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第76話 お使いに行くのもありですね

 お昼ご飯を買いに屋台に行くと、ミレットさんの姪にあたるクッシュさんが明日からパンケーキのお店を出すことを知った。

 これは良い知らせだとホクホク顔でエメルダ雑貨店に戻ると、逆に木材不足が起こると言う悪い知らせが。


 リミエンのご領主様が対策を取らない筈は無いと思うのだが、キナ臭い気がする。

 とは言え高々銀貨級の冒険者である俺の出る幕は無い。俺は俺の出来ることを続けるだけだ。


 …と思っていた時間がありました。


 店内の隅っこで買ってきた串焼きを食べていると、エメルダさんが木材加工業ギルドの会合から戻ってきた。

 店内で飲食している俺に一瞬不審げな表情を見せたエメルダさんだが、

「あらクレストさん、ちょうど良かったわ。

 ちょっとお使いに行ってきてくれないかしら?」

と開口一番にそう言うのだ。


「お昼ご飯ですか?」

「外で食べてきたわよ。

 そうじゃなくて、冒険者に木材の買い出しを頼むことになったのよ」


 さっきもその話をエリスちゃんとしていたけど、銀貨級の俺には関係ない筈。

 エリスちゃんも母の言葉の意味が分からないらしく、頭を左右に振って俺に知らないよとアピールしてきた。


「タイミング悪くね、金貨級以上の冒険者達は新しく発見されたダンジョンの調査に向かっているそうなのよ。

 だから緊急措置として()()()()()の腕利きにこの話が出されるのよ」


 お復習(さら)いになるが、冒険者のランクは七段階で、上から白金級、大金貨級、金貨級、大銀貨級、銀貨級、大銅貨級、銅貨級の七段階だ。

 (実際には各ランクとも三段階の評価あり)


 一般的な冒険者が腕利きと評価をされたとしても、到達出来る限界は大銀貨級と言われている。

 現在のシステムに於いて、その先の金貨級に到達するには高度な戦闘能力や専門知識を有していなければならないのは当然の事ながら、その地位が与えられるだけのギルドからの信頼が必要になるのだ。


 木材不足の予防の為の買い出しのような公共性が高く、かつ大掛かりな依頼は金貨級以上の冒険者が対象であり、本来なら銀貨級の俺に声が掛けられる訳がない。


 しかも大銀貨級ではなく銀貨級以上と来たもんだ。

 大銀貨級への昇格条件で最も重視されているのが戦闘能力であり、一撃で魔鹿の頸を断ち切れるぐらいでなければ大銀貨級には上がれないと囁かれているのだ。


 冒険者のランクの差は(降格処置を受けた者以外であれば)容易に覆すことの出来ない戦力差を意味する。

 だから俺が登録に来た時に『黒羽の鷲』を撃ち破った事が大きな反響を呼んだのだ。

 (実際には彼らにそこまでの実力は無かったのだが、冒険者ギルドがそれを声に出して言う訳にもいくまい)


「銀貨級にはそんな重要な役目は荷が重いですよ」

「何を言ってるの。

 『銀貨級』以上になったのは、貴方を動かす為に決まっているじゃない」

とエメルダさんが()も当然と言わんばかりだ。


「俺もダンジョン探索の方が良いんだけど」

「武器も防具も持たない人をダンジョンに入れる訳にはいかないでしょ。

 それに魔物相手に殴る蹴るで戦うつもりか?と言われるわよ。

 クレストさんは対人戦闘のプロフェッショナルだからってことでご指名なのよ」

「マジですか…」


 確かにどこぞやの衛兵隊長に調子こいでそれに近いことを言った気がする。

 でも今日の戦闘で、実は自分が考えていたより対人戦闘も出来ないと自覚したばかりだ。


「ギルドからマジックバッグが貸与されるから、片道一週間ちょっとのお散歩だと思って気楽に行ってきなさい」

「そんなお散歩はノーサンキューなんだけど」


 コンビニにアンパンとジュースを買いに行ってこいと言うかのように、エメルダさんが気楽に言ってくる。しかも俺に選択権を与えるつもりも無いようだ。

 木材加工業ギルドとやらが俺の噂を鵜呑みにして過大評価をしているに違いない。


「それなら『ホクドウ』、なる早で作ったげるよ。パパにも一振り作らせるから」

「ホクドウ?」


 エリスちゃんの言葉にエメルダさんが不思議そうな顔をする。

 『木刀』をもじって命名した『ホクドウ』をエメルダさんが知る訳もない。


「ママ、この木剣がホクドウよ。我が儘クレスト専用の武器ね」

と製作途中の木剣をエリスちゃんが掲げて見せた。


「はい? …どうして木製なの?」

と小首を傾げてエメルダさんが俺に聞く。


 木刀がどうして木製なのか?と聞いているのでなく、どうして木製の武器を所持するのか?と聞いているだろう。

 

