第74話 ここで会ったらやるしかないよ
ガバスさんに武器を頼みに来たら、聞き間違えからワッフルメイカーを作って貰うことになった。
自分で何を言っているのか意味不明だが、きっと異世界翻訳機能がアホな仕事をしたのだろう。
作業場から店に場所を移動し、鉄板に書いた武器の絵をガバスさんが見ている。
「ギズにワッフルメイカーを任せるから、儂が目にけ…じゃなくてメリケンサックとワッ…ナックルダスターを作る。
ボビースは引き続きブロック作りか?」
「あの、ブロック作りは単純作業だから鍛冶師が作らなくても良いですよね?
ボビースさんの腕をブロックに使うのは勿体ないですよ」
「えぇっ! それはないっす!」
俺の言葉が予想外なのか、ボビースさんがショックで落ち込んでしまった。どれだけブロック作りに嵌まってたんだろ。
「『エメルダ雑貨店』で薄切り器を作ってるのは知ってますよね?」
「あれか…バルがあんな物を思い付く訳があるまい…が、それはそれ。
で、薄切り器がどうした…そう言えば、ブロックと一緒にホルダーも頼まれていたな」
バルドーさんって新しい物を作ることが出来ない人って思われてるんだね。昔気質の職人さんなのかな?
俺がバルドーさんにホルダーを書いて渡した鉄板をガバスさんが持って来た。
「あ、それですよ、それ。
薄切り器は最後の方になると食材の厚みが無くなって、指を切りそうになるでしょ。
怪我の防止用に食材を押さえるホルダーが欲しいんで」
ブロックが量産出来ているから、同じ作り方をすればホルダーも木を削り出して作るより早く作れる。
皮剥き器と薄切り器は現在予約受付中で販売はもう少し先になる。
最初はバルドーさん達しか作れないことにしていたが、今は外注に出すことになったので出回るのが早くなるだろう。
それなら薄切り器が普及して誰かが怪我をする前にホルダーも販売すべきだろう。
全体をブラバ樹脂で作ると高価になるので、野菜を押さえる部分だけを樹脂製にして持ち手部分は木製にする。
丸い分銅型にすれば持ち手は旋盤で作れるから簡単だ。
肝は野菜を押えながら滑らせることが出来る構造と、野菜がスルリと外れないような材料の問題なのだ。
「なるほどな。確かにそれなら木を削って作るより圧倒的に簡単に出来るな。
薄切り器の実物も一つを貰っておったな…じゃがバルのバックはやっぱり…」
「そこから先は想像でも言わないでくださいよ。ややこしいことになりますから」
「親方!
クレストさんはこんな顔でめっちゃ怖いんですよ!
絶対に怒らせちゃいけないお方っす!」
初っ端に放った威圧が効いているのか、ボビースさんが少し震えながらガバスさんに忠告する。顔は関係無いと思うが。
ギズさんは我関せずで、ワッフルメイカーのイメージをブラバ樹脂で作っている。
すぐに冷えるし、冷えると手で成形出来ないので扱いにくい材料だが、ギズさんも熱いのは平気なようで火傷しそうな樹脂をコネコネしながら楽しそうに工作している。
多分この人達は耐火・耐熱のスキル持ちなんだろう。
それからボビースさんが樹脂を捏ねてホルダーを作ったので、キュウリと人参を試しにスライスしてもらう。
ガバスさん、ボビースさんの評価は上々、ギズさんはワッフルメイカー専属なので評価には不参加だ。
「これなら安全性には問題ないな。
問題はホルダーをどう売るかだ。薄切り器と一緒に商業ギルドに見せに行くのが一番良かったんじゃないか?」
「あの時はバルドーさん達もホルダーのことを思い付かなかった、と言うかこの樹脂のことが頭になかったら仕方ないでしょ」
バルドーさんと言うか、俺がブラバ樹脂を知らなかったせいなんだけどね。
薄切り器自体はエメルダ雑貨店の占有販売商品だが、この野菜ホルダーの扱いはどうなる?
