第75話 新しい屋台が出るそうだ
野菜ホルダーをガバスさんの弟子のゴ…ボビースさんに作って貰い、エメルダ雑貨店に向かっている途中でエカテリーヌちゃんを誘拐しようとしていた男と遭遇。
衛兵さんに仲間二人も捕縛してもらうと、呼び出しがあるだろうと不吉なことを告げられたのだ。
面倒くせえと思いつつ、足を早め雑貨店へと向かった。
「ちわ~、大将達いる?」
「あー、遅かったわね。迷子になってたの?」
とエリスちゃんがそんな冗談で迎えてくれる。
「そんな訳あるか。ガバスさんは?」
「えーとね、帰って来たパパとまた商業ギルドに行ったわ。今朝だけで三回目ね」
「なんかゴメン」
「いいの良いの。薄切り器で怪我をしない道具を作ってくれたんでしょ。
それに新しいデザートも出来るらしいじゃない。ナックルだったっけ?」
エリスちゃん、お前もか!
どんだけそのネタが好きなんだよ?
「で、クレスト、悪いけど何かお昼ごはん買ってきて。
奥にルケイドさんとネットワークの人が二人居るから五人分。一人はアンタだからね。
銀貨四枚貰ってるから渡しとく」
「ネットワークの人ってチャムさんと誰か?」
「そうそう、フラウさんね。敵に回すと怖い人達だからね」
俺に取ってはどんな女性だって怖いんだけど。何がセクハラになるか分からないからね。
銀貨四枚なら一人あたり大銅貨八枚の計算だ。いつもの串焼き二種類、パン、ジュースでピッタリだな。
そう考えて、先にパン屋で適当に五人分を詰めてもらい、次に串焼き屋の屋台を訪ねると、
「兄ちゃん、パンケーキ屋の件、ありがとよ」
と律儀に御礼を言われた。
「あのパンにおっちゃんの串焼きを挟んだやつ、美味かったよ」
「そうだろ、そうだろ」
「串焼きだけ食べるよりずっとね」
「兄ちゃん、そりゃ無いよ~。
俺もそう思うがな」
と二人で笑い合う。
お勧めで串焼きを十本とジュースを買い(ジュースは水筒に注いでもらった)、肩掛け鞄経由でアイテムボックスに収納する。
「ミレットさんはまた屋台を出しに来てくれると思うか?」
「どうだろうね?
村から出て来るだけでもお金が掛かるから、再々は来れないよね。
それに商業ギルドの部署に嫌がらせを受けたらしいし」
「それ、噂になっとるぞ。外食産業部だろ。
上の方が大幅に入れ替えになったらしい」
そうだったのか…何故か高笑いしているプロレスラー副部長を思い浮かべるが、多分あの人が一枚噛んでいるんだろうな。
なんでレイドルさんが不動産部の副部長なんかやってんだろ?
完全にミスマッチだと思うんだけど。
反社の人達の不動産対応の為に、ああ言う感じの人を置いてるとか?
「噂と言えばな、この隣に新しい屋台が決まったらしいぞ。何でも新しいパンの店だとか」
「パン? 屋台のパンって珍しいよね」
「あぁ、ミレットさんの真似をしたのか、系列なのか。あのパンはそう簡単には真似は出来んと思うが。
勿論儂のタレも真似は出来んぞ」
何を張り合ってんだか。屋台を引いていると言えども、このオッチャンにも料理人としてのプライドがあるんだね。
買う物は買ったので雑貨店に戻ろうとしたところで背後から声を掛けられた。
俺に、ではなく屋台のオッチャンにだが。
「すみません、明日から隣にパンケーキの屋台を出す者です」
振り返ってみると、どこかミレットさんの若い頃のようなイメージがある、十代半ば…ルケイドやエリスちゃんと同じ年齢ぐらいの女の子だ。
「噂は本当だったのか」
「ごめん、パンケーキって言ったよね?
ミレットさんのパンケーキのこと?」
少し咎めるような言い方になったが、そこは仕方ない。パクったのなら文句の一つでも言わなきゃ気が済まない。
「はい、ミレットさんは私の叔母にあたります。ラゴン村出身のクッシュと言います。
失礼ですが、クレストさんですか?」
「うん、そうだよ。ミレットさんの姪なのか。道理で似てると思った。
じゃあ、レシピはミレットさんに教えてもらったんだ」
「はい。それと氷の魔法も練習しましたから保存もバッチリです」
そう言う過信は良くないんだよね。
それに夏場は早く溶けるから製氷だけでも魔力切れになるかも知れない。
早めに保冷バッグを作った方が良さそうだな。
「それにしても、よく初心者でこの場所に許可が下りたな。自慢じゃないが、この場所は確保するのに結構苦労したんだぜ」
とオッチャンが少し遠い目をする。当時の事でも思い出しているのか。
「串焼きを挟む用に甘さ控え目のパンケーキも焼くと言ったら、すぐに許可が下りましたよ」
それってメイベル部長が凄く誉めてたやつだよ。レイドル副部長にも食べさせた筈だから、
「その場にメイベルさんかレイドルさんが居た?」
「えっ! どうして分かったんですか?
