セロ商会―
個人カードが無くても働ける場所を紹介してもらえる――そう聞いてついて来たのだけれど、案内されたのは予想を大きく上回る建物だった。"総合取引商社 セロ商会"。道具屋、ってもっとこう……棚に商品が並んでるような、こぢんまりした店を想像していたんだけど、完全に「大商会」と言って差し支えない規模の屋敷だ。困惑する僕に、レヴィンがここは輸入貿易を扱う大商人、セロ氏の商会だと教えてくれた。
入口にいた守衛にレヴィンが用件を伝えると、すぐに中へ通され、豪奢な応接間へと案内された。白を基調にした壁面、装飾の細かい家具、煌びやかなシャンデリア――まるで貴族の館みたいだ。メイドが差し出してくれた紅茶を手に取りながら、僕は緊張しっぱなしだった。
レヴィンが言っていた「道具屋」という言葉と、今いるこの空間とのギャップが頭の中でうまく噛み合わない。こんな大手の商会に紹介されるなんて……試験や面接、あるんじゃないか? 服装も、言葉遣いも、自信が無くなってくる。
しばらくすると、整った口髭をたくわえ、身なりも上品な中年の男性が現れた。年齢的には、集落でお世話になっていたゼイレン先生と同じくらいに見える。この人が、レヴィンが話していた商会の主――セロ社長。
「レヴィン様、お久しぶりです。まさか突然お越しいただけるとは……ん? そちらは……ネイ様ではございませんか?」
「……どうも。」
ネイは、何事もない様子で紅茶に砂糖をどっさりと投入しながら、軽く会釈をした。この堂々とした態度。初めて来た場所でも一切動じない彼女の落ち着きには、ある意味で感服する。僕も少しは見習いたいものだ。
「いやはや……Aランクの称号を持つお2人が揃ってお越しいただくとは、何か大規模な討伐作戦でも始まるのかと思いましたよ。やはり武具の仕入れの商談でしょうか?」
セロ社長は冗談交じりにそう言いながら、柔らかな笑みを浮かべる。
「ああ、いえ。今日は折り入ってお願いがありまして。こちらの……友人のラルクを雇っていただくことはできないでしょうか」
レヴィンは「友人の」という言葉を添えて、僕を紹介する。きっと少しでも印象を良くしようとしてのことだろう。まだ今日知り合ったばかりの僕に、なぜそこまでしてくれるのか分からない。貴族が平民と親しくすること自体が稀なことなのに……何か裏があるのだろうか? だが、今の僕にその価値があるとも思えず、考えすぎかもしれない。
それに、レヴィンは今まで出会った人の中で特に信頼できる人物だと思うことにした。……とはいえ、これは同時にプレッシャーでもある。何かあれば彼の顔に、いや、家名に泥を塗ることになるのだから。セロ社長は初めて視界に入った僕を、品定めするような鋭い目で見据える。緊張してしまい、目を合わせられずに視線を斜め上へと逸らしてしまった。
「彼は漂流者で、個人カードを持っていないと聞いておりますが」
「ふむ、では入国はどのようにされたのですか?」
「えっと……」
説明しようとした瞬間、ネイが口を挟んだ。
「ラルクは私の連れです。入国には私が保証人となりました」
「……ほう、ネイ様が保証人ですか」
「ラルク、セロ社長にカードをお見せしてください」
促されるままに、僕は入国許可証をテーブルに置く。セロ社長はそれを手に取り、丁寧に確認した後、再び机に置いて返却する。仮カードなので、記載されている情報は最低限のものだった。
「分かりました。お2人が保証されるのであれば、喜んでお迎えいたします」
あまりにあっさりした返事に、僕は一瞬言葉を失った。
「あ、ありがとうございます」
ハッと我に返った僕は、慌てて勢いよく頭を下げた。レヴィンもにっこり笑って「良かったですね」と喜んでくれた。ネイも、少しほっとしたように見えた。
「では、明日から仕事に来てもらえますか? 少しずつ作業を覚えてもらいましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
信じられないほどトントン拍子に話がまとまり、僕の就職先が決まった。セロ商会を後にして大通りまで戻りながら、特に試験や面接がなかったことに胸を撫で下ろす。
「では、私は館に戻ります。ラルク、これを」
レヴィンは綺麗な装飾が施された掌サイズのメダルを手渡してくれた。家紋のような模様が刻まれた金属製のメダルだ。
「これは?」
「このメダルを見せれば、僕に取り次げます。困ったことがあったら可能な限り手助けしましょう。それでは、ネイ様も失礼します」
僕は改めて深く頭を下げた。暴漢から助けてもらい、昼食をご馳走になり、さらには就職先まで世話してもらった。今日この日、レヴィンに出会えたことを心から幸運に思った。ネイも軽く会釈をし、レヴィンと別れた。その後、僕とネイは逸れたスピカを探しながら宿屋へと戻ることにした。
「アイツ、肝心な時にすぐ逃げちゃうからな……あまり遠くに行ってなければいいけど」
冒険者ギルド周辺から宿屋まで約1時間ほどかけて探したが、スピカの姿は見当たらなかった。借りている部屋に戻ると、ベッドの上でスピカがモキュモキュと余った干し肉を加えて寝ころんでいた。急にいなくなったと思ったら、宿に戻って摘み食いかよ!
「んきゅんきゅ~!」
僕たちに気づいたスピカはモグモグと咀嚼しながら、右手を上げる。翻訳すると「おかえり」と言っているようだ。大きく溜息をつくと、背中をポンポンとネイに叩かれた。これは彼女がよくする「もう休め」という合図だ。
そうだな、今日は色々あって流石に疲れた。僕は倒れこむようにベッドに体を埋め、目を閉じた。
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