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001話 破壊神の加護

 ◇◇◇◇◇◆


 その日、僕は一つの約束をした。

 それは、いつか結婚するという、子どもじみた、けれど確かな約束だった。


 出会いは偶然ではなかった。

 運命――そう感じた。


 見た目でも、声でも、仕草でもない。

 五感ではとらえきれない、もっと深いところ。魂が引き寄せられたような、そんな感覚。


 欠けていた何かが、カチリと嵌った。

 パズルの最後のピースが、ようやく見つかったみたいに。

 言葉にできないほど、心が満たされていく。


「大きくなったら、僕と結婚しよう!」


 相手はこくりと頷き、笑顔でその言葉を受け入れた。

 自然と、小指と小指を絡めて――指切り。

 子どもながらに、確かに交わした“未来”の約束。


 大人になったら、必ず迎えに行く。

 その願いを叶えるって、誓った。


 ――その瞬間。

 世界が祝福してくれているかのように、まばゆい光が心を包んだ。


 あれほど満ち足りた気持ちになったことは、それまでなかった。


 ◆◇◇◇◇◇


 突然、頭に衝撃が走った。目の前には自分の腕と、教室の机。現実がゆっくりと色を取り戻していく。


 ここは……教室。しかも授業中だ。


 ぼんやりと顔を上げると、前の席のクラスメイトと目が合った。気の毒そうな視線。あきれているのか、心配しているのか判然としない。さらに視線を上げると、担任のゼイレン先生が出席簿を手に、呆れ顔で僕を見下ろしていた。……なんだよその顔。そんなに怒らなくても。ゼイレン先生は、独身の中年教師だ。どこか冴えないが、生徒からはなぜか妙に人気がある。僕自身、嫌いじゃない。話しやすさでいえば、世界で104番目(適当)くらいにはランクインしてると思う。


 教室中の視線が僕に集まっていた。笑いを堪えている者もいれば、冷ややかな視線を投げる者もいる。まったく、皆それぞれ個性的で困る。


 ……あれ? 僕、何かやらかしたのか?


 寝起きのぼんやりとした頭では、うまく思考がまとまらない。これは低血圧あるある、朝の定番。僕の様子にゼイレン先生が深いため息をつく。失恋でもしたのか? ため息ひとつで幸せが逃げるって言うのに。先生は一歩前に出て、言った。


「6限とホームルーム、まるまる寝るとは……いい度胸ですね、ラルク」


 ……どうやら僕は、丸々授業をサボっていたらしい。先生は基本的に優しい人だ。きちんと謝罪をすれば大抵の事は許してくれる……はず。


「……ごめんなさい」


 僕はすっと立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げた。いや、演技じゃない。心から謝っているつもりだ――正味、6割くらいは。


 教室のあちこちから、くすくすと笑い声が漏れる。その気配に、思わずうつむいてしまった。顔が熱い。……いやだな。異性の視線って、どうも無駄に意識してしまう。そういう年頃なんです。


「もうすぐ卒業なんですから、しっかりしてくださいね」


 ゼイレン先生は、教科書で僕の頭をぽんと叩いてから、教卓へ戻っていった。軽くても、そこに愛がある。ちょっとだけ、ありがたい。


 今日は、最後の授業だった。進路も出そろい、明日からは自由登校。なのに、今日は教室がほぼ満席だ。普通ならサボる人の方が多くなりそうな日なのに――不思議なことに、誰も欠席していない。きっと、これがモラトリアムってやつなんだろう。「行きたくない」から、「来てはダメ」と言われると逆に行きたくなる、思春期特有の謎の行動原理。僕も例に漏れず、その不可思議な症候群の発症者というわけだ。僕たち中等部3年生は、もうすぐ義務教育を終える。それぞれの未来に向かって、旅立つ時が迫っている。


