第79話 建国百周年記念 特別対策本部
ライエルさんとミランダさんに運動会とフィールドアスレチックの話をしたら、建国百周年記念のイベントと貯水池一帯の開発計画を聞かされた。
雨の日の対応が抜けていたけど、案自体は好評価であった。
その後でルケイドの家が所有する山にも隠蔽魔法で隠された何かがある可能性を指摘し、ライエルさんもその気になって俺が調査に出ることになった。
俺もそのつもりだったのでそこは問題無い。
だけどノリノリのライエルさんに襟を引っ張られて商業ギルドに連行されるのは納得が行かないんだけど。
商業ギルドの三階に上がり、一つ目の左側のドアの上に『建国百周年記念 特別対策本部』と木に黒い塗料で書かれた看板が設置された部屋にライエルさんが躊躇いなく入っていった。
俺も仕方なく後に続くと、そこで待ち構えていたのはレイドル副部長だった。
「一応聞きますけど、レイドル副部長ってここでは?」
「一応答えておくが、どう言う訳か対策本部長を務めている。
宜しく頼むよ、クレスト君」
建国百周年記念対策じゃなくて、この人ならマル暴か反社会勢力の対策本部長に就任させた方が絶対に世のためになると思います!
えっ? そう言う人達からのチョッカイを防止する目的があるからだって?
「胃が痛くなったので帰って良いですかね?」
「それなら少々待ってくれ。
リタを連れて来る。胃薬要らずで重宝するぞ」
「…大丈夫です、たった今、治りました…」
ちくせう! なんでレイドル副部長がリタなんか囲ってんだよ!
とっとと王都に連れてけよ。
てか、治癒魔法を胃薬代わりに使うなよ。
アンタのせいで商業ギルド内じゃリタが大活躍してそうだろ!
「仲が良さそうで良かったよ」
とライエルさんが紅茶を飲みながらノホホンと言う。
仲は仲でも犬猿の仲なんですけど。
「あっ、クッシュさんのパンケーキの屋台はありがとうございます」
急に思い出して言うとレイドル副部長が眉を動かす。
「情報が早いな。やはり君は商業ギルドに席を置くべきだと思うのだが」
とテーブルに両肘を突くと口元近くで手を組む。所謂ゲンドウポーズだ。アンタがやるとマジで怖ぇよ…。
「引き抜きは勘弁してくれないかな。
この子はウチの金貨級の卵だよ」
とライエルさんが反応する。
この二人がやり合ってくれるなら逃げるチャンス!
「両方のギルドに席を置く者も居るだろ。戦う行商人のように」
へえ、ケルンさんって冒険者登録もしてるのか。言ってくれりゃ良かったのにね。
道理でリミエンに来るまで、冒険者ギルドのことを詳しく教えてくれた訳だよ。
「それなら構わないよ。後で登録させておく」
「有難い」
分かりにくい腹黒と分かり易い腹黒なんだけだど、ライエルさんとレイドル副部長って仲良しなんだ。
ちょっと意外だ…なんて感心してる場合じゃなくて、
「俺は有難くないって! ノーサンキュー!
俺の意思はどこにも入ってないでしょ!」
マジで冗談は梨田君&ヨシ子さんだ!
現代知識の入ったお店なんか出したら、既存の商店なんてすぐに倒産に追いやっちまう。
だから商売人になるつもりなんて無いんだよ。
石鹸作りに使う油と塩を扱う商会を立ち上げるけど、これには手もクチも出さない。
ブリュナーさんの伝手を頼りに、赤字にならないギリギリのラインを狙って運営してもらう予定なのだ。
「いずれ役に立つことが無いとも言い切れんだろ。今なら登録は無料だし、君は海運ギルドのジョルジュ君達とも交友があるんだろ?