レイドル副部長が一秒も考えずにサインしてくれましたよ」
やっぱりか。あの人は…余所の部署にまで行って何をしてんだよ。まあ、今回だけはファインプレーだと褒めてやるけどさ。
「それと、レイドル副部長が困った事があれば、クレストさんの名前を出すようにとも仰っておられましたよ。
仲が良いんですね!」
「それは勘違いだからっ!」
それを聞いてオッチャンがお腹を押さえて大笑いを始めた。
「腹いてえ!」
「オッチャン、笑い過ぎだよ!」
ちくせう! ぜったい仕返ししてやるぞ!
「この屋台もクレストさんのお気に入り店なんでしょ。凄いです! 今日も来てるし」
「上客の一人にゃ間違いないねぇわな」
「オッチャンさんとも仲が良いみたいで羨ましいです」
「クッシュちゃん、『オッチャンさん』じゃなくて俺には『キューアス』って名前があるんだぞ。
オッチャンは他にも居るからキュ」
「じゃあ串おじさんと呼ぼうか」
「兄ちゃん、そりゃないよ~」
フッ、仕返し完了! こう言うのは低レベルな争いでも良いんだぜ。
「ウフフッ、ホント仲が良いんですね。
あ、次はドライフルーツ屋さんに行かなきゃ」
「そっちも売るのか。コラボはウチの串だけにして欲しいところだが」
「串おじさん、心が狭いよ~。
それにフルーツ入りのパンケーキを食べた人が串焼き入りを買うこともあるし、パンケーキ目当ての人が串焼きをついでに買うこともあるんだし」
「グヌヌ…正論だけに言い返せん」
「じゃあ、俺は行く所があるから」
「兄ちゃん、案内ぐらいしてやんな。
アポールのやつも兄ちゃんに礼を言いたそうだったし」
ドライフルーツの屋台のオッチャンはアポールさんか。いつもオッチャン、兄ちゃんとしか呼び合わないから初めて知ったわ。
「分かった。じゃあ、クッシュさん行こうか」
「はい、お願いします!」
クッシュさんが嬉しそうな顔を見せて、串おじさんに手で挨拶する。
ドライフルーツの屋台は通りが違うし、お昼ごはん時で人も多いので少し時間が掛かった。
「オッチャン、こんちわ~」
「おお、いつもの兄ちゃん。こないだは助かったぞ。
パンにドライフルーツを入れて焼くも美味いと知れてな、買ってく客も微増したぞ」
「それじゃ誤差じゃん。増えたとは言わないよ」
「なんだ、増えとらんのか。それじゃ今日はサービスしてやれんな」
「嘘嘘、ちゃんと増えてるから問題ないよ」
そんな馬鹿話しをしながらお気に入りの詰め合わせを購入し、クッシュさんがパンケーキの屋台を出すこととドライフルーツの仕入れを説明する。
アポールさんにとっては場所の離れたクッシュさんの屋台の事で便宜を図る必要は無いのだが、懇意にしている問屋をクッシュさんに紹介してくれた。
問屋としてもアポールさんが販売先を紹介した先が大した量を消費するわけでも無いと分かれば、恩に感じることは無いだろう。
それでもこう言う小さな積み重ねが何かの切っ掛けで大きなチャンスになると信じて、彼らは甘やかしやお節介、下心でと言われながらも縁を広げて行くのだ。
「じゃあ明日から屋台、頑張ってね。困った時は串おじさんを頼りにしたら良いから」
「フフ、はい、ありがとうございます。
聞いた通りクレストさんも世話を焼くのが好きなんですね。安心しました」
自分じゃ世話を焼いてるつもりは無いんだけどね。
「クッシュさんはリミエンに住んでるの?」
「はい。結婚して引っ越してきたんですよ」
「えーっ! まだ若いのに凄いな」
てっきり独身だと思ってたよ。
ここじゃ結婚指輪をする習慣もそれ程浸透していないから、見た目じゃ分からないんだよね。
勇者が広めなかったとしたら、勇者は全員独身で終わったのか?
