第77話 見落としていたこと
木材買い付けの依頼が俺にもご指名がありそうだと聞いた時は反発したが、目的地には温泉があるとのことだ。
それなら行くしかあるまい。
防具が無いので出発はまだ先になるが、異世界温泉への期待で胸が膨らむ。
気持ちよく冒険者ギルドのドアを開けると、午後二時前は空いている時間らしくロビーはガランとしていた。
一番左の受付には老婆がエマさんと話をしていて、四席ある受付カウンターにはミランダさんともう一人(名前は聞いていないがたまに見る)受付嬢が座っていた。
「あっ、クレストさん!」
とミランダさんが叫び、エマさんが立ち上がった。そんなに反応しなくても良いのにね。
「ちょっとこっちおいで」
とライエルさんが居る執務室のドアを振り返らず親指で示す。
「一応聞くけど、ギルド主催の事業の案よりライエルさんの方が優先かな?」
「あっ!…う…まぁ…そうね、先にそっちで。
終わったら聞かせてね」
ミランダさんの中で凄く葛藤があったようだな。そりゃ、自分の担当してる案件を持ってきたって聞いたら先に聞きたくなるもんだ。
ミランダさんが開けっ放しのドアをノックしてライエルさんに入室の許可をもらう。
ドアが開いてるなら、不動産部の受付みたいに『ライエルさーん!』て大声で呼べば早いのにね。
ライエルさんが俺の顔を見ると、ニコニコしながらソファに座れと手で示す。ミランダさんは自分は部外者だと言わんばかりにドアを閉じる。
ライエルさんは手元の書類に目を通してから、
「今朝は大活躍したらしいね。助かったよ」
と優しく告げるが、今一つ分からない。
倒した三人のことだと思うが、強かったのは豪華な服の男だけで、それも俺が素手だったからだ。
骸骨さんの持っていたトンファーを防御に使っただけで一気に形勢逆転したんだから、大した奴じゃ無かった筈。
「闇討ちのエンガニ。
元リミエン冒険者ギルド所属の冒険者で、私が冒険者資格を剥奪した男だ。
前のギルドマスターの裁定によるが最高到達ランクは金貨級」
そう言ってテーブルに投げ置かれた羊皮紙には豪華な服の男の似顔絵と経歴が書かれていた。
それよりも無駄なことに風の魔法を使う人だな。郵便局で葉書の仕分けに使えそうなレベルの制御で実に羨ましい。
「正式には賞金首ではなかったが、アジトの一つが割れたのでそこから何か証拠の一つでも出てくると思う」
ライエルさんは真面に説明する気は無いみたいだから、俺はどう言う状況なのかを想像力を働かせて考えた。
「つまり、このエンガニは金貨級であったけど実力的には大銀貨級程度で、素行不良が酷くてライエルさんがクビにした。
冒険者同士のイザコザは基本的に本人同士でケリを付けるって方針だから、冒険者を鴨にして罪を逃れていた」
と予想を述べる。
ライエルは頷くだけだが「ふむ、続けて」と短く催促する。
「それがクビになってから一般人にも手を出していたけど、今まで証拠を残さずに悪事を働いていた。
それを俺が偶然捕らえたので有難う、そう言いたい訳ですね?」
「説明の手間が省けて助かるよ」
「それくらい説明してくれも良いじゃ無いですか」
「君と違って普段は頭を使う仕事をしているからね。
軽い息抜きだよ」
酷い言われようだな。そりゃ、俺はライエルさんみたいにデスクワークで頭は使っていないけどさ。
それでもギルドの事業のアイデアを考えてきたんだから、ちょっとは労ってくれても良いだろ?