 もちろん、僕の進路も決まっている。家業の雑貨店を手伝いながら、立派な商人になること。父さんと母さんの後を継いで、お店を守っていく。それが、僕の未来だ。……とはいえ、血のつながりはない。僕は5歳のとき、大きな災害に巻き込まれて実の両親を失った。そのとき、偶然その場に居合わせた今の両親に拾われて、今日まで育てられてきた。


 そのショックのせいか、5歳以前の記憶はすっぽり抜け落ちている。現在の家族構成はというと――義父と義母、それに、4歳年下の義妹がひとり。今は家族4人で、平民街の端にある小さな雑貨屋を営んでいる。実の子ではない僕を、実の娘と変わらず大切に育ててくれた2人には、感謝してもしきれない。この恩は、一生かけて返していくつもりだ。


 来週からは、本格的に店の仕事に加わる予定だ。父さんと一緒に仕入れにも行くことになっている。勉強という名の苦行からようやく解放されると思うと、自然と頬が緩んでしまった。


「叱られて何をニヤけてんの? キモいぞ、ラルク」


 隣から容赦のない言葉が飛んできた。言ったのは、僕の隣の席――幼なじみのビクトリアだ。短く整えた金髪に、長い睫毛。そして、どこか凛としたスレンダーな体つき。彼女は机に肘をつきながら、けだるげな様子で口の端を持ち上げる。その"ウザ絡み"も、彼女がすると妙に嫌味がなくて、なぜか許されてしまう。……学校の七不思議に加えても、たぶん誰も文句は言わない。


 彼女とは、物心つく前からの顔見知り。いわゆる“腐れ縁”ってやつだ。


「うるさいな。放っておけよ」


 僕はバツが悪くなって、そっぽを向きながら席についた。


「ふふっ、拗ねるなってば」


 ビクトリアはくすっと笑いながら、僕の肩をツンツンと指先でつついてくる。からかうようなその仕草に、思わず肩をすくめる。彼女は気が強く、どこか男勝りな性格だ。わざと男っぽい口調を使っているのも、たぶんその一環なんだろう。でも、僕にとってはそれがむしろ話しやすくて、気を張らずにいられる理由のひとつでもある。


 ただ、幼なじみとはいえ彼女は僕とは育ちが違う。ビクトリアは、伯爵家に生まれたれっきとした貴族。上級国民――というやつだ。僕たちが義務教育を終えたあと、彼女は高等部に進学し、将来は爵位を継いで社交界にデビューすることになるだろう。本人は尊敬する父親のように、国王直属の騎士になるって豪語していたけど……正直、女性貴族が本当に騎士になれるのかは怪しいところだ。


 言葉さえ発さなければ、彼女は本当に可憐で、どこか凛とした雰囲気を持っている。男勝りな言動も、きっと見下されないための防御なんだ。自分を強く見せるため、決して弱さを見せないように努力している。本当に……努力家で、そして意地っ張りな人だ。


「なに? ラルク、ぼーっとして。まさか熱でもある?」


「な、なんでもないってば!」


 ハッとして、思わず顔をそらした。無意識に、彼女の横顔をじっと見つめていた自分に気づいて、顔が熱くなる。いつからだろう。ビクトリアを“女の子”として意識するようになったのは。いや、たまに――ほんの一瞬だけど、ふとした仕草にドキッとすることがあって。そういうのが重なるうちに、だんだんと意識するようになっていたのかもしれない。


 彼女は他人に対しては、必ず1歩引いて距離を取る。馴れ馴れしく話しかけたり、無防備な一面を見せてくれるのは、僕くらいのものだ。そう思うと、つい優越感みたいなものを覚えてしまう。でも……子どもの頃からずっと一緒だったせいか、恋人って感じでもないし、そうなれるとも思えない。それでも、ときどき見せる女性らしさに、胸の奥がざわつくのも確かで。――たぶん、僕はビクトリアのことが好きなんだ。いろんな意味で。


 異性の親友――そんな特殊なポジションにいるビクトリアは、この学校で間違いなく一番人気のある存在だ。それも、同学年はもちろん、下級生からも、さらには男女問わず。幼なじみの僕ですら、時々嫉妬してしまうほど、とにかくモテる。