腐れ外道が多かったらしいから、結婚していなくて当然なのかも。
最後にクッシュさんにドライフルーツ詰め合わせを一袋プレゼントしてその場で別れた。
お昼ごはんの買い出しだけのつもりで出たのに、思わず時間を食ってしまったな。
でも新しい出逢いもあったし、悪い事じゃないよね。
「大将いる~?」
と何時もより少し小さな声でドアを開けると、
「お腹ペコペコー!」
と不機嫌そうなエリスちゃんの声。手には作りかけのホクドウが握られていた。
「クレスト、これ、結構手間が掛かるわね」
「木製でも武器だから当然でしょ?」
「皮剥き器と薄切り器ね、注文が多過ぎて結局外注に出したのよ。
それに今度はマジックハンドと野菜ホルダーでしょ?
この辺の工房は皆クレストに殺されそう」
そんな事を言われても俺のせいじゃないよ。
販売計画はバルドーさんと商業ギルドで決めた筈だし。
マジックハンドはまだアイデアを教えただけで、野菜ホルダーは割と簡単に量産出来る形に設計してるでしょ?
「その顔、やっぱり分かってないわね。
木材不足が起きそうなのよ」
「あっ、そっちか!」
これってルケイドさんちの問題にも繋がってんじゃ?
「乾燥材を作るには時間が掛かるわ。半年から一年よ。
他の町から木材輸送なんてしたら、一体どれだけ輸送費が掛かるやら。
クレストのせいって言うのは冗談だけど、木材不足はそのうち起こるわね」
生木を乾燥炉に入れて急速乾燥なんてしたら割れて使えなくなる。
木材の扱いって簡単そうに見えて管理が難しいんだよね。
まあ、この世界に木材の乾燥炉なんて無いけどさ。そうなると本当に時間との勝負になるんだよね。
これってご領主様、つまりリミエン伯爵の失策でもあるんじゃない?
貴族の世界は華やかに見えて実は貶めあいに勝ち残った者だけが生きていけるドロッドロな世界だから、失策と言っても妨害工作がなされた可能性も捨てがたいんだけど。
「そう言う話はともかく、お昼ごはん!」
と催促が飛んできたので、その場で一人分ずつ取り分けてエリスちゃんが出してきたお盆に乗せる。
黒い地に金粉で月の絵が書いてあるお盆で、少し和テイスト感がある。この辺りでは見ない絵柄だ。
新進気鋭の工芸家か、または転生者の作品なんだろう。
そのお盆に三人分のお昼を乗せてエリスちゃんが元物置小屋の石鹸研究所に運んでいく。
ちょっと手元が頼りないがそこはご愛嬌だ。
店に戻ってきたエリスちゃんと昼ご飯をたべる。
「ところでエメルダさんは?」
「パパの代わりに木材加工業ギルドの会合に参加してるわ」
「そんなギルドがあるんだ」
「色々なギルドがあるからね。結局似た者同士が集まるし、情報収集が目的なのよ。
主な議題はさっきの材料入手の件ね。恐らくマジックバッグを幾つも持って買い出しに行くって事になるんじゃないかな」
マジックバッグは言うまでもなく貴重品だ。
木材が入る程の容量を持つマジックバッグは大銀貨千枚でも購入が出来ないと言われる。
そんな物を持って買い出しに行く…それが盗賊にバレたのなら、戦力を持たない人は良いカモにしかならない。
だから屈強な護衛を付けるか、秘密裏に事を運ぶかの二択になるだろう。
それが高ランクの冒険者の仕事であり、金貨級以上の冒険者には強さと信頼が必要と云われる由縁なのだ。
ちなみに報酬は荷馬車でチンタラと木材を運ぶのと同じ価格が保障される。結構な額になるので金貨級冒険者には人気の依頼なのだ、と酒場で話している人が居た。
俺は銀貨級だから、そんな重要な役目は回ってこない。
せいぜいオーガ退治ぐらいが関の山だ。あんなのは攻撃魔法さえ使えれば指一本で圧勝だ。
逆に攻撃魔法を(使うと災害級の破壊を引き起こすから)使えないから、オーガと良い勝負をするんじゃないかな?
でも、どうもスッキリしないんだよね。
建国前から木材を扱っていたルケイドの家が、代が変わったからといって植樹が出来なくなるなんてさ。
親から教わらなかったとは思えないし、重要な役目なんだから親だって子が使い物にならないと思えば何かの対策を取っただろう。
仮定の話をしても意味は無いが、何か厄介事が起きているんじゃないのかな?