「落ちぶれたとは言え、金貨級の元冒険者をどこかの銀貨級の冒険者が倒してしまってね。
どう対策を取れば良いのかと、頭を悩めているところなんだが」
そんなことを言われても俺は悪く無い。襲われたから返り討ちにしただけだ。
前のギルドマスターが認定したランクなら、ライエルさんには関係ないでしょ。
「ウチに登録している冒険者全員、ランクを見直さないと行けなくなったら何日徹夜が続くか分かったもんじゃない」
「それはご愁傷様で」
「勿論…君は真っ先に大銀貨級に昇格、金貨級承認試験を行うことになるが」
「徹夜はいけません。
人は一日に最低十時間寝ないと」
そんなの冗談じゃない。俺はこれ以上ランクを上げるつもりは無いんだし。
「やはりそう思うだろ?
だから次から格上狩りは目立たない場所で頼むよ」
その前提が既におかしいと思わないのかな?
前のギルドマスターや他の地域のギルドマスターがどんなランクの決め方をしてるのか知らないけど。
「それは相手の出方次第ですが、なるべく善処します」
「うん、人目に付く場所なら逃げてくれ」
「そんな機会が無い方が良いんですけどね」
「色んな人が居るからね。私もそうあることを望んでいる。
で、今日来たのは依頼のことで?
それとも事業案の方で?」
「先に事業案ですね。その後でちょっとした考えを聞いて欲しいですが」
「…それならミランダ君を呼ぼうか」
ミランダさんと一緒に聞いて貰った方が一回で説明が終わる。当然の判断であり、ミランダさんを執務室に招き入れた。
お婆さんの依頼対応が終わったエマさんが紅茶を運んでくれたので、一口飲んでからライエルさんが話を進める。
「クレスト君が子供達を連れて貯水池に行ったのは三日前だったかな。
あの付近一帯は御者のトレスさんが大掃除をしてくれたお陰で安全になっているんだ。
それは君達も知っているだろ?」
俺とミランダさんが「はい」と答える。
「冒険者同士の交流ってそれ程ないからさ、本当はもっと良いパーティー構成が出来るのに、良い仲間に出会えず惜しい結果に終わる人も多いと思うんだよ」
それは俺も思っていた。
誰がどんなスキルをどれぐらいのレベルで持っているのか分かればパーティーに誘う参考になるのだ。
それが分からないから、前衛か後衛か、攻撃職か防御職か、と言った大まかなフィルターしか使えないのだ。
勿論性格が合う合わないってのは能力以上に大事なのは言うまでもない。
だから街コンじゃないけど、冒険者同士のカップリングの場を設けようってのが今ライエルさんが言いたかったことだ。
それを冒険者だけでなく市民にも参加させようと言うのが一歩進めた事業化案だ。
そう言う場を設ける為に人を動かさなきゃならないし、その為にお金を得る手立てが必要になる。
だがライエルさんにはそこまで考える時間的余裕が無いから、ミランダさんが犠牲者となり、俺が巻き添えを食った訳だ。
「そこでクレスト君が何か思い付いたみたいだったから指名したんだけど、どんなアイデアだい?
私の希望はね、
①ギルドの収益性があること
②交流の場となること
③冒険者にもメリットがあること
④子連れでも遊びに行けること
こんなところかな」
俺の予想と合っているな。
それなら市民運動会や社内運動会の開催も条件に合うし、常設のフィールドアスレチックやキャンプ場の建設も行けそうだ。
陸上競技場みたいな平坦地が出来る場所があるかは分からないけど、次々と運動会のメニューとアスレチック施設のアイデアを紙に書いていく。
ムカデ競走や玉入れだってこの世界には無かった物だから斬新なイベントであり、二人とも夢中で話を聞いてくれたので大満足だ。
しかし、全ての説明を終えた後にライエルさんが残念そうな顔をしたのだ。
「面白そうな企画だね。
でも一つだけ重大な見落としがあるよ」
勿体ぶらずに早く教えて!