単に野菜を押さえるだけの商品なので、これ自体は占有販売にならないだろう。
だが薄切り器を買った人にしか売れないし、俺としては初回購入はセットで、買い増しは単品での販売が良いと思う。
「クレストさん、これは商業ギルドに行って聞くしかないじゃろ?」
「やっぱりそうなりますよね…とほほ。
それならバルドーさんに先に話をしないとダメだよね」
「当たり前じゃ。
ギズはワッフルメイカー、ゴビ…ボビースはホルダーを量産しろ。儂はバルの店に行ってくる」
今度はまた予定外の逆戻りかよ。
エリスちゃんに鉄板を借りてるから帰しに行かなきゃならないんだけど、今から行くのか。
リミエンの人達って本当フットワークが軽いんだよ、思い立ったら即行動だ。
工房を出てガバスさんを先導にエメルダ雑貨店へと向かう。
そう言えばリミエンの町の中を誰かの後ろに付いて歩くのは、初日のケルンさん以来じゃないかな。
マイホーム探しでレイドル副部長に案内されたのはノーカン。あれは馬車から玄関までだからね。
そんな事を考えながら歩いていると、俺の頭にある反応があった。チラリと視線をやると、俺に気が付いたのか走り出す男を見つける。
「ガバスさん…バルドーさんと話をしててよ。
別件の客が居たからケジメを付けてくる」
「バウアーか。分かったが無理はしてくれるなよ」
ガバスさんが手で挨拶して先に進みだす。
別件でバウアーか。これも勇者ネタだろうな。しょうも無いもんばっかり広めやがってロクでもねえな。
そんな事はどうでも良い。運良く居場所を教えてくれたアホには話を聞かなきゃならないんだよね。
奴に会ったのは三日ぐらい前の夜、クイダオーレの会議のあった日だ。
ルーチェの友達のエカテリーヌちゃんを誘拐しようとした現場に遭遇したんだよ。この手の犯罪を一人でやってる訳が無い。必ず仲間が居るはずだ。
あの時は時間が無くてみすみす逃がすしかなかったが、今なら時間に制限はない。
ガバスさんなら放置してても勝手に話をしてくれるだろ。
子供を誘拐しようなんて腐った連中を放置出来るほど俺は優しくはない。後で居場所を突き止めるつもりで仕込みはしてあったのだ。
聴覚情報をリンクすれば、ノイズも拾うが少し離れた場所の音も聞こえるようになる。
「兄貴! 俺の邪魔をしたクソ野郎を見つけましたぜ!」
「ほぉ、でソイツはどうした?」
「今俺を追って来ているはずで」
優秀な相棒をあの時に奴のズボンに貼り付かせておいたから、おおよその居場所は分かっていた。
会話は筒抜け、この角を曲がった先で三人が待ち構えているようだ。
アイテムボックスから革グローブを取りだし左右の拳に嵌めながら足を進め、角から顔を出した瞬間、
「死ねやーっ!」
と気合いとヤル気を乗せ、右肩あたりに頭上から剣が振り下ろされたのを視界に捉えた。
「フンッ」
その剣を俺の掲げた右手の甲で受け止める。スライムアイとリンクすれば、こんな攻撃はあくびをしながらでも掴むことが出来そうだ。
「オマエは邪魔なんだよ」
俺に玩具の金貨を渡され、その腹いせに剣で斬り掛かった男の鳩尾に左のボディブローを入れて一撃ノックアウトを奪う。
続けて二階の窓から何か投げ落とそうと狙っていた女には強めの『威圧』を放つ。
これは勿論骸骨さんのスキルだ。
指向性を持たせて殺す気で放てば、ロクに戦闘訓練を受けていない人間なら気絶させるぐらいの威力を発揮する。
ただし俺が攻撃に使う場合には、魔力を消費して威力をブーストしなければそこまでの効果は得られない。
二階にも敵が居るのは分かっていたから、即対応が出来るよう角を曲がる前から準備をしておいたのだ。
実戦で使うのは初めてだが、女は意識を失うと手から植木鉢を手放し、地面に落下した植木鉢がガチャンと音を立てて割れた。
「兄貴、とやら。ちょいと話を聞かせてくんないかな?」
と半眼で豪華な服を着た大男を睨むと、
「ひっ、人違いだ!」
と訳の分からないことを言いながらクルリと振り返って逃げようとする。
「あっそぅ」
兄貴を追い掛けようと三歩、四歩走ったところで兄貴が急旋回して懐からナイフを取り出し躊躇なく投げ付けた。
その動作はかなり洗練されたもので、このやり方がコイツのいつもの遣り口なんだと即座に理解した。
「ハッ!」
右手でナイフを弾き飛ばし、立て続けに放たれた二本目、三本目を左右の拳で叩き落とす。
「デカイ図体の割に器用なんだな。
残念だが脳味噌のサイズは比例していないようだが」
「チッ! 抜かせ、ガキが。体中を穴だらけにしてやるぜ」
手持ちの投げナイフが尽きたのか、兄貴が両手の袖から取り出したのは琉球空手で使われる釵のような武器。Ψの字の中の棒が長くて尖っていて凶悪だ。
その武器を両手に持ち、威嚇するように時々クルリと回転させながら連続で突きを放ってくる。
「随分とショボいネタ装備だな」
兄貴の攻撃を辛うじて躱すことが出来るのはスライムアイとリンクしたからだ。
こればっかりは骸骨さんにも真似出来ないだろう。
ただ、長時間の使用は出来ない欠点がある。
「チョコチョコと逃げるのが上手いガキだな!」
本来の釵の使い方は空手の延長上にあり、拳での攻撃に時折突きを織り交ぜて敵を翻弄しつつ、太い針を突き刺し傷付けていくのだ。