彼らも商業ギルドに知り合いが居ると何かと助かると思うのだが」
確かにジョルジュさんには椰子の実を皮切りに色々と仕入れてもらう予定だし、ウィンスト家には子供達のことでお世話になるつもりだ。
近い立場の人が居ると都合が良いかも知れない。
冒険者でしかない俺が再々商業ギルドに来るのもおかしな話だから、ギルドカードを貰うぐらいは了承しておくか。
「仕方ないですね。
商業ギルド関係者としての身分を使うつもりも商売をするつもりも無いですけど、無料で登録出来るならお願いします」
本心から仕方ないと思う。
それに商業ギルド関連では実績が無い訳だから、間違いなく銅貨級でスタートだし。
これってあの衛兵隊長に『俺は商業ギルドに登録したから、もう魔物は狩らないよ!』って言い訳に使えるんじゃない?
無理かな?
秘書風職員さんがメモを見ながら、
「クレスト様、バルドーさんからマジックハンドの件で見えられるとも伺っておりますので、この打ち合わせの後で御案内致します」
と連絡してくれる。
俺としては、レイドル副部長の相手より今からでもそっちに行きたいんだけど。
「アレもコイツがやらかした案件なのか?」
と何故かレイドル副部長が反応する。
余所の部署の案件にあまり首を突っこまないで欲しいんだけど。
実は不動産部って暇なの?
それとも部下に全投げしてる?
レイドル副部長の仕事って、実はお茶を呑みながら新聞を読んだり、囲碁を打つことだったりしてね。それなら非常に羨ましいです。
「イスル、悪いがその担当を連れて来てくれないか。コイツのことだ、どうせ何か悪企みをしているんだろ」
とニヤリと笑い、秘書風職員さんことイスルさんに指示を出す。
「畏まりました。至急お連れします」
「あぁ、済まないが頼むよ」
この遣り取りだけ聞くと無駄に格好いいんだよね。こう言うのに慣れていると言うか。
でも、どうせとか、悪企みって何だよ?
骸骨さんも、まだ商業ギルド関連では何もやらかしていないんだけど。
でもイスルさんが来たタイミング…まるで謀ったように思えるんだけど、気のせいか?
その担当者が来るまで雑談を交わし…躱しながら部屋の中を見回す。
よくある学校の教室みたいな作りで、小上がりになった所に教壇があり、壁に黒板代わりの鉄板が貼り付けてある。
あとは適当に机があり、リミエンと周辺の地図が板に貼って立て掛けられている。
職員の数は十人少し。当然だが誰の顔も名前も知らない。名札も社員証も無いから当然だ。
名前を覚えるのが苦手な人には不便だな。
ガバスさんなんて未だに弟子の名前を間違えるぐらいだし。
入り口側の壁には各部門の担当者の名前が書かれていて、行き先掲示板の代わりに使われているようだ。
ホワイトボードじゃないから最初は何の板か分からなかった。
レイドル副部長が若い女性職員を一人呼んで、
「こちらは冒険者ギルド所属のクレスト君だ。
今日から商業ギルドにも席を置き、特別外部顧問に就任する」
と配属を勝手に決めてしまった。
商業ギルドって人事部は無いの?
貴方の顔が物理的に広いのは仕方ないけど、俺の所属部署を決めるのは越権行為だと思うんですけど。
「やっぱり、あのクレストさんだったんですね!
私、雑務係のスレニアと言います!」
と職員さんが嬉しそうに両手で俺の手を取る。
「どうして『あの』になるのか分からないけど、宜しくです」
「クレストさんがこんな…に来てくださるなんて感激です!」
こんな、の後が気になるんだけど。
実はこの対策本部って、実はアレでコレな人の集まりか?
それならレイドル副部長が居てもなっと…。
「ゴホン、スレニア君、掲示板にクレスト君の名前を追加してくれないか」
「はいっ、喜んでっ!」
「どっかの居酒屋か!」
スレニアさんの返事に思わず速攻で突っこんでしまう。多分この国にはそんな返事をする居酒屋なんて無いよな?