「雨の日はこのイベントが行えないよ」
「あ…確かに」
リミエンに来てから雨が降っていないけど、傘の需要があるから分かっていたけど雨は降るのだ。
それを完全に忘れてたわ。
「前日の雨でも地面が濡れてると厳しいわ。
楽しそうなんだけど」
とミランダさんも楽しみにしていただけに残念そうだ。
「じゃあ、屋根付きの広場を作りますか。
雨天は屋内で出来るゲームに絞れば良いし、常設のゲームコーナーを設けるのもありかな」
ドーム型球場なんて贅沢は言わないから、体育館を建築しよう。建設費が幾らかは知らないけど。
「なるほど。それは良い案だね。屋根のある広い建物が一つか二つは欲しかったところなんだよ。
貯水池周辺をクレスト君の言う運動広場として開発し、その一つに組み込めば問題無さそうだ」
あれ? 何でそんなに建設的な方向で考えてくれるんだろ?
どれもお金が掛かる話なのに。
「不思議そうな顔をしてるね。
なに、単純なことさ。五年後の建国百周年記念イベントの会場が欲しかったんだよ」
そうか、コンラッド王国は今年で建国九十五年目だったね。百周年記念に何もしない訳がないじゃん。
それに向けて今から動いてたんだね。でも体育館なんて簡単には作れないよ。基礎を固めて木材を加工して、運んで組み立てて。どれも人力だよ。今からやって間に合うの?
「でもね、リミエンは肝心要の木材が足りなくなりそうなんだよ」
と言いながらチラチラと俺を見る。
「その話なら、木材加工業ギルドの会合に出席したエメルダさんから聞きました。
金貨級以上の冒険者は発見されたダンジョンに行くので、銀貨級以上の冒険者が西の町に材木の買い付けに行く依頼が出ると。
勿論俺も依頼を請けますよ。
一往復なんてケチは言いません。西の町の在庫が無くなるまで往復しますから」
勿論目当ては温泉だよ。行き付けの温泉宿とか出来たら最高でしょ!
「えっ?! そっちに行きたいの?
私としては、クレスト君には金貨級冒険者の戦いっぷりをつぶさに見てもらうつもりだったんだけどさ。
彼らも君には興味を持っているし」
最初はダンジョンに行きたいと思ってたけど、温泉の話を聞いて買い付けに行くことに決め、更に金貨級の冒険者に興味を持たれていると知った今はダンジョンに潜る選択肢が完全に消滅したよ。
「でもクレスト君が買い付けに行ってくれるのなら…それもありかな。
ダンジョンは逃げないし。魔物が暴走を起こさない程度に数を減らすだけなら、彼等に任せておけば大丈夫だ。魔石の確保にもなるし。
うん、そうしよう。ローテーションを組んで月に二往復してもらおうか」
ライエルさんが考えを纏めて羊皮紙にメモを始める。
「アスレチック施設は暇な冒険者を使って建設させよう。木材は私の仲間に王都方面から運ばせるよ。見た目は然程気にしないなら、使える丸太は幾らでも転がっているだろう。
私としては、このジップラインを絶対に完成させないと気が済まないね」
「クレストさん、これって二人乗りも出来るのよね?
何か狙ってる?
狙ってない訳がないわね。キャーッとか言ってギュッとさ」
この二人が一番食い付いたのがジップラインだ。ワイヤーロープもナイロンロープも無いが大丈夫なのか?
でもライエルさんがここまで自信を持つってことは何か手があるんだよね?
「ジップラインは安全上、一人乗りにします。
荷重が増えればそれだけ早く補修が必要になりますから」
「なんてケチなのよ!
ギルマス、絶対二人乗り可にしてくださいよ!」
ロープが切れて墜落しても大丈夫なようにコースの下にはネットを張るけど、切れないことの方が大事だからね。
翌日からライエルさんが貯水池周辺の実地調査をすることになった。
勿論フィールドアスレチック計画やメイン施設などの建築場所を決めるためだ。
領主様や他のギルドにも話を付けてから動いた方が良いと思うけど、先に現地を見て実現可能かどうかの判断をしたいのだとか。
先に話をしてから見に行って『ごめーん、全然無理っ!』と言うのは確かにかっこ悪いな。
ミランダさんは執務室から出てさっき出したアイデアを整理することになった。
彼女に委せると、二人一組で攻略するような施設が増えそうで恐いのだが大丈夫だろうか?