 容姿は文句なしに整っていて、成績も優秀。明るくて社交的な性格もあり、貴族でありながら気取ったところがない。それでいて、王国近衛兵長を務める父親に幼いころから鍛えられた剣技は――すでに並の冒険者を凌ぐほどの実力を持っている。


 彼女の剣術と武術は、15歳にしてすでにB級冒険者に匹敵すると言われている。もし本気で喧嘩なんかしたら、間違いなく僕は物理的に“のされる”だろう。そもそも僕と彼女が親しくなったのは、僕の実家――雑貨屋が、彼女の家の上得意先だったからに過ぎない。それだけの理由で、昔からよく一緒につるんでいた。


 でも、そのせいで、彼女に想いを寄せる多くの生徒たち――とくに男子たちからの、刺さるような視線をずっと感じてきた。冷たい目線や、妙な敵意。僕はずっと、その中で過ごしてきた。ビクトリアは平民と貴族の“格差”なんて気にしていないように見える。……少なくとも、表面上は。本音のところなんて、僕にも分からない。彼女は、僕のことをどう思っているんだろう?


 ほどなく終業の鐘が鳴り、僕たちは教室を後にした。当たり前のように、ビクトリアと並んで下校する流れになる。……こういう何気ないやり取りが、周囲の嫉妬心を煽るんだろうなとは思う。でも、いちいち気にしていたらきりがない。もう慣れた。年中行事みたいなもんだ。


「なあラルク、"検定"楽しみだな!」


 ビクトリアが、少し弾んだ声で言った。


 ――"検定"。それは、中等部を卒業した者が大聖堂で受ける“成人の儀”の俗称だ。儀式の中で、身体や精神に宿る"ステータス"――魔力、適性、資質といった、目に見えない特性が開示され、個人カードとして刻まれる。そのカードが、成人を証明する正式な身分証明書となると、以前、母が教えてくれた。そして、その内容次第で、今後の人生が大きく変わる。進路、評価、選択肢……"検定"は、いわば人生のスタートラインであり、最初の分岐点なのだ。


「……楽しみかどうかは微妙だけど。僕に何か隠れた才能なんてあると思う?」


「さあ? でも分からないぞ。ああいうのは、宝くじみたいなもんだからな」


 宝くじか――僕は思わず苦笑した。当たったことなんて、もちろん1度もない。期待値で言えば、晴れた日に雷が直撃するほうがまだ確率が高いんじゃないかって気がする。それでも、つい期待してしまうのは、きっと人の(サガ)なんだろう。もし本当に“当たり”を引けたら、何をしようか。何を買おうか――そんな取らぬ狸の皮算用こそ、庶民にとっては鉄板の話題だ。


「ビクトリアは剣が使えるし、そういう特殊才能(ギフト)、持ってるんじゃないか?」


「……だといいけどな」


 この世界には、”加護”や”特殊才能(ギフト)”といった生まれつき与えられるものと、”特殊技能(スキル)”や”魔法(スペル)”といった後天的に習得するものがある。冒険者として実践を重ねれば、自然と身につくこともあるらしい。極めてまれに、神々から“加護”を刻まれた者もいるという。そうなれば国から保護され、名誉ある高位の職に就き、一生安泰の道を歩めるらしい。本当に――なんとも羨ましい話だ。


 ……まあ、僕には特別な何かなんて、きっとない。それは誰よりも自分が分かってる。――でも、ほんの少しだけ。奇跡みたいなことを、つい期待してしまうんだ。貴族街と平民街を分ける関所で、ビクトリアと別れて僕は家路についた。