「ロマンだから?」


 剣術スキルは骸骨さんが持っていたけど、俺には単に刃物を振り回す趣味が無いだけだ。

 勿論木刀だって殺傷能力を持っている。

 頭に命中させれば頭蓋骨にヒビは入るだろうし、肋骨に守られていない腹部を叩けば内臓破裂を起こせるだろう。


 それにメインは骸骨さんが持っていた革グローブにするつもりだ。

 見た目はかなり厨二病成分が盛られているが、格闘技用のグローブに近い感覚なので一番自分に合っている。

 ホクドウを使う時にはクッション性の高いグローを使うつもりだけど。

 後はコラルさんの作っている革ジャンが出来れば俺の初期装備が揃う。


 ホクドウを目にして呆れた様子のエメルダさんだが、

「武器は自分に一番合った物を選ぶのが当然なのは確かね。

 戦争の続いているキリアスじゃ鉄が不足してるだろうし、魔王セラドも木の武器を使っていたそうだから、それはそれでクレストさんらしいのかも」

と恐ろしいことを言う。


 そんなことを言われたら『魔王の再来』みたいな称号が付くかも知れないからやめて欲しい。


 用事は済んだと奥にエメルダさんが引っ込んで数分後、バルドーさんとガバスさんが戻ってきた。


「パパ、お帰りなさい」

「大将、ガバスさん、お帰りなさい。

 野菜ホルダーはどうなった?」

「ホルダーはどこの工房が作って売っても構わんことになった。

 ホルダーを多く売れば、その分薄切り器も多く出るだろうからな」


 予想と違って薄切り器本体との抱き合わせ販売ではなかったか。

 それだと多分ホルダーはほとんど売れないと思うけど。


「今のとこ、ブラバ樹脂で成形が出来る技術があるのはウチだけじゃがな。

 ゴビースのブロック愛がこんなところで役立ったわい」

「名前、ボビースさんね」


 何故か間違って名前を覚えられるボビースさん。

 ところでブロックを作る為にブラバ樹脂を買い占めしたりしてないよね?


「その前にリミエンの問屋にはブラバ樹脂が残っておらんがな! ガハハっ!」


 やっぱりか。聞くまでも無かったな。


「で、エリスが作っているのはなんじゃ?」

とバルドーさんとガバスさんの目がホクドウに向けられた。


「よくぞ聞いてくれました!

 チャチャチャチャッチャチャーン!

 クレスト専用武器『ゴクドウ』!」


 エリスちゃんが何故かお腹から取り出す仕草を見せ、ダミ声にしてホクドウの名前を告げるのだ。

 言っちゃなんだが、それも勇者ネタだよね?

 勇者のもたらした物品には忌避感があっても、サブカル系だけは素直に受け入れてんだ。

 少し古いネタなのは、勇者が誘拐された年代のせいだろう。


「いや、名前は『ホクドウ』だから」

「こんな物を作らせるなんて、私は姐さんポジションかしら?」

「聞いてねぇし。てか、姐さんポジションの女性は武器作らんだろ」


 武器と聞いてバルドーさんがスッとエリスちゃんの手から製作途中のホクドウを奪い取ると、軽く二度素振りした。


「別の大陸には独特な武器があると聞いたことがあるが、これもその一つだな」


 バルドーさん的にはありなのか、意外と気に入ったようで素振りを続ける。


「反りを入れたのは包丁のように切ることを考えてのことだな。つまり本来、これは鋼で作っていた筈。特大サイズの包丁のような物か。

 だが長ければ重くなるから細くせねばロクに振ることも出来ん。

 本物はかなり鍛え上げた鋼で作られた物なんじゃろ」


 初見でそこまで想像できるのは凄いな。俺だって刀の形状を理解しきっていないのに。

 それより別の大陸は南と東にあると聞いている。そこに行けば俺の好みに合う武器があるかもな。


「ほぉ、『ホクドウ』を鋼で作るのか。それも面白い。

 『目に剣察す』と『ワッフル出すなー』の次に作ってみるか」

「ガバスさん、メリケンサックとナックルダスターだから。いい加減覚えてよ」


 この人も絶対わざと間違えて言ってんだろうね。

 ワッフルと言えば水飴を作ってもらうつもりだけど、どこに行けばいいのかな?

 商業ギルドに行く予定があるから、行った時に聞いてみるか。


 でも順番的には先にミランダさんにイベント企画の話をしないと、何日か待たせてるから顔出さないと怒られそうだ。


「じゃあ、俺は冒険者ギルドに用事があるから行ってくる」

「依頼か?

 木材の買い付けは金貨級以上が対象だからオマエには関係ないな。

 それなら行っても大丈夫か」

「パパ、その話だけどクレストもギルドからご指名されてるみたいよ」


 エリスちゃんがエメルダさんを呼び、さっきの話をバルドーさんとガバスさんにも教えた。


「ダンジョンなどいつ出来たんじゃ?

 初耳じゃが」

「入り口が魔法で巧妙に偽装されていて、かなり古いそうなのよ」

「そんな物がよく見つけられたな」

「スオーリー副団長の連れて来た人達が発見してくれたそうよ。貯水池から一時間程の場所らしいわ」


 マジ? じゃあスオーリー副団長が貯水池に来てたのは遊びじゃ無かったってこと?