この男のように単に釵だけの突きを闇雲に繰り返すような代物ではないのだが、最初の威嚇の後も執拗に突きを続けてくる。
だが兄貴の判断もそう間違ってはいない。
俺の腰には武器を提げていないし、暗器を隠せるような服も着ていない。つまりは丸腰の状態なのだから。
素手だとこんな武器が相手でも相当の脅威になるが、まだスライムアイのお陰で目が追い付いていける。
「だが相手が悪かったな!」
今までのスピードが準備運動だったかのように速度を上げた連撃に、俺の脳が悲鳴を上げ始める。
いつもなら骸骨さんにタッチ交代している筈なのに、あの野郎は今日は定休日なのか一向に出て来る気配が無い。
この程度の相手で俺を呼ぶな、とでも思っているのだろうか。
確かに突ききった後は一度腕を後ろに引き戻さなければ次の攻撃に繋げられない。
それが隙となるので、本来ならその隙を如何に無くして連撃を行うのか考え、足技を交えるなどしながら攻撃を組み立てるものだ。
だが、こちらがロクに武器も持たずに逃げるだけの雑魚だと思い込んだのか、狙う場所こそ上下左右にランダムに変えているが、単純な突きに終始している今なら反撃も可能。
左右の手にマジックバッグから取り出したトンファーを握り魔力を流す。
ガキッと金属音を立てて、釵の突きを魔力変換によって貼られたシールドが防いだのだ。
説明書きを見た時は信じていなかったが、嘘ではなくてホッとした。
まさか何もない空間(実際は魔力で作ったほぼ不可視の盾あり)に攻撃を受け止められるとは考えもしなかった兄貴の顔は、驚愕の表情のままで引き攣っていた。
その隙を逃さず、そこからはトンファーをバトンのように兄貴の両手に打ち下ろして釵を捨てさせる。
続けて肘打ちのようにして腹部へと体重を乗せた一撃を入れたが、金属同士がぶつかり合いカキーンと音を立てた。
胴体に鎖帷子でも着込んでいたのだろう。
「それなら、歯ぁ食い縛れっ!」
今までの鬱憤を晴らすように兄貴をサンドバッグに見立ててトンファーの柄で連打を入れる。
さっきのセリフは何だった?との異論は認めない。
金属部品で補強してある革グローブを嵌めていても、鎖帷子を着込んでいる相手を殴りたいとは思わない。
それならこちらも金属製の武器を使ってイーブンだろう。
兄貴の意識が無くなりかけて大きくよろめいたところでトンファーを放り投げ、後頭部目掛けて両手の鉄槌打ちを落とし込む。
それが留めとなり、兄貴が地面へと倒れ込んだ。
すぐに男達の武器を回収し、通りに出て通行人を一人捕まえると大銀貨一枚を握らせて衛兵を呼ぶようにお願いした。
それから五分が過ぎた頃に見覚えのある衛兵さん達がやって来た。
「黒い髪の男性に頼まれたとのことで、やはりクレストさんでしたか」
衛兵詰め所で入門許可証を発行してくれた衛兵さんだ。名前は聞いていない。
「三人捉えたとのことですが、現場に案内願います」
とすぐに仕事モードに入った衛兵さん達を路地裏に案内する。
「クレストさん、本当に貴方がこの男を?」
と豪華な服を来た兄貴を人差し指で示しながら聞いてくる。
「はい、投げナイフと厄介な武器を使うのでしんどかったです」
スライムアイを使った時の脳の負担にはまだ慣れていない。
もう少し訓練を積まないと兄貴より強い敵が相手だと負ける確率が高そうだ。
「…そうですか。さすが初日に銀貨級になっただけの実力者です…」
彼は他にも何か言いたそうだが、コイツが何者かは特に興味が無い。他にもコイツらに仲間が居ないか確かめてくれればそれで良いのだ。
エカテリーヌちゃんの証言と奇襲してきた男の特徴が一致したことで、誘拐未遂犯であることは間違いなさそうとのことで男二人は即座にロープで縛られた。
二階に居た女はどんな人物か不明とのことだが、部屋にあった手紙から恐らく奴隷商に繋がっているのだと思われるとのことだ。
俺に鉢植えを落とそうとしなければ、彼女の存在はバレなかったかも知れないのにな。
ジョルジュさんの奥さんのレイアット夫人とエカテリーヌちゃんの二人から既に事件当時の様子を聞いていたので、いずれ俺のもとにも来る予定だったので手間が省けたと笑っていた。
「私はリミエン治安維持部隊 第二班の副隊長グレス・ロッドと申します。今回は誘拐未遂犯の逮捕にご協力頂きありがとうございました」
とグレス副隊長が敬礼をした。
「リミエンの冒険者として当然のことですから。それで、俺はもう帰っても?」
「今日は大丈夫ですが…運が良ければ呼び出しは無いでしょう」
とロッド副隊長が苦笑する。
「それはつまり、呼び出しがあるってことですね?」
「あれを倒したのなら、いずれそうなるかと」
あのデカブツ、そんなに強い奴だったの?
ゴブリラやカマキリの足元にも及ばないんだけど。
ゴブリラは完全に別格だし、カマキリは魔法を使わなきゃ倒せなかったし。
比べる相手が強すぎたかな?
「じゃあ暫くはリミエンの中に居るか、貯水池の依頼を請けるようにしとくから」
「えぇ、それなら助かります。
住所も把握していますから」
えーと、それってやっぱり俺の個人情報ダダモレって言わないの?
副隊長さんに教えていないんだけど。
個人情報保護法も無いし、プライバシーなんて何それの世界だから当然か。