 実家は街の外れにある、小さな雑貨屋だ。家族経営ながら上得意様に恵まれ、平民としては申し分ない暮らしができている。


「おかえり、お兄ちゃん!」


 店の裏手で荷降ろしをしていた妹が、汗をぬぐいながら声を上げた。馬車の積荷を抱えた彼女の手から、僕はそのまま荷物を受け取り、軽く肩に担いで店の中へ運び込む。――意外と重い。けど、それを運べるようになった彼女の成長を思うと、自然と頬が緩む。妹は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにぱあっと笑顔を咲かせた。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 この子はエレナ。僕の義理の妹だ。まだ初等部に通う年齢なのに、いつも家事や店の手伝いに積極的で、笑顔を絶やさない。明るくて、ひたむきで、がんばり屋――ほんとうに、いい子だ。


「偉いな、エレナ。あとは僕が積荷を下ろしておくよ」


「ありがと! じゃあ、私はお母さんの手伝いしてくるね!」


 エレナは元気よく手を振ると、ぱたぱたと店の奥へ駆けていった。本当に、あの子は素直でいい子だ。……もしも、エレナをいじめるやつがいたら、僕は真っ先にそいつをぶん殴る。まあ、喧嘩の経験なんてほとんどないから、勝てる自信はないけどさ。


 ……でも実際のところ、そんな奴なんていない。自分で言うのも変だけど、うちの妹は可愛いし性格もいい。きっと、将来はとびきりの美人になる。断言してもいい。――シスコン? 上等だ、もしも成人の儀で「世界一のシスコン」なんていう特殊才能(ギフト)が刻まれていたって、僕は胸を張るさ。この子が幸せになるその日まで兄として守るんだ。


 そして数日後の今日、僕達は9年間の義務教育課程を終え無事に中等部を卒業した。僕はビクトリアの目を盗んでまっすぐ自宅へと帰り、自室のベッドへと寝そべる。彼女は同級生や下級生に囲まれて身動きが取れない状況になっていたので、仕方が無かったんだ。僕はと言えば伝説の木の下に呼び出される事も無ければ、わざわざボタンが複数付いた服を着て登校したにもかかわらず第2ボタンを要求される事も無く……同級生と雑談した後、帰路へと着いたのだった。


 第2ボタンを渡す風習は伝説に記される異世界の習わしで、卒業記念品の役割を果たすと伝わっている。今では思い出作りの一環として男性卒業生が女性在校生に送る親愛の印らしい。……少しだけ虚しさを感じる。


「おーい! ラルク、生きてるか!」


 ベッドでウトウトしていると自室の扉が勢い良く開き、思わず驚き戸惑う。扉の前には息を切らせたビクトリアが立っていた。間違い探しの得意な僕は彼女の服の違和感に一瞬で理解する。朝と微妙に違うのはボタンが無くなっている所だ。多分、たちの悪い追剥集団にでも毟られたのだろう。


 それにしても鍵をかけ忘れていたとはいえ、ノックも無しに年頃の男の部屋にズカズカと入って来るのは正直どうかと思う。見られたらマズイ事をしているタイミングだったらどうするんだよ全く。


「お前さ、勝手に帰るなんてひどくないか?」


「こんな状況で何言ってるんだよ。告白の順番待ちの行列なんて、正気じゃないだろ」


 伝説の木の下で告白待ちの列を作るなんて、罰当たりにもほどがある。このままだと植樹しないと学校から苦情が来るぞ。


「ぜ、全部断ったんだ! それより早く大聖堂に行こう!」


 しかも全員に玉砕って、新しい伝説ができるレベルじゃないか? どうやら彼女の理想にかなう相手はいなかったらしい。それを聞いて、なぜか少しだけホッとした自分がいた。そんな時、不意にビクトリアが僕の胸元の第2ボタンを素早く毟り取った。


「貰ってくれる人がいなかったんだろ? 記念に私がもらってやるよ!」


 彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。正直、10個以上ついてるボタン全部くれてもいいんだぜ。


「さあ、行こうぜ!」


 眠気をこすりながら、僕はビクトリアに引っ張られるように大聖堂へ向かった。卒業式当日は混むから明日でもいいのに……と思いつつも、腕を掴まれ渋々家を出る。入口で、妹のエレナとばったり会った。