 そんなことは一言も言わなかったし。

 でも近くにダンジョンがあるんじゃ、貯水池周辺を遊び場に変える計画は無理かも。


 でも、ダンジョンと言っても巫女姫様の予言に出て来なかったのなら、大した影響は無いと思うんだけど。

 それとも、巫女姫様の能力では見つからないようなステルス機能があったとか?

 いや、巫女姫様の予言とやらが全て公表されていると思うのは間違っている。

 魔熊の森の件は治癒魔法の使い手を集めるのに利用されていたけど、本来は予言は公表しないのかも。


 偽装されていたと言うのも気になるところだ。

 実はスオーリー副団長の本当の目的は、リミエンに隠されているダンジョンの発見だったのかも。


 ダンジョンか…ゴブリラにボコボコにされたって悪い思い出しかないけど、ゴブリラは一応アレでも魔王みたいだからスライムの俺じゃ勝てなくて当然だったし。

 あんなのがポコポコ出てくる訳は無いだろうから、機会があれば潜ってみたいな。


「そうか。じゃあ、近いうちにオマエがお使いに行ってくれるわけか。

 向こうには山の麓に地面から湯が出る珍しい場所もあるらしい。

 たしか、『オンセーン』とか言うらしい」

「よし、のった!

 不肖ながら私冒険者クレスト、木材買い付けの依頼を喜んで受諾致します!」

「おっ…ぉぉ、なんか知らんが喜んで行ってくれるなら有難い」


 俺の態度が急変したことに不審な顔をされたが気にしない。

 だって買い付け先には間違いなく温泉があるんだよ。ここに行かない理由が無いでしょ!


「やっぱりクレストさんの考えは理解出来ないわね。地獄巡りの何が楽しいのか」

とエメルダさんも両手を上げる。


 温泉が片道一週間の先にあるってことは、リミエンでも掘れば温泉が湧く可能性がある訳だ。

 上手く行けばスパリゾート施設だって出来るかも知れないんだよ。地下一キロメートルも掘れる道具はさすがに骸骨さんも持っていないだろうけど、『大地変形』を繰り返し使えば不可能ではない筈だ。


 何気に今思い付いたんだけど、『大地変形』を使えば城の一つぐらいは落とせるんじゃ?

 いや、さすがにそれは無理か。

 あれはチンタラと二段階詠唱しなきゃ使えない魔法だから、使ってる間に邪魔されるよな。


 深く掘削するなら螺旋階段を作りながら掘り進めれば行けるよね…イヤイヤ、高さ一キロの螺旋階段の上り下りって拷問だよ。

 それに掘削中に雨が降ったら底が池になってしまう。


 エメルダさんの言う地獄巡りがどんなのか知らないけど、一度は行って確かめないとね。

 もし本物の温泉だったらアイテムボックスでお湯をお持ち帰りしても良い訳だし。


 ヤル気の出ない依頼だと思ってたけど、リミエンの人達の為になるなら喜んで邁進致します!


「ニヤニヤしてないで、サッサとギルドに行きなさーい」

とエリスちゃんがバルドーさんから取り返したホクドウを手にしてシッシと手を振る。


「調理器具の二つは外注に出したことだし、儂も『ゴクドウ』を作ってみるか。エリスには負けんぞ」

「バルがやるなら、儂も『手に剣サックリ』と『アップルラクダー』の後に打ってみるか」

と二人が対抗意識を露わにしてきた。


「だから、めり」

「『メリケンサック』に『ワッフルカスタード』だろ。

 分かって言っておる」


 どこまで分かってんだろね?

 ところでカスタードクリームの作り方ってどうだったっけ?

 少々手間だけど卵、牛乳、砂糖、薄力粉で出来る筈。やっぱり砂糖が欲しいっ!


 カスタードクリームを使うスイーツで好きなのは断トツでシュークリームだな。

 悪友に騙されてワサビ入りのシュークリームを食わされたことがあるけど、あれが「見た目に騙されるな!」と言う教訓になったんだよな。


 そう言えば、今回見つかったダンジョンも原理は分からないけど、魔法で見た目で騙されていたんだろ?

 でも誰がそんなことをしたんだろう?

 ダンジョンは中に居る魔物が増えすぎると暴走を起こすらしいから、それを利用してリミエンを陥落させそうとしたのかも知れないけど、何故リミエンを狙う?


 王都を墜とそうとしていたなら分からないでもないけど、農業しか無い平凡な町を墜とすメリットはないと思うけど。

 コンラッド王国に食料危機を起こさせるのが目的か?

 それだと農業大国の中でリミエンだけを狙っても効果は薄いだろう。


 別の目的があったのか、それとも他にも偽装している場所があるのか。

 もしそうなら…ルケイドの家が持っている山で植樹が上手くいかないのって、ダンジョンが関係しているとか?

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