「居酒屋か。それ、ウチの直営店に取り入れてみるか」
と真面目な顔でレイドル副部長が呟く。
だから、不動産部の貴方にそんな権限は無いでしょうが。この人は何にでも首を突っ込みたがるな。
好奇心は猫をも殺すと言うが、この人も八回は殺さないと死なないパターンなのかも。
て、それって俺にも当て嵌まるのかな?
骸骨さんが死んで今の俺になったんだから、ショーンでコネリーさんのスパイみたいに二度死んでる?
いや、骸骨さんは地球で暮らしていたんだから、今の俺って少なくとも四度目の魂だよ。
イギリスの諺だけど、転生できる回数のことを言ってるのかも。そう考えると実に奥が深い言葉だね。
スレニアさんが嬉しそうに行き先掲示板の一番上に俺の名前を書いているのは何故だ?
しかも一度レイドル副部長を消して書き直してるし。
それに名前の横に赤い蝋石でハートを書かないでよ。君はモブ要員なんだからね!
それからすぐにイスルさんが定年間近なんじゃないかと思えるお爺さんを連れて来た。
「君がクレスト君か。思ったより歳じゃの」
とライエルさんに向かって言う。
「スイナロ爺、相変わらず惚けていますね。
そちらは冒険者ギルドのライエルさんですよ。隣の」
「濃紺の髪の男性がクレスト君じゃろ。
それぐらいは知っとるわぃ」
商業ギルドも色んなの人が居るんだね。でも何故かどこか癖のある人ばっかりな気がする。
「バルドーからマジックハンドの製作に関して面白い計画があると聞いておるぞ。
聞かせて貰おうかの。
の前にこの椅子は硬くていかん。
スレニアちゃん、膝枕してくれんか。
イスルちゃんは肩を揉んでくれんかの」
ボケて無いならただのセクハラ爺か。
「構いませんが、どのくらいの強度で砕きましょうか?」
とイスルさんがボキボキと指を鳴らして明らかに威嚇してる。
それやると関節が太くなるらしいよ。
それにしても、温和そうな顔をしているけど、レイドル副部長の側に居るだけのことはある。イスルさんを怒らせると叩かれるんじゃなくてグーパン確実だ。
「スイナロ爺、余命僅かなんですから早く話しを進めましょうかね」
とレイドル副部長。事実でも普通はそんなの言わないだろ?
「相変わらず商業ギルドは楽しい所だね」
とライエルさんは呑気にお茶を啜りながら楽しそうに遣り取りを見ている。
確かに冒険者ギルドじゃこんな遣り取りは見たこと無い。
受付嬢と提出カウンターの人以外に見たことあるのは、クイダオーレの会議に出て来たポンコツ元美人のブルガノと、名前は聞かなかったけどブサメン幹部ぐらいだ。
商業ギルドと違って部署を分ける必要もそれ程無いんだろうけど。
スイナロ爺がバルドーさんの持ってきたマジックハンドの図面をテーブルに広げる。
「これはバルドーが持ってきたマジックハンド。離れた場所にある物を掴む装置じゃな。
考えたのはバルドー…じゃが、作る時間が取れんらしくての、アイデアだけを持ってきたんじゃよ。
それでな、発案者が製作に着手せん場合は儂が工房を決めて発注するのが決まりなんじゃ。
じゃがそれを気に入らん、工房同士で競わせろと言う戯けがおってな」
と俺を指差す。
「小さな工房だと試作の資金が出せんじゃろ。
マジックハンドのコンテストを開催して参加する工房には製作費を商業ギルドから出させろ、じゃと。
その費用は客を集めるイベントを開催しろと言ったそうじゃ。
後はクレスト君が説明せいゃ。儂も詳しくは聞いておらん」
爺さんの話を聞いてレイドル副部長が腕を組んで考えだした。
ライエルさんはノホホンとしているけど、頭の中はハムスターの回すホイールのように回転しているんだろう。
先に復帰したのはレイドル副部長だ。