「あれ? お兄ちゃん、出かけるの?」


「ああ、ビクトリアがどうしても成人の儀に行きたいって聞かなくてな」


「そうなんだ。お兄ちゃん、行ってらっしゃい! お姉ちゃんも気をつけてね」


 妹の笑顔に少しだけ心が和み、僕たちは大聖堂へと歩き出した。

 この時、僕はこの後に待つ悲劇をまだ知らなかったのだった。



 -大聖堂-


 街の南端にそびえる大聖堂は、聖職者の中でも最高位の教皇や高位の聖職者たちが暮らす場所だ。ここでは、病気や怪我の治療が有料で受けられる。特に高位の聖職者ともなれば、上位魔法(ハイスペル)を使って身体の欠損を治すことも可能らしい。だが、その費用は非常に高額で、利用できるのは貴族の上位階級に限られる。庶民の僕には、一生縁のない場所だろう。


 ステータスの検査は国が義務付けているため、中等部卒業後の初回は無料で受けられる。それ以降は有料だが、希望すれば何度でも記録の更新ができる仕組みだ。大聖堂の大広間は一般にも開放されていて、中央通路の奥には巨大な女神像が堂々と立っている。懺悔室や、僕たちが検定を受ける部屋は別の場所にある。


 到着が遅れたおかげで、予想より人が少なく、静かな雰囲気だった。30分ほど待った後、ついに僕たちの番がやってきた。聖職者の案内で検定の部屋へ通され、儀式を執り行う司祭の前に並ぶ。部屋には同じ学年と思われる男女が多数いて、厳かな空気の中で順番を待っていた。卒業を終えたばかりの彼らは、各地区から集まってきているようだ。


 まずはビクトリアが検定を受ける。腰の高さほどの台座に石板のようなものが置かれており、彼女はそこに両手を置いて瞑想するだけで検定が終了するという。目の前に設置された魔法の水晶で作られた大型モニターにステータスが映し出され、その結果をもとにカード状の身分証が作られる。ちなみに、検定結果は完全公開制で、大聖堂にいる誰もがモニターを見ることができる。


 プライバシーの問題はどうなっているのだろうか。希少な特殊才能(ギフト)の持ち主をスカウトしに来る者もいるらしいからだ。同年代の男女や聖職者たちがモニターに釘付けになっている様子を見ると、

 もし自分のステータスに“特殊才能(ギフト) 世界一のシスコン”なんて表示されたら、恥ずかしくてたまらないだろう。僕はさっさとその安っぽいプライドを捨てる決心をした。


 巨大モニターが一瞬光を放ち、ビクトリアの能力が表示された。


 加護:大天使ミカエル=アルファの加護

 特殊才能(ギフト):カリスマ 剣聖


 めったに見られない加護が付いているとあって、周囲の聖職者や参列者からどよめきが起こる。大聖堂の職員である聖職者や聖騎士たちも駆けつけ、騒然となった。


「大天使様の加護だ!」

「初めて見ましたぞ!」

「い、急いで枢機卿に報告しろ!」


 大天使とは、かつて滅亡の危機にあったこの世界を救ったとされる伝説的存在だ。破壊神が世界を消滅させようとした際、異界の使者のリーダーとしてこの世界を守ったと語り継がれている。そんな御伽話のような伝説の人物の加護が現れるとは、誰もが驚きを隠せなかった。


「え!? ええっ!?」


 戸惑うビクトリアは、僕に助けを求めるような視線を向ける。結局、周囲の注目を浴びながら彼女は奥の部屋へと案内された。職員によれば、これは1000年に一度の逸材が持つ加護であり、間違いなく国王直属の重要ポジションに就くことになるだろうという。