「客を集める手段は何か考えが?」
「大まかな方針として、基本的には色気、食い気、演芸、これらをセットにします」
この世界ではミスコンが性差別だと言われることは無いだろうから美人メイドコンテストを、ダメなら執事コンテストと同時開催すれば良い。
そして広場にB級グルメの屋台を一同に集め、全国から大道芸人や吟遊詩人を招待する。
小さな子供達向けに『セラドン対勇者』の演劇をしても良いし、小動物との触れ合いコーナーを設けるのも良い。
他にもファッションショー、的当て大会、輪投げ、ビンゴゲーム…どんな物でも新鮮に映るはずだ。
技術的には他の都市に後れを取っていても、出し物のアイデアさえあれば人は集まってくるだろう、と甘い予測を立てる。
「色々とアイデアがあり過ぎて困るが。
これは百周年記念イベントの予行には持って来いかも知れんな」
「イケオジコンテスト、どうでしょうか?」 「執事コンテストも良いけど、ミスター&ミス冒険者コンテストは外せません。勿論クレスト様に投票します!」
「儂はファッションショーじゃな。もう少し色気の出る服を着たおなごを見たいもんじゃ」
「私はグルメコーナーかな。パンケーキが美味しいと噂を聞いているからね。
あの屋台はクレスト君絡みだよね」
壁に貼った鉄板にアイデアを書きだしたんだけど、これなら黒板とチョークは無くてもそれっぽくて良い。
ここの鉄板は黒く塗装してあって錆びることも無さそうだし。
問題は皆が好き勝手を言い始めて収拾が付かなくなったことだ。
決めなきゃいけないことは沢山あるんだけど。
皆を無視して決めなきゃいけないことを鉄板に書きだしていく。
①メイン会場の場所、輸送方法
②日時
③雨天の場合
④マジックハンド製作工房への連絡
⑤参加工房に渡す製作費
⑥審査方法
⑦周知方法
⑧予算
⑨総合司会
⑩警備体制、迷子対応、おとし物対応
⑪宿泊施設
⑫交通整理
⑬トイレ、廃棄物の処理
⑭来賓、招待客対応
⑮舞台設営
⑯救護体制
⑰屋台を出す場所の決め方、参加条件
⑱エトセトラ
「皆さん! 簡単にイベントやコンテストとか言っても、決めることはたっくさんあるんですよ!
そんなに各自が好き勝手を言ってちゃ、何も決まらないでしょ!」
と叫んで一度混乱を治める。
「せっかく前哨戦としてマジックハンドコンテスト、略してマジコンを開催するんだから、もっと纏まってくださいよ。
百周年記念イベントで人を集めたいのは分かるけど、今のリミエンに宿泊施設は、食べる場所は、おトイレは足りていますか?
足りていないなら近隣の村に宿泊出来るようにするとか、早めに手を打たないとヤバいでしょ!」
対策本部と名前だけは立派な組織を作っても、中身はこの手のイベント開催経験の無い人ばかりだ。これじゃ本番で大コケするに決まっている。
「皆さんはイベントの素人なんです。最初は失敗するでしょう。
でもマジコンは失敗しても大して影響は出ないでしょ。マジコンを初回にして定期的にイベントを開いて経験を積むしかないんですよ。
本番は五年後ですが、毎年何かのイベントをやっても予行は四回しか出来ないんです。
もし他の領地にこう言うイベントの企画・運営が出来る商会があれば少々お金が掛かっても良いから利用してください。
王都なら式典とかも再々あるんでしょ?」
「儂はマジックハンドさえ作らせりゃ良いと思うておったが。
確かに百周年記念には五年しかないのぉ。
レイドル、チンタラやっとる暇は無いぞよ。
イスルちゃんかスレニアちゃんや、肩か胸を揉ませてくれんかの」
「余命を縮めても宜しいのですね?
いぇ、今日が命日でも構いませんかしら?」
何処かからポキポキと鳴る音が聞こえるが、気のせいだろう。