「ビクトリア、すごいな……」


 幼馴染がこんなに特別な人物だったと、改めて感心せざるを得なかった。しばらくして自分の番が回ってきた。周囲のステータスを見てみると、加護を持つ者はいなかったし、特殊才能(ギフト)も「大工の腕」や「詩人の喉」など、聞き覚えのあるものばかりだった。そんな中で、ビクトリアの加護や才能がどれほど特別だったか、痛感せざるを得なかった。


「さあ、両手を石板に置いて瞑想してください」


 司祭に促され、僕は緊張しながら石板に両手を置いた。ほんのり冷たい感触と同時に、何かが体と繋がったような、奇妙な一体感が走る。――ゴクリ。周囲の視線が突き刺さり、生唾を飲み込む。もしかして……僕にも“勇者”とか、“超レアな特殊才能(ギフト)”とか、あるんじゃ……? ビクトリアの例があったせいで、期待が胸の奥でふくらんでいた。


 静かに目を閉じ、意識を集中する。そして――。


「ぎゃあああっ!」「げぇっ!?」「ひぃいっ!!」「うわぁぁぁ!!」


 どこかで誰かが叫んだ。あちこちで悲鳴が上がり、場の空気が一変する。


 ……え? 


 目を開けると、視線の先には、水晶の巨大モニターがあった。そこに表示されていた僕のステータスは――


 加護:破壊神の加護

 特殊才能(ギフト):不死状態 魔族隷属 意思超越


「なっ……!」


 自分の目を疑った。……何これ?


 ビクトリアの“大天使の加護”と同じく、伝説に登場する存在。だが、僕のはまるで真逆――“破壊神”。

 この世界をかつて滅ぼしかけた、禁忌とされる存在の名だった。しかも特殊才能(ギフト)の内容も最悪だ。“不死状態”? “魔族隷属”? “意思超越”?どれもただの人間に付いて良いものじゃない。


 “不死状態”といえば、 腐敗生命種(ゾンビ)骸骨生命種(スケルトン)、そして吸血鬼種(ヴァンパイア)など、闇に属するモンスターが該当する。不死種(アンデッド)と呼ばれる忌避の存在だ。

 “魔族隷属”なんて、もはや人間ですらない可能性すらある。


 そして“意思超越”……これは、何だ? 聞いたこともない。だが響きからして、ろくなものじゃないのは明らかだった。……まるで魔王になれ、と言われているような、そんな気さえする。今、水晶に映っているのは――僕という存在が、人間ではなく「禍」だと告げる、呪われた証だった。


「うわあああぁぁっ!」「ば、化け物だッ!!」


 悲鳴と罵声が、室内に木霊する。先ほどまで検定の順番を待っていた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。混乱の中、聖職者たちも動揺を隠せない。


 ――その時。


「て、抵抗するなッ!」「お、大人しくしろ!」


 ギラリと光る剣が僕の目前に突きつけられる。先ほどまで静寂に包まれていた大聖堂の検定室が、一瞬で異常事態に変わった。僕に向けられたのは、殺気――。2人の聖騎士が剣を抜き、警戒するように僕を囲む。さらに数秒のうちに、奥から武装した聖騎士たちが駆けつけ、あっという間に10人にまで膨れ上がった。取り囲まれ、剣の切っ先を向けられ、僕は思わず息を呑んだ。


「な……何で……」


 まるで重罪人を取り押さえるような扱い。僕は何もしていない。ただ、成人の儀を受けただけなのに。


「動くな! その加護は危険すぎる!」


 聖騎士の一人が叫んだ。誰一人、僕を“人間”として見ていない目だった。……これじゃまるで、本当に犯罪者”じゃないか。


「う、うそだろ……?」


 抵抗もできず、僕は無言のまま腕を拘束され、そのまま聖騎士たちに連行されていく。


「何だよこれ……夢だって、誰か言ってくれよ……」


 世界が変わる音が、頭の奥で鈍く響いていた。

お読みいただきありがとうございます。

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前日譚

なんだこのギルド、ネカマしかいない!? Ψ異世界転移したら仲間が全員ネカマだった件Ψ

https://ncode.syosetu.com/n2332kr/

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